静かになる

「あら、ナリタがないわね」

2000年の終わり、ちょうど世紀の変わり目くらいだった。

クライストチャーチの交叉点で、いつもの習慣のようなもので、

格安航空券の、行き先別価格リストが貼りだしてあるショーウインドウを眺めていた母親が、一緒に眺めていた妹に、怪訝そうに述べている。

航空券は、手配してくれる人がいて、別に、本人たちが購入するわけではなかったが、ぼくも含めて、信号待ちの時間や、通りすがりに、街のあちこちにある航空券販売の店の前に立って、世界中の街への航空券代を眺めては、

ロンドン行きが安いね。

ロサンジェルスに行く方がオークランドへ行くより安くなるんじゃないか、

ちょうど株式相場を眺めるデートレーダーのひとたちのようにして、変わってゆく価格を見ているのが習慣のようになっていたのだとおもいます。

ロンドンでは、それほどでもなかったが、クライストチャーチ・ナリタは人気路線で、もうちゃんとおぼえていないが、往復で、NZD2000ドル、そのころはいまとは異なって円が1NZD62円くらいのことが多かったので、

だいたい12万円で、日本では、とても人気があるのに、対照的に、日本の外ではまったくといいたくなるくらい人気がなかったJALが、

ときどき、売る側がたまりかねたようにして、6万円、というような特価で出したりすることがあっても、人気路線は人気路線で、窓に張り出された価格表に目的地として、50か、60か、ずらりと並んだ名前のなかにナリタがないのは、ちょっとおおげさに言えば、奇異な感じがした。

よく見ると、ナリタに成り代わって並んでいるのはヨハネスブルグで、このあと、いまに至るまで、続いている。

まるで、誰かが、毎日、消しゴムで、少しづつ消してでもいるかのように、日本が、bit by bit、ちょっぴりずつ、姿を消してゆく。

日本語が好きで、いつも日本の変化に興味をもっていた人間からすると、寂しいとまでは言わないが、へええ、こんなこともあるんだなあ、とおもっています。

変化は、ほんとうに、よく注意していないとわからないくらい、ゆっくりと起きてきたが、20年もたつと、振り返って、びっくりするような大きな変化になっていて、特にオーストラリアやニュージーランドではおおきな存在感を持っていた「日本」が、まるで空気のなかに、輪郭から始まって、次第に、基礎まで溶け込んでいくようになくなっていった。

おもいつくままにあげると、まるでお揃いの制服のように、登山帽にベスト、どうかするとチェックの縞のシャツまで、もしかしてパックツアーに含まれているのかしら、と考えるほど似た服装の、日本の団体ツアー客は、子供のころ、1990年代には国中に溢れていたが、しゅううっと、萎むように少なくなって、最後に団体客が大型バスから降りて、シンガポール資本のホテルに、ぞろぞろと、お行儀良く長い列をつくって呑み込まれていくのを見たのは、あれは、2002年のことだったのではなかろうか。

あるいはメルボルンやオークランドのCBD、街の中心部を歩いていれば必ず聞こえてきた若い声の日本語が、いつのまにか中国語や東欧語に変わって、

語学留学生がやってくる国も、ずいぶん変わるのだなあ、と考えたのは、

2005年か、そのくらいだったような気がする。

なにしろ日本語を、やっこらせと学びはじめるきっかけになったのは小津安二郎とジブリとゴジラだが、2014年の「風立ちぬ」は、公開予告があっただけで、海外の反応を見て配給会社が考えを変えたのでしょう、結局、公開されることはなかったし、2016年のシンゴジラは、初日に「南半球最大のスクリーン」という、いかにも田舎国じみた謳い文句のオークランドのシネマに、初日から観にでかけたが、おおきな劇場に、ほんの数人の観客で、二週間の公開予定が、二日で打ちきりになってしまった。

実は、そのずっと前、日本ファンから観て、もっと心にずしんと来る衝撃だったのは、2006年に公開された「硫黄島からの手紙」で、ハリウッドのなかでは好きな監督のひとりであるクリント・イーストウッドがメガホンをとって、英語世界での前評判も上々で、欣喜雀躍、メルボルンのシネマコンプレックスに観に出かけたが、初めこそ半分くらい埋まっていた観客席が、30分も経つころには、一組、ふた組と起って、最後まで観ていたのは、ぼくを含めて、ほんの45人にしか過ぎなかった。

潮がひくように、というのがいいだろうか。

すうううっと、音もなく日本が生活の場から消えていって、話題からも消えて、ぼくはこうやってしつこく日本語と、その言語が話されている社会としての日本にこだわっているが、気が付いて見渡すと、生活のなかに、「日本」は、どこにもないようなことになっている。

むかしは、日本人がたくさん世界を歩き回っていて、案外オカネモチで、

日本人を喜ばせてやれば、それだけで家が買えたよ、というような話は、

1940618日にロンドンの地下鉄のホームの仮の塒から出て、殷々と響く戦闘機の爆音につられて空を見上げると、無数の飛行機雲が縦横に流れていて、後にも先にも、あんなにたくさんの飛行機が一度に空中戦をしているのを観たことはなかったよ、と述べる老人の話に似てきていて、そもそも、

そのむかし、日本人はすさまじい勢いで世界中の土地や会社を買い漁っていて、ゴールドコーストを買い占めて、高級住宅地のめぼしい邸宅を手にいれて、出来が悪い娘や息子を留学という名目で住まわせて、毎週、同級生を招いては未成年飲酒の大パーティを開いていたものだった、というような話は若い人がニヤニヤしながら、またそういうホラ話をして、という顔で聴くことになっていて、まして、ロックフェラーセンターをMITSUBISHIがそっくり買い取ってしまったなどと述べても、太平洋戦争では大日本帝国が勝ったのだという「高い城の男」話だと受け取られるのがおちになっている。

いや、そんなことはない、日本ブームですよ、という若い人もいる。

例えばオークランドならばフジロック=ラーメンツアーと、若いひとびとがふざけて呼ぶものがあって、フジロックに行って、帰りに、ラーメン二郎や、一風堂、武蔵、有名ラーメン店をめぐって帰ってくる。

第一、日本は、安い!

わたしは大好きなの。

COVIDの前は、毎年遊びに行ってたもの。

東京もいいけど、京都は最高よ。

レンタルの着物にサイズがなかったのは残念だったけど。

安い。頭がいかれてる。人間が礼儀正しくてクールである。

あの自動で開くタクシーのドアがたまらないのよ。

日本は評判がたいそう良い国で、特に若い世代にとっては、二郎を観て死ね、というか、聖地巡礼に近い気持ちで東京へ出かけてゆく人も多くて、

3年続いたコロナ禍が、ほんとなのかどうなのか、見ようにようっては無理矢理に、小さい声でいうと二度目の、「終息宣言」が出たので、

また、おおぜいの若い人たちが日本を目指して出かけることになりそうです。

ところが、落ち着いて見ていると、どうも、今度できたディズニーランドは凄いぜ、と話しているように聞こえるんですね。

暗い夜更けの地方都市の通りに、ずらっと並んで、煌煌と光りを辺りを照らす自動販売機や、ラーメンはもう古いですよ、蕎麦たべないと蕎麦、

クルクル寿司、最高だとおもう。

でも戻ってきた生活のなかには、「日本」は存在しなくなっていて、

例えば、このあいだエリザベスばーちゃんの葬儀の記事に眼をとおしていたら、あちこちの国の、招かれた人、招かれなかった人が並んでいて、読んでいて、あれ?、日本からは誰も来なかったのかな。

書いてないね、と考えて手元のプログラムを参照してみると、ちゃんと天皇陛下夫妻がやってきている。

やはり、そこで、うーむ、とおもってしまうのは、ぼく自身が、後2年もすれば40歳になってしまう中古品だからでしょう。

40年。

イギリスやニュージーランドなら、良い家ならば、庭もmatureになって、やっと価値が出てくるところだが、日本では、たしか、無価値な存在として、取り壊しになるころなのではないか。

うーむ、うーむ、と唸っているうちに、もっと不思議な事態が起こって、この数年では急速に事態が進行している。

いつのまにか、日本の新聞や、日本語SNSを見ると、英語世界と日本語世界のあいだで共有しうる話題がなくなってしまっている。

いま、ちょっと覗いてみると、

統一教会と自民党の、ジゴロの男と離れられない身体になってしまった中年の女の人、という60年代の妄想小説のような関係を、あたりまえだが、どうしても、そんなことでは困るのだと激しく追及する声に溢れていて、

これは最近の日本語世界の強い傾向だが、輻輳してしまっていて、

他の事は、取りあえず、いまは知らん。

統一教会問題をなんとかしなければ、という声に満ち満ちている。

国葬は、ほんとにやってしまったので、びっくりしたが、日時が決まっているものなので、オリンピックとおなじで、思い出したくない過去には蓋をして、だんだんと鎮まってきたが、ありとあらゆる社会の批判エネルギーが統一教会と自民党の癒着に向かっている趣があって、ぼくなどは、初めて見る気がする日本社会の集中力です。

でもムーニーズじゃん、ただの

と言うなかれ。

日本はオカネを吸い上げられるほうなので、日本人からまきあげたオカネをポケットにねじ込んで、テキトーにおかーさまエライをしていればいいアメリカの政治家の問題とは自ずから問題の深刻度が異なるのです。

でもロシアのウクライナ侵略問題とか、えーと、通貨危機だとか、インフレだとか、共通の問題もいろいろありますよね?

まあね。

そのとおりなんだけど、問題に当事者意識とともに参加してないというか、日本のひと独特の関わり方なんです。

ウクライナ問題などは、初めの頃こそ、慎み深かったが、飽きてきたのか、最近は、軍オタふう衒学知識全開で、なんだか楽しそうです。

なんだかツイッタを読んでいるだけで、軍事・兵器ヒョーロンカになってしまいそうです。

おもしろいんだけどね。

日本は今年の冬も潤沢にガスが使えるからだろーか。

共有されるべき問題も、論じ方が、日本的な癖が強くでていて、

例えば円安も、あれはドルが高いだけで円安とは言わない、と「専門家」の人が述べている。

一箇所でも瑕疵があれば、その論をなす人物は信頼度ゼロで、

国債の過剰発行などが典型だが、ひとつの構図を呈示できれば、重大だったはずの問題は、深刻度は気にしないことになって「あ、ダイジョブダイジョブ」になってしまう。

ははだしきに至っては、「PCR検査をマジメにやると患者が見つかりすぎて医療体制が崩壊するから検査を抑制すべきだ」という、えっ?

ええええっ?と何度も聞き返さないと、冗談で言っているのか、マジメに言っているのか判別がつかない意見が横行する。

その一方では、どこの国でも当然になったドライブスルー検査のような方法は、一向に普及しなくて、読んでいくと、どうやら、採用しないほんとうの理由は「だって、あれは韓国人が考えたものじゃない」と考えていそうなひとまで散見される。

おなじ話題についてさえ、タイトルとしてついている問題のラベルが同じなだけで、おなじ世界の問題に見えないほどの変貌を遂げている。

だから接点が喪われる。

だから「縁が遠く」なる。

だから、お互いになにを言おうとしているのか、さっぱりわからなくなってくる。

だから、お互いに対する興味を失ってしまう。

去る者、日々に疎し、って言うんだってさ。

日本が視界からいなくなってしまった世界で、ぼくは相変わらず日本語を書いている。

さすがに生活と密着した言語が通行するtwitterは、だんだん難しくなってしまったが、最近は、SNSをやらなくたって日本ドラマや映画を観ておけば、ある程度日本語能力が維持される、というのがわかったので、レイジーボーイに身を埋めて、どっひっひと笑いながらクレイジーキャッツのクラシックなおやじ笑いを見たり、サムライドラマに燃えたり、楽ちんちんであって、効果が高い、こんな方法に、どうしてもっと早く気付かなかったのか、と後悔しています。

楽ちん日本語習得のなかで、NHKのドキュメンタリ番組は、ぶっくらこいて、レイジーボーイが後方に転倒するくらい質が高いのを知ってしまった。

大スキャンダル騒動以来、混乱から立ち直れないでいるBBCより、よほど面白い。

なにかというと仰々しくて、貧困に打ち勝って、自営ビジネスによって家族を養えるようになった人などはファンファーレが鳴り響く、あるいは、Pat BenatarBonnie Tylerが絶唱しそうなヒーローに仕立てずにはおかないアメリカ・ドキュメンタリよりも数層倍すぐれている。

子供のころから、人が恋しくなると、ここに来るんです、と述べる、吹雪の

蕎麦とうどんの無人の自動販売機所(!)に腰掛けて述べる若い女の人や、

「ご両親は、どんな?」と訊かれて、淡々と、「いえ、ぼくは子供のときから両親はいないので」と答える人。

200円のお弁当を買いにやってきて、

「えーと、この先に、おなじ弁当を無料で配っている公園があって、そこがひとりひとつなので、ここで一個買うと、一日の食費が200円ですむんです」と笑いながら話す中年の男の人。

あんなものを観ていて、涙が溢れてこない人はいないだろう。

心臓発作で倒れて、まだ生きていないと家族が困りますから、と述べて、健康のための散歩を雨の日も欠かさないひと。

びっくりするほど数が多い、親の介護で、すべてをあきらめて、仕事もやめてしまった人。

どこから、こんな強さが出てくるのだろう、としか感想が湧かない、

耐える日本人が、次から次に出てくる。

あれは、西洋の基準では、聖人と分類される。

個人が仕事を擲って介護するしかない社会を言葉を極めて糾弾するひとびととは、皮肉なことに、対極にいるひとたちが、日本語の世界には当たり前に存在して、そういう無数のひとたちが、あの、不備な、としか表現のしようがない、税金や拠出金で、ふんだくれるだけふんだくって、唖然となるほどなにもしない政府の下で、日本語の社会が完全崩壊しないでいるのはなぜか、いくつか番組を観ていると、自然に得心されます。

住んでいたときには、付き合いがある日本のひとたちが、いま考えて見ると富裕層に限られていたせいかもしれない、まったく気付かないことに、そもそも軽蔑していたはずの日本語テレビ番組で初めて気付かされている。

いつか、またまたtwitterで、言葉を交わしたこともない「SNS有名人」に中傷されて腐っていたら、DMだけで話す日本語友から「いいかげんに、あんなtwitter乞食なんかを相手にするのはやめなさい。みっともない」と言われて、たしかにかにたし、と反省したが、もしかすると、ほんとうに、日本語ネット上にある日本語社会は、現実の日本語社会とは似て非なるもので、

そのときどきで流行りの話題に言及して小遣い稼ぎをする人間のためにあるのではないか、と疑いだすと、止まらなくなってくるもののようでした。

日本語で話が通じなくなったのは、現実と共にある日本語を話す人が黙るしかなくなっているからなのではないか。

あのSNS上の声高な喧騒は、実は本来の意味での日本語ですらないのかも知れません。

もう日本語が聞こえなくなった部屋で、遠く幽かにでも日本の姿を見ようとすれば、日本語ネットは返って邪魔なのかもしれない。

どんな折だったかも忘れてしまったが、むかし、自分の社会で、

日本から来ていたひとに

「あなたも参加すれば」と誘ったら、

「ぼくは、日本人だから、もう、ここでいいんです」と言われたことがあった。

そう言わないで、とかなんとか、テキトーなことを言ってみたに違いないが、あの人を、いまでも「消極的」と呼べる自信がいまの自分にもあるかどうか。

参加しない、どこにも行かない、世界に対して働きかけない、

自分の内なる言語をたどって、じっと自分の内面に沈潜している言語行為こそが日本の人なのかもと疑っている。

ほら、吹雪のなかを、深夜、「人恋しく」なった、あの女の人は

「無人の」自動販売機のもとへやってくるでしょう?

日本の文明の秘密を解き明かす、おもわぬ鍵が、吹雪のなかを、暗闇をぬって、孤独めざして雪を踏みしめて歩く女の人の上気した頬の明るさのなかにこそ、あるのかもしれない、と考えました。

世界は、もう日本の影を見ないことにしてしまったけれど。



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