コロナの向こう側

 

オークランドはレベル4ロックダウンが続いていて政府に「家から出るな」と言われているので、なんだか、一日中、ゴロゴロしている。

レベル4ロックダウンで最もびっくりしたのは、政府のひとびとや、Siouxsie Wilesたち、専門家も喜びとともに驚いたようだったが、8割のNZ人が、ウイルスゼロの一年の後に、この、長い、突然降って湧いた世界一厳格なロックダウンを支持しているという世論調査の結果で、ほおれみろ、やっぱりウイルスを根絶するなんて無理じゃん、と余計なお世話もいいところで、隣国の首相にまで方針を非難されながら、孤立無援でも、国民が殆ど一致して首相を支持したことでした。

ほんとに、ぶっくらこいちまっただよ。

わし自身は、方針として、根絶命(いのち)で、今回もオーストラリアから運ばれてきたウイルスが隔離施設の管理が好い加減で漏出したのが原因だったが入国者/帰国者隔離システムを改善して、デルタに立ち向かったほうがよい、デルタでも抑えるのが大変なのに、この先、予測されるもっと感染力も致死性も強い変異株と「共存」するなんて出来るわけない、という意見なので、世論調査の結果は、ホッとひと息で、これならなんとかやれるかもしれない、とモニとも話していました。

いまのところは、ピークには三桁の新規感染者が出たあと、基数のPCR検査は増えているのに、減少して、昨日は20人にまで減って、野党の政府への攻撃も、アメリカやUKのようにワクチンをどんどん接種させる代わりに経済活動を通常に戻すべきだ、でなくて、1年間のコロナ・フリーだったあいだに、なぜ隔離システムを改善しなかったのか、怠慢ではないか、というほうに矛先が向いている。

ボーティングやヨッティングが出来るのはレベル2からで、じっとバースに停留して、船底を汚している自分の船たちを考えると、切ないし、第一、ウイルスが市中に出たのが判って、iPhoneの警報が鳴って、いきなりレベル4ロックダウンに入った直前の、その日の昼間に、大量のポテトチップスを釣り用のボートに運び込んだばかりだったのに、湿気(しけ)ちゃうじゃん、とショックだったが、ポテチが柔らかくなるほうがコロナで死ぬよりはマシなので仕方がない。

露天風呂に入って、あれ、面白や、あわれにもありけん、ロックダウンで、いつもよりは遙かに暗い、うっすらと天の川が見えている夜空を見上げたり、相も変わらず、飽きもせずに、いろいろな言語で、益体もないことをAppleの画面に書き付けたり、去年とおなじ生活をするのは愚か者のやることだと言いながら、なんだか色々書いたり本を読んだりするのは百年一日なんじゃないの?と、例の、自分という友達にからかわれたりしながら、毎日を過ごしています。

レベル4ロックダウン生活を始めてみると、二度目も、二週間なんてあっというまで、お隣のメルボルンは、遂にロックダウン210日目だそうだが、30週くらい、へいちゃらで過ごせそうな気がしなくもない。

COVID-19は、いま眼前にある差し迫った脅威だが、そういう言い方をすれば天然痘よりも根絶が難しいが、ポリオよりは根絶が簡単で、案外とHIVのようなタイプのウイルスと異なって、結局は各国とも共存をあきらめて根絶に向かうのではないかともおもうけれども、少し拍子が遅い同時進行で、着々と進行している、地球の温暖化に伴う異常気象のほうが深刻な問題で、COVID対策を謬った国は、ほとんどが経済が理由だが、こっちも同じ理由というか、もっと酷いというか、当分、どうしようもなくなるまで、国家の単位では、誰もなにも真剣にはやりそうもないので、自衛するしかないことになってしまっている。

DNAの解析がすすんで、いまの人類は、最も遅い見積もりでは、たった5万年前に、農地が乾燥したアフリカの村から、すっくと起ち上がって、遠くに見える緑地をたどって、アラビア半島の淵を迂回し、トルクメニスタンに至った、ほんのひとにぎりの数のひとびとを共通の祖先に持っていることが判っている。

トルクメニスタンから西に向かった者達が、なんだか冗談染みて聞こえるかもしれないが、色が白くなって、眼の色や髪の色が薄くなったひとびとがコーカシアンの先祖で、東に向かったひとびとがいまのアジア人になった。

ついでに、ではひどいが、述べると、元来た道を戻ったグループがペルシャ人になり、亜大陸のインドに、北からぎゅうぎゅうと押しくら饅頭で詰め込まれたのがインドのひとびとで、あの凄まじいばかりの多様性は、そこから来ています。

面白いのは、ちょうど5万年前に後にした故郷と同じ気候環境の東南アジアの島々にたどりついたグループで、このひとびとは形質が変化しなかったと考えられている。

東南アジアの真ん中で内陸アフリカ人としての形質を示している。

いま起きている気候変動は、この5万年前の、多分スーパー火山の爆発によった変化と同規模のものが、ゆっくり起きているのだと考えられて、そうすると、例えば最も影響がおおきい中緯度に位置する日本列島の住民などは、結局は、大移動するしか生きていく道がなくなるのかもしれません。

国境だのなんだのとめんどくさいことがなければ、これから人間の居住に適した土地がぐんぐん増えるカナダに移動すればよいが、さて、いまの人間の頭の悪さで、そんなことが可能になるのかどうか。

COVID-19パンデミック自体は、このあと、どんな突然変異株が生まれるかによって、多少の変動があっても、数年という単位で終熄するはずで、終熄後に予測される危機のうち最悪のものは、中国に対する国家間の賠償請求と、それに対する中国の反発が戦争危機にまで発展することだとおもうが、タイミングから言って、中国をいまの世界の経済の仕組みから仲間外れにするのは、まだ無理で、中国の側から言っても世界経済と自国経済を切り離す方途がみいだせるほど経済市場が成長していないので、これもなんだかうやむやのうちに、世界中のひとびとにフラストレーションを残したまま終わるのでしょう。

習近平という人は経済音痴なので、これから、中国はしばらくの停滞を余儀なくされる、という可能性が高いとおもわれている。

独裁者化したリーダーを代えなければ、これから中国は徐々に経済体力を失って経済位置が低下していくでしょう。

その沈降の過程で、というのは、かなりの年月が経ったあとで、中国と世界経済の関係を見澄まして、奇襲的に欧州やアメリカが一丸となって中国に対する賠償請求を起こす、という可能性が高いのかもしれません。

ニュージーランドという、遠く離れた島に住んでいると、割と世界が見えやすい。

グレタ・トゥーンベリは、聖書時代の、荒野の預言者のようです。

地球の温暖化は、人間が、なまじ科学の確証を求めて、しかも楽屋裏で、環境科学の研究者たちが、そうでなければ予算が獲得できないので、いろいろとこじつけて(例:オゾンホール)工夫したりしていたのがアカデミアでは、ばらされて、話が流通していて、そのせいで、でっちあげどころか、ほんとうに一方向の温暖化が起こっていて、しかもそれが加速されていると気が付いたときには、はっきり言えば、もう手遅れになっていた。

むかし、カール・セーガンたちが述べたように「地球の温暖化はおおきな問題だが、ゆっくりとしか起きないので、人類として深刻な問題ではない」というのが、実は素人意見で、温暖化が引き起こす真の問題は、大気や海洋の対流が、いわば「荒っぽく」なって、日本の人に判りやすい説明を考えると、熱くなりすぎたので慌ててかきまぜた風呂のようなものといえばいいか、肌理細かくなくて、ちゃんと均一化されない部分で、日本でいえば、集中豪雨や台風のおもいがけない進路変更が頻々と起こるようになってしまった。

最近は、また「海のひと」に戻っているので、海の変化を通して、地球がおおきく変化しだしているのを感じます。

いま空を飛び交っている鳥は、恐竜の子孫などではなくて、生き延びて、適応した恐竜たちそのものであるのが、いまでは科学のちからによって判っている。

人間も鳥と名前を変えた恐竜たちのように、人類として物心ついてから初めての巨大な地球変化に、これから適応していけるのかどうか。

種としての能力が試されることになりそうです。

 

 

 

 



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7 replies

  1. エジプトで新種の4本足のクジラの化石が見つかったという記事を読んで、どうしてクジラは海に向かったのかとぼんやり考えていたので、進化や変化のテーマがとても面白く、惹きこまれて読みました。

  2. ああ!ちょうど今日ブログ記事に書こうかどうしようか迷ってひとまずやめたテーマだ。
    書いてくれてありがとう。

    この島国では、はっきりとわかることがあります。
    季節の変化が、とても急になった。

    変な日本語だけど、でもそうなの。
    いきなり春が来て、いきなり夏が来て、いきなり秋が来た。
    今までのように、きっとガメさんが知ってたときのように、
    「そろそろ夏だよ〜」というあのじりじりじわじわした、あのムードがなくなったの。

    季節の、気候の変動に、追いついていないのは人間だけで、人間だけがなんとなく今までと同じように保守的な習慣で生活をしながら
    「ちょっと変わったね」
    とのんびり話しているみたいです。
    人間だけが追いついていないのね。

    この変化に、人間が合うように生きていくといいんだけどなあ、
    と先程ぼんやりと考えていました。

  3. 人類発祥はたった5万年前。地質学者や天文学者の人と話をすると、私の「時間」の感覚が自分中心でしかないのを感じます。「彼らは5万年以上前のことを「少し前」と言う。

    俯瞰して鳥(恐竜)の目で見ると、見える景色が全く異なることを、普段は「日常」に必死で直前の目の前のポテチのことしか考えていないことを、この記事で気づかせてくださり、ありがとうございます。

    「日常」を生きるわたしがやったことと言えば、期せずしてうちの庭にやってきた季節外れのキジバトの番いが温めている卵が孵化するのを観察すること。キジバトの父さんだか母さんと目が合った瞬間は刹那で悠久です。人間は、私は、基本、チンケでバカですから、変化をこれからも見過ごしてしまうことでしょう。もしくは、一瞬見ても見えていない振りをする。

    コロナが落ち着いたら、海の近くに、水の近くに行こうと思います。

  4. 私はいつもガメさんの文章を読むと感想が言えなくなります。感情は揺れ動かされてしなっとしたポテチを想像して悲しくなったりくすっと笑いたくもなったり地球温暖化の話でショックを受けたり、いつも色々な気持ちが綯い交ぜになって感想が表現できなくなります。この感想も自分の中からよいしょと引き出すまで1時間かかってしまいました。でもこんな多情多感な自分に出会える文章はガメさんの文章だけなのです。これまで文章に何かを感じた事もなく、てっきり自分は文章を読むのに適していない人間なのかと思っていました。いつも日本語で文章を書いてくれて有難う御座います。

  5. 日本が住めない土地になって移住するとしたらカナダかNZかなぁ、でもNZは地震地帯だからカナダがいいのかなぁ、とぼんやり考えていました。
    あとは地震の心配が全くないという意味でも音楽的趣味からもフィンランドもいいなと思っていて、フィンランド語もスウェーデン語も全く分からないけど、英語が割と普通に通じるから最初の内はそれでいけるかなと思ったり。てことは、カナダかフィンランド♪

    それにしても温暖化による気象の凶暴化は悪化の一途を辿っており、原発の無力化を急がせねばいかん!!

  6. 気候変動や種としての人間の歴史などに目を向けると、国とか社会とか経済とかどれもこれも些末なことにように感じられます。一方で、今を生きるしかない個人にはその些末なことが手かせ足かせのようになってきいてくるので、なんだか、囚われの身で大きな空を見上げているような気にもなります。
    空の大きさに圧倒され、身の引き締まる思いを経験したら、また、手元の今に目を向けて、心の示す方向を頼りに生きていくしかない、と諦めのような、開き直りのような気持ちに戻ってきます。

  7. 20になる息子とその親友が物理学を専攻してともに大学に通っています。一年目、パンデミアの真っ只中、ほとんどの授業をリモートで受けざるをえず、この数世紀だれも見たことがないだろう、フィレンツェの町がひとっこひとりいなくなる光景を見て一年過ごした彼ら。
    でもそのパンデミアとともにニュースとして流れてくる、北極の流氷の減少、アルプスの永久凍土の減少、つい最近のいまだかつてなかったような集中豪雨のニュース、燃える大地、山火事。。それらのニュースを耳のはじっこで聞いて過ごしたふたりの学生が選んだ将来は、ひとりは環境物理学、もうひとりは気象物理学。そのふたりの選択をなにげに話してくれて、うれしかったのは間違いないです。

    ちゃんと若者はわかっているんだと。
    おとといのフライデーフォーフューチャーもイタリア各地の広場に集まったのは、若い人たちだった。
    じぶんたちの未来を守るのはじぶんたち自身しかありえないと。
    みにくい大人たちが、まだ今持っているものに固執して、旧来のやりかたでなんとか政治的にのがれようとしているその外で、若いひとたちはちゃんと未来を理解していると感じます。
    応援したい。

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