日本語がやってきた家に帰る

 

 

焼き鳥屋に行ってきたのだという。

日本酒を飲んだら、眠れなくなってしまった。

それ、アル中の症状なんじゃない?、と冗談を述べると、

ギョッとしています。

チョウチンというメニューを知っているか、あれはおいしい、と画像を送ってきたものを見ると、不気味なので、こんなの食べるの絶対やだ、と述べると、そこがこのひとで、

ごめん、とあっさり引き下がる。

名前を言う訳にはいかないが、たいへんな知性の人で、多分、日本語で出会った人のなかでは、いちばんの知性の持ち主でしょう。

研究者で、研究の分野も教えて上げたくないが、すごいレベルの研究で、

これを日本語でやって、正当な評価が得られるわけはないので、

残念でしょう、というようなことをいうと、

そうでもない、というようなことを曖昧に述べて、受け流してしまいます。

御徒町のガード下の楽しさを述べて、鳥ぎんに話が及ぶと、

ニュー鳥ぎんは鳥ぎんよりも古くて、鳥ぎんのなかでも、いちばんおいしい、と不思議な知識を披瀝している。

うまが合う相手が、楽しそうなので、しばらく話し込んでしまったが、

酒を飲んだら眠れなくなった、と述べた本人は、途中ですやすやと眠り込んでしまった。

日本の暮らしのよいところが伝わってきて、楽しい記憶が甦って、そうだったなあ、と日本での、楽しい酔っ払い生活を思い出しました。

20世紀が21世紀に変わるころ、「日本食ブーム」が一段落して、マンハッタンでも焼き鳥屋の前の週末の行列が消えて、といって人気がなくなって日本食が凋落したというわけではなくて、定着して、通りの普通の風景としてニューヨーカーの生活に溶け込んでいったころ、シェフたちが入れ替わり立ち代わり日本にやってきて、日本訪問ブームのようになったことがある。

特にフランスの一流レストランのシェフたちが熱心で、計測数値化が大好きなフランスの人の国民性まるだしで、客とシェフとの距離を保って親密な関係がうらやましいと考えて、カウンターの幅を測ったりして、鮨店の大将たちを苦笑させたりしていたようでした。

午前零時をまわったころにシンガポールの裏町で豆腐花(トウフファー)の店に行列するのも楽しいが、同じような楽しさは、東京にもあって、

個々の店が通りに向かって閉じていなくて、開いた顔をもっている。

有楽町のガード下の焼き鳥屋が欧州人に、あんなに人気があるのは、グリーンミシュランのような信頼されているガイドブックに載っているせいもあるが、それ以上に、店と客、客と客の距離感が絶妙で、

引っ込み思案の人でも思わず見知らぬ他人に話しかけてしまうような、

あのウキウキした、ひとを開けっぴろげな気持にする空気のせいでしょう。

バルセロナ、ニューヨーク、メルボルン、シンガポール、東京、

どれも歩いて移動できる町で、同じ大都会でも、タクシーやウーバーで移動するロンドンやシドニーとは、夜の性格そのものが異なっている。

特に東京は都市計画に失敗して、というよりも都市計画なんてあるんだかないんだか判らないくらい、おもちゃ箱を駄々っ子がひっくり返したような有様なのが幸いして、灯りで眩惑されてしまうような、あるいは騒然とした、

それなのに安全におもえる、不思議な親和力に満ちた繁華街がいくつもある。

日本語が判るようになって、社会から始まって、人の心のなかに分け入ってしまうようになると、自分が日本語世界のメンバーのように錯覚されて、手に持った西洋の定規で、ここがおかしい、そこが8センチもずれている、

倫理を地下鉄に置き忘れてきたのではないか、と言いたくなるが、

考えてみると、そんなことに意味はなかったので、

だいいち、シンガポールの町で、そんなことを期待して腹を立てたことはいちどもないので、自分でも判るとおり、日本が自由主義社会でも自由なのは表向きで、さまざまな仕掛けをもった全体主義社会でも、どちらでもいいわけで、取り分け最近は、トーリーのイギリスやトランプのアメリカの体たらくを見ていると、自由社会ったって、もう寿命がつきてしまっているのではないか、と、やけくそにおもわれることがあって、自由市民社会総本家のフランスでも黄色いジャケットを着込んでジタバタしているので、なにもアジアの東の最果ての国にやってきて、自由がないではないか、と述べても滑稽な気がする。

日本の人は優秀だから、と述べると、まっすぐ皮肉と受け取る人がいて、

到頭、日本の人の自信喪失もそこまで来たかとおもって気の毒な感じがするが、こちらはなにしろ見たままの現実をそのまま述べているだけで、

日本の人は昔から、あんまり考える習慣はもたないが、なにが自分たちに必要かを評価して、飛びついて、あっというまに自家薬籠中のものにするのは得意で、なかでも芸術の分野では模倣に留まらずに、「世界の他のどこにもない美」をつくることに長けていて、それがいまに始まったことではないのは、例えば能楽をみれば一目瞭然であるとおもう。

しかも、伝統的には美が死と生をわける細い線のうえに生じて、

日本の人はいい顔をしないかもしれないが、日本の美といえば、

日本刀がいちばんで、大鎧、兜、面頬、吹き荒ぶ暴力の嵐に立ち向かうとでもいうような、人間の儚さの形象が、最もすぐれている。

西洋理屈から日本語をたどって日本社会に分け入って、十分に共に痛みを共有するというところまではいかなかったが、西洋理屈に照らせば日本の社会のどこが傷んでいるのかは、十分に判ったつもりなので、

やることとして、ちょっと危ないが、日本語で日本人の側に立って世界を観るとどうなるか、ということを、最近はやってみる。

自殺は許されない、というが、死んでからまで死んだこと自体を悪し様に言われるほど、日本の社会が自殺を禁忌として扱ってきているだろうか、というような危険地帯も含んでいます。

もともとは、西洋では自殺は社会の側に強要されて、敗北の一形式として許容されるものだった。

平たくいえば、ソクラテスのように「八方塞がり」にされて、

自分で死ぬ以外にないところまで追い込まれる。

キリスト教が入ってくると、神に授かった一生を自分の手で断ち切ってしまう大罪という扱いになってゆく。

徳川幕府が起こるまでは、武士の自裁は、ほぼローマ人とおなじ個人の敗北の表現におもえるが、江戸時代を通じては、死が儀式化、観念化して、

武士道というコードから外れたときの刑罰に変化してゆく。

そこまでは判りやすい。

近代からあとが謎で、経緯を考えると、明治以降の近代日本では、西洋文明を模倣輸入する際に、木戸孝允たちが「キリスト教だけは、ダメだ。あんなものを日本人が信じ始めたら国が壊れる」と強硬に述べて、輸入はしないことになった。

しかし、神への信仰をとってしまうと、糸をぬいたらバラバラになってしまう大鎧のようなもので、なんとも近代国家の体をなさないので、キリスト教の神の代わりに、天皇を持ってくることに決めます。

このあいだまで人間で、虎屋の世話になって甘い物に久方ぶりにありついて感涙にむせていたような家の息子が、今日は神様になってしまう。

自殺についても、キリスト教の神と天皇をいれかえた

「天子さまに頂いた命を自分の一存で断ってしまうのは許しがたい」という理屈が出来上がって、これが、天皇がやっぱり神様はやめた、おいらは人間だぜい、と一方的に神棚を下りてしまう戦後まで、いまおもうと非現実的な気がするが、実際に公式の理屈として通用していた。

すると、戦後は、お隣の韓国と較べても、ごく少数と言いたくなるキリスト教徒の日本語人をのぞいては、考えてみると、とてもとても奇妙なことになっていて、自殺はいけない、という結論だけが残っていて、なぜにあたる部分は、神様も天皇もいなくなって、からっぽのまま、風に揺れている。

理屈のうえでは自殺を阻むものはなにもないわけで、かろうじて、日本語の「世間主義」で、世間に迷惑をかけるようなことはしてはいけない、とおもいとどまらせることになっているだけであるように見えます。

自殺が一例だが、日本語にいると、明治に成立した近代日本語の初期条件がおおきく変わってしまっているので、いつのまにか理屈にもなにもならなくなっている現実が、あちこちに転がっている。

日本語人が西洋人なら、とは、またややこしいが、あるいは西洋語人が日本語人ならば、でも当然いいわけだが、自殺は悪くないし、個人の自由がこの社会でほんとうに必要なのか、という理屈が当然跋扈しはじめるはずだが、

日本語では、あんまりものを深く考えないことになっているので、

なあんとなく、まあ、そうですけどね、で、打っちゃっておかれている。

まあ、そんなに悩まないで、一献いきましょうよ、と隣に腰掛けた神様がアゴヒゲをさすりながら、お酌をしてくれそうです。

日本が一瞬はGDPにおいて世界1位になった繁栄から、いまも語り草の、急転直下の、劇的な大転落を遂げた直截の原因は、デリバティブに疎くて、ついには市場からの資金調達において、西洋から初めに習得した調達法に終始してTerri Duhonの世代が数学を駆使して打ち立てた金融クレジット理論についていけなかったからだが、一事が万事で、他のあらゆる分野において、和魂洋才、150年前に模倣したことが、空洞化して、機能しなくなって、ガラクタの骨董のようになったまま、至るところに転がっている。

なすすべを知らないというか、あれほど熱心に議論される民主制ひとつとっても、初めに誰がそう述べたのか選挙一本で維持できると信じ込んで、通りに出るなんて、とんでもない、という言説が盛んで、なにしろ市民の側でやれることは総動員で、やっとこさ成り立つ、出来の悪い、使い勝手もよろしくない制度なので、当たり前だが、いつまで経っても機能しなくて、

看板は民主社会だが、実態は集団指導部支配で、社会システムについていえば、そもそも「日本型民主制」という根本が骨董化して機能しなくなっているのに、そこが日本の日本たる由縁で「もっと選挙にいくように啓蒙すれば自由社会が実現する」と、見当違いの迂遠な努力を永遠につづけている。

鏡の前にたって、まあ、ちょっとたるんできたお腹や、タプタプしそうな二の腕を観たくはないでしょうが、洋服を脱いで、裸になって、

さて、自分はどんな姿になっているのか、観念の眼鏡を外して見つめて観るのがいいのではないだろうか。

おもってたより、足が短いかも知れないけどね。

案外、すっきりした顔立ちだし、肩や腕の形もおもったよりもよくて、

これなら案外まだやれそうだと、おもうでしょう。

日本語人は、日本語で生きている限り、やはりいつかは「日本語で理解した西洋」の影響を去らなくては、この先は難しい。

カタカナが多い思考は、思考といえるほどの深みを持っていないことなどは、ちゃんと日本語を乗りこなせば、すぐに判ることだとおもいます。

道に迷ったら、焼き鳥屋に行くといいですよ。

居酒屋でもいい。

フランス人シェフたちが、ああでもない、こうでもない、七転八倒しても作り出せない空間が、初めから当たり前のようにして、存在して、

それが日本の未来へのおおきなヒントなのかも知れません。

お酒のせいで眠れなかったはずの友だちは、いつのまにか、小さな子供のようにすやすや眠ってしまったが、ぼくは、そのあとも起きていて、

チョウチンは嫌だけど、なんだか日本語世界にも希望があるような気になっていました。

やってみる価値はある。

どうです、まあ、一献?



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