身長175cmの神保町

もう少し身体が小さかったら、日本での生活をもっと楽しめたのに、とおもうことがよくある。

ぼんやりしたまま地下鉄に乗ろうとしてデコを乗降ドアの枠にぶつけたり、

バスに飛びのろうとして、おもいっきり頭をぶつけて、道路に、どおっと倒れてヒソヒソされたり、という失敗はもちろんだが、そういうマヌケなこととは別に、もともと目立つのが嫌いで、なんでも、こっそり、ひとめに付かないですませたいほうなので、頭を雲の上にだし、肩から上が人波から、にょっきり突き出ているのでは、身体の置き所に困るような気持がすることが多かった。

身長が、せめて175cmくらいなら、肌の色や、顔や身体の造作の違いはあっても、なあんとなく日本の人に紛れて、ちらちら見られたりせずに生活できたのではないか。

どんな生活が出来たろう。

もうまるで日本の本オタクのような顔をして、神保町の駅から、階段を、歩いて出てくる。

いまも、まだあるのか、もうなくなってしまったか、三菱UFJ銀行があって、どう工夫しても、その側から出てきてしまうところがおもしろかった。

キムラヤという店が角にあった。

ヘンなところで、と笑われそうだが、2000年だったか、五年ぶりに日本を訪問して、突然、湧き起こるような幸福感に包まれた場所です。

その瞬間に店内で、かかっていた曲までおぼえていて、宇多田ヒカルの「オートマティック」だったとおもう。

子供時代の至福の日本生活のあと、そこまで、しばらく、一度だけ、数日、ストップオーバーで立ち寄ったくらいで、アジアといえば、専らシンガポールで、なにしろ、そのころはまだニュージーランドはもちろん、オーストラリアもド田舎そのもので、特にハイテクは海の向こうの彼方で、

ときどき文明を訪問するような気持で、シンガポールにばかり通っていた。

知っている人は判る。

判る人は知っている。

電気街時代の秋葉原の駅前から末広町への広がりを、垂直に表現したシムリムセンターで、ヒロセ無線やサトー無線から、場末のパーツ屋のうらた屋まで、子供のときには存在した、コピーソフト店が集合した7階はさすがに店を閉めていたが、そのころは、水平な秋葉原よりも、垂直なシムリム秋葉原のほうが楽しいと感じていた。

ところが気まぐれでストップオーバーでシンガポールの代わりに日本を訪問してみると、「日本って、こんなにおもしろかったっけ?」というくらい面白くて、いま考えて見ると、ようやく子供時代を脱して、おとなになったことがおおきく関係しているとおもうが、シンガポールよりも東京のほうが、

オーチャードロードよりも銀座と神保町のほうが、ずっとずっと、「深い」町におもえた。

身長175cmのぼくは、白山通りをまず渡って、あとであのヘロヘロのきつねうどんを食べよう、でへへ、とおもいながら六文蕎麦の黄色い看板をちらりと見て、靖国通りの交叉点を渡って、田村書店は覗かないわけにはいかない。

チョー流暢な(そこのきみ、なにを笑っておる。空想なんだから、めっちゃ訛りのない完璧な日本語でいいのよ)日本語で、「田村隆一全詩集」が入る予定はありますか、と訊くと、おっちゃんが、ゾンザイな調子で、めんどくさそうに「さあ」とかなんとか述べるであろう。

本意を知ったら怒るだろうが、なにしろ、こっちもほんとうは、古書の在庫が入ってくるかどうかなんて店主にも判るわけはないのは承知で、ただ「古書店で主人と話す」ということをやりたいだけの傍迷惑なのだから、「さあ」と聞ければ十分で、棚にあった岡田隆彦の「わが瞳」を差し出して、そそくさと現金を払って、店を出ます。

東京書店に行くか、それとも、いきなり一誠堂に行こうか。

小宮山書店も、ずっと行ってないよね。

おなかが空いたので、より精確には、「小腹が空いたので」と実情に即して書くべきだが、いくら古い日本表現のほうが好きだといっても、「小腹が空いた」は、垢光りがする表現で、サムライドラマでみたいでもあって、

現代日本語では「ちょっと、お腹がすいた」としか言えないのではないか。

「スヰートポーズ」で大皿定食、餃子16個と御飯味噌汁つきで、ご飯いりませんと断って、どっかと腰をおろして、日本満洲移民の記憶が、これでもかこれでもかと詰まった餃子を食べる。

あれ、ロンドンやオークランドにはフライド·ダンプリンとして存在する、鍋貼餃子(グオティエ)だよね。

1955年に大連から引き揚げて神保町で店を開いて、まるで、「ニンニクが入ってるのは違うんだよ。形も違うんだ。餃子ってのはね、こういうものなんだよ」と日本の社会に言い聞かせるようにして、鍋貼一筋にやってきたのでしょう。

大連の日本人社会相手の餃子店では、中国世界の、餃子の、すさまじいばかりのdiversityは俯瞰できなかったので、この店では「ほんとうの餃子」は、鍋貼のことだった。

水餃子もあるんだけどね。

食べてみたことがないから、身長が175cmに縮んでも、なにも書けやしない。

東京堂書店は、二階がメインで、階段をあがると、いきなり左側に黄金コーナーが広がっています。

また、おおげさな、ただの現代詩文庫じゃない、というなかれ。

岩田宏の詩集「独裁」なんて、3万円するんだよ。

さんまんえん。

吉岡実の詩集なんて、「サフラン摘み」以外は、どうにもこうにも手に入らなくて、甘言を弄して、古書店の人に仕入れを決意させる以外には入手する方法がない。

ときどき考えるが、絶版詩集の質屋を開けば、自他に有益なのではなかろーか。

外廊下。

初版か二版かは重要でない。

詩集に二版が存在するかどうかは別問題だが。

現代詩文庫は、潜在的には、いまでも日本語の恩人で、

日本語の復興を志す人は、菊地信義装丁の、めっちゃチャチな製本の、この網羅的現代詩ショーウインドウの世話になるに違いない。

きみは、棚から石原吉郎の詩集を選び出して、そっと、鞄のなかにいれる。

ウソです。

レジにいって支払いをすませる。

本格的にお腹がすくと、キッチン南海のマックロクロスケカレーなのか、高岡書店の二階の裏にあるボンディなのか、悩まない人はいないでしょう。

道を渡って共栄堂にいくか、小川町まで足をのばしてエチオピアか。

共栄堂のカレーは味が薄くなった、と、怒っているおっちゃんがいたのを思い出す。

むかしの店が木造のときのほうがおいしかった、と、怖いことを言います。

あの平ったい木造の店で、白い上っ張りを着た店主が、見るからに誇らしげに自信満々の顔でカレーを持ってくるから、おいしかったんだよ。

名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実ひとつ。

ラドリオもMilonga Nuevaも、三幸園も、身体さえ小さければ、緊張せずに、もっと気楽に行けて、日本がもっと肌身でよく判ったのになあ、とおもう。

日本の人は、他人事になると、案外、薄情でいじわるなので、

「自意識過剰ですよ。いまどきヨーロピアンなんて珍しくもない」と言う人がいるのに違いないが、交叉点に、ぼおんやり立って、「ああ、いいなあ、東京。ぼく、シアワセだなあ」とマヌケな幸福に浸っているときに、突然、

「あんた、ずいぶん、おおきいねえ」と素っ頓狂な声で知らないおっちゃんから話しかけられる身にならないと、この悲惨は判らないのではないか。

マジメな話、特に身長が165cmもあれば「大男」と言われた戦前の日本人がつくった文明には、身体のおおきさが反映しているのではないかとおもうことがある。

日露戦争を見聞した武官や記者の西洋人たちは、チビッコの日本兵たちが、巨大な体躯のロシア兵たちに、果敢に突撃して、機関銃に薙ぎ倒される様子や、あるいは白兵戦があった戦場で、体格が二倍はありそうなロシア兵たちに組み付いてというよりも取りついて、相手の両目玉に指を突っ込んで、むしりとって、そのまま死んだ日本兵の姿を書きとめている。

妄説だけどね。

ときどき、戦前の日本の人の体格の小ささが、国民としての攻撃性や、遮二無二走り出す性格をつくったのではないかと考えることがある。

突拍子もないのは、認めるが、例えば夏目漱石は、ロンドンで、あきらかに自分の身体が小さくて、自分より体格が小さなおとなが周りにいないことと、未成熟な近代日本の姿とを重ね合わせていた。

おとなとこども。

世界に名だたる女性差別の国日本からやってきた男のひとたちは、世界のなかでは、

いまだに体格の差によって、女のひとたちが受けている差別を、

日本の外では体感しているのではないか、と考えることもある。

なんどもいうと、ヘンテコリンな考えだけどね。

そして、いつもこちらが勝手に近代日本に対すて感じている一種の「切なさ」は、その何分の一かは、日本のひとたちが小さいという事実によって引き起こされているのではないかと疑っているのです。

だって、たいへんだよ。

どんなに頭がよくて弁がたっても、ばああかみたいな赤毛のアゴヒゲ男に、

「うるせえ」と言われて殴られちゃったら、それで終わりだもん。

次の日は病院のベッドで、暴力がいかに理不尽で、言葉なんぞ簡単に破壊してしまうか、噛みしめて天井を見上げることになる。

だからね。

時々、日本のことを思い出すとき、ぼくは175cmになる。175cmになって、誰にも気付かれない影のように、人波のなかを移動する。

それが現実の世界では出来なくて、とてもとても残念だと、おもっています。



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3 replies

  1. まあ勘違いしてる人も多いけど、神保町は古書店の数がめっちゃ多いから街全体での品揃えという点ではたしかに日本一であるけれども、価格というか安さという観点で言うと、必ずしも安くない、というか高い(もちろん格安本もたくさん出ているし、店によりけりではあるが、街全体の傾向としてはやっぱり価格は高め)。特に専門分野の古書店でその店の専門分野の古書を買ったりすると、どうしても高くつく。それは需要と供給の関係でそうなる、神保町には日本全国から特定の分野の特定の古書を目当てに客がくるから、需要が大きくなって、そういう客向けにいろいろなルートから高値でも仕入れたりする(古書店・古書業者どうしでも本の売買は行われる)から、必然的に値段も高くなる。
    というわけで、安値の意外な掘出しものを探すなら、早稲田か本郷なんかどうでしょうか。
    関西だと、神戸の元町高架下か新開地あたりが穴場かな。

    • 「安値の意外な掘り出しもの」という点では、ぼくがいたときにはブックオフをクルマで回るのがよかった。ぼくは結局、富山から村上まで、南は三浦半島まで行きました。「一律定価の半値」なのえ神保町では4万円の本が2000円で買えたりしてました

  2. スヰートポーズもなくなっちゃいましたね。

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