もういちど日本へ

自分でも、もういいかげん日本語はやめたらどうなんだろう、とおもう。

ほんとうにオカネがあったら、ボソボソと日本語を書いていたりするわけはない、と嫌がらせをいいにくる人は、むかしからたくさんいて、

どうも読んでいると、そういう人は、カネモチは160フィート船のアフト·デッキで、シャンパンを片手に身体をくねらせているスウィムスーツのデルモの皆さんと、きゃあきゃあと愉しい午後を過ごして、夜は、そのうちのひとり、もしくは、もっといけない人はふたりと、ムフフ、な生活をしているとおもっているらしい。

いるけどね、そういう人。

たいてい、オカネがあんまりない出発で、アフトデッキくねくねムフフを夢見て、狂ったように仕事をして、オカネが出来ると、一目散に160フィート船を買う。

しかし、まあ、当たり前だが、すぐ飽きます。

オカネを稼ぐには、あんまり知能はいらない。

アイデアひとつと、アイデアを実行に移す、知的能力とは、やや別の能力が必要なだけです。

それに対して、オカネを使うには、作るときとは別種の、高度に知的な能力がいる。

絵が判らなければ、いくら有名な画家の絵を蒐集しても、隠そうとしても顔に出てしまうらしい招待した客の軽蔑の影がある顔と対面することになる。

だからオカネを作る能力はあっても、うまく使えない人は、たくさんいて、ビンボなニュージーランドでの友だちでさえ、若くてスーパーマーケットの経営に成功して、不動産投資も始めて、きゃあきゃあムフフ路線に進んだが、カネモチボートが集まるので有名なMan o’War Bayで待ちあわせて、行ってみると、

さっそく冴えない顔で、ガメが言ったとおりだった、という。

なにが?

と訊くと、ボートって、こんなにカネがかかるものだとは思わなかった、

最低でも年間ボートの価格の一割、ときみは言っていたけど、それはいくらなんでも誇張だろう、と思ったんだよ。

でも、現実はもっと酷かった。

1年に2億円以上、ただボートを持っているだけで消えていくのが判ると、なにしろ、この人は経営者なので、たまらない気持になるもののようでした。

でも、まあ、綺麗な女の人たちにチヤホヤされて、いいじゃないの、と述べると、一層、暗い顔になって、ああいう女はバカばかりだ、と、聴いていて吹き出しそうになることを言います。

もうボート、売るよ。

他の人には出来ない、一生に一度の経験が出来たから、それでいいことにする。

と、俄カネモチとは思えない、賢明なことを述べていた。

トニー·チン、という人がいる。

@TonyChinというアカウント名でtweetしている。

この人は、twitterブッシュに集まってくる鳥さんたちのなかでも出色に面白い人で、武具の専門家で、たしか前にはスタンフォード大学と、日本のどっかの大学で講じていたはずだが、それとは別に、英語、中国語、日本語が母語です。

この人や、こちらは昔からの友人の勲さん @IsaoKato 、マルタ島で生まれて、育って、いまは台湾が気に入って住んでいる人ですが、こちらも英語、中国語、日本語が母語並で、あといくつ言語が判るんだか知らないが、ともかく、

ふたりとも同じことを述べていて、言語によって人格が異なっている。

あんまり理屈ではなくて、実感でしょう。

言語習得の最もおおきな楽しみは、これで、特に特殊なことではなくて、

もうバラしても怒らないとおもうが、ロマネスク美術の研究で、日本にいて、日本語でやっているのに、すんごい内容の研究をする金沢百枝さん @momokanazawa さんも英語と日本語では人格が異なっていて、面白いことに英語でのやりとりのほうが、こちらから見ると「自然」な感じがする。

そういうことが楽しくて、言語遊びに耽っているが、しかし、もういいかげんにしたらどうなんだ、という気がする。

特に日本語は、なにしろ生活のなかではまったく使わない言語であるうえに、最後に日本を訪問したのが12年前で、言語どころか、どんな国だったか、ちゃんとおぼえていなくて、このあいだなどは「ああ、横浜中華街の『青葉』で豚の角煮が食いてえ」と考えてから、よく考えてみると、「青葉」があるのは台北だったのを思い出して、呆然としてしまった。

なんだか、現実なのか現実ではなかったのか、現(うつつ)か夢か、もう判然としなくなっていて、頼りないこと、このうえがない。

一方では、頭のなかに架けてある「日本」は、少しずつ色が褪せて、輪郭も怪しくなっているけれども、嫌な染みが消えて、愛おしいまでの、細い線で描かれた姿を見せている。

見ていて、どうもこれは、現実ではないな、美化されすぎなんじゃないの?とおもうが、自分が身に付けた、ほんの少ない数の言葉のなかでも、現実から乖離してしまっているからでしょう、というよりも拠って立つ現実が、記憶された取捨された日本の面影と入れ替わっているからでしょう、

日本語は、際立って美しい言語に見えて、離れがたい気持になってしまっている。

普段、毎日のように顔をあわせているときには、たいして意識していなかったのに、亡くなってから、次第に恋愛の感情が起きてきた女のひとの横顔をおもうようなもので、手を伸ばしても、届きはしないが、その届かないということそのものが、ますます気持を掻き立てるのかも知れません。

何度も何度も書いた、長者ヶ崎の沖合から眺める、鐙摺山の後ろに、現実でないような空の青と白のコントラストで、聳え立つ積乱雲や、

軽井沢の、カラタチの林をぬけて、ずっと歩いていくと、突然、と言いたくなるような消え方で、ふと消えてしまう小径、追分の、夏なのに肌寒い早朝の、深い深い霧のなかを、ざくざくと歩く、自分の足音に耳を澄ます。

バルセロナの街角や、マンハッタンのバーと一緒に、ガラクタ箱に雑然と放り込まれたようにしてある記憶が、日本語を使って考え始めると、

忽然と他の土地の記憶と分離して、日本として、輝かしい姿を目の前にあらわす。

そのたびに、ああ、もう、自分はあきらめているんだな、とおもう。

なにを諦めているのかは、おかしなことに、考えている本人にも判然としないのだけど。

風にはためいて揺れている「氷」の赤い旗や、ちゃんと油揚げが供えられている、狭い路地の「お稲荷さん」、東京の神田には、まだそこここに残っている、分類するならば「呪術的」な日本。

そういうものが記憶のなかに甦ってくるたびに、やっぱりやめられないんだよなあ、とため息をつく気持になります。

奇妙なことには、現実の日本を再訪することが怖いとおもうことがある。

もしかしたら、自分が、現実の日本より記憶のなかで姿を変えた日本のほうが好きなのではないか、現実に訪問すると、その美しい日本が壊れてしまうのではないか、と考える。

ずいぶん、馬鹿げたことだが、自分の気持を尋問してみると、案外、それが本音なのかもしれません。

やれやれ、ヘンテコリンな日本語愛もあるもんだ、と、自分でも笑いたい気持になる。

すべての美しいものは壊れやすい。

頭のなかにある日本を、そっと、眺めて、あれ、これはなんだろう?と眺めるのは、オカネがあったってなくたって、ぼくにとっては最高の楽しみなんだから、仕方がないのさ、と意地悪をしにくる人の言葉を読みながら、考えました。

(な、なんだ、これは、と訝った人のために書いておくと画像は沖縄の南窯です。ウタキと、この有名な登り窯を見に沖縄へでかけたようなものだけど、多分、いまは崩壊してなくなっているのではないかしら)



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1 reply

  1. 最高。その窯まだあるよ。私の実家のすぐそばでここ数年行けてないけど。南窯がギリギリの境界線でその数m先はくだらない開発が進んでしまったけど。南窯を起点にしてその背後には、生活と共に聖霊も妖怪もいる元の那覇の街がかろうじて残っているよ。

    御嶽は大きいものだけ見た? 本当は各町内にあって、びっくりするくらいなんでもない岩や、水溜りのような池が大事に大事に祀られているよ。土地のいなぐぅーんかいめーにちちゃーうがみーしやっさ。

    わかるよ。怖いよ。日本の神様がいなくなっていく感覚が。魂の親がいつの間にか蒸発していくんだよ。わんねーちゃーならん。覚えていてくれてありがとうね。

    イミヌフリムン、イミヌフリムン

    クワァッチーしてから行きなさいね。

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