Victoria Ave

 

 

 

滝を見よ

滝になって流れ落ちる水の美しさを見よ。

言葉も瀑布になって流れ落ちるべきだとはおもわないか?
水と火は世界の根源である
世界がきみが信じた世界であるならば、いまこそ滅亡するべきだとはおもわないか?

現実を愛したことのない彼は言葉にしみついた現実の影に耐えられなかった。
デマゴーグたちを見よ

オラトリカルな詩句を口ずさむ老いた詩人を見よ。

太陽を見つめる
盲いた見者たちがふりかえるとき

ダヌンツィオの別荘を訪ねていった。
ローマからコモ湖までのドライブの途中で。
イタリアは自分の美しさを熟知した美しい娼婦のようで
聖母のようで、

母なる国
言葉を失って
茫然として 川畔に立って
川面に映る 空いっぱいに枝を広げる
常緑樹を見ていた

ダヌンツィオの亡霊が述べている
「イタリア人に生まれなければ人間ではないのだ
イタリア人に生まれてさえ 人間ではありえないのだ」

フランス人たちは 突然スペイン人やイタリア人のマネばかりする自分たちにうんざりして
シュルレアリスムを生んだが

それが革命の思想だとは誰も 自分達も気が付かなかった
(カール・マルクスがいて、革命は自分の定規にあっていなければならないのだ、と偏執的に述べていたからね)

芸術にも階級がある
この世のありとあらゆる革命のなかで

最も通俗な名誉革命だけが成功した革命でありえたことには理由がある

あのひとの声が聞こえる
ぼくに日本語の美しさを教えた
あのひとの声が聞こえてくる

どうして あなたは終わりにできないの?
30分も延長してあげたのに
ほんとうは$250の追加料金をいただけなければならないのだけれど

サマルカンドの市の話をしてくれたから大目に見てあげよう
でもあなたの性器はおおきすぎる

おおきすぎる性器は どうかとおもう

焚き火を見つめるモリッツイオ
セロ弾きのモリッツイオ

モリッツイオのだらんと垂れた
ぶざまに おおきな性器

おおきすぎて
マヌケな太陽

オークランド病院の坂をおりて
グラフトンストリートに出て
クリケットグラウンドの脇を抜けて
家に帰る

この坂道はエドモンド・ヒラリーが歩いた道なんだって

エディンバラからオークランドへ
デイビッド・ヒュームからエドモンド・ヒラリーへ

懐疑から肯定へ

歩いてきたが
結局は なにもかもが誤解だったのではないだろうか

滝を見よ
滝になって流れ落ちる水の美しさを見よ。

あるいは 流れ落ちる水以外の美しさを
われわれは 知るべきではない

モリッツイオのだらんと垂れた

イタリア

 

(この記事は2019年9月19日に「ガメ・オベールの日本語練習帳 ver.5」に掲載された記事の再掲載です)



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