過去をめざす

 

もうどうでもいいか、と、ふと、おもう。

自分で勝手に、そう思っているだけかも知れないが、

打てるだけの手は打ってあるので、定石に従って、あるいは信頼できる人や機関のアドバイスに従って、自動航行になっていて、

考えて見れば、いっそ、しばらくは、なにも考えないでいたほうがいいような気もする。

いま現在の、自分に関係なくはない時事的なことを述べると、

どうやらペロシが木曜日に台湾を訪問することは確実で、

この一手はホワイトハウスとペロシが、多分、熟慮を重ねて決めた大胆な手で、

こちらはアメリカのほうに立って観ているので、

台湾のセキュリティにおおきく梃子入れするための勇敢な踏み込みだが、

中国政府の側に立てば、誰にでもわかる、顔が青ざめるような挑発で、

いったい、どうして自分はこれほどの侮りと恫喝を受けねばならないのか、

理解しかねるほどの仕打ちで、

秋の10/11月に予定された党大会の季節に向けて、

そうか、アメリカの野郎、そこまでして、おれを引き摺り落としたいのか、

と中国の内政への圧力であることを判っている習近平は、

そのあたりの家具を叩きこわしたいほどの怒りに震えているでしょう。

でも、そういうことも、静かな惑星の運動のようなものだと、思えば思えないこともない。

言い訳染みるが、人間とはそういうもので、自分のcomfort zoneで起きることへの反応と、ペロシの訪台のような、おおきなpublicで起きることへの反応は、別の次元に属していて、両方ともに、切実なときは切実だが、

実感は、まるで違う人が考えてでもいるように、異なっている。

頭のなかで起きていることを観察してみると、なるほど世界は、こんなふうになってきているのだな、と遠くの雷鳴を聞き分けるように聴いてはいるが、

一方では、今月のように大雨が続くと、新しいデザインのボートやヨットは、そもそも船体が一体成型のファイバーグラスで、あるいはおおきなものはスティールで、真水が空から大量に降ってきても、なんの問題もないが、

所謂クラシックボートは、ファイバーグラスでコーティングしてあったり、

上部はまったくの木製であったりして、ペイントの細かいひび割れから水が滲出して、船体の骨格をつくっている木を傷める。

そういえばグリーンのペイントはストックしてあるが、ホワイトがない。

水タンクは満タンになっているはずだが、ガスボトルは、あれ?

最後に交換したのはいつだったかな

と、そんなことばかり断続的に考えている。

バブルの神様に気に入られたんだか、なんだか、

お下品なことを述べると、収入は増加する一方で、投資家といいながら、馬鹿げたことに借金もないので、いよいよオカネのほうは頭から失念されていて、もともと自分で言ってしまうと、友人たちより、ずっとfrugalで、贅沢は落ち着かない性格なので、オカネからは自由で、

いわば「オカネが存在しない生活」を、もう10年以上続けているわけで、

貨幣経済もなにも、現金はおろか、クレジットカードにさえ手に触れなくて、

実際、この瞬間も金庫に入っている限度額が高い、プラチナやブラックの数枚は別として、いつも使っている限度額が15万円程度に設定してあるブルーのカードは、コートにポケットに入っているか、どれかのヨットかボートの寝室の毛布に紛れているかで、そもそも物理的なカードがどこにあるのかも判らない。

日本のクレジットカードシステムは、あれは日本独特で、毎月決まった日でないと払わせてもらえないので、それじゃ「クレジット」はどこにあるんだと驚いたが、普通はクレジットカードは、ときどきオンラインでチェックして口座からオカネをtransferして、クレジットを$2000なら$2000にしておく。

あるいは限度額が$2000のカードで$5000の買い物をする予定があれば、あらかじめ$5000$6000ドルをカードの口座に移しておく。

で、通常は、おぼえているのはカードの裏側のセキュリティの三桁の数字だけで、COVIDパンデミックがつづいているので、一応注意はしていて、感染接触機会を確率的に減らすために、オンラインで注文できるものはオンラインで注文して、家には、家の人たちが注文するものと、家の主のカップルが気まぐれに注文するものと、一日に二回、配達のトラックがドライブウェイを両側の生垣からの枝をかきわけながら、やってくることになっている。

静かな日常がつづいている。

美点に数えてもいいが、なんにでも直ぐ飽きる割に、退屈するということはなくて、積ん読という面白い日本語があるが、読みたい本や、やりたいこと、ヨットで行ってみたい入り江が「積ん読」になっていて、

遊びたい病の門前に、やることが列をなしているので、

朝、といっても、たいていは午後だが、眼をさますと、

今日は、なにをするかなあ、と、ぼんやり考える。

MetserviceTe Ratonga Tirorangi

オークランドの天気予報を見て、

Windguruで今日明日の風力と風向を確かめて、よおおおし、今日は鯛を釣っちゃるぜい、と釣り用のボートに向かうこともあるし、

7月のように一ヶ月がまるごと毎日が嵐というような、やるせない月には、

日本語をもちろん含めた、クールな言語の友だちにオンライン上で会いに行ったり、カウチに寝転がって、相も変わらずゴジラが付いたTシャツの胸いっぱいに、ポテトチップスのかけらを広げながら、推理小説に読み耽ったり、傍らのコーヒーテーブルに手をのばして、仰向けに寝転がったまま無理にCabernet Sauvignonを飲もうとして、顔の下半分に真っ赤なワインをぶちまけて、慌てて飛び起きたりしている。

幸福は、マヌケな日々と 見つけたり

ホールウェイを歩いて、玄関のドアを開けて、ちらりと、こういうことまで日本は違うんだから、おもしろいな、というのは、こちら側の世界では、玄関のドアの向こうと屋内の床は普通、地続きで、高低の差もなくて、まして敷居のような、まるでひとを蹴っ躓かせて転ばせる陰謀のような、なんだかよく判らないドア枠のようなものは、床には、あったりしない。

三和土、というんだっけ?

あの空間は面白いもので、なんだか、そこには遠い昔の精霊が、それとはしられずに、宿っているような気がする。

日本の人は結界のようなものが好きで、鳥居があって、注連縄があって、

雑居ビルの階段をあがっていくと、カラオケの音が響いてくる、毒々しい赤紫色のサインがあるスナックの入り口の両側に塩の山がおかれていたりする。

ガイジンは、バカなので、

呪術だ、呪術だ、東京には呪術が生きているのだ、

とケーハクに喜んで、ゾクゾクしてしまうが、

東京のような俄作りの都会でさえ、

日本という世界は、そういう「なもかもが異なる」興奮に満ちている。

日本のことを思い出す

日本語に出かけていって、もう何年も馴染みの

友だちの日本語を読んでいる。

日本の人の窮乏に涙したり、

中国政府が尖閣諸島にスプラトリー諸島なみの人工要塞建設を計画しているようだ、という確からしいメールを見て、

日本の人達を思い浮かべて、

ここのところ、災難続きで、たいへんだよなあ、とおもう。

日本語を訪問すると、あの無茶な湿度のまま、35℃だ、37℃だと書いてあって、心から尊敬している、ふたりの七十代の友が、身体を壊さないだろうか、と自動的に心配になる。

34℃で、日比谷でクリスピークリームドーナッツから帝国ホテルまで歩く、たったそれだけの距離で、誇張でなくて、死にかけて、

それで日本に滞在することをあきらめたのだった。

それまでは、1年に2ヶ月いてもいいな、と考えていた。

毎年、世界一周航空券を買って、東回りなら日本へ向かって、ロンドンの実家に顔をだして、東回りといっても、同じゾーニングなら、ちょっとくらいは西にも行かせてくれるので、バルセロナ、コモ、と数週間ずつ滞在して、NYCMETとリンカーンセンターで遊んでオレンジカウンティで、

ぶったまげちまうぜ、な「お買い得」価格の、たとえばシタデルで買い物をして、そこから太平洋を渡ってオークランドに戻る

パーペキじゃん、とおもっていたが、ぐんぐん上昇する日本の気温が、愚か者の夢を、粉々に打ち砕いてしまった。

秋じゃダメなの?

冬は?

と言われそうだが、秋は欧州のほうが魅力があって、

冬は、日本の最高の時期だとはおもうが、

なにしろクリスマスが、でんと、なんとも具合が悪いところに座っている。

もうひとつは、頭のなかで、最も輝かしい日本の風景は、ほとんどが夏で、

なんども述べた、青空に聳え立つ積乱雲や、密度がまるで異なって一種宗教儀礼的なセミたちの濃密な声や、高い木の、枝の生い茂る葉を突き抜けるような強烈な陽射しの木洩れ日や、

あの日本の夏の土の匂い

なかんずく、唐突で、瞬間的な、激しい雨が降って、からりと晴れ上がったときの土の匂い

そうしたものがない日本では、なんとなく、日にちを過ごしても、機嫌がわるくなるだけであるような気がする。

長い間、会わないでいた昔の恋人に会うのは逡巡を伴う。

弾むように歩いて、たいしたことでもないのに、心から可笑しそうに笑う、

あの太陽のような人が、そのままでいるわけはない。

きらきらと輝いていた目が、淀んで、悲しげになっているのではないか、

大悟を得てしまって、神のような眼で、真実だけを見つめる眼になっているのではないか。

どんなふうになっていても、昔とおなじでないことだけは確かで、

思い出を失ってまで、新しい、あの人に会う価値があるかどうかは、判らない。

いや、神様にだって判らないのではないか。

日本が、どうなっていても、遠くから見ているだけのほうがいいような気がする。

いまは悪戦苦闘だが、なんだかよくわからないままジタバタしているうちに、あの煉獄のような火の沼から、抜け出してくるのは、日本という国を知っていれば、当たり前で、当の日本人たちの、びっくりするほど悲観的で、

もうダメだ、と述べる言葉に騙されてしまうが、

気を付けねばならないので、なに、あの人たちは口で述べているほどダメに決まってると考えているわけではない。

そうだ!

うまく行き始めたら、お祝いに、いろ彩り彩りの、うつくしい言葉の花束くらいはもって、そのときに出かければいい。

よかったね、

すごく頑張ったよね

ほんとに、一時は、もうダメかとおもったものね

 

そのときは、オンラインの言葉の交換だけではもったいない

ビデオで話すなんてバカげている

空港で降りて、きっと、そのときでもまだ走っている、窮屈なモノレールで品川に出て、旧高輪プリンスホテルのティールームが、広々していて、人と会うのに、ちょうどいいんだ、

きみとは初対面だけど、いいことなのかどうか、日本でならば、ぼくをひと目見て、ぼくと判らない人はいない

立ち上がって、ちっこいきみを抱きしめて、みっともなくも、おいおい泣き出すかもしれない

よかった、よかった、と述べて

立ち尽くす、新派染みて、誰が見てもマヌケな

そのときが、やってくるまで



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