航海日誌 1

 
 
ガメ、なんで、こんなところに水が溜まってるんだ?
 振り返ると、手にコーヒーカップを持ったパジャマ姿のモニさんが立っている。
 
周りに陸地も見えない海のまんなかで、浸水が続くボートのラウンジのカーペットは、そこいらじゅう引き剥がされていて、なんだか、普請中の家みたいなありさまです。
 
 船底には、10cmくらいも海水がたまっていて、さっきから、ひげもじゃの人がAliExpressで買った100000ルーメンとかいう、とんでもない明るさの懐中電灯で船首方向の暗がりを照らしている。
 
ひげもじゃの人、わしのことですけど。
 
 
なにによらず新しいものは好きでないので、クルマも、びっかびかの新車も、わし用とモニ用と2台はいつもあるけれども、他のクルマは、どれも、60歳や70歳になんなんとする強者(つわもの)ばかりです。
 
どう強者なのかというと、助手席とパッセンジャーシートのことを日本語ではいうが、文字通り、同乗する人には「助手」になってもらって、なみなみと水をたたえた薬罐をもって乗ってもらう。
 
エンジンを冷やすためですね。
 
ボートもおなじで、美々しい船内でパーティを開く設備がある船やピッカピカのドイツ生まれのハイテク満載のヨットもあるが、本人が途方もなく愛しているのは、これも、60歳や70歳になんなんとする手弱女(たおやめ)で、むかしの船は、例えば、いまならば50フィートくらいまでの船ならファイバーグラスの一体成型で艇体をつくるのが普通だが、むかしボートはカウリやなんかの硬い木で、それこそ何百年という伝統がある木の組み方をしてあったりして、みっちり、水が入らないように艇体をつくってある。
 
外側は磨き上げたチークで、内部はマホガニーで、….と、木の美しさの世界で、いまできの「豪華クルーザー」なんて、足下にも及びません。
 
 
維持費がかかりすぎるので、半ば打ち捨てられていたのもあるが、ともかく古いボートを買ってきて、チークを引き剥がし、船板を取り替えて、どんどん新品同様に変えてゆく。
 
リストア、というやつね。
 
なにしろ乗り物は空を飛ぶものから海の上を走るもの、陸を行くもの、みな、これが楽しくて買うのだから、もともとのデザインさえよければ、ボロければボロいほどいいとも言えます。
 
 
艇体をファイバーグラスでくるむ。
木材の船体を、そっくりファイバーグラスの繭をつくって包んでさしあげる。
 
インテリアはマホガニーを活かして、ファブリックはどんどんモダンなデザインに変える。
 
むかしのボートはラウンジのカウチひとつとってもウルだったりするので、あの手触りが嫌いなわしとしては、コットンや、その他、もっと手触りがやさしい布地に変えてゆく。
 
そうやって、出来上がったクラシック・ボートは、我ながら「ゴージャス!」という以外は言いようがないもので、優美で、なんだかマリーナのバースに泊まっているのを遠くから見るだけでうっとりしてしまうが、水のうえに浮いていても、クラシックなものはクラシックなので、というか、ボロいので、ときどきトラブルが発生する。
 
船底の水は、大海原のまんなかで、錨をおろして、床板を引き剥がして、だんだん見てゆくと、どうやらビルジパンプ、排水用のモーターが壊れて、止まったモーターのパイプから、逆に海水が浸入しているようでした。
 
 
初めはシーコックといって、海水の取り入れ口があるが、シーコックのひとつがゆるんだのかとおもって、ちょっと焦ったが、ビルジパンプなら、コックピット(←ボートの船尾にある、テーブルやベンチが並ぶ)開放部分のベンチの下のツールボックスに替えがあるはずで、いまここで直してしまえる。
 
どうやら天気予報を信じて、リストアしたばかりのボートのテストに丁度いいやとおもって海に出てみたら、ホワイトキャップ(←日本語だと「波頭」かな?)が見えるどころではなくて、2m近いスウェル(←こっちは、「うねり」だろうか)で、荒天を、艇体をバンバンうねりにぶつけながら、ガジガジ、エンジンの力で進むことになったので、船には意外にいくつもある開口部から、海水が、どんどん入ってきてしまったものらしい。
 
こういう場合に備えた秘密兵器の、日本でいう「灯油ポンプ」をツールボックスから出してきて、日本でいえば単一、かな?D電池をいれて、ジーコジーコと動かすとバケツはみるみるうちに黄味を帯びた海水でいっぱいになってゆきます。
 
バケツで20杯ぶんくらい、船尾を船首を往復して、捨てただろうか、
ああ、ちかれた、クラシックボートはおニューなボートと違って、運動になっていいよな、と考えながら、ビルジパンプを交換して、スイッチをいれて、ウィイーンウィイーンという甘美な音にひたりきる、わし。
 
 
わし自身は、クラシックなどとは呼び得ない、おこづかいで買ったオンボロヨットの昔から、浸水が怖くて海に出られるかい、で、なにしろ、当時は、
床の穴から路面が見えるクルマでデートに出かけて、なにかエンジンでないもののような音がするトライアンフのバイクや、上側の翼がとれそうな75hpエンジン付きの複葉機や、そんなものばかり乗っていたので、世界に怖い乗り物などなくて、小さい人たちも、親が亡くなっても育つ環境に至ったので、すっかり昔にもどって、といっても今度はモニとふたりで、遊んでばかりいる。
 
COVIDは陽性者の数の上からは未だに蔓延しているが、オークランドは二回接種率が94%を越えるあたりから、そういう言い方をすればインフルエンザと同等のものとみなされるようになって、社会は落ち着いて、政府側もいままでのロックダウン制度を廃止して、レベル3、レベル4,終いにはレベル3.5なんて、ややこしいことを言っていたのをやめて、トラフィックライトシステムに変わって、オレンジ、黄色、グリーンでCOVIDの状態を示すことになった。
 
 
レストランやカフェも、だいじょうぶなんですか?と思わなくもないが、満員で、みながひさしぶりの、友だちとの外食を楽しんでいる。
 
ハウラキガルフも、それを反映して、ボートやヨットで直截行けるカフェやレストランが開いて、ラキノ島には、新しくピザパーラーも開いたようです。
 
陽光がチョコレートの銀紙をくしゃくしゃにしたような水面に散乱して、あるいは宝石箱を子供がひっくり返してしまった、とでもいうような野放図な燦めきの美しさで、静まり返った、凪の、大海のまんなかで、ボートの甲板にデッキチェアをだして、のんびり午寝をする。
 
日本語で出遭った友だちたちは、どうしているかなあ、とおもう。
ときどき、酔っ払って、日本語友と話していると、「相変わらず、ガメにヘンなのが付き纏っているね」と言われたりして、よせばいいのに、検索してみると、おなじみの「はてな」のおじさんが、もう十年越しで、なんだか、一生懸命工夫して悪口を書いている。
 
なかには、新顔もいたりして、かわいいとはおもわないが、コンピュータ以外にはなんにもないような小さな部屋で、懸命に特定人の悪口を書くのに精を出している姿を想像するとヘッジホッグかなんかのような気がしてきて、
おもしろいもんだな、とはおもう。
 
日本語の人にいろいろ提案してみたが、無駄なことだった。
結局、返ってきたのは悪意と、なぜだかは知らないが憎悪だけで、大半は「ブロックされた」と言うことを根にもって何年も、あることないこと、読めばわしが気持ちが腐るだろうと目論で個人攻撃論陣みたいなものまでつくっているが、それが他の人の眼には、どんなふうに映って、絡まれるのは嫌なので、ツイッタのような公開ではないところで、どんなふうに疎まれているか、当人たちは、一向に気付かないらしいところが、なんだか日本語世界全体の姿と重なって、侘しい気持ちにさせられる。
 
 
相変わらず、どこで調べてくるのか、在NZや在豪の日本人から脅迫状もちゃんと届いて、日本語世界とは、いまよりも更に、もうちょっと距離を開けたほうがいいかな、とおもうが、三十代も後半で、歳をとってきたので、子供を傷つけてやるだの、モニが無事ですむとおもうな、などという剣呑な日本語世界は、到底無理だが、今年から、スペイン語の友だちたちとは現実世界でも会うことにした。
 
スペイン語は発音が英語から遠くて、発音が悪いので、もっか練習しているところです。
 
日本語の友だちも、もう十何年か経つので、このひととこのひとには会いに行こう、と決めている人がいる。
 
十何年か前は、日本に縛り付けられていて、なんとか英語を学ぶところから始めて、人間として暮らさなければ、と悲壮に響く言葉で述べていた友だちたちが、時間は過ごすもので、いまではアメリカで高給取りのIT社員になっていたり、オーストラリアでデザイナーになっていたり、どんどんどんどん人間が豊かになってゆく。
 
喧嘩したり絶交したりしながら、やっぱり仲直りして、一緒に遊んでいる人には共通点があって、帰って行く自分があって、自分の生活が最も大事であることを見失わずに、絶えず、前に進んでいる。
 
一方で、他人を中傷したり、ツイッタを他人を貶める道具だと心得ているほうは、「自分は、こればかりやっているわけではない。ついでの時間にからかっているだけだ」と言いながら、誰がどうみても堂々巡りの生活で、去年も今年もおなじことで、ひどいひとになると、というよりも大半は、十年前に背伸びして過ごしていたのと同じ暮らしを繰り返している。
 
他人からみれば、これほどあきらかなのに、自分たちでは少しも自分の姿が見えないところは、結果ではなくて、どうやら、そういう自己の人間性を摩耗させて生きているひとたちの通弊であるようです。
 
2ちゃんねるから、はてな、はてなからツイッタと移ってきた、日本の最も見苦しい、嫌な臭いがするひとたちの集団が、ツイッタにも猖獗しているので、日本語のひとは新しいSNSプラットホームをつくったほうがいいのは明らかだが、もうそんな気力が日本語に残っているかどうか。
 
日本語という美しい島をでて、しばらく大洋にいて、また戻るときには、自分でも、もっといろいろなことが見えるようになっていればいいなあ、とおもっている。
 
なんども繰り返し述べたことだが、人間の時間は、いちど過ごしてしまえば、もう戻ってこないのだから


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1 reply

  1. もう戻ってこない時間大切に生きて生きたいです。

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