冬のマリーナ

1ヶ月つづいた、大時化の悪天候が終わって、冬至の今日はやっと天候が落ち着いた。

マリーナに出かけて、出航の準備に取りかかります。

夏はヨットのほうが多いが、冬は、ニュージーランドでは「ディスプレイスメント」と呼ぶ、航行のマナーがいい、揺れない低速のボートで海にでる。

もっている船のなかで、最も遅いのは、艇長が42フィート、128mのボートで、ディーゼルで、静々と水面を移動する。

だいたい9ノットくらいで、どんなに頑張っても15ノット、その代わり、小さな船なのに、揺れなくて、たいへん安定しています。

ごく最近、設備を改修して、高速インターネットを含む、近代的な装いにした。

以前の改修でレーダーやソナー、GPSやオートパイロットはすでについています。

したがって、たいへん楽ちんに航行できるようになっている。

6人乗りで設計してあったが、いまはふたり用に改装されていて、ダブルベッドの他のバンクやなんかは取り外して、その代わりに広いラウンジとして使えるようにしてあります。

南の風が吹き付ける、冷たいニュージーランドの冬の海に、三四泊の予定で出るには、たいへんに良い船で、愛着があって、あちこちのマリーナに分散して停泊させているボートのなかでも、待遇がよくて、ショアパワーからなにからなにまで完備された、セキュリティも良いマリーナの、おおきめのバースに鎮座している。

マリーナにつくと、天候がいい日なのに、広い敷地に、誰も歩いていません。

いくつものセキュリティゲートを同じICカードキーでくぐり抜けて、フィンガーを歩いていくと、顔見知りがひとり、コックピットのなかで、なにやら作業をしている。

こちらに気が付いて「おーい、元気かね?」という。

「すごい嵐だった。ぼくの船、まだ浮いてるんだろうか」

ああ、ダイジョブだよ、さっき後甲板のモップを借りに、きみの船のところに行ったんだ。

カモメの糞も、なかったよ、というのは、カモメの集団に愛されてしまうと、船の甲板に堆高く糞をおかれてしまうからで、

これを防ぐにはLEDラインや、カモメが嫌う音を出して振動する特殊なケーブルや、ぼくはこれが最も好きだが、万国旗のような、色とりどりの小旗が付いたラインをめぐらせておく。

それでも、愛されてしまうときは、愛されてしまうもので、たいへんな有様になって、おおきなほうのボートやヨットならば、人を雇って掃除してもらうが、45フィート以下のボートなどは、オカネ以前に、もっとずっとパーソナルな、例えば飼い犬のような気持を持っているもので、自分でモップを握って、糞をこそぎ落とします。なかなか綺麗になってくれないんだけど、これが。

マリーナは不思議な場所で、いくつかのグループはあっても、そのグループのなかでは、まるで親族のようにお互いに振る舞う。

おなじディスプレイスメント族でも、最近の流行りで、一隻のボートを何人かでシェアしている人たちは、肌合いが違って、異なるグループで社会の梯子を駆け上る気概というか、エネルギーがあって、自分ひとりで愛玩動物のようにボートを所有しているグループとは、あんまり交流が生まれません。

仲が良い人のタイプは自然と決まってきて、このマリーナでは、ぼくのいちばんの仲良しは83歳になるディーンという人で、奥さんに先立たれた、この人は、眼を瞠るような生活の達人で、人生を楽しく暮らすための知恵のかたまりで、マリーナに着いて、自分のゲートの駐車場に、この人の日本製ヴァンが駐まっていると、もう、それだけで、「あっ、来ている」と嬉しくなる。

浮き桟橋をおりていくと、案の定、小柄な人の姿があって、ひどい天気でしたね、を皮切りに、このひとはもう60年以上、ハウラキの海に出ている人なので、マオリベイで南風が強くなったら、どこに待避すればいいのか、とか、金目鯛を釣るポイント、アオリイカの移動経路、サンドバーというが、不意にあらわれる砂州は、どの辺にあるのか、というようなことを教えてもらう。ときどき、外国人には気を付けないといけないよ、と、じーちゃんが孫を諭すようなことも口にする。

それ、差別ですよ

差別でも、危ないものは、危ないさ。

あるいは、船で、北にのぼっていって、ぼくが好きなボート人のコミュニティがある入り江へ出かけていって、友だちたちを見つけて、話し込む。

ジョンという、すごい腋臭の人で、おなじ船内にいると卒倒しそうになるくらい、すさまじい体臭の、おっちゃんがいて、誰もいいだせないので、本人は気が付かなくて、相変わらず、すんごい腋臭を臭わせながら、新しく換装したヤンマーのエンジンを見せてくれる。

小さな小さな、舵輪が最後尾にあるスタイルの、1945年製の28フィートもないボートで、このころのボートにはよくある、もっとおおきな船を、そのまま縮尺を小さくしてつくったようなボートです。

ぼくは、この人が大好きで大好きで、この人が属する小さなマリーナを訪ねて、この人の顔があると、心から、来てよかったなあ、いい考えだった、とおもう。

ディンギイもボートもミシェルという名前で、ミシェルさんが、何年も前に癌で亡くなった奥さんの名前だと、もちろん、みなが知っている。

誰かがボートに荷物を積み込む作業をしていたりすると、なあんとなく桟橋を行ったり来たりして、所在なさげにしているのは、ほんとうは手伝いたくてたまらないが、知らない人なので言い出せないのであることを、友だちはみんなが知っている。

人を助けること、ちからを貸すこと、相手が喜んで笑顔を見せること以外は考えることはなくて、人間も善意を隠さなくなってくると、風格が出て、人間というよりは天使に似たものに変わってゆくもののようでした。

ぼくの船の船名を描いてもらえないかと頼んだときの、このひとの、花が開くような笑顔を、他には見たことがない。

ほんとうに描いていいの?なんだか名付け親になるみたいで緊張する。

お支払いはしますよ、と述べたら、なんだか傷付いたような、厳粛な顔で、それは困る、と言うので、なんだか、こちらは自分を恥じることになってしまった。

そのころは、まだ、オークランドに越して間もないころで、ハウラキの海の上に出ても、右も左も判らないころだったので、この辺で鯛を釣るには、どこに行けばいいだろう、と訊いてみたら、驚くべし、

ああ、じゃあ、ぼくが連れていってあげるから、ついておいでよ、という。

スウィングモアリングと言って、桟橋でなく、沖合に泊めた船にディンギィを漕いで行くと、なるほど「威風堂々」という感じで波を分けて進む、ずいぶん胸を張った、ちっこい船で先導して、岬をまわった、はるか先の海へ連れていってくれる。

その夜は、サイドバイサイドで、二隻のボートを並べて泊めて、釣れた鯛でフィッシュ&チップスをつくって、甲板でビールを飲みながら、「滝のように星が降り注ぐ」と表現したくなる満天の星空を眺めながら、ふたりの高校生のように、くだらない話ばかりして、大笑いして、涙が出てくるまでマヌケな冗談を述べあって過ごした。

オークランドのボート人は、みんな北島の北端に近いベイ・オブ・アイランズに移っていくので、ジョンさんも北に移るの?と訊くと、

いやあ、おれは、ここにいるよ、と言う。

ミシェルと一緒に暮らして、ミシェルと一緒に遊んだ海にいたいんだ。

おれは昔から、たいしたことがない人間で、いいこともあまりない人生だったけど、ミシェルと会えたことだけは、どんなに自慢しても自慢したりない。

女房は、世界でいちばん善い人間で、心がやさしくて、おれの気持を判ってくれて、この世界で、第一番の仲間だった。

死んでしまうなんて!

でもな、ガメ。

おれの、あのオンボロの小さな船に乗って、海に出て行くと、陸地が遠くなったあたりで、ふと振り返ると、後甲板にミシェルが立っているような気がするんだよ。

いや。

立っているんだ!

おれには良すぎた女房が、おれには不相応な女神の微笑をたたえて、

だいじょうぶ、あなたは、まだやっていける、と言うんだよ。

おれにとっては、このボートが、この地上で、ミシェルとデート出来る、たったひとつの場所なんだ。

おれには、ミシェルしかいないんだ。

人生なんて、ミシェルにくらべれば、どうでもいいんだよ。

 

 

マリーナは白い人の社交場にしか過ぎない、と批判する人がいる。

たしかにアジア系人やマオリやポリネシアの人は、例えば、ぼくがいるマリーナで見かけたことはないので、これは、案外正当な批判なのかも知れません。

アジア系の友だちに訊くと、不文律というか、有色人は入っていってはいけない場所だと感じるという。

ほんとうは、そんなことはなくて、アジアの人もマオリの人も歓迎されるに決まっているが、なにかしら見えない力が作用するのか、現実の問題として金銭的にはニュージーランドでは成功している人が多い、アジア系の人を見かけたことはありません。

マオリ人やポリネシア人も、乗組員や整備の人以外は見ない。

その決定的に 悪いところが、アングロサクソンやケルトの、いわば「田舎文化」を保存する結果になっているのだろうか、とおもうことがある。

日本語の人には判ってもらえなさそうな事柄ではあるけれども、

ジョンのような人が属していると感じている文化は、徹底的に善意で、徹底的に孤独で、徹底的に静かな、誰にも決して理解されることがない、だが、

自分たちでは見慣れた文化だと感じる。

それは言ってみればマイナー文化としての英語文化で、ちょうどイングランド語としての英語のようなもので、頑なに地方語で、世界人や国際人と名が付くひとたちに、理解されることを拒絶している。

それを日本語で日本語人に説明しようとする行為は、愚かでもあり、無謀としかいいようがないことなのでしょうけど



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