ひまな人

いつかbasinの畔にあるベンチに腰掛けて、じっと水面を見ていたら、

「大丈夫ですか?」と訊かれて、びっくりしたことがある。

その1時間ほど前に午ご飯に食べたリブアイステーキが余りに不味かったので、どうやったら、あんな不味いステーキを焼けるんだ?

と考えていただけだったが、余程、悲しそうな顔をしていたのでしょう。

もしかしたら、ベンチからいきなりすくっと起ち上がって、目の前のbasin、日本語だと「入り江」だろうか、「内湾」かな? に飛び込んで自殺するのではないかとおもったのかも知れない。

食べ物のことになると、思い詰めるたちだからね。

あのbasin、水深、1mくらいしかないとおもいますけど。

社会はインターネットが刻々と刻む時間によってカッチンカッチンと規則正しく、オーケストラのように動いているが、どうも自分の頭のなかの時間は世間と歩調があっていないようだ、と気付いたのは、まだ子供の、7歳くらいのときだとおもわれる。

なんだか、日々、茫然としている。

一見、なにも考えていないようで、ほんとうに何も考えていない。

安楽椅子に、じっと座っていて、天井を見つめて、なにごとか思いに耽っていて、思い詰めた顔で、いよいよ時が満ちて、そのまま居眠りしてしまう。

教室の記憶も、窓から外を眺めている記憶ばかりで、他にはなにもしたことがないような気がする。

この人は、恐るべし、ほぼもの心ついたころから、なああんにもしないで、生きて来て、到頭、後2年もすると、40歳になろうとしている。

書いたことはないが、CVを書いたとして、字面だけをみれば赫々たる経歴です。

名前がカッコイイ学校が並んでいる。

高等教育も受けている。

よく見ると年限がやや変だが、それは、「奥の手を使って」、学校が嫌いなので

飛び級をして短くしてしまったからです。

正確にいうと、この人が生まれて育った国には飛び級という制度はないが、ないはずのものがあるところが、この国で、現にこの人は妙に若い年齢で大学を出てしまっている。

職業は、投資家、ということになっている。

「ということになっている」って、あ、じゃあ、やっぱり設定なんですね!と慌てて喜んではいけません。

パスポートコントロールなどでは職業の欄に「会社役員」と書くが、これは税金を少なく払うためあっ、いやいや冗談です、投資を円滑に進めるために会社を持っているからで、種別でいえば、オールドマネーもいいところの、ガハハのおっちゃんを連想させる「不動産投資」というものをずっとやっている。

他の投資もやっているけどね、どっちみち、

詳細をここに書く気はないし、書いたところで、日本語では「嘘松、けけけ」とか言われるだけなのは判っているので、嘘よりもずっと面白い現実は、日本語では絶対に聴けないことになっている。

遙かな昔は、会社を買って経営したりしたこともあるが、振り返って考えれば興味本位で、第一、忙しいので、こりゃたまらんと考えてやめてしまった。

実際に働くのは他人にお願いするにしくはなし。

いつだったか日本のおじさんたちがつくっている自分についての悪口フォーラムを面白がって読んでいたら、

投資家がでてくる好きなマンガかなにかがあるのでしょう、

「投資家が、こんなにヒマなわけはない。だいたい、こういう人は投資家というものがいかに忙しいか、まったく判っていない」と述べあっていて、

お腹が苦しくなるくらい、くくくく、と笑いがこみあげてくるのを我慢(なんで?)するのに苦労したが、この人たちの頭のなかではディスプレイのなかの刻々と変わる数字やチャートを見つめて、機を敏に、電話したり相手に向かって大声で怒鳴ったりするのが投資家の仕事であるとおもっているようだったが、現実の投資家たるや、ちょうどベンチに腰掛けてbasinの水面を見つめるように、頭のなかの市場を見つめているだけです。

賑やかな投資家おっちゃんも投資の種類によっては存在するが、慌てるおやじはもらいが少ないという、

最後まで、恙なく懐がゆたかでいられるのは、そういう人には少ないようでした。

ではなにが外から見てわかる仕事かというと、「本を読むこと」で、

ヒマさえあれば、本を読んでいる。

最近の「遊びだ」「趣味だ」とゴマカシながら手をだしている、不動産以外の投資でも、分野は変わっても、「本を読むのが仕事」の基本が変わるわけではないようです。

オカネの話はつまらないので、このヘンで止すが、もの好きな人がこの記事を読んでいて、自分も投資家として暮らしたい、と考える場合は、本をたくさん読むことと並んで、大事なことがあって、

それは「世の中に興味をもつ」ことです。

これは、どうしてこうなっているのか、

あの国はどうして不振なのか、

人間はなぜ嫉妬に駆られるのか、

好奇心をもてば持つほど投資家のふところは豊かになる。

ぼくが尊敬する投資家ジジなどは、向かい合って座ると、

「あれ、この人、哲学者だったかな?」とおもうような風貌をしている。

ご多分にもれず、巨大なライブリを家のなかに持っている。

ちょっとヘンだな、とおもって改めて本棚を見直すと、並んでいる本が全部経済の本であることだけが、普通の「読書家」と、やや異なっているけど。

むかしから、このブログを読んでいる人は、知っていても、最近読み始めた人も多いので、職業は、この人はなんだろう?と考える人もいるかもしれないと考えて、この記事を書いているが、ver5のころのhow-toな「どうやって稼ぐか?」に較べると、自分のオカネの話を書くのは難しい.

現に、この記事も書いている本人が、どうやってオカネをつくってきたか、いまはらくちん、みたいなことを書いているうちに、自慢たらたらであるような気がしてきて、自分で嫌になって、ばっさり3ページほど削ってしまった。

話が具体的になる拭えない癖があるので、書いているうちに国際会計の難しさから、はてはどこの国のどこの街でも、最近はフッ素を大量に投入するので、給湯タンクに穴が開いて維持コストがあがった、というようなことのほうに話が入っていってしまうからです。

煩雑で退屈でもある。

やめておいたほうが良さそうです。

他の、すべての職業とおなじように、駆け出しのころを思い出すと、バカで、無知なので、かわいいというか、ヘンなことばかりやっていて、なつかしいとおもうことがある。

まだ、大学を出て、発明というヘンテコリンな方法(というよりも偶然、かな?)でおもいがけず大金を手にしたばかりのころ、この人は、さて、このオカネをどうすればいいか、と考えて、アメリカの西海岸をサンフランシスコからオレンジカウンティまで、ビッグ·サーでアザラシを踏んづけそうになったりしながら南下したりして、ウロウロしていたことがあった。

サンフランシスコのPowell Streetのバジェットレンタカーで、まだおぼえている、「開く」のボタンを押すとサイドウインドウが閉まって、「閉る」を押すと開く、摩訶不思議な赤いGMのコンバーティブルを借りて、おもしろそうな会社を飛び込みで見物したりして、「あれが、あなたのクルマ?

あんなバカなクルマで会社を訪問する人なんて初めてみた」と吹き出されたりしながら、それでも親切なカリフォルニア人たちに感動しながら、訪問したSan Joseの南の郊外のLos Gatosの町で、ホテルのカフェで隣りあわせた中年のアジア系人と、あの辺りに多いスタートアップ企業の話をしていたら、「動画サイトをやるという若い人たちがいてね」と話し始めて、「あれ、ちょっとおもしろいんだよな」という。

聴いてみると、なるほど、おもしろそうです。

出資者を探している。

ピザ屋の二階だよ。

俄然、興味を示したマヌケそうな若者(←わしのことね)に、住所と地図を描いてくれた。

きっと、このいかにもビンボな若者は就職したいのだろう、とおもったのでしょう。

それでいて、あにはからんやカフェの駐車場から赤いコンバーティブルで出てくるのを見て、今度は「得体の知れないやつだな」とおもったかもしれません。

勘がいい人は、もう判ったとおもうが、この「動画サイト」がyoutubeです。

教えられたピザ屋に行ってみると、二階には、異なる会社だったかが入っていて、執着心というものがまるで欠けている、この若い人は、あれえ、へんだなあ、だけでホテルに帰っていってしまった。

いまだに、どういう話だったか、わからない。

おもいだしてみて、惜しいとはおもわないが、あのときyoutubeのスタートアップの人たちに会って一緒に始めていれば、また全然違う人生だったかなあー、とおもう。

あとで訊くと、セコイアだかどこだかが350万ドルという、笑ってしまうような少額の出資をして、それでも喜ばれたもののようでした。

その後、Google165000万ドルで買収したのは、誰でも知っていることでしょう。

突然、へんなことを言い出すと、就活なんてするよりも、もういいやいいや、不良になるからいいや、と思い定めて、カリフォルニアにでも行って、いられるだけいて、うろうろしているほうが、いまの時代には「安全」な卒業後の進路選択かも知れないとおもうことがある。

特に「ひとよりは少しくらいはオカネを稼ぎたい」と考えている人にとっては、アメリカのほうが日本よりもずっと楽でしょう。

いまの日本の社会では、規格に合う人は規格どおりにダメになっていく。

自分の「内なる未知の力」は、常に、自分の想像を超えてパワーがあるものだという事実も、おぼえておいて損はなさそうです。

駆け回ってないで、たまには、ひまに浸るのもよいことであるとおもう。

ぼおっとしているきみに親愛を感じた、自分のなかの、ひまな人が、案外、きみを助けてくれるかも知れないでしょう?



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