ノースショア

オークランドは、ふたつに分断されている。

ハーバーブリッジの北と南で、人心はふたつに分かれているのであって、お互いを理解しあう努力は、なされてはいるが、遅々としてすすまない。

なんちて。

ニュージーランドは、なにしろ、英語世界では珍しいほどのビンボ国なので、オークランドベイを挟んで南北に分かれた両地を結ぶ橋が1本しかない。

ずっと西のほうへまわれば、もうひとつルートがあるんですけどね。

そちらを迂回すると、とんでもなく時間がかかるので、ふつうは西オークランドへ行くのでなければ使いません。

来年コスコやアイケアが出来るので、そうなるとたくさんの人がウエストハイウェイを通行することになるでしょうが。

南側にあるわし家から北側へ行くときは、スパゲッティジャンクションと名前が付いている、デザインに失敗して、ぐちゃぐちゃになった高速道路の部分を通りぬけて、最近、妙に経済好調で、お大尽気分でつくった新しいトンネルをぬけて、ハーバーブリッジを通って、北側へ渡る。

1954年に作り始めて、1959年に完成した、どえりゃあボロい橋で、当時の国力の限界で、片側2車線でした。

片側2車線では、いくらなんでも、どうにもならないので、1969年になると、片側4車線にする計画が持ち上がって、張り出しを取り付けるという、その場しのぎのテキトー拡張工事をやった。

石川島播磨重工に発注してつくったので、この部分をNippon Clip-onsという。

当時はまだ太平洋戦争の日本人の残虐行為の記憶が生々しいころで「敵国に、そんな大事なインフラ工事を頼んでいいのか」と、国を挙げて、上を下への大騒ぎだったそうです。

ほんとうはカッコイイアメリカの会社かオーストラリアの会社に頼みたかったが、だって安いんだもん、ビンボなんだからね、おうち。

お父さんのクビをはねちゃったりした嫌なひとたちだけど、我慢しようね、ということで日本の会社にお願いすることにした。

この拡張部分は、トラックやバスは通れません。

重量を支えきれない。

デブな運転手のクルマもだめで、わし友デブPなどは真ん中の2車線を選ばなければならない。

冗談ですけど。

橋が狭隘であるところにもってきて、いかなる心理に拠るや、ゆるやかに登る道は知られた自然渋滞の原因で、ノースショアが、オークランド・スーパーシティに統合される前のノースショアシティの時から、すでに、橋を結節点として、いつも、いっつも、すんごい渋滞であると決まっていた。

わし中国系友のひとりは、本人は自宅が有る北側のIT企業に勤めているからいいが、奥さんは、ひどいときは2時間半かけて、20キロ先の勤務先である保険会社に通勤していて、疲労困憊で、毎日機嫌が悪くて困る、と述べていた。

コロナ禍が起きて、ニュージーランドでは通勤禁止になったので、来年は子供がひとり増えそうだぜ、でへへへへ、と下品で幸せいっぱいのデヘデヘ笑いとともに述べていたが、コロナが消滅したので、また奥さんは機嫌が悪いんではなかろうか。

 

白い人は、最近は、北へ北へと移動している。

南はインド人・中国人・マオリ人・ポリネシア人・カネ亡者人の世界だと言われている。

わしが住むリミュエラは南にあります。

ヨッティングやボーティングの中心はガルフハーバーや小さな停泊地があちこちに散在するノースショアと、更にその北の、ボーティングのメッカ、ファンガレイがあるノースランドなので、また海にいることが多くなったわしは、メインマリーナこそ家の近くだが、えっこらせと、クルマに乗って、橋の北側を訪問する機会が増えている。

夏になると、のおんびりなディスプレイスメントやヨット、多少急ぐときでも、事故も渋滞も多い陸路に頼らず、高速艇を出して、ドドドドドッと海から訪問することが多いが、いまは冬で、冬は天候が急変して、さっきまで晴れていたのに、どっひゃあああ、な嵐がやってくることが多いので、渋滞がなくなる時間を見計らって、おとなしくクルマで出かける。

北側へ行けば、ノースショアのあちこちにあるボート乗りやヨット乗りたちのコミュニティを訪ねていって、久闊を叙す。

COVIDのせいで二年近く会ってない友達も多いですからね。

高速道路のジャンクションを出て、曲がりくねったオープンロードを20キロも走って、低い丘に囲まれて隠蔽された、隠れ里のような入江に、みんなで木材や石を持ち寄って自力で建てたクラブハウスがあって、前庭に並んでいるピクニックテーブルから、こちらに向かって手を振っている。

オカネの臭いがぷんぷんして、キンキラキンで、レストラン街やショッピングモールまであったりする南側のマリーナとはえらい違いです。

 

ひさしぶりだね。

ほおーんと、ひさしぶりだよね。

もう握手してもいいよね。

おお、握手だけだなんて、もったいない、ひさしぶりだもの、と言い様、でっかいハグをくれる、女の警官友。

南側のマリーナはビジネスマンや投資家ばっかしだが、北にくると、教師であったり、お巡りさんであったり、看護師であったり、救急隊員であったり、無職のむさい中年であったりで、まるで別の、温かい世界です。

船も、1960年代や70年代の、とんでもないボロイ、でも大事に大事にされてきたボートが並んでいて、やっぱりボーティングは、こうでなくっちゃ、という気持ちになる。

男で白人ばっか、なボートの世界のなかで、珍しくも女のひとのスキッパーのGが、遠くのドライドックの甲板の上から、わしを発見して、梯子を伝っておりて、このひとらしく、急ぎ足にもならずに、ちょっとうつむき加減に歩いてきて、顔を上げると

ガメ、よく来たな。

何ヶ月ぶりだろう、と述べている。

このあいだ会った時は、いつだっけ、カウアイ島のコーブかな。

モニさんは元気?

その前の週に、でっかいマヒマヒを釣ったといって、えらく自慢してた。

クラブハウスのみんなと、ちょっとだけ旧交をあたためてから、このひとの、ドライスタンドに載っている船にのぼって、船のなかのラウンジで、ここで内容を打ち明けてしまうわけにはいかない用事について、ヒソヒソと話した。

用事が終わってから、壁の、ついこのあいだ離婚した旦那さんの写真を見るとも無く見ていると、あのひと、癌だってさ、とさびしそうに述べている。

きみと別れてからろくなことはない、とおもっていたら、今度は癌だぜ、と笑っていたわ。

ついてない。

おれの運は、全部、おまえがくれていたのかもしれない

ガメが知っているとおり、この船には、あのひととわたしの幸せな思い出がいっぱい詰まっている。

子供が小さかったころから、おおきくなって彼女がヨーロッパに移るまで、よくこのボートで、一家で釣りに出て遊んだもの。

もうほんとうは、ボートはやめて、今度買ったキャンパーバンでニュージーランドを旅して歩きたいんだけど、なかなか、そういう気になれなくて。

話の途中で、ニヤッと笑って、

それはそうと、ガメも、そろそろ諦めて、橋の北側に移ってこいよ、という。

北は南に較べて、more civilisedな世界だぞ。

南側のリミュエラなんて、よくあんな所に住めるわね。

財布と欲が膨らんだ野蛮人ばかりじゃないの。

北側のほうがより「civilised」だというのは、橋の北側に住む友人達は、よく口にする。

要するに、意地悪く簡単に言い直してしまえば、問わず語らずにふつうにわかりあう、多くは英語人の白い人ばかりのコミュニティなので、気心が知れていて、奇妙な習慣の人や、素っ頓狂な発言に出くわさなくてすむ、ということでしょう。

もっともGの場合は、「橋を渡って南側に出た途端に、嫌な感じがして、悪い事が起こりそうで、身構える」とまで言うので、もしかしたら土地の霊と相性が悪いのかも知れないが。

 

春になれば、ノースショアとノースランドに点在するコミュニティを海から訪問して歩こうとおもっています。

錨をおろして、ディンギィで、オールを漕いで、あるいは2hp8hpの船外機をギュイーンと言わせて、上陸する。

もちろん手にはビールの6本いりカートンを持っている。

ああ、英語の家に帰ってきた、というホッとした気持ちと、

なんだ結局は生まれついた家がいちばん落ち着くのか、という、ちょっとがっかりな、さびしい気持ちが混ざり合う。

3年前に奥さんが亡くなった、なんだかくすんできったなくなった生姜色の鼻髭と髪の、気のいいマリンエンジニアのおっちゃんと、やっぱり朝ご飯はフレンチトーストとポーチドエッグとベーコンに限るよね、と立ち話をする。

アツアツのうちにバターをどっちゃり載っけて、上からメープルシロップをドバッとかけて、

クイーンズタウンの、あのフレンチトーストがめっちゃおいしいカフェは、なんとかコロナ禍を生き延びたらしいよ。

健康にわるい食べ物は、なんだって、ああ、おいしいんだろう。

ははは、ガメ、いいこというな。

タシカニタシカニ。

ちげえねえ。

それから、自分の心にしか聞こえなさそうな小さな声で、下を向いて、

「ポーリーンのフレンチトーストは、うまかったなあ」

と、どうしても言葉にして言ってみたかったのでしょう、呟いている。

ポーリーンというのは、亡くなった奥さんの名前です。

どおりゃ、ビルジの掃除でもしてくるわ、と述べて、めだたないように目尻をぬぐって、ディンギに乗って、昔は、海に出ないときでも一日に一回はポーリーンさんと一緒に必ず乗船して、午後を過ごしていた、という26フィートくらいの、小さな小さなディスプレイスメントに帰っていった。

人間の一生は、儚いどころではない。

ただの夢幻から、ほとんど消え入るそうな細い線で、現実として隔てられているにしかすぎない。

もうほんとうに余計なことをやっている時間はない、そんなヒマがあるわけがない、と、言い古されて、すりきれてしまったような言葉を、思わず、思い返していたのでした。

ほら、あの詩

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道を急ぐことはない。

あやまちを怖れる者はつねにほろびる。

明日をおびやかすその価値は幻影だ。

風を影に凍てつかせるなら 俗悪さにひるみ

道を急ぐことはない。

けれども垂直に現実とまじわるがいい。

厳粛な大股びらきに堪えて

非在の荒野をさまよいつづけろ。

せっかちに薔薇を求めて安くあがるな。

秘匿されるべきものの現前に立ちあい

引き裂かれる樹木の股に堪えて涙なく

こだまする胸の痛みが

深まるに任せよう。そして

あの孤独の深淵をひとり降りてゆく。

死の河だから進むことができる。

堪えてすべてを失ったなら 語るな。

蒼穹のごとき沈黙に飛ぶ鳥を見よ。

求める約束にみずからあざむかれ

道を急ぐことはない。

「大股びらきに堪えてさまよえ」

岡田隆彦



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