悪魔の住む町

 

(これは2009年3月23日に「ガメ・オベールの日本語練習帳 ver.5」に掲載された記事の再掲です)

 

おひさしぶりでごんす。

モニとふたりでクルマに乗ってカタロニアの田舎をふらふらしていたら、バルセロナに帰る気がなくなって二晩行方不明になっておった。

ちょっとだけ田舎に昼ご飯を食べに行くつもりで出かけたので、コンピュータを持ってなかった。

電話もブートのなかだったので、何人かかけてくれたようでしたが気が付かなかった。

灯台のそばのホテルに泊まって、遊んでました。

そこから内陸に無数にある中世の町へクルマで出かけます。

カタロニアは春で花が咲き乱れておる。

緑は新緑で、濃い緑の匂いがする草原をてふてふが飛んでます。

尋常小学校の教科書のような春だの。

クルマを駐めて、古代や中世の旅人が歩いた道を伝って集落から集落へと歩いてゆくのはスペイン人やフランス人が好きな遊びである。

モニとわっしも人気(ひとけ)のない道を歩いて町から町へ歩く。

お腹がすくと15世紀からやっているとか12世紀に建った建物で開業しているとかいうレストランで食事をします。

時に紀元前(欧州では「ローマ以前」という言い方をよくします)の遺跡がある森の奥へ脇道を伝ってゆく。

ちょっと小高くなった道から見えないところへ堤をあがってみると突然宏壮な大邸宅があったりするところはフランスと同じである。

最近発掘された紀元前の「ネクロポリス」をしばらく歩き回ってから、モニとわっしはやはり紀元前の集落の遺跡を見つけるためにコルクの森にはいっていった。

わっしは、ものすごい方向音痴だが手にしっかりとGPSを握りしめているのでタイジョブだんび、と思っていたのです。

ところが方向が音痴なひとはGPSをもっていても目的地に着かないのです。

そのうちに頼みのトムトムもバッテリーが切れてしもうた。

 

モニはもう慣れているのでフランスの子供の歌を歌いながら欧州風トイトイの茎をふりまわして遊んでおる。

大きな花柄の夏服のスカートが夏の光に揺れていて素敵である。

でも、見とれているばやいではない。

わっしのほうは、こんな文明世界で行き倒れになったらカッコワルイので、どこでもいいから町に出ようとして必死です。

中世風の石垣を折れると、細い径があって、その先に集落があって、ほっとする、わっし。

小さな小さな集落であるけれどバールもあるようである、あー、えがった、と思った瞬間、わっしは妙なことに気がつきました。

 

笑うなかれ。

わっしはこの町を以前に見たことがあるのです。

わっしは大学生であった。

場所はカタロニアどころか、スペインですらない。

ルクセンブルグだったはずである。

釈然としない顔をして立っているわっしに追いついてきたモニが「ガメ、喉が渇いたから、ここで休んでゆこう」と言う。

ドアを開けて入ると、建物の外には誰の姿も見えなかったのに中はすごい混雑です。

誰もモニとわしのほうを見ないのがヘンである。

ちらと見てみないふりをしているのではなくて、まるでモニもわっしもいないかのような感じです。

モニはクロワッサンやペストリが載ったカウンタのほうへ歩いてゆきます。

モニは台の上のクロワッサンを見ていたので気が付かなかったが、わっしは横に立って見ていたのでもろに見てしまった。カウンタのなかのおんなのひとが一瞬モニを見たときの、到底言葉では表現できない激しい憎悪に満ちた表情。

すさまじい敵意に歪んだ顔。

わっしは、びっくりして戸口に立ちすくんでしまいました。

 

なるべくさりげない風を装ってモニに「きっと他にもバールがあるから、ここはやめるべ」というと、あれほど「喉が渇いた」とゆっておったモニがあっさり、こくんと肯いて外に出ます。

モニが外に出てからいうには、バールにはいってしばらくしてから、わっしに対する理由のない憎しみがわいてきて、「わたしはここに残るからあなただけで帰ればどうか」と言いたくてたまらなかったそうである。

実は、わっしもモニを怒鳴りつけたくてたまらない気がしたのでした。

わっしらは慌ててやってきた径のほうに戻った。

そうすると、文字通り憑きものが落ちるようにすーと気持ちが静かになるのです。

大陸欧州の田舎を旅行すると奇妙なことがたくさんありますが、これほど怖い思いをしたのは初めてである。

モニと黙ったまましばらく歩いてなんとか見知った道に出たところで、モニが

「あのバールにいたひとたち、ずいぶん小さかったわね」と言うのを聞いて、わっしは、今度は本当に髪の毛が逆立つほど怖い、と思いました。

先刻見た「ネクロポリス」の身体にぴったりあわせて彫られた石棺がそうでしたが、中世以前の欧州人はとても小さかったのです。

こえー。

これを読んで笑っておるきみ。

わかっておる。

町もひとも、わっしの思い込みである、とわしも思います。

でも、あの女のひとの憎悪の表情だけは現実であって、わっしの恐怖の根源もそこにあるのだと思います。

人間はあんな表情を持たぬ。

あれが欧州の伝説にある彷徨える「呪われた町」でないのだとしたら、あの女のひとは何だったのだろう。

うー。

こえー。

 



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