若い人間は、ほんの少し宙に浮いている。
足下をみればわかる、1インチか2インチ、どんなに地面から離れていても3インチとまでは離れないが、少しだけ宙に浮いている。
なかには寺院の屋根の階(きざはし)に腰を掛けて、ぼんやりと世界を見渡しているArthur Rimbaudのようなひともいる。
ほら、金子光晴が、素晴らしい日本語に訳しているでしょう?
束縛されて手も足もでない
うつろな青春
こまかい気づかいゆえに、僕は
自分の生涯をふいにした。
ああ、心がただ一すじに打ち込める
そんな時代は、ふたたび来ないものか?
遠くを見渡している人間には、ぼくやきみの、ひとりひとりの顔は見えない。
人間はひとりひとりの人間がみえない遠くから、人間の争いを見ることが、遠くから響き渡ってくる、罵り声や、叫び声、叫喚を聞いているのが好きなんだよ。
ちいさなころ、窓を開けて、
「ごらん、川の向こうでは愚か者たちが騒いでいる。でも川のこちら側に騒ぎがつたわってくることはないだろう」と述べる父親の声に安堵して、きみは、きみのベッドに戻ったものだった。
少し不安になって神に祈ってみる。
地べたにべったり足をつけてしまっているおとなは、きみを不安に陥れる。
こんな時間に電話をかけたら迷惑かもしれない、と考えて、きみは逡巡して、逡巡を始めた午後10時よりも、ずっと事態を悪化させた午後11時になって、きみはずっと歳が上のあのひとに電話する。
元気ですか。
ぼくは元気です。
ちょっと遅くなってしまって失礼かもしれないとおもったんだけど、ひさしぶりに声が聴きたいとおもって。
あの、ほんの一秒の半分くらいの、でも決定的で取り返しがつかない、絶望的な沈黙。
それから、あのひとはいつもよりもずっと落ち着いた、やさしい声で、
まだ起きていたから大丈夫、少しも心配しなくていいのよ、
あなたのことは、いつも聞いている。
学校ではずいぶんうまくやっているのね。
よい噂をたくさん聞いています。
まるで弟のことのように誇らしくおもっています。
ところで、
わたしは暫くウイーンに行くことに決めました。
そこで翻訳の仕事があるんです。
あなたのことを忘れられるわけはない。
ありがとう。
一週間にいちどは絵葉書を書きます。
受話器を置いてから、きみは、なんてバカなことをしたんだろう、と唇をかむ。
あのひとは、ぼくを傷つけないように細心の気をつかって、最後にはおどけた声までだしてみせた。
ぼくはなんという愚か者だろう。
きっと、あの人は、二度と口を利いてはくれないだろう。
口を利いてくれても、よくてよそよそしい友達、悪ければ他人、
もしかしたら電話にも出てくれないかもしれない。
痛み。
どこからきたか理解できず、手の施しようもなく、どうしようもない痛み。
自分は、この痛みのために生きてきた。
この痛みにたどりつくことが人生の目的だったからこそ、20年も生きてこれた。
通りに出て石を投げて 拳をふりあげて 獣染みて咆哮して
武装したおとなと乱闘する クルマを転覆させて 火をつける
大西洋をわたって
砂でできた岬の突端に腰掛けて
人間が人間を愛する物語をむさぼり読んでいる
突然、涙がとまらなくなって
顔をおおって 哭いている
真っ白な砂が涙で暗い色に変わっていくのをみつめている
なぜ?
ノートにびっしり書き付けられた硬質な論理の言葉といくつかのグラフで神がさしだした手に向かって、指先までのばして届こうとしている。
なぜ、きみはぼくのもとに戻ってきたのだろう?
もう会わないと決めていたはずなのに
なぜ、きみはぼくに会いに来たのだろう
不可視の人として。
夏の照りつける太陽のしたで、賑やかな町で、ひとりだけ氷のように冷たい肌で 青ざめて
痛みとともに
突然、まわりの人びとが振り返る
無遠慮にきみを見つめ始める。
きみはなにもかも見ていて
なにも見ていない
痛みよ
元気ですか。
ぼくは元気です。
ちょっと遅くなってしまって失礼かもしれないとおもったんだけど、ひさしぶりに声が聴きたいとおもって。
だいじなことだったんです。
いいえ、あなたの声を聴くという、そのことが大事でした。
どうしても、今日でなくてはいけなかったんです。
いまでなくてはならなかった。
人間によって背中から刺された神が、ゆっくりと倒れる、この200年のスロー・モーション
壊れてゆく雲
二度と愛することがなくなった天使達の青ざめた顔を照らす、
太陽よ
痛みよ
なぜ?
(この記事は2019年10月7日に「ガメ・オベール日本語練習帳 ver5」に掲載された記事の再掲です)
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