積ん旅

 

「モーティヴ」は三重県の関宿にあるトラットリアで、一色登希彦、という人が経営している。

経営している人がシェフもウエイターも兼ねていて、これで、客とテーブルを挟んで一緒にワインを飲み出すと、イタリアの、トスカナあたりにある田舎の芸術家村の料理屋とおなじです。

真っ赤なドカが置いてあって、いま「食べログ」という「カネをくれれば評価あげてやるぜ」で、すっかり有名になったサイトを見ると、マンガやなんかも置いてあるようです。

登希彦さん、と呼んでいる。

TwitterA面とB面の、ふたつのアカウントをもっていて、際立ってセンスがいい、同じ絵柄のアバターが、背景色の白と黒の違いで、並んでいた。

そのころは、こちらはフォロワー数が800だかなんだかの、いまでもたいして変わらないともいえるが、しょもないアカウントで、トロルばかりが、わんさと押しかけてきて、あとで、複数の日本語年長友のひとびとに「あんなのを相手にしたら、きみの人格が疑われるだろ?」と、えらく怒っていたが、もともと人間の愚かさと悪意を見るのが耐えられないくらい嫌いなので、若くもあって、いちいち相手をしては、

たかられているこちらのフォロワーがどんどん減る、という毎日を過ごしていたが、A面とB面の「一色登希彦」は、涼しい顔で変わらずフォローしつづけてくれていて、嫌にならないのかな、不思議な人だね、と印象に残っていた。

そのうちに鈴木一郎さんならともかく、おなじ一色登希彦という名前の人が「日本沈没」という小松左京原作の世界認識の「甘さ」を見事に削ぎ落としたマンガを描いていて、線が激しすぎてタジタジとなったが、読み進むにつれて、大変なマンガで、当時は岡崎京子くらいしか理解できないマンガ音痴だったが、そうか、すごいものをつくる人なんだな、とおぼろげながらに判ってきた。

どうしてtwitter上で言葉を交わすようになったのか、おぼえていません。

だんだん仲良くなると、ひとと仲良くなっていいのか、という誠実な人間にありがちな、「なかよし不信」の、判りやすい病気で、抜き身の日本刀が鞘を求めてさすらっているような、おっかないところはあっても、なんだか枕詞のようにことわりをいれることになっているが、そういう擬制が嫌いな人はムズムズする表現でも次第に兄であるとしかおもえなくなってきた。

やはりマンガ家の南Q太さんとおなじで、ひととして尊敬できる人で、多分、ジーンズのポケットに伏姫が神犬八房との魂の交わりで懐妊して産んだ八つの玉のうち、ひときわ強烈に輝く「義」の玉をもっていそうな人です。

登希彦さんの更に前から、村上憲郎さん @noriomurakami は、フォローしつづけてくれていただけでなくて、積極的に話しかけて、諦めるなと励ましてもくれて、後では、DMで、そのときどきで、常に的確なアドバイスもくれるので、ごく自然に父親と感じられて、

憲郎とーちゃんになっていたので、日本語世界なのに、いつのまにか、そう気味悪がってはいけません、兄と父が出来ていたことになります。

憲郎さんは、最近は、家父長として、床の間に日章旗を飾って、妖刀村正を鞘尻を床について、ひっつかんで、目がすわっているとーちゃんの風格がでて、もともと武闘派だが、なにしろものごとの現実を精確に見ている人なので、日本という国にとって国防が最弱点で、危機的な状況にあるのを憂えているのでしょう、

ウクライナの戦況と自衛隊の広報を大量にツイートしていて、

流れてくれば見てしまうので、疲れて、ちょっと一週間くらい、こちらからのフォローは外して、ひと息ついたりしている。

ブログのファンだと述べてくれて、いつも、ちゃんと読んでくれて、絶え間なく暖かい言葉をかけてくれるひとたちのなかでも、著名な人達は、なにしろ日本の社会なので、いろいろな差し障りがあるのでしょう、DMでだけ話しかけてくれる人も多い。

そのなかのひとりに亡くなった西郷輝彦さんがいて、話してみると、能ある俳優は知性を隠す、たいへんな知性の持ち主で、話しているうちに

「ようがす。そこまで仰られるんだったら、あっしが、自分のサインが入った日本語練習帳をお届けしやしょう」ということになった。

当時はコロナ・パンデミックの真っ最中だったこともあって、どうせ、こんなの終熄までは何年もかかるに決まっとるわ、まっとるわ、トラットリア、とおもっていたのが、航路として難しい航路だが、ほんじゃ、ヨットで行くか、と考えました。

書籍版の日本語練習帳の30ページには「とても単純だが言葉によっては説明できない理由について」という、子供時代からのヒーロー、Bernard Moitessierについての短い記事があるが、この偉大な航海者のマネをして世界周航のヨット航海に出て、その途中で日本に寄るのならいいな、とおもったのでした。

そのときの計画が、まず西郷輝彦さんに会って、そこから登希彦さんの店に予告無しに突如あらわれて、憲郎とーちゃんが日本刀を握りしめて鎮座している京都に寄ってはどうか、ということだった。

行くのかな?

ほんとは、行かないんじゃない?

と自分でも不確定なものおもいに浸るが、いまなら計画を修正して、なつかしい軽井沢の十全外人碑を再訪して、森の人、巖谷さんの別荘も近いのだから、覗いていってもいいのではないか、ついでだから女装して、東京女子大学で教えているオダキンの講義にも出席してみようかしら、目があったらウインクしてやる、と、いろいろに考える。

子育てにパンデミックが続いて、もう何年も旅行しないでいるうちに、億劫になってしまっている。

もともと、見知らぬ町にでかけて通りとの面識の数を増やすよりも、この町はいいな、この村は素敵である、と考えた町や村に、二、三ヶ月滞在して、しかも同じところに繰り返し出かけるのが好きなので、行ってみたいのに訪問していないところが積み重なっている。

不訪問には、いろいろなパターンがあるが、韓国などはソウルと釜山に行ってみたいが、日本にいるあいだじゅう「近いから、いつでも行ける」とおもっていて、結局、行かないで終わってしまっている。

A nation of broth、という見始めると一気にシリーズを全部みてしまう、面白い韓国の人へのスープ愛についてのドキュメンタリがあって、観ていて、地団駄を踏んで、チクソー、行けばよかったなー、と悔しいが、後の祭り、台北には、なんども行ったのに結局、行かないまま終わってしまいそうです。

同じ「近いから、いつでも行ける」で行かないで、放ってある土地は、アイルランドやノルウェー、スウェーデンや、オランダまでが含まれていて、自分でも、どうしてそういう無精をするのか、とおもう。

こっちの欧州近隣国は、もうすぐ行くことになるでしょうけど。

タイミングが悪くて、なんだか旅の神様が「いまは止めとけば?」と述べているような気がして行かなかった土地には、BPの事故で行けなくなってしまったニューオリンズや、止まる予定だったホテルが予約のちょうど直前にテロリストに襲撃されて、172人が殺される大惨事で、そのまま旅行そのものが立ち消えになってしまったムンバイもあれば、計画を立てるたびに、なぜか内戦が起こるマリや、泊まる予定だった友だちの家が、塀を乗り越えて侵入してきた武装強盗団との銃撃戦になって、ダーバーンのカレー屋に行くのもあきらめなくてはならなくなったヨハネスブルク、

そのほかにもリオデジャネイロ、ブエノスアイレス、

行こうと考えて、神様に押しとどめられてしまった土地が、たくさんあります。

神様のヒントに逆らうとろくなことはないので、言われればいかないが、キーウやモスクワなどは、行かないうちに、当分あかんのちゃうか、になってしまって、だいいち、ロンドンにすら、もう何年も戻っていない。

もっと言い募ると、もともとダブル住居として家を購入してあるメルボルンにすら、いま考えていてびっくりしたが、3年も出かけていません。

積ん読という面白い日本語があるが、積ん旅で、行きたいのに行かないまま、ずるずると時を過ごして、思い出してみると、そもそもは、オーバーツーリズムに世界が移行する直前の時期で、すでに徴候があって、

例えばオークランド空港でのチェックインは、別室で、ボーディングパスの発行もパスポートコントロールも並ばなくてよかったのが、なんだか普通に長い列に並ぶことになって、ルーブル美術館でも、通常の開館時間では広場を横切る延々長蛇の列で、ダメだこりゃなので、やむをえず別ルートで時間外に行かなければならなくなっていた。

チャンギのようなおおきな空港はひとひとひとで、人間で充満するようになって、もう、いくらなんでもこれではあんまりだから今年は旅行はやめよう、と考えた次の年になると、凄まじいことになって、ベニスには2万人の社員旅行の団体がクルーズ船でやってきたとか、バルセロネッタの美しい浜辺には「ここは、あなたがたが来るところではない。観光客は砂浜に入るな」と業を煮やした地元人が横断幕を出してしまう始末で、未旅行地域が積ん旅積ん旅積ん旅積ん旅と積み重なって、もうどこにも行かなくていいや、になりかけている。

もともとがひとと会うのが極端なくらい嫌いで、それなのになぜか見知らぬ行きずりの人となら気楽に話せるので、旅に出て社交性を取り戻しているようなヘンテコリンな生活だったが、パンデミックで社交性がなくてもいいことになったのをいいことに、引き籠もりの悦楽に味を占めるようになったのかも知れません。

モーティヴに行けるかなあ、森の人の裏庭に佇む日が来るだろうか、と考える。

一方では、やっぱり、冬の低い空の下で、甲板から暗い海の広がりを見つめているほうが、自分には向いているような気もするのです。

堆い積ん旅が解消されるころには、引き籠もりの、訳の判らない自分の姿が見えてくるようになるかしら。

どうなんだろう?



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