三菱 A6M2/3/5 零式艦上戦闘機

 

「風立ちぬ」は素晴らしい映画だった、と書くと英語人や欧州語人は、なべて、ぶっとんでしまうに違いない。

なにしろ日本の外でもめっちゃ人気があるGhibliのなかでは珍しいくらい評判が悪かった映画で、評判以前に、Ghibliファンで有名な、名前を忘れてしまったが高名なフランス映画批評家のおっちゃんなどは、「なにを描いた映画なのか、さっぱりわからない」という映画評を書いていたくらいで、
悪く言えばフランスかぶれの作家だった堀辰雄だの、まして零戦だのと言われても、なんのこっちゃ、なだけだった。

結局、ニュージーランドでも上映日程は発表されていたものの、すべてキャンセルされて、やむをえず、散々待ってから、翌年だったか、日本からDVDを取り寄せようとしたわしは、ブルーレイしか媒体がないことを発見して、ガビンで、ブルーレイという媒体を信用していなかったせいでプレーヤーもないので、ブルーレイとプレーヤの両方を購入して、この映画は呪われているのではないかと考えるに至った。

ところが。
ところーが。

この悪評ふんぷんの映画が、とても気に入ったのですね。
気に入った、どころか、5回くらい観ているのではないか。

理由ですか?

この映画は宮崎駿から、ひとにぎりもいないのではないかとおもわれる特殊な観客への、秘密の暗号に満ちていたからです。

この映画の主人公はゼロ戦、
戦史に有名な三菱 A6M2 零式艦上戦闘機です。

ええええええー。
なにいってんの。
ガメ、酒のみすぎて脳が縮んでんじゃないの。
第一、ゼロ戦、最後にちらっと出てくるだけじゃん。
あの最後にテスト飛行で大成功を収める戦闘機は零戦じゃなくて九六式艦上戦闘機ですよ。
足が固定脚なだけでもわかるじゃん。

と兵器オタクのひとびとはコーフンするであろうし、

あんた、堀越二郎と菜穂子の恋物語の部分は無視する気なんですか、第一、題名は恋物語部分の堀辰雄の小説のほうじゃない、と、ロマン派はフンガイするであろう。

ええ。

ええ。

ええ。

そうなんですけどね。

でも、宮崎駿がつくりたかったのは、自分の、人生を通じての愛する人であった、零戦へのラブレターなのですよ。

なぜ判るかって?

判るんです。

わしドイツ人友のウルフはメッサーシュミット Bf109Gの熱狂的な心酔者であって、いちどパブでお愛想のつもりで「フォッケウルフ Fw 190 Fとかだって、いい飛行機ではないか。性能はあっちのほうがよかったでしょう?」と述べたら、途端に目がすわって、目の前の知ったかぶり野郎を絞め殺したそうな顔をしていたが、そういうわし自身は、名機をあげる座興の雑談では口にしないが、秘められた本心はSpitfire Mk V のエンスーなファンを通り越して信者で、もう20年もしたらWanakaのWarbirdsのおっちゃんたちから、一機買い取りたいとおもっている。

ウルフとわしが、パブで、飛行機の話になると、俄然、おだやかな微笑みを浮かべて、とにかくメッサーシュミットだのスーパーマリンなどという単語は、かなり遠くを迂回することになっているのは、ちゃんと理由があるのです。

殺し合いになりかねませんから。

宮崎駿さんの場合は、零戦がそれにあたるのね。

いちどジブリのドキュメンタリを観ていたら、
「わたしは零戦が好きだという人間を心から憎んでいるくらい零戦を愛しているんです」
と、チョーわかりやすい言葉で、言い切っていた。

わしは宮崎駿さんは実際に「風立ちぬ」を最後にアニメ映画制作をやめるつもりだった、とおもっている。

確信している。

確信の理由は、「最後」につくった映画が零戦への身も蓋もないラブレターだったからで、あれは実話だそうだが、菜穂子さんとの美しい悲恋の物語も、わしは宮崎駿が、手慣れた仕事で、ほんとうは誰にも見せたくなかったはずの自分の零戦への愛の吐露でしかない映画を、一応は商業映画の体裁をとらせるための、マーケティングだろうとおもっています。

 

このあいだ日本語twitterを見ていたら、兵器オタクのひとびとが群れていて、
「零戦なんか空飛ぶ戸板でたいしたことなかった」

と、いつか中国のひとびとがWW2兵器フォーラムで述べていたことと、そっくりそのまま同じ発言で、ちょっと顔を顰める気持ちになった。

零戦の特徴は、痛々しいほど軽量な戦闘機であることで、いまJane’sのポケットブックを見ると、

Spitfireシリーズのなかでも軽量なほうであるMk Vが
Empty Weghts (空虚重量)5100 lb (2300kg )

Bf 109Gが空虚重量 2700kg

で、零戦、
A6M2は1600kgという軽さです。

これが大戦が始まってから、ほんとうは言われているように対零戦というわけではないのだけれど、アメリカ合衆国が大慌てでつくった零戦のライバル戦闘機になると、

グラマンF6Fヘルキャットが4100kg

1940年代のアメリカの馬力が工業製品化されたようなP-47サンダーボルトになると、5067kgで、零戦の3倍を軽く超えている。

“Of course, the first ten Zeros which flew had American engines,” says Barber. “Since we were nice enough to sell Japan some Pratt & Whitney engines, they turned around and essentially copied them, which is why the parts are nearly interchangeable today.”

と零戦の賛美者と言ってもいいCamarillo戦争博物館のSteve Barberが述べているが、日本の人が悔しくてどうしても認めたくない事実で、当時は農業国にしかすぎなかった日本の航空産業は、どうやってみても自前のエンジンがつくれなかった。

Pratt & Whitneyや、あんまりうまくいかなかったダイムラーベンツのコピーで、なんとか千馬力級のエンジンまではつくったが、戦争開始後、あっというまに1500馬力、2000馬力とエンジンがおおきくなっていくと、日本の技術陣はコピーするべき原エンジンが手に入らなくなったこともあって、まったく付いていけなくなった。

日本の撃墜王坂井三郎の自伝なんかを読むと判るが、公表スペック上は1500馬力、2000馬力級も、遅まきながら大戦末期には実用化されたことになっているが、実物がない情報だけから再現したコピーで、稼働率は低いなどという生やさしいものではなかったようです。

当時の大日本帝国の秘密兵器零戦が存在しなければ日本は太平洋戦争を始めようにも始められなかった。

空母群による打撃力をもった機動部隊という天才的な思いつきと、制空権を確保しうる零戦の存在によって、日本は太平洋戦争に乗りだしていきます。

そして東南アジアで多くの無辜のひとびとを殺戮し、戦争の後半では、何百万人という日本人が戦争を止める方法が判らないという信じがたい無能な政府の無策によって、まったく何の意味もなく死んで、戦争のあとでは、アメリカ側で書かれた回顧を読むと、まるで国ごと売春宿と強姦魔たちの狩り場と化したかのような女の人達の、長くつづいた悲惨が始まる。

その、おもいきって言ってしまえば、元凶と呼んでいい日本が生んだ傑作戦闘機が、たおやかな、と呼びたくなるような曲線に囲まれた、やさしい姿の航空機であることの不思議さに、きっと、宮崎駿少年は、胸を打たれたのでしょう。

ひとりの、日本人ではない、たいして知識もない兵器オタクとしては、零戦についてよく言われる、装甲の欠落からくる人命軽視思想の設計や、主銃の装弾数の不足、機体強度の不足、どれも取るに足らない欠点というか、軽戦闘機なんだから、あたりまえじゃないか、調べてごらんなさい、どこの国でも軽戦闘機は、そんなもんですよ、と考えるし、逆に、驚愕する航続距離の長さは、単純に地域的な戦闘思想の違いで、現に、アメリカ合衆国は、戦争になってから太平洋を戦場に想定してデザインした戦闘機は、みな零戦を凌駕する航続距離を備えている。

興味があるのは、精一杯に背伸びした国力のてっぺんで、一週間七日勤務の疲労で頭を朦朧とさせながら、判断力も失って、次々に撃墜されていった日本の若いひとたちのほうで、戦時中であるのに、手をとりあって「日本はおれたちをただの兵器だ、道具だとおもっているのか。おれたちが血が通う人間だと知らないのか」と涙を流した20歳前後のパイロットたちの気持ちです。

いつかも書いたが、坂井三郎の自伝には、ある日、自分たちの基地に来襲して撃ち落とされて、基地のすぐ目の前の海に落ちた、たったひとりの戦闘機のパイロットを救助するために編隊を組んであらわれたグラマン戦闘機群と、勇敢にも、というよりもほぼ無鉄砲に、日本の戦闘機群基地の目の前に着水して、パイロットを掬い上げるカタリナ飛行艇を、羨望と共にぼーぜんとして見つめる戦闘機乗りたちが描かれている。

迎撃しようとおもえば出来たが、とても飛び立つ気持ちになれなかった。

零戦の、近代戦闘機としては、びっくりするような、やさしい姿と、無慈悲で残酷を極める搭乗員管理は、日本文明の双頭の姿を、よく表している。

昭和という時代を、初めは極く典型的と言いたくなる昭和人として、そしてあとでは次第に反昭和人に変貌しながら生き抜いた宮崎駿が、なぜあれほど零戦を愛しているか、ほんの少し、判るような気がします。

 

 

 

 

 

 



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