プラスティックミート文明

(2015年5月26日に「ガメ・オベール日本語練習帳ver5」に掲載された記事の再掲載です)

すべてはマクドナルドから始まった、と言ってもよい。
失敗しては職を転々とする絵に描いたような52歳の人生の失敗者レイ・クロックは、乾坤一擲、5種類のミルクシェイクを同時につくることが出来るという触れ込みのマルチミキサーをレストランに売り込むためにアメリカ中を旅して歩く。
どうも、この商売も、うまくいかないよーだなー、もうわしの人生おしまいでは、と思いながら、へろへろよれよれで立ち寄ったカリフォルニア州のサバーナーディーノの町で、このくたびれた中年男は不思議なものを発見します。

めだって清潔なレストランのカウンターに腰掛けてふと厨房を見ると、妙にたくさんの、妙に若い調理人たちがいて、よく観察すると、パテを鉄板に置くだけの人、ピクルスとレタスを並べる人がいて、それを組み立てる人がいる。フレンチフライを揚げるだけの高校生がいて、揚がったポテトを規格化された袋にいれてトレイに並べている。
規模もおおきく客の数も多いのに、メニューは大胆なくらいの品目の少なさです。

T型フォードと同じやりかたで殆ど正確に同じハンバーガーを大量生産するこの傑出したシステムを考え出したのはモーリスとリチャードのマクドナルド兄弟で、このハンバーガー組み立て工場とレストランのセットは、やがてレイ・クロックの手で世界中に広がってゆく。

http://kottke.org/13/03/early-mcdonalds-menus

大成功するビジネスに必要な要素は「遠くにあるふたつの要素を結びつける」ことだが、マクドナルド・ハンバーガーは、本来相反する「食べ物」と「工業的生産効率」が、このふたつの要素にあたっていた。

先週、モニさんたちがショッピングに出かけてしまったので、ひとり淋しくNetflixで「Columbo」(邦題:刑事コロンボ)を見ていたら、わしガキの頃にはまだ完全に絶滅してはいなかった昔式のドライブインが出てきて、大層なつかしかった。
クルマをパーキングに駐めると、ウエイトレスのひとがやってきて注文をとる。
トレイはクルマのドアに引っかけられるように工夫されていて、クルマの座席に座ったままハンバーガーが食べられるようになっている。

ウエイトレスのひとびとがローラースケートでクルマからクルマへ滑ってゆくレストランもあったりして、楽しいシステムで、好きだったがマクドナルドの効率にはまったく勝てないようでした。
リカトンに最後に開いたドライブインレストランは一年もたなかった。

一企業と見くびると間違えるので、マクドナルドはアメリカでいうと、ビーフ、チキン、ポークの全米1,2を争うトップバイヤーで、この巨大なハンバーガー工場に部品を供給するために1950年にはトップ5社で市場の25%のシェアを持つに過ぎなかった巨大食肉加工会社は2008年にはトップ4社で80%のシェアを独占するに至っている。

数字を挙げたほうが規模を実感しやすければノースカロライナのターヒールにあるスミスフィールドの豚肉加工工場では一日32000頭の豚が屠殺されてベーコンやハムに化ける。

一方でマクドナルドのようなレストランチェーンは添加物の研究所を持っていて、コガネムシのような甲虫類を使って味付けをする方法や自然な肉色が出る色素、その色素を使うことによって生じる特有の化学物質臭を消臭するための添加物、さまざまな物質を研究している。
政府の食品安全機関が、ゆっくりではあっても次々に「危険添加物リスト」を更新してくるからで、リストに載っていない人工添加物を常に公的機関が発見してしまう前に開発しなければならないからです。

マクドナルドは本来農業産物である食品世界を工業に「進化」させてしまった。

ニュージーランド人などは正真正銘の「英語世界のイナカモノ」なので、東京やニューヨークのような地価も物価も高いはずの都会に旅行して、5ドルで昼ご飯を食べられるのをみると、ぶっくらこいてしまう。
Chili’sのような安さが売り物のファミリーレストランでなくても、たとえば、多分ハリウッドが近いせいで、注意してみていると頻繁にテレビドラマや映画で、職場の同僚の誕生日のお祝いパーティや、クリスマスの「飲み会」に出てくるイタリア料理店「Buca di Beppo」
http://www.bucadibeppo.com/restaurants/ca/anaheim/menu/dinner/
のようなレストランでも、(四人前以上の分量と書いてあるが)東京なら優に8人前はあるスパゲッティ・ミートボール(L)が$24ドルです。
4,5人のグループででかけて、ひとつだけ頼んでもパックに詰めて持ち帰ることになるパスタと、やっぱり安いがひどく不味いわけではないワインでおなかをいっぱいにしてから、ふと考えると、どうして、こんな安い値段で料理がだせるのだろう、と、不安というほどではないが、なんだか釈然としない気持ちが胸をよぎっていく。

クニじゃあ、こんなことは、ありえねーんだけど、都会は不思議なところだのお、とちらと思う。

もうひとつイナカモノの例を挙げる。
日本語の本を買うのに、世界一だと思っている日本の古書店で買うことにしていたが、あるとき、「ブックオフ」チェーンには、ときどき、とんでもない稀覯本が単純に定価の半額で売ってあることに気がついて、おもしろがって、クルマであちこちのブックオフにでかけてみたことがある。
病がこうじて、新潟の村上まで出かけた。

途中で寄ったKFCで野球帽をかぶって、ユニクロの上に「ワークマン」の作業着をひっかけた、いかにも不作法なおっさんが、若い女の店員に、おおきな声で文句を言っている、いやいや、文句を言っているのかとおもったら、声の出し方が下品なだけで、冗談を言っているもののよーでした。

「こんな鶏がよ、ねーちゃん、世の中にいるわけがねーだろ」
「こんな、あんたの足みたいに細っこい骨でよ、ねーちゃんと違って、こんなに胸がでっかい鶏なんて、いるわけがねえ」

でへへへ、と笑って店を出て行ったが、この強烈に下品なおっちゃんの述べたことをおぼえていて、あとで農家の人に聞いてみると、このおっさんは下品だが真実を述べていたので、アメリカの鶏舎で隠し撮りした動画をみると、「改良」に改良を重ねて消費者が大好きな胸肉をおおきくとれるようにした鶏たちは、ほとんど歩くことが出来ない。
のみならず毎朝、ぼたぼたと病気の鶏が床に死体になって数羽、転がっている。
この50年間の製品改良で、生育期間は半分で体重は二倍という優秀な「鶏というハイテク製品」が出来上がっているのでした。

イナカモノの直感どおり、食べ物が食べ物として栽培されているかぎりチェーンレストランのメニューの価格で食べ物が供されることがありえないのは、英語やフランス語の世界では「無数」とおおげさに言いたくなるくらいのドキュメンタリ映画・番組によって、広く知られていて、食べ物として成育されて市場に出てくる食品を食べようとおもえば、普通の、なあああーんとなく食べ物であるように装っている、トマト風味でトマトのようにみえるトマトの形をしたなにか、やベーコンに偽装してあるけど、ほんとうは燻製さえされていなくて、化学工場で薬品によって大量生産された、なんちゃってベーコンの三倍〜五倍のオカネを出さなければならないのは国内消費量の何倍も農産物やデイリープロダクトをつくっているニュージーランドでさえ事情は同じで、前にも書いたが、オークランドでいちばんおおきな「ファーマーズマーケット」で、野菜の出所をいちいち尋ねたら、半分以上が遙か遠くの中国からの輸入野菜で、笑ってしまったことがあった。

実際、2015年には3000万人を越えてしまうのではないかと言われている糖尿病患者を持つアメリカ合衆国
http://www.diabetes.org/diabetes-basics/statistics/

でいま起きていることは、ふつーのスーパーマーケットチェーンの店頭では、コカコーラの1.5リットルボトルが¢50なのにブロッコリはたった一個で$2の現実で、食品安全ドキュメンタリの古典、有名な「Food, Inc」にも、夫が糖尿病で、子供たちにも、もっと健康的な食べ物を与えなければいけないのに、という罪の意識にさいなまされながら、一個一ドルのチーズバーガーを夕食にするラティノの主婦がでてくる。

もうだいぶん長くなってしまったので、大急ぎで駆け抜けることにすると、
工業製品化した食品をスーパーマーケットやファーストフードチェーンの末端に届ける食品産業は、高度に寡占化された結果、ふるまいかたが、ちょうど一個の生命と頭脳をもった巨人のようで、しかも極端な秘密主義で、インテルの工場やCIAの本部や、グーグルの開発フロアよりも取材が難しい。
理由は簡単で退職した社員が異口同音に言うように「現場を見られたら最後、誰も食べようとおもうわけがない」からです。

むかし東京にいたときにモニが、うなぎがオートマティックにクビをちょんぎられて、勾配がついた樋を流れ落ちていきながら胴がスカッと縦に裂かれて、どばっと出てきた血の海のなかで内臓をかきとられて、あっというまに蒲焼きになる「うなぎ工場」の映像をみて、顔色が真っ青になったかと思ったら、一日、寝込んでしまったことがあったが、ひよこの体の部品さえプラスティックのペレットのように扱う食肉工場は、さらにものすごいホラー生産所で、ケイト・ブッシュが菜食主義者になったのはラム(仔羊)ちゃんが逆さにつるされたあげく、八つ裂きにされて夕食のテーブルに出てきた夜からだと本人が証言しているが、いまのオートメーション食肉工場を目撃すれば、あのひとのことだから、クリケットバットをにぎりしめて殴り込みくらいは行きかねない。
むかしから先生に告げ口する癖があったというビートたけしの、
お弟子たちを率いての何だか怯懦な感じのするグループ殴り込みとは違って、ただひとり、おばちゃんが憤怒の表情で、口にひと文字に薔薇の花をくわえて、Tysonに殴り込みに行く姿が目にみえるようである。

こっちは日本でもよく知られていることだと思うが、現代の農家は遺伝子操作によってタネなしのタネ、というのは表現として下品な上にヘンだが、そう呼びたくなるような、その年限りの種子をモンサント(←世界の種子の80%を支配している)のような種苗会社から買わなければならない。
そのために必要なオカネを企業から借りることによって農家は借金でクビがまわらなくなり、借金は食品加工会社が農業家を支配するための最も有効な道具になっている。

さっきの養鶏業でいえば農家一軒が平均50万ドルの借金をTysonのような巨大食肉加工会社に負っていて、収入は7万ドルくらいのものなので、いったん鶏舎をつくってしまえば、あとは死ぬまで巨人たちに操られるしか道がない。

しかもモンサント1社で75人の訴訟専業の弁護士部隊を抱えている。
訴訟に勝つのが目的でなく、自分の行く道にたちはだかる、あるいは自分の悪評を少しでも広めた個人に対して大規模な訴訟を起こすことで食品業界はよく知られていて、アメリカで最もたくさんの人が観ているバラエティショーのホステスであったオプラ・ウインフリーは、番組のなかでの、ほとんど「牛肉が安全だと思わない人、手を挙げて!」のひと言のせいでテキサスの食肉業界人の訴訟標的にされて、なんとか勝訴したものの、一億二千万円という法費用を支払わねばならなかった。

この食品の姿をした工業製品世界全体の基礎をなして、すべての食品を支えているのが「コーン(とうもろこし)」であるのは食品に少しでも興味がある人なら知っていることでしょう。

遺伝子の組換えを重ねて品種を「改良」されたコーンは、スーパーマーケットの棚にならぶ食品でいうと、80%のものに含まれている。
砂糖の代わりに甘みをつけるために使われているコーラ、ジュース、サイダーにはじまって、ケチャップ、ソース、…本来コーンを餌としてうけつけるはずのない牛さんたちが切り身になってケースにはいっているが、あの牛さんたちも実は無理矢理食べさせられるコーンで肥育する。
米菓子のはずのせんべいにも、チョコレートにも、なんでもかんでもスターチ化されたコーンがはいっていて、しかも、こういうコーンは、とうもろこしとして焼いて食べられるかというと、食べられません。

100年前1エーカー(4000平方メートル)あたり20ブッシェル(20×25=500kg)収穫するのがやっとだったコーンは、ハイテク工業製品化したおかげで、同じ1エーカーで200ブッシェルを軽く越える収量をあげられるようになった代償として、人間の舌がうけつける味のする「とうもろこし」ではなくなってしまった。
「King Corn」という、これも有名な食品の安全についてのドキュメンタリには、ひとなめして、顔を顰めて吐き出すレポーターの姿が映っている。

この記事を書く約束をすることになったtweetを読んで、とても日本人らしいというべきか、「そんなこと言ったって、国が決めたとおりにつくってあれば大丈夫に決まってるじゃないか。バカみたい」とか
「危なければ法律で禁止されているに決まってる。禁止されてないから安全なんです。そんな簡単な理屈もわからないのか」という人が、もうそれが日本名物のようなもので、オカミと教科書はこの世の光で、tweetのタイムラインやブログにいっぱい現れたが、
モンサントやTysonの言い分もおなじで、やれるもんならやってみいスタイルで、最も食品の安全にうるさいフランスをも征圧してしまいつつある。

フランスは性格は悪いが文明度が高い国民が揃っている国なので、政府や食品工業の側に立って理屈を述べて「証明しろ」と言い出す、マヌケなひとびとはいないが、なにしろ取材はいっさい受け付けないで、どんどん攻撃的に訴訟を起こす体質の業界なので、ユネスコで開かれた総会をみると、
モンペリエやGardのような町ですら、子供のガンが目に見えて増えて、
余計なことをいうと医学の世界ではガン死者が年々増えているのは、誰がどう数えても毎年着々と増えているので、隠しようもないが、「ガン死が増加しているのは寿命がのびたので、他の病気で淘汰されない結果ガンで死ぬ人間が増えているので、医学の進歩を示しているだけで喜ぶべきだ」という意見と「環境に蓄積されている重金属や化学薬品、とりわけ食品の処理や成育促進に使われている化学物質やホルモンのせいだ」というふたつの意見に分かれている。

寿命がのびているせいなら例えば子供のガン死が年1.1%づつ増えているのはどう説明するんだ、成人の精子数が50%以下になったのは何故だというのだ、というのがフランス人医師たちの立場で、ユネスコでは「工業食品が原因かどうかの問題を討議する段階はもう過ぎた」と「ガン死が増えてよかったよかった」説は一蹴されていた。

あー、ちかれた。
軽はずみに約束した義務感に駆られてここまで書いたら、ほんまにちかれたび。

ここまで読んできて、あれええ?と疑問に思った人がいるとおもうが、では、コーンスターチをカロリーの基礎にした食品が、いま問題にされだしたように危険だとすると、仮に全部ばれてやめて、遺伝子操作の大豆もなにも、全部やんぴにして、それで食費は三倍になるけど、糖尿病初め、やたら苦しい生きるのに辛くなるよーな症状が並んでいる病気にかかって死ぬよかマシだから健康な食事のためなら額に汗して、死ぬほど働いて死なないことをめざすとして、そうやって出来たカロリーの総量で人類は食べていけるのだろうか?

ピンポーンは、古いし、表現として軽すぎる。
ジャジャアーンじゃ、いよいよアホであるし、いくら疲れてしまって書くのが飽きてきたからと言ってマジメに書かないとダメだが、教科書に書いてなくても正解で、工業製品たるパチモン食品なしで純正な食品だけでは到底エネルギーが足りない。

つまり現代世界においては、とっくのむかしに食糧危機は起きてしまっている、どころか、起きてから久しいので、よく考えてみると手遅れで、それなら、そんなこと書いても意味ないじゃん、と言われるだろうが、
そもそも食べ物に興味を持って、糖尿病の仕組みにいきついて、ミトコンドリアを調べだしたりしている理由は富の集中の問題の付録で、よく考えてみると、21世紀はオカネモチだけが人間である世界のドアを開いてしまっているのであると思う。

フランスのドキュメンタリのなかでCharles Sultan
https://www.youtube.com/watch?v=3aSBNaCzUXc
だか誰だかが、
「われわれの世代は親よりも子供が不健康な歴史上初めての世代となった」と怒りを述べていたが、ほんまやほんまや、で、
貪欲がついに人間の将来そのものを食い尽くしたのであると思う。

日本ではアメリカのFDAやEPAの働きを賞賛するのは知っているが、幹部の履歴をみればホワイトハウスの経済閣僚たちが例えばゴールドマンサックスの元役員たちなのと同じことで、モンサントの元幹部がごろごろ居座っている。
秘匿されているから見えなくて目立たないだけのことで、これほど明瞭な狂気が、これほど基礎的な人間の生活の部分を腐蝕させている例は歴史上も例がない。

もうすぐ、りんごひとつを囓るにも、理性上、倫理上、正気を保つ努力をしなければならない時代になるのかもしれません。



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