学校へ行こう

今日は火曜日だが日曜日と決めたので日曜日で、と書き出すと、なにを言っているのか判らなくて、だいたいいつも譫言みたいな日記なので、判らなくても判ってもいいようなものだが、仕事をするということと縁がないので、曜日は、だいたいにおいて本人の都合で決めてしまうことにしている。

朝の五時半に眼がさめたが、ワインが飲みたくなった。
今日が平日だと、理由はよく判らないが平日であると朝からワインを飲んで、おいしくないような気がしてきたので、今日は日曜日ということにします。

子供のときから、誰かになにかをしなさい、と言われたことがない。
母親は、むかし、ふざけて、no shouldライフだと言って笑っていたが、学校も行きたくなければ行かないですんでいたし、いちどなどは、ロビンソンクルーソーを読んで、ずっとシャワーもお風呂もなしに暮らすと、どうなるだろうかと考えて、1ヶ月身体を洗わずに生活して、まわりのひとびとは、さぞかし臭かっただろうとおもうが、それでも、なんでもかんでも文句を言いたがる、妹さえなにも言わなかった。

とどのつまり、物心ついたときから、ずっと無軌道で、十二歳で初めて飲んだワインに味をしめて、夕餐の席ではシラズやピノノアールを要求したが、別に文句も出ず、客人が同席するときは、さすがにこちらで遠慮したが、それ以外の平常では、ワインを手に、今日のフィレステーキはうまかった、食後は、お菓子はクランブルレであるとして、リキュールはなにがよいか、と考える、とんでもない子供時代だった。

もっとも子供の身体では、毎日、食卓で悦楽に耽るというのは物理的に無理で、自然と、すぐにこの悪い習慣は止んで、ときどきおもいだしたようにアルコールを飲むだけになったが。

人間の本然は、ほうっておくと知に向かう。

昼間、おとなたちや、家のひとたちが忙しく働いているときに、学校へ行く気がしない午後は、父親のライブリに忍び込んで、いま考えると父親も知っていて知らぬ顔をしていただけなのに決まっているが、高い天井の、数十段の本棚からなる、ちょっとした図書館よりもおおきな部屋で、カウチに寝転んだり、床にペタッと座り込んだりして、本を貪り読む癖がついて、この習慣は飲酒や喫煙よりもintenseで、しかも長く続いた。

極く初期の段階では、ブリタニカのような百科事典を読み耽ったのをおぼえている。

初めに鮮明に記憶に残ることになったのはスピットファイアと重戦車チャーチルの記事で、いまでも世界大戦中の最高の戦闘機と戦車だとおもっているが、後年、ドイツの高速魚雷艇に抜かれたという都市伝説をもつソードフィッシュや、MG42で穴が開いたという連合王国が誇る偉大な員数あわせ戦車カーデン・ロイドを好んだシブいJames F.にしては、直球な好尚の表明で、子供わしは気が付いていないが、いかにも、オコドモさんな趣味ではある。

左半分が裸の豊満な肉体で、右半分が解剖学的な中身を断層的に観られる仕組みになっている見開きページもあって、これは怖いものみたさで、何度も、このページに立ち帰ってきて、読んだ。

いま書いていて気が付いたが、数学をやったあとで、まるで向いてもいない医学を学んだのは、もしかしたら、このときの強い衝撃が、どういえばいいか、知的トラウマのようになっていたせいかもしれない。

どんどん読んで、移動式の梯子を動かして、上の棚までよじのぼって、R18どころか、こんな本が世の中に存在してもいいの?というような、例えば「城の中のイギリス人」も、このころに読んだはずです。

人間の本然は、ほうっておくと知に向かう。
なかには、見慣れないヒゲが生えた文字のある言語で書かれた本もあって、しかも体裁までペーパーナイフで端っこを切った形跡がある奇妙な本で、謎めいているので、フランス人たちの言語で書かれたと判明した、こうした本も、やがて独力で無理矢理読んでいった。

社会学者の内藤朝雄が「学校こそ『いじめ』という社会悪の淵源である。学校を解体せよ」と述べると、「学校がなかったらバカになるだけじゃんw」と悪む人たちが「せせら笑う」という態度そのもので応じるが、それは学校や政府の立場にたっているか巧く自然に洗脳されているだけで、ほんとうにそうかというと、英語世界ではhome schooling/home educationが広く行われていて、現に、わしが大学に入ってみると、わしのように中途半端に不登校な学校生活である以前に、もともと学校制度全体をシカトして生まれてから大学に入るまで家で教育をうけた級友が、複数で存在した。

こんなことを書くと日本語の友達を悲しませるが、日本の学校は、正直に述べて、あれを「学校」と呼んでいいものかどうか、新兵教育の兵営のようで、担任教諭という名前の歳のいった小隊長のもと、明日の富国をになう小兵卒たちが、軍隊の一員として「役に立つ人材」になるための様々な教養や行動規範を学んでいる。

いちど参観させてもらったが、まったく知的な空間とはほど遠い場所で、こんなところで毎日の何時間かを過ごすと、人間はいったい何を考えるようになるのか、と、暗然とした気持ちになった。

わしに参観を許してくれた校長先生は、わしが尊敬する日本人のひとりだが、率直に疑問を述べると、「あなたの言う通りなんです。なんとかしなければ」と、教師の側の問題意識を教えてくれたが、説明を受けて判ったのは、学校の問題は根が深く、広く社会の地中にひろがっていて、学校の教師やアドミニストレーション、両親たちへの啓蒙で、直ちになんとかなるようなものではなくて、学校制度を、よりよいものに改革しようとおもえば、社会を根底から革命しなくてはダメであるていのものだ、ということでした。

簡単に言って、明治以来の、西洋に追いつき追い越せ、富国強兵、国民総力戦の思想そのものが謬っていたので、戦争をはさんで、教育というものを誤解したまま、ここまで突っ走ってきた結果が、のっぴきならない、いまの状況であるということのようでした。

内藤朝雄が述べるとおり学校は制度として破壊されるのが最もよいが、ドラスティックな変化というのは日本の社会では通常無理なので、現実的には、学校にいる時間を少なくして、午前中だけにするのがいいのではないか。

例のトーダイおじさんたちのなかには「灘」というお酒がおいしそうな名前の学校を卒業したひとたちがいるが、この学校は午前ちゅうだけしか授業はないのだ、と述べていた。

まず午前中だけにして、それから、それをまた、その半分くらいにすることを目指すのがよさそうです。

せめて中学からでも、科目ごとに教室を移動して、担任制のような前世紀の遺物はさっさとやめるのは、特にりきまなくても、他国の様子が伝わるにつれて、聡明な日本のひとたちのことで、自然と移行していくことになるに違いない。

自分自身は、学校は年柄年中さぼっていて、日本であったならば不登校児で大問題だったかもしれないが、本人からすると、実は、「いかなくてもいいのに面白いので時々でかけていた」場所で、嫌いどころかTime Outにときどき出かけるのと同じことで、ゲーセン代わりで、学校が好きであったし、級友たちのほうも、おお今日はJamesが来ているではないか、という調子で、「元気だった?」と、いつも歓待してくれたが、日本語や英語で書かれたさまざまな報告を見ると、わし場合は特殊なケースで、あんまり学校問題へ一般的に適用できるものではないようでした。

人間の本然は、ほうっておくと知に向かう。

どんな社会でも、多少とも知が社会に与える影響に関心がある人間が等し並みに心を打たれるのは、学校/教育という社会の根底をなす問題が、政治家や官僚たちや行き場のない虚栄心然とした知識人たちによって、たいした真剣味もなしに扱われていることで、なぜこれほど重要な問題が、これほどないがしろにされているか理解できない、といつも感じられる。

 

社会の重要な役割が、多様を極める個性を持つ子供達を、なるべくならひとり残らず自己を発現するように持っていくことであることを失念しているからで、社会などはたいしたものではないのだから、せめて子供の魂をつぶしてしまわないように、少し、のほほんとした教育の体制が出来る事を心から祈ります。

 



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3 replies

  1. これいいですね。
    僕がいまだに覚えているのは、ブラジルの学校は午後からだったので、スクールバスでノンビリ行って、帰ってくるときにもノンビリで、帰りはオランダ系のやイタリア系の同級生の女の子たちと話してたことでした。

    ただ、キリスト教の修身という時間があって、つまんないからそこで同級生とビー玉遊びをしていたら、先生に見つかって説教され、その科目だけhegraという評価だったことはいつも両親のネタにされます(笑)

    日本の学校は、うーん、つまんなかったな。
    小中学校の塾は面白かったけど、学校は...大学以外はあまり思い出したくないですね。

  2. 自分が学校に通っていたころを思い出してみると、
    小3の担任(初老男性)が威圧的な雷オヤジタイプで大嫌いでした。
    途中で引っ越して転校し、あのサイアクな担任から逃れられたのは、大変な解放感を私にもたらしました。
    子供にあんな憎悪を向けるのなら、どうして小学校教師などやっていたのだろうと、思い出しては不思議に感じることがあります。

    Twitterで大検の話が出ていましたが、私の大学同期にも1人いました。
    入学直後こそ、ちょっとだけ違和感がなかったわけではありませんが、
    元々、日本ぽくない雑多な構成の大学だったので、違和感はすぐに霧散しました。
    変わった人がいると、みんな大喜びして笑う(嘲笑でなく、本気で楽しんでいる)大学で、
    我ながらいい大学に行ったもんだと、今でも懐かしいです。

  3. 日本というのは、一つの巨大な「座敷牢」なのだ、という個人的な結論へと到達してしまいました。

    この座敷牢の中には、入れ子式に別の座敷牢が入っており、「座敷牢マトリョーシカ」となっているのが、日本社会である、と。
    国家≧地域社会≧会社組織≧学校≧家庭、というような感じ。

    だから、どこへ行っても畳を積み上げてふんぞり返る「牢名主」に出くわすし、ありとあらゆるところにおこぼれ頂戴の取り巻きが囲んでいる。

    座敷牢に、民主主義などあるはずもなく。
    自由に至っては言わずもがな。
    牢名主と取り巻き以外の大多数は、ただひたすら刑期を耐え忍ぶしかない(と思い込んでいる)。

    そんなフラクタル「座敷牢マトリョーシカ」が、全体主義になじむのも、理の当然のように思われます。

    とはいえ、いまでは座敷牢の床も柱も、どこもかしこもシロアリに喰われてボロボロなので、牢自体が崩壊するのも時間の問題に過ぎないと思いますが。

    で、最後の最後は放置プレイという。。。
    これもまた日本らしいと言えば日本らしいのかなあ。

    とかく自滅(=滅私奉公)が大好きなこの国にあって、人として人らしく生きていくのは、至難の業であるようです。

    脱獄すべし。

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