聞く耳をもたない、という。
耳なし芳一という甲冑武者の亡霊に耳をもぎとられてしまう、怖いお話も日本にはあるが、この場合は、ほんとうに耳がないわけではなくて、理解を拒絶する特殊な能力を有する脳髄のほうの話をしているようでした。
ジャシンダ・アーダーンは、ほんとうは首相になるはずではなかった。
選挙前は、経済政策に巧みで、いまのニュージーランドの繁栄の枠組みをつくったジョン・キーの後継者、ビル・イングリッシュが次政権でも首相を継ぐ予定で、ニュージーランド人は、当時の与党国民党支持者も、ジャシンダ・アーダーンを擁立して果敢に勝ち目がまったくない選挙(と、当時はみながおもっていた)に臨んだ労働党側も、「ま、次はビル・イングリッシュだろうな」と考えていた。
今年56歳になるジョン・キーが、成功の頂点で突然首相も政治家もやめることを宣言したのは、ニュージーランドのマスメディアにもいろいろな理由が書いてあるにはあるが、周囲の人はみな真相を知っていて、奥さんに怒られたからだった。
「いいとしこいて、首相業なんかにうつつをぬかしていていいのか。家族をもっと大事にして、家族と一緒に過ごす気がないんですか?
もうビジネスマンとしても政治家としても十分成功したのだから、いいじゃないの」と、バーンサイドという名前の、「南半球最大」という訴求力があるんだかないんだかよくわからないキャッチフレーズで有名な大規模校の高校で出会った、英語でいうhigh school sweetheartの奥さんに、「ちょっと、そこに座りなさい」をされた結果、考えて、女房のほうがただしいようだと決心した。
ビル・イングリッシュという人は、アスペルガー人で、コミュニケーションが大の苦手な人です。
アカウンティングに明るくて、そういう観点からの数字の扱いには滅法強いひとだが、なにしろ2017年の総選挙の、ただでさえ楽勝ムードが漂って、危ない選挙になっていたのに、「このままいけば、国民党の楽勝でしょう」と述べてしまうほどの政治性に欠けた人なので、わしなどは、選挙前から、「もしかしたら、これは、あかんな」と考えていた。
アーダーン首相が誕生して、おもしろかったので、もともとは日本の京都人で、いや京都の日本人か、どっちだかよくわからないが、ともかく、京都の「ええとこの嬢ちゃん」で、高校生の頃からかれこれ30年だかニュージーランドにいて、いまは日本人を廃業してニュージーランド人になっている晩秋 @debut_printemps とふたりで、ツイッタで、「ジャシンダあー、邪心だ、ひょええええー、ジャッシンダー」と言ってよろこんでいたら、ニュージーランドに住んでいるらしい、知らない日本名物おっかない人に、「一国の首相をファーストネームで呼ぶなんて、他国の首相に失礼ではないか。ちゃんとアーダーン首相と呼ばないのは女性差別であって許されないとおもう」と叱責されて、ほんとは、ビザ持ちらしい、あんさんが他国人で、晩秋とおいらはニュージーランド人でっせ、と考えたが、めんどくさいので、邪心だー、をやめて、あーだあーん、と日本語では呼ぶことになっている。
ついでにいうと、ニュージーランド人は「われらの首相」という気持があるので、ふつーにジャシンダと言います。
ちょっとだけ、なんでジャシンダ・アーダーン首相が誕生してしまったか説明すると、選挙が終わって、ビル・イングリッシュが勝利宣言をだして、組閣していた頃、ジャシンダ・アーダーンは、極右政党のニュージーランド・ファーストと手を組んで、政権をぶんどってしまう、という奇想天外な政治工作に乗り出していた。
ニュージーランド・ファーストは、「ニュージーランドがいちばん」「ニュージーランドが最優先」の、マヌケな政党名でわかるとおり、排外政党で、James F.のような嫌味な人間には「義和団か、おまえらは」とからかわれたりしている政党です。
主張だけ聞いていると神風連か義和団のようだが、現実の党員は、ヘロヘロになったじーちゃんやばーちゃんが多い政党で、もともとスカな政党だったのが、1990年代に「このままでは日本人の洪水になってしまう」という、なんだかヘンな弾劾演説で急速に党勢が伸びて、一瞬は第一党になる、という離れ業で表舞台に立った。
党首は、いまとおんなじウィンストン・ピータースで、この人は初期には自分の父親がマオリであることをうまく利用して、「トゥルーキーウィ」、純正ニュージーランド人、つまり、アジア系やポリネシア系のパチモンニュージーランド人とは違って、白人かマオリ人だけがニュージーランド人だと述べて、「それって、人種差別なんじゃないの?」と言われると、「わたしの顔を見ろ、半分は有色人ではないか。有色人の人種差別者なんて、そんなバカバカしい言いがかりをよくおもいつくな」と述べて、KKKもびっくり、な白人至上主義的言動を受け狙いで繰り返していた。
ヘレン・クラークが首相になった選挙で、当然、自党が第一党になるとおもっていたウィンストンは、「首相になったら、あーする、こーする」とマスメディア相手にはしゃいでいたが、「あのおっさんに任せると経済がやばいな」と見抜いていた国民の人間打算機的な投票行動によって、第一党どころか第二党にすらなれなかった。
ニュージーランドはドイツと並んでMMP, Mixed-member propotional representation、いま日本語を調べてみたら小選挙区比例代表併用制、漢字が11個も並んでいて、いつも「ひえええー、ガメのブログは漢字がおおすぎて国語辞書をひいてもわかりひん」と不平を述べている着物の着付けがチョー上手な舞台女優、佐野みかげ @mikagehime が読んだら失神しそうな訳語がついている選挙システムで、個々の議員と政党の両方に投票する、ややこしいシステムをとっている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Mixed-member_proportional_representation
このややこしい、ナチ末期の決戦兵器、ハイブリッド超重戦車マウスみたいな複雑な選挙システムがどういうもので、どう機能するかは、wikipediaでも読んでもらうことにして、まんなかを端折って、結論だけを述べると、伝統的な選挙制度なら泡沫で終わる政党が議席をとってしまう。
早い話が、地元選挙区でも愛想をつかされて落選したウインストン・ピータース率いるNZ Firstは議席ゼロのはずなのが9議席獲得してしまった。
ニュージーランドの議会定数は120だが、「はっはっは、楽勝じゃん」と述べていたビル・イングリッシュ率いる国民党は、ふたをあけてみると56議席で、過半数に及ばず、前回の32議席からいくつ減らすか、もしかして20議席切っちゃったりするんじゃない?の、低迷していたはずの労働党は党首が一挙に若返ってしかも女の人になるとアフターバーナーが点火された46議席の大健闘で、ニュージーランド名物「戦略的投票」の冴えが見える選挙だった、はずだったのだが、子供のときから労働党の政治スクールで鍛えてきたジャシンダは、びっくりするように素早く動いて、暢気に勝利宣言をする国民党を横目に、あっというまに極右政党と連合を決めてしまった。
ここに至って、ジャシンダの政治工作によって46+9=55議席と、過半数61議席をとれなかったナショナルに近付いた労働党は、14議席から8議席に墜落した、凋落に歯止めをかけたいグリーンパーティから、confidence and supply agreement、一味だとおもわれるのは嫌だが、いいよ、賛成してやるよ、という約束をとりつけて、46+9+8=63>過半数を成して、世界中、ぶっくらこいてしまった政権樹立をなしとげてしまう。
意地が悪い連合王国の新聞などは「NZの民主制の死」と述べて書き立て、他国の政治を常に誤解するくせがあるアメリカの新聞のなかには、「NZ極右政権の成立」などと書いていたのもあった。
ジャシンダ・アーダーンが首相になってのおおかたの感想は、
「これで経済ブームは終わりだべ」で、前方を注意している投資家やビジネスマンは、来年初頭くらいからの不景気を見越している。
理由が理由なので、オーストラリアの今年で公式に世界最長の26年目の好景気はつづいていくはずで、ニュージーランド名物のオーストラリアへの国民の大移動がまたぞろ起きるだろうことは、相当鈍感な人間にも想像がつく。
財政や経済に明るいビル・イングリッシュと異なって、演説を聴いていても、「こら、あかんわ」な経済への観察や発想が多いジャシンダ・アーダーンは、政争に勝つ名人ではあっても経済をとりしきるのは多分無理だろうと皆が考えている。
現に、「政権発足から1年は増税も税制の変更も行わない」と、きっぱりと述べていたのに、もう今月からガソリン税を増やして1リットルあたり11¢が上乗せされている。
ただでさえ世界最高価格の部類に属するニュージーランドはレギュラーで1リットル2ドル20¢というようなオオバカタレなガソリン価格になって、さっそく経済の重荷になっている。
イギリス人やアメリカ人が心配してくれている政局の極右化のほうは、また「アジア人出て行け」が始まって、アジア系の人はたまらないだろうが、白いほうは、「ウインストンをまじめに受け取るやつなんていないさ」で、1990年代のむかしは、これはたいへん危険な態度だったが、いまやジジになって、ジャシンダが産休に入るあいだは、彼の悲願である「ニュージーランド首相」なので、舞い上がって、「閣僚諸君、おれは厳しいから覚悟しておけよ」などと述べて、閣僚たちの失笑を買っていたりするところを見ても、もうクラウン化していて、案の定、本人が首相になる前のポール(ニュージーランドでは年柄年中やっている政党・政治家支持率調査)では、次の選挙では、今度こそは掛け値なし議席ゼロで、パニクっていた。
党内では、「もうウィンストンでは無理だから追い出しちまうべ」という動きもあるようです、というよりも、追い出す動きが公然化している。
良いほうは、1980年生まれの女の人であるジャシンダ・アーダーンが首相になったことで、ニュージーランドの国としての対外イメージは、少なくとも西洋世界においては格段によくなった。
6月は今年から公式にプライドマンスで、LGBTのひとびとと一緒に行進する写真や、オバマ夫妻と意気投合して話し込む様子が、毎週のように伝えられて、世界じゅうに、ニュージーランドという物怖じしない小国の、いわば「気分」をうまく伝えている。
排外主義、超保守主義、カネモチ優先主義ほぼ一色に染まりつつあるいまの世界に真っ向から挑戦するジャシンダの多文化主義、進歩主義、ビンボ人優先主義は、力のあるひとびとには眉をひそめられているが、いまの世界で力をもたない、ビンボ人や、少数派には、力いっぱいの、と表現したいくらい熱烈な拍手で迎えられている。
実際、今年に入ってから3人、首相になったジャシンダの行動と発言を見て、ニュージーランドにやってきたという若い移民に会った。
オーストラリアと連合王国とアメリカ、それぞれ、自分たちが初めに移住した国に失望して、少しは希望が残っていそうなニュージーランドにやってきた人達でした。
今週から、首相は出産準備に入る。
自宅から指示を出すと述べている。
出産後は6週間の完全産休を予定している。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0604.html?utm_int=news_contents_tokushu_004
もちろん、どこの国にも、うっせえおっちゃんはいるもので、ジャシンダが妊娠を公表したとき、ひとり、「これは国民の信託への裏切りである」という論説を書いたおっちゃんがいたが、わし自身も、わし友も、アホらしいと思って笑い話で終わってしまった。
ジョン・キーの国民党政権は成功裡にニュージーランドを運営してきたが、なにしろ9年も続いて、次の4年も国民党政権だとすると13年の長期にわたって国民党の政権が続くことになったわけで、そうすると、どうなるか、国民は長い国民党政権への反動で、「カネモチの味方」ナショナル(国民党)への過剰な反発が起きれば、トランプ政権のような破壊を目的とした極右政権が出来上がりかねない。
あるいは、ジェレミー・コービンのような、ポピュリズムの手法を取り入れた組合社会主義者が選出されて、stagnantな政治・経済の状況が再び生まれてしまえば、そこで選挙政治で出来ることは袋小路に入ってしまう。
オーストラリアとニュージーランドは、両国とも、国民が政治が苦手なので有名な国で、わし連合王国友でも「あんな国でMMPなんかやるから、ああなる」と述べる人はたくさんいるが、ここのところオークランドとメルボルンに本拠を移転して、近所のパブで、地元の友達や顔なじみと黒ビールをちびちびやりながら話したりする習慣をもつわしとしては、やや違う感想がある。
ニュージーランド人は、不思議な国民で、頭の半分では、いつもビンボに郷愁を感じているような、ビンボがいいな、とおもっているところがある。
微かでも、そうおもっていない人は、とっくの昔にオーストラリアやアメリカに移住してしまっている、ということもあります。
ニュージーランドのスタイルは、オカネモチになることじゃないんだ、という、こちらは口にも出される強い気持ちもある。
自然があって、食べ物があって、たくさん時間があれば、もうそれでなにもいらないじゃないか、というキーウィに共通した心情は、何世代も通じて「あの国に行くと楽しいが収入は5分の1になる」と言われながら、実入りの激減を覚悟して、家族とともに楽しく暮らすことをめざして連合王国から遙々やってきた、たくさんの人によってつくられてきた。
政治みたいな正体のないことにうつつをぬかしていないで、もっと家族と一緒に時間をすごすべきだ、と奥さんに説教されて首相をやめたジョン・キーや、首相一年目でいきなり産休に入って、無責任だと非難したイギリスの女の評論家に「あんたの知ったこっちゃない。あなたがたの国イギリスとわたしたちの国では、価値観がまるで異なるし、第一、妊娠しているのはわたしで、あなたが妊娠しているわけではない、ほっとけ」と真っ向から反論して国民に拍手喝采されたジャシンダは、ニュージーランド人にとっては、とてもニュージーランド的な首相で、国の価値観をうまく体現していると受け止められている。
とりわけて、今回の「首相の産休」は、世界で最も早く婦人参政権を実現したことをおおきな誇りにしているニュージーランドの女の人たちにとっては、もうひとつのエポックメイキングな出来事と受け止められている。
聞く耳をもたない、という。
日本にいたとき、曾野綾子さんの、おっかない発言があったりして、
女だてらに
https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/24/genderequal/
くらいを皮切りに、
BK
https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/02/bk/
A Girl Can Do Anything
https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/12/20/a-girl-can-do-anything/
と、ほんの少しでも日本の女のひとたちの側に立てればとおもって、いくつか記事を書いたが、反応は、ぶっくらこいちまっただよ、と言われるべきもので、
ニューヨークで通訳会社を経営しているという人の「男に性差別の問題について言われたくない」に始まって、キン〇マ蹴りとかなんとか、おもしろそうな運動をしている女の人には、「男で性差別に反対て言われても」「この人が人種差別主義者なのは当然だとおもっている」と陰口を利かれて、とどめには、なんだかよく判らない「フェミニスト集団」には、畸形性という単語だけに反応したのでしょう、まるで反対の意味の文の単語だけを取り上げて「女に対して畸形なんて差別語を使うとは、なんということか」というので、ツイッタに集団で駈け込まれて、ツイッタ社の日本支社は、最近は「文脈をみている」と言い訳しているが、当時は、まったく単語しか見ていないオバカ検閲で、朝、起きてみたら
「該当ツイートを削除しないとアカウントを凍結します」
というemailが来ていて、問い合わせたら、件の「フェミニスト団体」が集団で申し入れていたのだった。
それやこれやで、日本のフェミニスト運動は、毛沢東並の自力更生主義で、理屈が難しいので、話をはじめていた英語人との連携のお話も含めて関わり合いになるのはいっさいやめてしまったが、正直にいうと、
わしにとっては性差別は、ちょうど人種差別が有色人側の問題ではまったくなくて、100%オバカ白人側の問題であるのとおなじことで、全面的に男の側の問題で、この日本人の女の人たちの揶揄や非難攻撃の趣旨とは丁度反対で、ほんとうは、女の側で出来ることなんて、なにもないのではなかろうか?といまでも考えている。
わしは、かーちゃんの教育と、ばっりばりのフェミニストである妹の影響なのか、それとももともとは、本当は女に生まれついているのか、フェミニスト原理主義者と呼ばれて、おめーは喧嘩売ってんのかと相手の男たちと大喧嘩したりする女の友達が多くて、年柄年中、ラウンジで「ガメは、足のあいだにへんなものがついてさえいなければ、ほんとにいいやつなんだけど。
ねえ、ガメ、そんなの取っちゃえば?」と言われて、ガハハハハと笑う笑い声に囲まれて憮然としていたりするが、まあ、そういう付き合いも、英語圏というか西洋圏にだけ限定して、わからないことには触らないことにしていまに至っている。
当然、そのなかにはジャシンダ・アーダーンの個人的な友人である人達も何人かいて、話を聴いていても、やっぱり経済への考えはダメだが、政治的な敏捷さは天性であるらしくて、多分、在任中にニュージーランドは男女同権の上でも、おおきく飛躍しそうだと感じます。
ま、しばらくビンボだろうけど、この世界のなかに一国くらい、容赦のない繁栄よりも人間でいられるビンボを目指す国があっても良いのではなかろーか。
赤ちゃん、健康に生まれてくればいいな。
いまから、そのときに備えて、極上のシャンパンをセラーから出して冷蔵庫にいれておかなければ。
(この記事は2018年6月6日に「ガメ・オベール日本語練習帳 ver5」掲載された記事の再掲載です)
Categories: 記事
You must be logged in to post a comment.