COVID-19/コロナ

コロナ、という。

スペイン語で「王冠」という意味です。
英語では太陽の光環のことを、このスペイン語の王冠に似ていることからcoronaと呼ぶが、最近は、英語とスペイン語は往還(註)が盛んで、けじめというか境界が曖昧なので、Mi casa es su casa、なんだか英語になってしまって、もっとも英語人が「コロナ」と聞いておもいだすのは、南カリフォルニアのリカー・ショップでは、どこでもライムと並べて売っている、例の、メキシコ産の、ライムの欠片を瓶口から押し込んで、太陽に向かって飲むと、ぐっとくる、例のチョーうまい、シメシメなビールのことでしょう。

英語ではコロナとは言わない、ちゃんとCOVID-19と呼ぶべきだ、と述べている日本語人を見かけたが、いやいや、そんなことはありませんよ。
コロナとも呼びます。
おっしゃるとおり、COVID-19とかCOVIDと呼ぶ方が多いでしょうけどね。

わしの厳正な当てずっぽうによると、多分、あの世界中で荒れ狂っている性格が悪いウイルスを英語人があんまりコロナと呼ばないのは、
初期には「名前のせいで売り上げが激減した」というニューズがあったりして、自分たちが長くお世話になっているメヒコのビールに、憐憫の気持ちがあったからだとおもわれる。

ビール愛。
麗しい。

閑話休題 (それは、ともかく)

ニュージーランドで初めに陽性者が確認されたのは、2020年2月28日でした。

到頭、来たか。
どうしようね。

よく事態や正体が呑み込めないなりに、国中に緊張が走ったのをおぼえている。

初めの数日は自粛勧告みたいなことをやっていたが、すぐにこれではダメだと判って、モニさんの誕生日も近い3月21日になると、政府が4つの段階からなるレベルを設定します。

レベル1は、楽ちん。ほとんど日常生活に支障なし。

レベル4、座敷牢。

初めの発令は、この日で、レベル2だった。

翌日にはレベル2では効果がないのを見て、レベル3に上げた。

オーストラリアから来た観光客の一団がチョコレート工場を訪問して、入れろ、いや政府の法律の発令で、5人以上のグループを入れることは出来ません、「そんなもんニュージーランドの法律だろうが。わたしたちはオーストラリア人だから関係がない」
というやり取りが伝えられて、ほとんど次の瞬間、というくらいの素早さでジャシンダ・アーダーン首相が反応して、ニュージーランドのみならず、世界中が、ぶっくらこいてしまったレベル4の発令になる。

ニュージーランド人も、えええええー、だったが、国民はモスク襲撃事件以来、このもうすぐ40歳になる首相を信頼していたので、
「しょうがねえから言うこと聞くか」で、スーパーマーケット以外は店もすべて強制的に休業、食べ物の持ち帰りもダメ、生活上不可欠の職種(例:鉛管工)以外は仕事もしちゃダメ、近所の散歩くらいはいいけど、家でお籠もりさんになること、週末にステーキ・レストランで家族で外食を楽しみたい? 夢を見てんじゃねーよ、「つ、妻とのセックスは許されるんでしょうか?」の凄まじい、六週間のロックダウンに同意します。

あとでトランプのホワイトハウスに「ニュージーランド政府はナチになりさがった」と揶揄されたが、ニュージーランド人で意に介した人はいなかったでしょう。

ニュージーランドは、なにしろビンボな国で、COVID専用ベッドも300床しか用意できなかった。

カネがなければ知恵で補うしかない。

政府は各国の対応を徹底的に調べて、台湾や韓国に見習うのがいいだろう、という結論に達します。

大量な検査数をこなすためのドライブスルーのPCR検査やQRコードを使ったトレーサー、とにかく、あんまりオカネをかけずにやれることはすべてやって、なんとかウイルスの大規模な流行を防ぐしかない。

初めてのことで、そのうえ悪いことに、理想は高いが人材に乏しい労働党政権の常で、初期には里帰りした香港から戻ってみたら空港で検査をやってなくて「あんたら、やる気があるのか」と怒る香港系人や、海外から、どんどん戻ってくるニュージーランド人たちに、いくら「家にいてね。出かけないでね」と言い聞かせても、遊びに行ってしまうので、ホテルに帰国後2週間隔離しても、窓から破ったシーツをつなぎあわせて逃げてしまう人や、いろいろで、水際作戦はザルそのものだったが、だんだん各国の様子が伝わるにつれて、ニュージーランド人は真剣になっていった。

この間、ジャシンダ・アーダーン首相は、その篤実を絵に描いたような人柄で後に国民的人気者になるDirector-General of Health、Ashley Bloomfieldと共に、毎日午後1時の会見に現れて、ふたりで記者たちの質疑応答に辛抱強く応え、たいてい夕方、国民に向かって映像を通じて語りかけて、事態の深刻さを訴え、わがままで世界に知られるニュージーランド人たちに、結束を訴えた。

 

運がよかったのは、そこまで、ニュージーランドは隣国の「ビッグ・ブラザー」、オーストラリアほどではないが、20年に及ぶ好景気で、日本語の人のために判りやすい言い方を探すと、日本の人の収入の半分に満たなかった個々人の年収も、日本の人に追いついて、抜き去るようになっていた。

借金もどんどん返して、ビンボ国なりにオカネがいっぱいある財政状態だったので、COVIDが流行しだした頃には財務大臣が「オカネのことなら、どんと任しておくれ。どんどん使っていいよ」と、わざわざ説明するくらいで、6週間のロックダウンの休業保証もニュージーランドとしては盛大にばら撒いて、ある零細工務店のおっちゃんなどは、普段の会社の収入よりも20万ドルも多くもらって、わざわざコンバーチブルのクルマに乗って満面笑みを浮かべた写真を新聞に撮らせて、
「政府って、こんなに余計な金をばらまいて、バッカじゃねえの。
ちゃんと調べてないんだろう。
でも、もらっちゃったもんは返さないもんね」、と述べて首相以下を腐らせたりしていた。

そうこうしているうちに、ニュージーランド人の、もんのすごいわがままとは別の面、勝手なことばっかり言ってはいるがマジメな国民性が発揮されて、2020年も10月になると、COVIDの市中感染は消滅して、ニュージーランド人の意識のなかでは「コロナ騒動」は終わったことになります。

ちょうど春で、夏にかけて、ニュージーランド人たちは、嫌で嫌で仕方がなかったマスクを外し、小さなテーブルを挟んで「フラットホワイト」を飲みながら友達と笑いころげ、別れ際には半年ぶりのハグを交わして、手をふって家に帰ってゆくようになった。

このころになると、ニュージーランド人たちも、すっかりCOVIDと向き合う生活になれて、知識も増えて、とにかくPCR検査を実行しまくること、精度が高くない検査なので、陰性でも、「これは怪しいかな?」と医療従事者が感じれば、二回三回と繰り返し検査すること、海外からの帰国者の隔離は、なかなかうまくいかなかったので、結局、空軍が管理することになったり、感染者が出ても、経路さえ網羅的に把握されていれば怖がらなくていいこと、さまざまなことを学んで、社会としての気分も、落ち着いていきました。

ひとり市中感染者が出ると、その人の最近の行動、わざとそういう言葉を使えば「立ち回り先」が詳細に新聞にリストになって出て、注意を呼びかける。同じ場所に居合わせた人にはPCR検査を受けてもらう。

そうやって、夏のあいだは、市中感染者もゼロで、ニュージーランド人は浜辺で、公園で、遊び呆けて暮らしていた。

ところが、ところーが。

好事魔多し。
歓喜儚し。

2021年2月28日

パパトイトイという町で、3人の市中感染者が発見されます。
同じ家族の人達だが、問題は、誰から感染したかが判らないことで、そのうえに、やったことを正直に申告しなかったので、オークランド人は、おおげさに言えばパニックになって、PCR検査のドライブスルーには延々長蛇の車列ができて、6時間待たされる人まで出た。

多分、痛めつけられた経済が念頭にあったのでしょう。
アーダーン首相も今回は歯切れが悪くて、急いでロックダウンを実行したが
中途半端な「レベル3」だった。

なにしろCOVID禍など遠い昔と感じていたところだったので、みんな「えー、レベル3って、どんなんだっけ? おぼえてねー。
フィッシュ&チップスショップは開くの?」
と行動ルールが思い出せなくて困ったが、週末に郊外の温泉に向かった家族は市境で警察の検問にあって、「ここから先には行けません」と言われて、ガビンになったりしていた。

もっかは、感染源が不明なまま、3人家族を最後に市中感染がまたゼロになって、レベル3は解除されて、オークランド市はレベル2、残りのニュージーランドはレベル1になっている。

 

なんで、こんなヘンテコな文章を書いているのかって?

いままで見ていて、COVID対策で最も大事なことは「他に倣う」ことだと判っているからです。

うまくいった対策とうまくいかなかった対策を他国から学ぶことが、最も肝要であるみたい。

そのうえで、効果的だった対策のうち、マネできるものはマネする。

ニュージーランドでいえば、例えば従来の方法ではPCR検査が十分にやれないのでボーゼンとしているときに韓国がドライブスルーという妙手を発明して、うまくいったので、あっというまに、韓国政府に問い合わせて、韓国のほうでも、特別に人まで出してくれて、やり方を教わると、ドライブスルー検査を導入した。

台湾のITパワーを使ったeliminationをマネしたくてたまらなかったが、技術力がない国の悲しさ、到底マネが出来なかったので、早期に徹底的にウイルスを遮断して「コロナと共存」などという自然のちからをなめきった、寝ぼけたことを言わずにeliminationをめざすほうだけをマネすることにした。

みんなで、つべこべ言わずに、国民的に嫌悪感があるマスクをかける、
マス・マスキングが効果があることを日本を見ていて理解すると、レベル4の6週間だけだったが、鏡に映る、自分の不気味な姿を、じっとこらえて、マスクをかけて出かけていった。

あんまり他国のことを、あれこれ述べ立てるのはカッコワルイが、愛する日本語の誼で言うと、日本の人は、専門家の矜恃のせいなのでしょう、独自な対策をやろうとしすぎるとおもう。

矜恃、と言ったが、ええい、いいや、乾坤一擲、失礼を承知で述べると、
専門家の「虚栄心」とふつうに述べたほうがいいかも知れません。

もうひとつ、専門家は科学者であるはずだが、政治家と相談して「こういうふうに言っておきましょう」と談合して意見を表明しているのが、隠しようもないほど明らかに透けて見えている。

1年、経って、世界の人が理解したのは、どうやらCOVIDの苦手は人間側に「徹底的に」対策されることで、ふにゃらんぽにゃらんで、要望したり要請したりでは、対策のていをなさないようです。

日本の場合でいえば、マス・マスキング、全員がマスクをする徹底ぶりが政府のデタラメな政策にも関わらず極端に悲惨な事態を招かなかった第一の理由でしょう。

いちど品川駅の、北口の階段に向かう、言い方がよろしくないが洪水のような通勤の人達の映像があって、画像を止めて、悉に見てみたことがあったが、驚くべし、何千という人波の、すべての人が、ひとり残らずマスクを着用している。

政府に要請なんかされていないところで、日本の人は我知らず徹底した対策を取っていたわけで、日本ではコロナ・ウイルスがたいへんにやりにくそうにしているのは、マス・マスキングの徹底が理由であるように英語人はおもっている。

抗原との結びつきが阻害されるほどの突然変異が起きなければ、やがて、ワクチンの大量供給によって、1年に及んだpandemicも収束にむかって、早い国では今年の十月、遅い国でも再来年の春には、吹き荒れたCOVIDの嵐も終熄するとおもわれている。

結局、経済に配慮しながらCOVID禍に対処する、というやりかたはダメで、経済回復のためにも早期のeliminationを目指すしかないことが明らかになったが、経済が遅れても、そのときはそのときで、なんとかなるさ、と考えて、命あっての物種、いまはともかくウイルスを消滅させる以外に集中すべきことはない。

日本からも「感染者ゼロ」の吉報が届く日を、世界中の日本ファンが楽しみにしている。

この短いCOVIDログが、少しでも日本の人の参考になりますように。

 

註:ダジャレです。見過ごしたきみ、反省するよーに

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1 reply

  1. ログをありがとうございます。

    はい、命あってのものです。

    生き延びたいのかそうでないのかが問われています。

    現状維持を続けたほう楽だから、変化は怖いから、なんとなくこのままやり過ごせそうだし、やりすごそーや、という生温い対応では、コロナにやられてしまいます。死にます。

    これ以上、肉体的にも経済的にも死ぬ人を量産していいわけがない。自分には今何となく直接の被害が及んでいないからといってこのままでいいわけがない。

    近道はこの政権(安倍→菅政権)をわたしたちが、わたしが、倒すことだと思う。そうでないと、私たちが、私が、倒れます。

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