続ビンボ講座 その18 シン・ビンボ III 「ダメな人」

ぼくは、きみであることにする。

44歳です。

英語はアイ・キャント・スピーク・イングリッシュくらいは言える。

ガイジンに道を訊かれたときに、言ってみたが、やはり堂々とした態度で話すのは大事で、ちゃんと通じました。

三回、聞き返されたけどね。

 

仕事がない。

言うまでもなく、カネもない。

ここがいちばん困るところだが、家もないのです。

いったい、いままで、なにをしていたのかって?

ぼくはコンピュータの前に座っているのが好きなんだよ。

初めはMMOだった。

え? MMO、知らないの? 教養がないなあ。

マッシブ・なんとか・オンラインなんとかゲームといって、いろいろな人が同時に参加して、グループをつくったり、砦をつくったりして遊ぶゲームです。

受験勉強は、やって、二年浪人して市ヶ谷にある大学に入ったんだけどね、一年だけ通ってやめてしまった。

なんでかって?

あんな退屈なところに4年間も通うやつの気が知れないよ。

ただでさえ、教師は、話が退屈なうえに、声が小さくて、ボソボソ言ってるだけなのに、教室の至るところにバカ女がいて、私語してやがんだもん。

いちど、我慢できなくなってきたので、おいらとしては、バカ丁寧に

「すみません。静かにしてもらえませんか?」と言ったら、ふり向いて、おまえら、それじゃ逆だろう、汚いものでも見るような目つきで、返事もしないで、私語を続けやがった。

そのうちにツイッタというSNSにはまってしまった。

おもしろいんだよ!

おれは二流大学中退じゃカッコワルイので、早稲田大学卒だということにして、私立大学の非常勤講師で、結婚して、娘がひとりいるふりをして、なにしろ言葉の才能があるので、フォロワーが一時は3万人を越えていた。

あれにはコツがあってね。

ネトウヨの、なるべくバカっぽいのに眼を付けて、ケチョンケチョンにけなします。

例の草「w」を多用して、おもいきりバカにしてやる。

「慰安婦」の存在を認めないなんて、頭がおかしいんじゃないの?

女の人は、日本では不当に扱われている。

フェミ?

おれがフェミだからって、なにが悪いの?

なにしろネトウヨはネトウヨなので、闇雲にバカで、どんな話題でも軽く言い負かせるので、楽勝で、そうしているうちに、授業の前に腰掛ける自分の机もないバイト講師の、架空な、おれの悲惨な境遇を知らないバカな「左翼はいいひと」な連中が、うようよフォローしてくれる。

そうこうしているうちに、あっというまに十年以上が経って、気が付いてみると、おれは、なんということはない、所謂、「ヒキコモリ」になってしまっていたんだよ。

ツイッタではセミ知識人で、大学のホンモノの教授を「おまえ、勉強しなおしてこい」と怒鳴りつけたりして、溜飲がさがって、おまけに正義の味方で、楽しい毎日だったけど、気がついてみると、40歳を越えていた。

それでも、かあさんはやさしい人なので、ちゃんと仕事につかなければ、あとで困るわよ、といいながら、面倒みてくれてたんだけど、倒れて、あっというまに死んでしまった。

歳が離れた弟のやつは、京都大学を出て、向こうで暮らしていたんだけど、結婚して、

東京に転勤になった機会に、将来の貯えをつくるために実家に住みたいと言い出しやがった。

結婚した相手は、綺麗な女の人で、弟が死んだら、おれが、むふふ、結婚したくなるような美人だが、エリートの弟と、上品で綺麗な奥さんが、奥の部屋で毎晩イッパツやってるような鬱陶しい家に住んでられないだろ?

だから、おれが、弟に百万円だけ出させて、手切れ金みたいなもので、家を出てやったのさ。

百万円、すぐ、なくなっちゃったよ。

40歳過ぎた独身中年を雇ってくれる一流会社なんてないし、おれは、ちゃんとした会社じゃないと嫌なんだよ。

だって小さい会社じゃ、将来がないだろう?

 

閑話休題。

 

ね?

こうやって書いていくと、きみであるぼくは、いかに間違っているか、判りやすいでしょう?

尾羽打ち枯らして、炊き出しの行列に並んだりして、ぼくは、ある日、疲れ果てて寝転がって休もうとおもった公園のベンチに「ここで横になるな」と言わんばかりの仕切り板がふたつ立ててあるのを見て、もうすっかり嫌になってしまって、軽井沢へ行ったんだ。

なぜ、そんなところに、って笑うなよ。

東京以外の「田舎」は、子供のときに連れて行ってもらって、父親と母親と弟と、楽しかった思い出がある、あの小さな町しか知らなかったんだよ。

もう残り少なくなったオカネから、大枚はたいて、新幹線で行った。

その車中で、おれは、ダウンロードしておいた、ヘンテコリンなガイジンのブログを読んでいたら、このお節介なガイジンは、なんだか達者でなくもない日本語で、「切羽詰まったときには、将来性のある仕事につくな」と、とんでもないことを書いている。

頭を使う仕事もダメだという。

ホワイトカラーの事務員なんて、とんでもない。

じゃあ、どうするんだよ、と思いながらページをスクロールしていくと、

警備員ならいい、とマヌケなことが書いてある。

いいわけねえだろ、人生が終わりかけたジジイの仕事じゃん、と腹を立てながら、読んでいくと、

ラブホテルの清掃は、選択として最高だろう、とひどいことが書いてある。

宅急便の配送、パチンコ屋の店員、カッコワルイ肉体労働が、ずらずらと並べてあって、ほら、これが入り口ですぜ、などとふざけている。

不愉快で、腹が立ったが、結局、軽井沢の隣の隣の小諸という町で、住み込みで、ラブホテルの清掃をやることになったのは、あのヘンテコなブログのせいかもしれないんだよ。

小諸の町には、たくさんの外国人たちが住んでいた。

実をいえば仕事の相棒もベトナムのやつだった。若い男で、故郷の町で、みんなからオカネを集めて借金して日本に来たんだって言ってたな。

おれは、アジア人ってのは、怠けてばっかりで、嘘つきでものをとったりするだけなんだと思ってたが、こいつは例外なのか、ものすごくマジメなやつで、おれが嫌がる体毛を拾ったりする作業は、全部、黙っていても代わりにやってくれるんだ。

アジア人アレルギーが、どこかへ行ってしまったので、おれは、あいつらと付き合うのが平気になっていった。

アジア人に限らない。

給料が入ると、ブラジル人たちと一緒に佐久のココイチに行くほどになった。

CoCo壱番屋、あいつらは、大好きだからね

おれは甘いものが好きなので、ホテルのママチャリで出かけた散歩の途中で、ブラジル・カフェに寄ったりもした。

おれは、むかしは、ガイジンなんて、なんだか毛深いし、生理的に嫌だったんだけど、

日系人って言うの?

ここのやつらは、違っていて、話しやすかった。

ブリガデイロって、知っているかい?

ティラミスみたいなお菓子で、おいしいんだよ。

コーヒーとブリガデイロで300

すんごく安くて、おいしくて、おまけに店のやつらが、フレンドリーで、おれは、すっかり気に入ってしまったんだよ。

あいだは端折るよ。

長くなって、退屈なだけだしね。

おれは、そうしているうちに、店のレジとウエイトレスをやっている娘の、母親と仲良くなった。

離婚して、娘をつれて、じーさんの故郷、日本にやってきて、半導体工場で働いていたのさ。

ところが、おれは、聞いているだけで、その会社に火をつけてやろうかと思うくらい腹がたったが、業績が落ちると、2万人もいたブラジル人たちは、真っ先にクビを切られた。

驚いたかい?

おれたち日本人って、そういうことが出来る民族なんだよな。

おれですら、聞いていて、泣きたかったよ。

ブラジル人たちに、そんな酷い日本人は、一握りでと言いかけたら、ブラジル人たちは、笑って、わかってるわかってると、手で制するようにして、

いいのよ、会社の人たちだって、やりたくてやったんじゃないもの。

それに、わたしたちが、ここで、こうやってみんなで集まって暮らせているのは会社が呼んでくれたおかげでしょう?という

普通の木造アパートの一階にブラジル国旗をドアにかけてバーをやっている人、風俗業で糊口をしのいでいる人、いろいろだったけど、酷い目にあって、食うや食わずなのに、いったい、どういうことなんだろう?とおもうくらい、みんな明るくて、ニコニコしている。

 

へへへ。

もう察しがついてるかもだけど、おれは、結局、どうなったかというと、

レジ娘の母親、アリーシって言うんだけど、初めて、いちゃいちゃもんもんしたときに、「わたしはキョウコって言うのよ!おじいちゃんが、そう言ってた。おまえは、日本語の名前もあって、キョウコっていうんだ、って」と述べていたから、キョウコでもいいんだろう、結婚することにしたんだよ。

あのガメなんとかいうヘンなガイジンの言う通り、やっぱり愛がなくちゃ、で、ひとを愛することは、自分が世界とつながって、ちゃんと生きているんだと教えてくれる。

うーん。

うまく言えないけど、おれはおれという「考え」じゃなくて、肉体を持って、感情が生きている人間なんだと判って来たんだ。

アリーシのおかげです。

(笑うなよな)

おれとアリーシは、一緒に台北に行くことにしたんだよ。

アリーシのガタイがでっかい兄貴が、そこで、工事の現場監督をやってるんだ。

アリーシは、あなたの故郷なんだから日本にいましょう、と言ってくれるんだけど、思い出すのが嫌なので、ここには書きたくないが、

日本の人は、外国人を人間だと思っていないんじゃないか、とおもうことが、アリーシと暮らし始めてから、たくさんあった。

日本には、40年以上も日本人として過ごしてきた、おれの知らない顔があるようだった。

なんだか、台所で皿を洗いながら、忌野清志郎の「いいとしこいてえ~、なぜなの~」を鼻歌で唄っていたら、アリーシに大笑いされてしまったが、

ほんと、なぜなのか、判らないよね。

もう夜が明けて、朝になった、実家の自分の部屋で、自分でもとどめようもなく、おれはいったいどうなるんだろう、なにも手に職もなくて、学歴もなくて、将来なんて、考えられもしない、ああ、せめて英語くらいは、ちゃんとやっておけばよかった、とおもいながら、どんどんどんどん、真っ暗な一点に意識が凝るように集まって、それなのに、頭に毛布が巻き付いたようにぼんやりしてきて、苦しくて、死ねれば、どんなにか楽だろう、でも、もう遅すぎる、なにもかも遅すぎる、と考えていたのが、たった32歳のときだったなんて信じられない。

来月、台北へ発つんだ。

ビザ?

そんなもの、向こうにいってから考えるよ。

アリーシも、それでいい、と言っている。

そして、アリーシが頷いてくれることなら、どんなことだって、上手く行くにのに決まってるんだ。

おれは、よく判ったんだよ。

将来に備えて準備したり、生活の糧を確保したりしようとすることくらい、人間の人生を危なくする考えはない。

おれは外国に移住するったって、英語が出来なきゃダメに決まってる、まず英語を勉強しなければ、と考えたりして、けっきょく、どこにも行かないで終わってしまったんだけど、いま考えて見ると、あんなにダメな考えは、なかった。

どうしても生活の保証を欲しければ、心から愛する人と巡りあえるように「強く祈る」のが、いちばんよかったのかも知れない。

きみも、おいでよ。

準備したり、技能を身に付けたりする言葉を出て、

みんなが冗談だと思ってゲラゲラ笑う

「愛があれば、なんとかなるさ」の世界へ

人間が人間でいられる場所へ

オカネが、どうやっても触れないセキュリティが、

そこには、きっと、あるんだからさ

残念ながら、その場所は日本語の世界にはないのだけどね

この広い世界のどこかには、きっと、ふたりで幸福に過ごせる小さな場所があるのだとおもいます。



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3 replies

  1. ガメさん
    あけましておめでとう。

    これはアカンです。涙腺崩壊です。
    二十代のダメ人間(本当に酷かった)だった自分が今のオッサンになった自分を禿げ、もとい励ましているようじゃないですか!
    本当、人を愛する事、愛される事で湧きでる力、変われる人生があるんですよね。

  2. 現実に触れ合うってのは,うつくしくてもきたなくても良いもんだな.

  3. ガメさん
    2022おめでとう
    ガメさんの日本語はダメになるどころか、ここんとこブイブイぶっ飛ばしではないですか❗️
    絶対消さないでね
    今年もよろしく

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