三番目にやってくるもの

インターネットに代表される情報共有システムの発達は、事態の進行を遅延させる効果がある。

最も良く判るのが株式市場で、情報共有がここまで発達していなければ、この30年間でも、3回は恐慌になる契機があった。

スタニスラフ·ペトロフがいなければ19839月に世界が滅亡していたのは、多少でも世界の安全保障に関心がある人なら誰でも知っている。

大韓航空007便をソ連の戦闘機MiG-23Pが撃墜したあと、間もない、Able Archer 83のあとの西側諸国とソ連のあいだの緊張が最大に高まった時期にソ連の監視衛星がアメリカから打ち上げられた1発の大陸間弾道弾(ICBM)がソ連に向かっているのを探知する。

手続きに従えば、自動的にアメリカに向けて、同じく核弾頭を装備したICBMを直ちに打ち返さなければならない。

当然、こういう場合はクレムリンの許可はいりません。

緊急手続きとして定まっている。

ところがセルブコフ15バンカーで当直にあたっていたソ連の戦略ロケット軍中佐スタニスラフ·ペトロフは、反撃プロセスを独断で勝手に停止してしまいます。

コンピュータの誤警報だと判断したのね。

根拠ですか?

長いあいだ防空軍将校として働いてきたスタニスラフ·ペトロフの「勘」でした。

そのあと、もう4発のミサイルがダメ押しのように監視衛星によって探知されるが、スタニスラフ·ペトロフは、これも黙殺してしまう。

インターネットがない時代には、お互いの様子をスパイと想像力で憶測するしかなかった。

妄想は膨らんで一触即発になっていたところにミサイル警報が二度も立て続けに発せられたので、あとで、クレムリンと将軍たちの激怒を買って懲戒処分を受け、左遷されて、精神疾患を患って、不本意な人生を送ることになる、この気の毒な英雄がいなければ、世界は放射性物質で満たされた荒野になっているところだった。

現代では情報の共有が進んだので、こういう破局的な事態は避けられることになっている。

株式市場が大恐慌に陥る条件をすべて備えても、現実には大幅な株価の下落程度ですむのは2008年のリーマン危機でも判るとおりです。

その代わり、破滅は、ゆるやかに、極めてゆっくりと、低速前進で進む巨大な船のようにやってくることになった。

一見、進行していないように見えて、いつのまにかポジションが変わっていて、しばらく目をはなしていると、予想もしなかった直ぐそばにいる。

世界は、いまのところ、あきらかに第三次世界大戦に向かっている。

世界大戦の最も基礎的な条件は、スーパーパワーを持つ大国が別の国に取って代わられるときや、スーパー大国に挑戦者があらわれるときで、

人間の歴史を見ていると、ローマの昔から、避けられないことであるようです。

いまはどうか。

言うまでもなく、千年王国どころか、紀元前から最も富裕で、自他共に認める世界一の大国である中国が、高々200年の低迷を終えて、アメリカ合衆国に取って代わり、今回は「中華こそが宇宙」の中華思想に満足せずに世界を支配する意欲を公言している。

挑戦者として、まず、彼らの定義による国内、すなわち、香港や台湾を「中国的価値」で統一して、「自由」という疫病が蔓延する心配がなくなったところで、敗戦の結果、一個の国全体が自律的な機能を完結して持つという、史上かつてなかったほどの理想的な巨大基地として、太平洋進出が悲願の中国政府の、目の前に立ちはだかっている日本を打倒する段階まで、あと20年ほどのところまで来ている。

中国の立場からすれば、その過程で起きる各所での紛争を、戦争と呼びたいなら勝手に呼んでくれ、ということでしょう。

一方では北方戦争以来の文脈に従って、北欧への膨張を目指すロシアの運動がある。

「ウクライナ侵略は自国の防衛のためだ」というプーチンの理屈は、デタラメにしか聞こえないと評判が悪いが、本人は実際に言っていることを信じているはずで、「隣接国を緩衝地帯とする」ロシアの自国安全保障の前提から言えば、ウクライナの西欧化、ましてNATOへの加入は、到底、受け入れられないものです。

歴史的にロシアの国家的思考を最も理解しているのはスウェーデンだが、この国が2017年だったかに徴兵制を復活し、名指しで「我々は

ロシアの進攻に備えなければならない」と述べたのは、口にしない、確かな情報を手に握っているからに他なりません。

ついでに、では酷いが、主に国民からの支持をつなぎとめるために

「アメリカの恐喝に屈服して手放した」クリル諸島や、我々には北海道を統治する権利があるとまで述べる極右を黙らせるために、日本の北方で小競り合いを演出して「勝ってみせる」ことすら、まったく有り得ないとは言えない。

日本の人は、いつものことで、冷笑するに決まっているが、ロシア人の若い人と話せば、すぐに判る、日本で言う「北方領土」はロシアの公式見解は「過去に日本によって強奪された領土」で、日本側と、ちょうど話が逆さまになっている。

インドのカシミールは「世界の火薬庫」と言う。

現実に世界の地域のなかで武器と弾薬が最も集積されている地域がここであるからで、ヒンズー過激派が有名だが、それに対抗するイスラム過激派、

パキスタンとインド双方の軍部内強硬派が、日夜、睨みあっていて、一触即発どころではない形勢です。

アルンダティ·ロイの講演会は、通常、集まったインド系人との質疑応答に長い時間が費やされるが、見ていると、インドの人びとが、いかにグローバリズムが世界大戦へと世界を引き摺っていこうとしているか、感得して、恐れと怒りを抱いているか実感できるが、英語世界に住む英語人がカシミール危機について安穏としているのは、単純に無知だからであることが、よく判ります。

切りが無いが、南シナ海には中国が人工要塞島をつくり、オーストラリアはアメリカと同盟を強化して、軍事費を倍増して、ダーウィンは巨大な軍事拠点としての体裁を整えようとしている。

ヒマラヤを挟んで人民解放軍とインド国軍の小競り合いも続いている。

ペナン島のペニンシュラホテルで、寝付けないので、テレビをつけてみたら、ちょうど中国大使とインド大使が英語で、すさまじい応酬を繰り広げているところで、まるで交戦中(たしかに小規模戦闘中ではあったのだけれど)の二国が罵りあいをしているような激しさで、呆気にとられてしまったことがあった。

情報共有が進んでいなければ、とっくの昔に、世界のどこかで戦争が始まって、それが次々に引火して、連鎖して、世界大戦に突き進んでいるところだが、いまは幸いにもインターネットの時代で、ちょうど市民小説の普及で魔女裁判がなくなっていったように、お互いがなにをやっているか判っているので、大規模戦争まで突き進まずにすんでいる。

プーチンの戦争が火蓋を切って、20世紀的な国権国家の全面侵攻という骨董的な戦乱が起こっているが、NATOがロジックを無視して反撃に起ち上がる、という20世紀的な方向へは向かわずに、SWIFTからの追放を始めとする、軍事よりも、より効果的な反撃で西側は勝利を収めつつあるように見えます。

でも、ほんとうに、そうか?

と、心のどこかで声がしている。

情報の量と事態の進行速度は反比例するが、進行の方向が変わったことはない。

ものがよく見える人たちの意見の表明が、数年にわたって「やっぱりおおげさな取り越し苦労だったね」と笑われてから、いきなり現実になる、という最近の世界の傾向は、情報共有によって進行速度は遅くなっても、結局は行き着く先は同じであることを示している。

人民解放軍は、やはり金門海峡の向こう側の断崖絶壁を克服する方法の研究に着手しているのではないか。

中国は、ほんとうに外交的な調略に必要な忍耐心を保てるのか。

一定の財産を手に持たせて、プーチンを、初めはベラルーシでも、最終的にスイスやUKに亡命という形で逃がしてやることは出来るのか。

仮にそれが出来ないとなると、プーチンの指が核ボタンに伸びないと考えるのは難しいのではないか。

いまの世界は、政治においても経済においても「情報の同時的な共有」という、強い、平和で波乱のない日常への復元力と、旧時代的な、不信と野心と「理想」が育む暗い情熱の力の拮抗で出来ている。

信頼する知性たちの意見は、だんだんに「ゆっくりと燃え広がる世界大戦」に傾いているが、自分たちに出来ることは、政治においては、

1 冷笑や嘲笑、感情を刺激するような言い方をする人間を信用しない

2 激した感情に与しない

3 (特に国家を主語とした)正義と不正義の議論から自分を遠ざける

そしてなによりも、

個人の生活の視点に常に立ち返って、そこからしか世界を眺めない

ことが重要になっていくでしょう。

簡便に、自分の生活をもたない人間を信用しない、という観点でもよさそうです。

英語世界には大学教師や評論家は、もともと「どこか胡散臭い連中」として白眼視する、イナカモン文明の伝統がある。

で、その人は、屋根の雨漏りくらいは自分で直せるのか?

チキンパイは、ちゃんと作れるの?

と述べそうなところがある。

「地に足がつかない」人間を極端に嫌う。

日本語人は、急で無理矢理な近代化の過程で、言語が日常生活から乖離してしまう、という持病をもつことになってしまった。

カタカナ語を中心に、お話しが、ともすると、みんな宙に浮いてしまっている。

地面から数センチでも浮いてしまった言葉は、一陣の突風に、あっというまに掠われて、一切合切、まるごと戦争に持っていかれてしまう。

 

言語への無知に基づく人間の愚かさの歴史を、思い出してみたほうがいいのかも知れません。



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7 replies

  1. 出来悪くないさ。
    全く悪くない。
    から、消さないでね。

  2. Thank you❤️

  3. 日本語人を見捨てないメッセージが入っていてありがたいです。
    あっという間にとんでもないところに転がっていってしまいそうで日本の行く末が恐ろしい。
    出来るだけ沢山の人に読んでもらいたいです。

  4. ガメさん、ありがとう。久しぶりに読みました、今読めてよかったです。
    とにかく(いち個人としての)自分の生活を大切にすること。そう言われると、なぜかちょっとホッとしました。
    無知なりに冷静に、できることをしながら、ささやかな楽しみを大事にしながら、なんとか生き延びていきます。これからのために。

  5. 今回の紛争で、日本人たちはメディアのドラマチックなシナリオに酔いしれています。
    戦争反対!と声を掲げながら、それこそが戦争なのだとなぜ気付かないのでしょう。
    我々は日本人は、とても流されやすいです。
    Twitterでもプーチンへの憎悪が溢れかえっています。
    プーチンへの憎悪をTwitterにあげたところで、世界は何も良くなりません。
    それよりも、自分の芯をしっかり持ち、頭でまず考える。
    結局のところ、私たちは自分の周りしか平和には出来ないし、良くすることはできません。

  6. 欧州西側諸国在住ですが、周りはプーチン非難一色です。欧州の複雑さ、どんどん西側に流れてくるであろう避難民の受け入れ、ハイドロカーボンの急激なインフレ、LNG Exporterたちの今後の凄まじい利益、僕は自分の考えがまとまらず、チーズを食べながら途方に暮れています。あなたの文章が読めてよかった。

  7. 溢れる情報が目まぐるしく目の前を通り過ぎ、物事の進行も目まぐるしく早いと感じてしまいがちだけれど、「インターネットに代表される情報共有システムの発達は、事態の進行を遅延させる効果がある。」という指摘はまさにその通りだと感じます。

    遅延している「事態の進行」が向かう先を、変えることができないのか?は、僕にはわからないけれど、遅延する事で得た時間を、より良い向かう先を選ぶ判断のために使う知恵を、人間が持つと信じたいです。

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