鎖国と陰謀

自分の理解力が世界の多様化複雑化についていけなくなった場合、ひとが取りやすい行動は、ウソだと決め付けるか、この世界は目に見えない、隠された陰謀によって動かされているのだと盲信するか、どちらかであるようです。

前者は「そんなの嘘に決まってる」で、日常、特に年齢が上で、もっと遠慮せずに言ってしまえば頭が老化してしまってる人が述べるのを、誰でもが聴き慣れているでしょう?

後者は、いわゆる「陰謀論」で、日本には、政府が自分たちの主張を恐れて抹殺しようとしているという陰謀論に依存した結果、サリンガスを使った大規模なテロを起こしたオウム真理教という世界に名だたる例があります。

過去にはABCD包囲網で白人たちは有色人の日本人の絶滅を狙っているのだ、という陰謀論を国がまるごと信奉してしまって、絶対に勝つわけがない戦争を起こして、最期には到頭、二発の核爆弾まで投下されてしまったことがある。

ドナルド・トランプが、「フェイク」を連発して、ヒラリー・クリントンたちは幼児売買の地下ビジネスに手を染めている、と述べて、

トランプサポーターたちが「Qアノン」を熱狂的に支持して議事堂に乱入したりするのも、要するに、「嘘だ」と「陰謀だ」の組み合わせで、実際、いまの世界には世界を動かしている複雑で単純化して理解するのが難しくなったシステムについていけなくなって、すがりつくように陰謀論に加担する人はいくらでもいる。

たいへんな勢いで増えているのであるのも、よく知られているとおもいます。

主にトランプのせいで、有力人の発言の真偽を検証する機能は、少なくとも英語社会では、発達したが、世界の複雑化が流通する情報量に比例して加速度的に進みにつれて、陰謀論信者の数は、ほぼ近い将来民主社会を破壊することが確実なほど増えてしまっている。

むかし、20世紀末に初めてデリバティブ理論があらわれたときの日本の投資勢の反応は、「あんなものインチキだ」「眉唾」「怪しい」「嘘理論に決まっている」で、嘲笑的なものでした。

ニューヨークの、アメリカ資本主義の象徴であるロックフェラーセンターを三菱が買い取り、アメリカ文化の象徴と言っていいハリウッド映画製作ビッグブラザースの一角、コロンビアピクチャーズをSONYが買収したりして、飛ぶ鳥を落とす勢いだった日本は、歯牙にもかけずに、当時の週刊誌記事を読んだ印象では、せせら笑っていたような印象すらあります。

ところが数学に裏打ちされた資金調達理論が洗練されていって証券会社入りした若い数学者たちの手によって実行されはじめると、日本側にとっては、謎としかいいようがないことが起こって、アメリカ全土をそっくり買い取れると公言していた日本市場からの資金を、いくら注ぎ込んでも、アメリカのほうが遙かに多額の資金を準備してくる。

日本のバブル経済が、新しい金融理論の複雑さについていけずに崩壊する始まりでした。

もう世界の側が異なる原理で動いているのに、旧原理でしか世界を認識できなかった日本の投資勢力、金融機関は、世界一と誇っていた騎兵群でドイツ国防軍の機甲師団の戦車に立ち向かったポーランド陸軍のようなもので、まったく歯が立たなくなっていた。

その結果、日本の政府がとった政策は一種の「金融鎖国」で、日本は自分の時代に遅れた金融体制を逆手にとって、世界から自国の金融経済を切り離して、守ろうとしてきました。

「鎖国」という言葉は、おもしろい言葉で、国を閉鎖する意味で江戸時代の対外交渉の役人が発明した言葉ですが、日本語らしいイメージ主義で、

現実には、有名な長崎の出島、対外公館にあたるものまであった対馬、そのうえに松前藩の北方貿易、薩摩藩の琉球を通じた密貿易が加わって、なんのことはない、当時のアジアの水準からすると、通常と言いたくなる規模で、少しも海禁政策になっていない。

どちらかといえば、いったん日本を離れた日本人が二度と再入国できなかったことのほうが、日本社会と日本人に与えた影響はおおきかったようでした。

この、いったん日本のシステムから抜け出して外国に移ると、自動的に「非主流で将来はない」と刻印される文化は、商社や政府の、それこそ出島じみた例外的な国家公認の海外出向や留学以外には、あまねく適用されて、90年代になってもなお、ここでニューヨークに飛ばされては役員になれない、と嘆くサラリーマンの発言が、そこここに残っている。

「嘘だ」と「陰謀だ」と並んで、日本では世界の進化についていけなくなったときの、定番の強固な反応である「日本は別だ」は、案外、むかしからのものであるようです。

世界中、どこにでもある「嘘だ」「陰謀だ」と異なって、実際の、ありようをみると、かなり日本だけに特異的な「日本は別だ」の成り立ちやすさの原因が、日本社会が生来苦手な他言語の習得にあることは容易に想像がつきます。

翻訳文化は長崎の出島のようなもので、通詞がいて、引力、重力、新しい原理や理論の理解に必要な語彙を造語して、あるいは表現をアクロバティックに日本語に移し替えて、「必要なもの」に限定して積極的に取り入れようとした。

しかし、そういうやりかたは、世界がスタティックであったり、定まった方向に動いているあいだはいいが、原理そのものが変わってしまったり、社会や経済システムの制御に高等数学を必要とするような肌理の細かい、複雑な操作が必要になったりすると、まったく無力で、お手上げになってしまう。

ITが本質的に情報の処理の仕方を変えてしまうと、どこをどう取り入れればいいかすらわからなくなって、その辺の木を切り取って、短冊形に原っぱを均して、木で飛行機の形をつくったものを並べるようなことをする。

現在の日本語社会を覆う息苦しさの、コントロールフリークがおおきな顔でのしあがりだしたことは、根本の原因ではなくて、狂ったように「正しいおれの言うことを聞け」「グダグダ言わずに、おれの言う通りにやれ」と口々に述べだしたことは原因ではなくて結果で、つまりは、何度も書いたように、「外の世界」を取捨選択して、編集と要約を加えて、自分たちの社会に移植する、というやりかたでは、世界を認識できなくなったことのほうに原因があるようです。

日本語世界では、すでに「嘘だ」はネット社会を見る限り、感染力の強い伝染病に似てエピデミックになっていて、「陰謀だ」もABCD包囲網時代とおなじ国民的な妄想が少しづつ育ち始めている。

「日本は別だ」は、言うまでもないでしょう。

では、どうすればいいか。

鎖国政策の終わりは、取捨選択の放棄でした。

出島の代わりに、横浜をつくり、神戸をつくったのを皮切りに、物理的文明的な距離のせいで小規模に留まったが、混在と共存を許すことにした。

やっぱり、今回の「鎖国」の解消も、そういうふうにするしかないでしょうね。

外国人への差別意識をなくす、という言い方もあるだろうし、潜在意識化してさえいて、自分たちでは自覚がないように見えるが、ほとんど唯一の国民的な思想地盤である、あらゆることにこびりついた「攘夷」意識を捨てる、とも言えるし、人種や国籍や言語によらず、自分とおなじ人間として相手への想像力がもてるように自分を訓練する、と表現するのでも良さそうです。

ヒントは、日本にいたとき、東京では見事なくらいガイジン扱いだったのに、鎌倉という半分田舎で半分都会だった小さな町に行くと、ごく普通に、人間として見てくれているのがよく判って、たった50kmしか離れていないのに、こんなに違うのか、いつもびっくりしていた。

だんだん判ってくると、イギリス人やドイツ人が、鎌倉には昔から住みついていて、90代を迎えているひともたくさんいました。

だから、そういう言葉を使ってしまえば、コミュニティのなかに自分たちと異なるひとたちがいることへの「慣れ」でもあるのでしょう。

取捨選択の無駄な手間はやめて、ありのままに、受け入れてしまえばいいのだとおもってます。



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1 reply

  1. Thank you. I really appreciate your perspective.

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