ONKYO

カイバー·パス·ロードは、オークランドでいちばん大きな繁華街、New Marketから西北に伸びて、評判のいいラーメン屋やイタリアレストランが並んでいるSymonds Stにぶつかって終わっている。

子供の頃、まだ、この世にこれほど酷い天気は無いと言いたくなる、イングランドの陰鬱な冬を逃れて南島のクライストチャーチにやってくるだけだったころも、オークランドには用事があったり様子が見たかったりで、やってきたが、カイバー·パス·ロードには赤いでっかい象さんが立っているタイレストランと大好きな電子部品屋があって、子供なりのオークランドの印象の中心になっていた。

ここにね。

ONKYOという会社があって、いまでもサインだけは残っているかもしれません。

おとなたちの話に耳を傾けていると、ONKYOは日本の文化性を伴う豊かさの象徴と受け止められていて、「トヨタやホンダだけの国じゃない」と述べていた農場主のおっちゃんの言葉を、いまでもおぼえている。

そのONKYOが破産手続きに入った、というニュースが出ていました

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220516/k10013628401000.html

驚きはしない。

ONKYOは、21世紀への変わり目だったか、ずいぶん昔にニュージーランドから撤退して、東京へ寄るたびに楽しみにしていて、行けば必ず訪問することにしていた有楽町ビックカメラのオーディオコーナーにもONKYOのラインアップは見る度に減っていた。

でも、到頭、という感慨があります。

日本の外に住む日本語の人が、みな気が付くことのひとつに、「日本メーカーの家電が店にない」ことがあるとおもう。

東芝も日立も、シャープもなくて、かろうじてパナソニックが生き残っている。

AV家電ではSONYが、いまでも目立った存在だけれども、あとはAudio Tecnicaのイアフォンやヘッドホンが、よく見ると、棚にかかっているくらいです。

いちど、冷蔵庫を買うときに、日本のメーカーは置いてないんだね、と何の気なしに訊いたことがある。

店員さんの反応は、ぶっくらこくような感情的なもので、ちょうどなにかタイミングだったのか、日本人は許せない、という調子だったので、

なにごとならむ、と聴いてみると、

「日本の製品は品質がいいので、他社の製品より価格が高くて当たり前なんです。置けば、眼が利くお客さんがいるから売れますよ」と日本の家電会社の人が述べたそうで、それにしても蔑むような口調が気になったので、

日本の人、態度悪かったの?と訊くと、傲慢で話にならない、という。

価格は同種の他社の二倍で、と言いかけてから、ニッと笑って、

品質はほんとはボロボロ、と教えてくれました。

店からみると、多分、価格が高すぎて仕入れようがない、ということだったようで、同じものをつくるのに、余計なコストが上積みされて、全体として競争力がない価格になる、という、最近の日本製品の、ほとんどあらゆるものと同じ傾向が気に入らない、というだけのようにも見えました。

なにも感情的になることはない。

それとも、よっぽど、その日本から市場調査に派遣されたとおぼしき社員の態度が尊大だったのか。

客からみると、コストよりも、最も気に入らないのはデザインの古さで、

製品思想も古いというか、わし家では必須ということになっている、

氷とフィルター付きの冷水が出る、ああいうのは、なんていうんだろう、

給水口?がドアについていなかったり、オンラインでサポートがソフトウエアを起動して冷蔵庫に自己診断させる機能が付いていないのでは、買い換えるだけの魅力がない。

そのときは、1ヶ月で壊れる、という大記録を達成することになるSAMSUNGの冷蔵庫を買って、帰ってきました。

海外から見た日本は、斜陽なんてものではなくて、あんまり日本になど普段は関心を持たない、ふつーの人にまで、どうしたらこんなに毎年毎年ダメになっていけるのか不思議だ、と言わせるくらいの凋落ぶりです。

家電でもクルマでも、日本に対するイメージは、共通していて、公約することが出来て、

「自己評価が理由もなく高いのに、現実に作るものの出来が悪い」

「口が達者なだけで、実際の仕事はマヌケなくらい酷い」

「これだけ落魄れても、日本人だけが優れているという思い込みを捨てない」

と並べていくと、だんだん、ひとつのイメージに集約されていって、人間性がよろしくないわしなどは、安倍晋三が個人として日本を象徴しているように思えて、ニヤニヤしてしまう。

能力がないのに、自分が優れているという前提を信じようとすれば、「アンダーコントロール」だと衒いもなくウソをつくしかないわけで、

日本語ツイッタでも、40代や50代の、いいとしこいた臆面もない嘘つきがゴロゴロしている。

あれで社会がうまくいけば、そっちのほうが不思議なので、本人は、下を向いて地道に良い仕事をしているひとたちは、

「いや、あれは、日本のなかでもネットのなかだけで生きている特殊なひとたちですから」と急いで述べて、そそくさと立ち去ってしまう。

なれてくると、つらいだろうなあ、と思います。

それにしても、当時20代だったとして、30年もおなじダメ考えで失敗しつづけて、そこまで営々と貯めた世界の人にうらやましがられた膨大な国富を食い潰して、いま50代や60代になった人達というのは、日本では「氷河世代」なんちゃって、世代に名前を付けるのが流行るが、何世代と呼べばいいのだろうか。

ダメ世代?厚顔無恥世代?

キャッチーな世代名がおもいつかないが、こういうと

「世代論なんてナンセンスだ」

「ダメじゃ無い人間もいるのに、ひとくくりにするな」

果ては

「主語がおおきすぎる」

と胸を張って、自分たちの考え方が無効でしかなかった、まさに、その当のゴマカシ理屈で、恥ずかしがりもせず、照れもせずに、威丈高に自己弁護して、あまつさえ、若い人達に、説教を垂れて、自分たちとおなじにせよ、と述べる、ちょっと壮絶な頭の悪さは、この愚かさは、いったいどこから来たのだろう、と、外国人をして訝しくおもわせるのに十分です。

他国人が書いた日本の将来への予測と処方箋を読んだ人は、みんな、結論がひとつで、「いまの世代が社会から退場するまで待つしかない」

それが嫌なら外国に出たほうがいい、と述べていることに気付くとおもいます。

最近は女の人の、ほんとに同じ人間だとおもってんのかな?な社会での待遇がばれるにつれて、特段に女の人達へのメッセージが付くことも多くなって、

「あなたが日本人で、しかも女ならば、なにも考えずに兎に角、日本を捨てなさい」と書いてあったりする。

むかしはね、自分の国でも性差別はあって、程度の差はあれ、「うちに来なさい」なんて、言えた義理じゃねーよ、と女のひとたちが考えていて、あんまり言わなかったが、情報社会が発達してきて、実態がつぶさに判るようになると、「女のひとたちに対する社会の常識の軸そのものが狂っている」ことが判明して、程度の差などではなくて、のっけから考えが間違っているのが判明したので、自分たちの国に来たほうが、まだマシである、とおもいなすようになったもののようでした。

日本の、すさまじい凋落のおもしろい特徴は、産業構造の古さや、例えば金融の資金調達方法の大時代ぶりというような理由はいろいろテーブルのうえに並んでいるが、その後背に、「機能しない考え方」と総称したくなる、認識と思考の欠陥があることで、多分、キャッチーな名前ならば「シロアリ世代」とかなんとか呼び名がつきそうな、あの世代の人たちは、社会の感性と感覚が、まるごと明後日の方角に行ってしまっている。

どういうのがいいか、広告代理店のコピーと文学の区別がつかないというか、才気はあっても叡知はないといえばいいのか、いっそ社会ごとテレビ番組化しているというのが判りやすいのか、

魂の高みにも上れず、深みに達することもなく、ただ自分の知性をひけらかしたいだけのように、背伸び背伸びを重ねて、おおころびに転んだのが、いまの日本社会の姿かも知れません。

別に悪くはないが、社会が総体としてメインがないサブカルチャーの世界に、すっぽり収まってしまって、外国の人間にとっては、小才が利いてもいて、おもしろくてたまらないが、当の自分たちが、決して、その方向に踏み出さないのには、パロディにはオリジナルが要るのと、似た理屈がある。

ONKYO自体が、より深みのある音に沈潜していったオーディオ会社に対するサブカルチャーのようなマーケティングだったが、あれを生き残っていると言っていいかどうかは別にして、持ち主を変えながら、スターリンのスピーカーはいまだに店頭に並んでいるが、ONKYOは、倒産を一気に通り越して破産に至ってしまった。

おなじことが日本自体に起きないことを、いまの躓きが、おおころびに転んで、材木倒しに倒れて、頭を打ったりしないことを祈っています。

皮肉であるわけがない。

ぼくにとっては、あれほど楽しい時間をくれて、毎日毎日、起きるがの楽しみな国だったのだから。

やや風変わりなところがあるが、うまがあう友だちの無事を祈る気持ちというか、別に世間的に成功しなくたっていいから、成功しなくたって、自分でいるだけで、周りは楽しいんだから、もう少し、ちゃんと考えろよ、と余計なお世話を焼きたい気持になっているのです。



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8 replies

  1. > 日本語ツイッタでも、40代や50代の、いいとしこいた臆面もない嘘つきがゴロゴロしている。
    >
    > あれで社会がうまくいけば、そっちのほうが不思議なので、本人は、下を向いて地道に良い仕事をしているひとたちは、
    >
    > 「いや、あれは、日本のなかでもネットのなかだけで生きている特殊なひとたちですから」と急いで述べて、そそくさと立ち去ってしまう。

    そうですね、そうしたかったんですけど、安倍晋三が出てきて以来、この言い訳が通じなくなりましたからね。

    > 当時20代だったとして、30年もおなじダメ考えで失敗しつづけて、そこまで営々と貯めた世界の人にうらやましがられた膨大な国富を食い潰して、いま50代や60代になった人達というのは、日本では「氷河世代」なんちゃって、世代に名前を付けるのが流行るが、何世代と呼べばいいのだろうか。

    このひとたちのノスタルジーになんかつきあいたくないんですよ。この世代のひとで、どんなに外国暮らしが長くて開明的だと思ってたひとでも、本質にはこれがある、という失望を最近味わったので、自分は新しいひとたちを助け、新しい時代をつくりたいと切実に思うようになりました。

  2. 日本のサラリーマンが名刺を交換します。名前の書かれた小さなカードを同時に交換するわけですが、相手よりも低いポジションで渡そうとします。相手のカードよりも自分のカードを下にするのです。ところが、自分のカードが下になったひとは、さらに自分のカードを相手よりも下にしようとするので、お互いにどんどんカードの位置が低くなっていきます。傍らで見ているだけなら、スケッチのようでおもしろいのですが、そんなことに時間と頭を使うのが滑稽にも思えて、ああ、日本だなと思うのです。このエントリーを読んで、なんだかそんなことを思い出しました。

  3. 自分が抱いていたモヤモヤとした気持ちを見事に書き表していただいて、ありがとうございます。去年50代に入った自分としてはギリギリ氷河期世代になるのでしょうか、自分達より上のバブル世代を最初はうらやましく思い、最近では疎ましく思うことが多々あるというのが我々の本音ではないかと思います。

    1980年頃、共通一次試験の有効性を問う議論が結構頻繁に大人たちの間でなされていたことを覚えています。個性がなくなって画一化されてしまうとか、想像力や解決力が失われると言ったような声があったことを子供心に覚えていました。また、80年代に真面目であることが馬鹿にされる時代がありました。「おもしろまじめ」などと広告を出すテレビ局もありました。80年代後半に入るとバブル景気となり、浮ついてノリのいい不真面目な人たちがさらに跋扈する状態になりました。

    今その80年代の情勢をつくり出した人たちが50代、60代、70代となっているわけですが、こうした人たちのとった態度が、今のこの日本の惨憺たる状況を作り出してしまっているというのが私の感想です。仰るとおり、「社会が総体としてメインがないサブカルチャーの世界に、すっぽり収まってしまって」という変化がまさに80年代に起きてしまい、それが今なお影響しているのだと思います。

    ONKYO 破産はそんな不真面目な人たちがもたらした結末の一つだと思っております。ONKYO や SANSUIで真面目に頑張っていた技術者たちが報われる社会になってほしいものです。

  4. 海外からの日本の考察ありがたい
    リアルな血の通った考察

  5. 25年くらい前、大学に合格したお祝いにONKYOのCDMDコンポを買ってもらいました。
    並べてあった各社の音を聴き比べて、DENONとONKYOに絞り、最終的にONKYOに決めたので、私にとって思い出深い会社です。
    CDやMDが壊れても、スピーカーは15年くらい使って、最後はアンプが壊れたので使えなくなって廃棄しました。大好きな音だったので、今でも勿体無かったと思ったりします。

    ONKYOを買ってもらってから約25年、色々な家電を自分で買いましたが10年くらい前から日本の家電は魅力的ではないなと思うようになりました。修理のことを考えて日本のメーカーのものを買うこともありますが、魅力的かと言われると…ないと困るから買う感じです。
    いいなぁ、給水口のついてる冷蔵庫。
    そういうのが欲しいです。
    ウォーターサーバー使う気にならないし。

    ONKYO破産のニュースに、夕暮れ時も過ぎたなとなんとも言えない気持ちです。

    • ONKYOって、むかしはNZ人にとっては「高級オーディオ」だったんですよね。評判のいい「音」でした。「落日」という言葉を思い出します

      • 音楽もオーディオも詳しくないので、自分の耳を頼りにただただ好みで選んだんです。好きな音でした。
        それをいい「音」だったと言われるのは、嬉しいですね。ありがとうございます。

        数年前にオーディオ買い直そうかなと店に行ったら、すでにONKYOは選択範囲外でした。なぜだか、思い出せません。音が違うと思ったのかもしれません。
        そのまま、買うのをやめました。

        迷子になったまま夕暮れが来て途方に暮れてる気持ちです。

  6. ガメさん、「別に世間的に成功しなくたっていいから、成功しなくたって、自分でいるだけで、周りは楽しいんだから」って、嬉しい考察です。昔よく使っていたmixiで、あるときから、冷笑系のコメントが増え始めて、政治的な議論が全然できなくなって、嫌になって離れたことがあります。あの頃から、日本語の凋落は始まっていたんだなぁと思います。私は女なので、今は日本を出ることを考えています。世代交代まで待ってられないし、付き合っていられない、という気持ちです。今の日本が変わる可能性、あるんですかね…。

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