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  • 荒っぽさの効用について

      初期の艾未未 (Ai weiwei)の有名なパフォーマンスに漢王朝時代の壷を床に落として割ってみせる、というのがあった。 あるいは、Ai weiweiは、これもたいへん有名だが古美術価値ばりばりの新石器時代の壷に「コカコーラ」の商標を朱で描いてしまう。 http://dailyserving.com/2010/07/ai-weiwei-dropping-the-urn/ Alison KlaymanがつくったAi weiweiについての素晴らしいドキュメンタリ 「Never Sorry」のなかで、Ai weiwei自身がインタビューに答えて「壺は両方とも本物だよ」と述べている。 Ai weiweiは殆どの作家がなんらかの集団に属している中国の芸術家のなかでは極めて異例な「一匹狼」で、いまに至るまでどこにも属していない。 いつもひとりで、自分の二本の足で歩いて、尾行してくる中国の公安警察の開けさせたクルマの窓にクビを突っ込んで「なぜ、おれを尾行する? ふざけるな。イヌ」と悪態をつく。 天安門の前にたって中指をつきたてた(中国政府にとっては)とんでもない写真を世界中に公開する。 http://nyogalleristny.files.wordpress.com/2012/06/aiweiwei_finger.jpg 中華人民共和国60周年の記念で鼻高々の政府の面子をたたきつぶすように、ビデオカメラの前に立って「Fuck you, motherland」と述べる。 夜中に嫌がらせにやってきた警官に銃の台尻でなぐられて重傷を負って入院開頭手術で生と死の境をさまよい、戻ってきてやったことが、この「Fuck you , motherland」だった。 初めてAi weiweiを見た人が不思議に思うのはAi weiweiには「自由への闘士」や「勇敢な政治運動家」というにおいが少しもないところであると思う。 大地の上に自分の2本の足で立っている自然の人が、政府という絡みつく根のように自分の行動や思考を妨げる組織を煩わしがって、怒っている。 ときどき、自分でも制御できない怒りが突然あらわれた龍のように空を割って暴れだす。 Ai weiweiは自分を逮捕しようとする警官に「やれるものならやってみろ、このクソ野郎」という。 ツイッタでは「通りで独裁に向かって投石するくらい愉快なアウトドアスポーツはない」と書く。 ある欧州人は「Ai weiweiのなかのフーリガン」という表現を使った。 Ai weiweiというひとのなかの「湧きだして奔出する怒り」を表現し得て妙であると思う。 中国の知識人たちはAi weiweiの感情にまかせたような政府へのすさまじい個人の怒りの表現をみて、「これまでの自分達のやりかたではダメなのだと悟った」とインタビューで述べている。中国人の芸術家や知識人は伝統的にもっと穏やかな口調で、しかし巧緻な皮肉で政府を揶揄する伝統を持っていたが、そんなやりかたではまったくダメだということをAi weiweiが教えてくれた、という。… Read More ›

  • コロナを生き延びる

      政府の愚かさが国民を殺す、というと、なんだかおどろおどろしくて、安物の反政府言説めいているが、かつてのトランプのアメリカ、ブラジル、インド、日本は、なにしろ現下の現実が安物めいているので、プラスチックな表現が、ぴったりあってしまう。 最近は、なにしろ事情がよくわからなくなっていることもあって、日本の、あれこれの問題に口を出すのは、控えている、というよりも、自分で日本語ファンとして、それじゃダメなんじゃないの?とおもうが、心的、物理的距離が生む必然、関心が薄くなっていて、いろいろなことを言わないですませてしまっているが、読む方は少しは読んでいて、世にも珍妙な「PC検査抑制論」は取り分け興味をもって初めから読んでいた。 論自体は、いろいろ専門家として、半可通の一般人と違う見解をみせたい虚栄心はわからなくはないが、児戯の範疇というか、噴飯物で、ここで解説する必要もなさそうです。 6ヶ月もすれば日本語人にも、自動的に、霧が晴れたように事情が見えるようになって、唖然とさせられるだろうけれども、闇夜の鉄砲というイディオムそのまま、なにしろどこに致死性のウイルスが偏在しているか、手探りもしないで対策しようというので、多分、背景には、初期において日本とアメリカの「専門家」に特にその傾向が強かった「COVID、COVIDと騒ぎすぎる。要は、単なる悪性のfluではないか」と、いまは唱えていた「専門家」がいちように口をつぐんでいる。「コロナなんてfluみたいなもん」説が背景にはあるのでしょう。 そんな大規模PCR検査みたいに、いまの医療体制をおおきく変更しなければならないことを、わざわざやらなくたって、戦前につくった、日本が誇る「保健所」体制で十分対処可能ですよ、ということだったのだとおもいます。 いまから振り返っても、遠いことで、見えにくくなっているけどもね。 ほんとうは、全然、十分でなかったのだけれども、そこが日本文明の顕著な特性で、十分でなくて、逼迫してくると、想定にあうように現実、この場合は陽性を疑われる人間の数を、想定の規模の身丈にあわせて、無理矢理すくなくしていった。 コロナ? あんた、なんでもかんでもコロナじゃないかと言い出したら、わたしらの医療商売は、あがったりですぜ。 やめてもらえませんかね。 熱がある? 息が苦しい? そのくらい我慢しろよ ということで他国ならPCR検査を数回おこなって、陽性になったら、処理プロセスに乗せる患者を、自宅でうんうん唸らせておくほうを選んだ。 なぜかって? だって、そっちのほうが都合がいいんだもの。 愁訴する人間をいちいち真に受けてたら、疫学なんてなりたたないのを、あんた、知らないの? いまから振り返ると、他国が、想像する日本の事情はこうです。 英語としては、実は、かなりヘンな言葉なのだけれども、マス・マスキング、という。 語感に逆らった無理矢理な単語の作り方から言って、アメリカ人たちがつくった言葉でしょう。 いちど品川駅の朝の光景が、ニュージーランドのニューズに出ていたことがあって、拡幅された、改札から北口階段を経て横断歩道に出るところだったが、何千人という通勤人が、ひとり残らず、文字通り、ひとり残らずマスクをしていて、見ているほうは、一瞬、マスクをしていない人を見ると、みんなで示し合わせて電車が入ってくる線路に突き落として、内緒内緒で始末しているのではないか、と考えてしまうくらいの例外のなさです。 5年前だったか、欧州の帰り途に、ストップオーバーで東京に立ち寄って、定宿の帝国ホテルから麹町の、なんだかそこだけは意識して放射能汚染されていない食材だけを厳選して食事を提供しているから、そこで夕食を食べてくれ、予約はもういれてあります、と家宰さんに指示されたレストランに、歩いていく途中、皇居の内堀を通ったら、なにかがおぼえている東京の光景と異なっている。 なんだろう? と考えて、あらためて観察すると、自分が知っている日本の日常の光景とは逆に「ガイジン」たちがマスクをしていて、日本人はしていない。 ああ、福島第一事故で飛散した放射性物質が付着した土埃が、春一番に乗って大気中に拡散されている、という、あれか、と気が付いて、西洋と日本との考え方の、視覚的な対比に、おもしろいなと思ったことがあった。 日本のひとは、印象として、マスクが大好きで、病院の外科病棟にでも出かけなければマスク姿の人間を拝めない社会に育った、わしとしては、初めのころは、ぎょぎょぎょっ、な気持ちによくなったものだった。 すぐ、なれちゃいましたけどね。 軽井沢銀座で、サンバイザーをひきおろして、でっかいマスクをして、肘まである長い手袋をしている女の人を見ても、動揺しなくなっていった。 他のいろんなことと一緒に「日本の習俗」として「理由はわからん箱」に解決の見通しのない未決案件としてしまっておいた。 フルニカブを着て、ニュージランドのケンブリッジ、日本でいえば、どこだろう? 松本くらいになるのかしら、農産物の集散地の、ワイカトの街で暮らした白い女の人によると、表面で見るのとは違って、ニカブ姿では、ずいぶん地元住民の嫌がらせに遭ったらしいが、そのひとが、たいへん面白いことを述べていて、頭からすっぽりブルカをかぶって、通りを歩くと、安心できて、なんだか自分が守られているような、透明人間になって、誰からもあれこれ品評されない存在になったような気持ちだというのです。 ニカブという繭におおわれている。 アラブ学を専攻した日本の女の人もtwitterでまったく同じ趣旨のことを述べていた。 仮説としては、日本の人もマスクをすることで、自己防御の感覚を得ているのではないか。 なんちて。 ことほどさように、日本の人はマスクをすることに抵抗がないので、世界でも稀なマスマスキング、ATOKの変換によれば益々キングで、日本人はコロナの広がりを、なにしろPCR検査さえ抑制してしまうくらいなので、数自体はうそっぱちに決まってると世界中の人間が考えているが、それにしても路地に屍体が並ばない程度には、抑えられていたように見えます。 実際、そのころは、わしなども「日本の人らしい」と笑ってみていることができた。 国民のひとりひとりが、職人気質的な、アスペルガー人的な努力で、手を洗い、マスクをして、「自分で気を付ける」涙ぐましい努力をして、唖然とするほどバカタレな政府や自治体、医療「専門家」の痴愚をカバーしている、というのは、実は他国の人間が、戦争からビジネスの諸事万端において、日本に対してステレオタイプ的に持っているイメージでもある。 ところが連合王国で盛んに報告されているように、新しいUK変異株は、イギリス人の憎たらしい国民性を反映して、マスクの効果がないのですね。 ゼロではないけれども。… Read More ›

  • もの狂ほし

    外から見た日本は、どんな国に見えるのか。 ラーメンの国! と、即座に応えた人がいて、この若い人は、英語世界に限らず、十代のときから、たいへん有名な人だが、内緒で、「お忍び」で、ときどき日本へラーメンを食べに行くのだと述べていた。 「ラーメン二郎」や「一蘭」、「天下一品」という名前がポンポンと飛び出して、なかなかに熱狂的なファンです。 他にも「熱湯に飛び込む若い人たちがいる国」「漫画の国」というような第一印象を持つひとびとがいて、はなはだしきは、 「やめてえええー!の国だけど、そんな恥ずかしいこと、訊かないでくださいよ」とマジメに申告する香港人のようなのまで存在する。 「世界の人間が憧れる日本」などと、たいして日本のことを知りもしないネトウヨ族が日の丸の小旗を頭に立てて、あごを突き出して、得意になって、ふんふんしなくても、ずっと昔、というのは戦後直ぐから日本は少なくとも英語人やフランス語人には、たいへん人気がある国であって、たとえばハリウッドの大俳優であるシャーリー・マクレーンはジェット機もない時代に渋谷に内緒で別荘をもっていたし、エバ・ガードナーは、たしか、東京に愛人がいたはずです。 こういうお忍びで頻々と日本を訪れた著名人たち、取り分けて芸能人たちの秘密は、どうやら、日本がアメリカの占領下にあったことと関連があるらしくて、これはただの推測だが、多くのひとびとは、羽田ではなく、調布に来ていたものであるらしい。 軍にコネクションがあって、それをフルに活かしていたのでしょう。 もっとも、それからそれへ、日本がいかにいかれた国で、とんでもない変わった社会で、野放図なくらい面白い国であるか、口から口へ伝わって、 ずっと後年になっても、飛行機は苦手であると公言していたはずのデイビッド・ボウイなども、シドニーに 別荘をもっていて毎年のように訪問していたからでしょうが、ストップオーバーで東京に滞在して、やがて歌舞伎や、外国人がいまでも不思議がる、なぜか尻尾が短い猫に惹かれていく。 日本の習俗の珍奇さ、ユニークさが、日本を行動範囲に含めることが出来る富裕な人間たちにとって大きな引力をもっていたのは、いまに始まったことではなくて、「知る人ぞ知る」、アジアの楽園だった。 いま日本語世界でスポットライトを浴びている「外国人にとっての日本」は、この好尚の、いわば大衆化が進んで、特に富裕というわけではないフランス人たちが、どっと金沢に押し寄せたり、緑色のミシュランガイドブックを片手に、松本郊外の「大王ワサビ園」を大挙訪問したり、フジロックフェスティバルに数人のグループでやってきたりするのは、すべて、この「日本への好奇心の大衆化」の文脈の上にある、といってよさそうです。 ところが、それとは、まったく異なる文脈上にある「高名な日本」も存在する。 数学と理論物理学、視覚芸術を初めとする芸術の名門としての日本がそれで、こちらは大衆的な人気があるとはいえないが、多少とも「教養」がある人間ならば、誰でも知っていて、フィールズ賞でいえば小平邦彦や広中平祐がいて、ノーベル賞受賞の顔ぶれで述べれば、湯川秀樹がいて、朝永振一郎がいて、小柴昌俊がいる。 きみの話は偏っている、と目を怒らせて、生理学医学賞や化学賞だって日本人はとっているんだぞ!と怒鳴り込んでくる人がいそうだが、印象は印象で、日本人といえば、数学、物理学、芸術、であるという反応は変わらない。 余計なことを書くと、世界中にファンが多い、日本文学はどうかというと、「翻訳を読むと面白いが、実際は、どうなんだろうね。なにしろ日本語が読めないから見当がつかない」くらいが正直なところでしょう。 最もファンが多い谷崎潤一郎を別格として円地文子なども日本でよりも英語世界でのほうが人気がありそうだが、英語人などは「自分が読んでいるのは半ば以上翻訳者の作品なのだ」という気持ちが強いとおもわれる。   為時と申す儒者の子に、惟規と申す者ありき。親の越中の守に成りて下りける時に、蔵人にて、え下らで、かうぶり賜はりて後にぞ、まかりける。道より病を受けて、行き着きければ、限りなるさまになりにけり。親、待ちつけて、よろづにあつかひけれど、やまざりければ、今は後の世の事を思へとて、枕上に、僧をすゑて、後の世の事言ひ聞かせけるに、「地獄などはひたぶるになりぬ。まづ死ぬければ、中有といひて、いまだ定まらぬほどは、はるかなる広野に鳥けだものだにも音もなきに、ただ一人ある心細さ、この世の人の恋しさなどの堪へ難さ、推し量らせたまへ」など言ひければ、目を細めに見上げて、息の下に「その中有の旅の空の下には、嵐にしたがふ紅葉、風にしたがふ尾花などのもとに、松虫などの声は聞こえぬにや」と、ためらひつつ、息の下に言ひれば、僧、憎さのあまりに、あららかに、「なにの料に尋ぬるぞ」と問ひければ、「さらば、それらを見てこそは、なぐさめめ」と、うちやすみて言ひければ、僧、「このこともの狂ほし」とて、逃げてまかりけり。 という美しい日本語があります。 これがいかに美しい文章であるかは、まったく同じ内容を扱った今昔物語の弛緩した文章と較べれば一目瞭然であることは、前にも書いた。 このエピソードの内容は恐るべきもので、十世紀末から十一世紀初頭という時代に、神を信ぜず、ただ美を求める風狂のなかで死んだ若者の姿を描き出していて、たしかに「儒者の子」だと注意を促してはいるものの、この若者と、この挿話を誌した作者が、共に芸術のデモンに襟首ごと鷲摑みにつかまれた存在であることが判ります。 わしが熱狂的に愛好するベーオウルフは8〜9世紀に成立した物語だが、ローランの歌 La Chanson de Rolandは11世紀で、この神を信じないまま死んだ惟規なる若者は、それよりも前の人であることが、どうしても信じられない。 日本は芸術の国です。 え? さっき数学と理論物理学の国だって、言ってたじゃない。 もう意見が変わったの と、きみは言うであろう。 ところがですね。 どうも日本の人にとっては、数学も理論物理学も、西洋人的な感覚でいえば、芸術の一分野だと感受しているのではないかという疑いがある。 疑い、は、言葉としてひどいが。 日本語世界を渉猟する人間がすぐに気が付く日本文明の顕著な特徴は、日本の人は、どうやら現実をありのままに見て扱うことが苦手であるらしいことで、これは殆ど諸事全般に及んでいる。 最近でいえばCOVID禍で、世界のなかで、ただひとりぼんやり、PCR検査? そんなもん、やりすぎちゃダメですよ、きみ素人でしょう? これだから素人は困る、と驚くべきマヌケなことを述べているうちに、どこにウイルスさんたちの団体が蔓延っているのか、まったく判らなくて、テキトーのおもいつきで、ほとんどブンガク的な対処に終始せざるをえなくなった医学者たちをみても、なんだか知識が空転していて、現実とのかみ合わせや、手がかりがゼロに近い。 政治的な主張にしても、日本語世界に翻訳された途端にジェンダーを変えた、というよりも本来のジェンダーに忠実に生きることにした人びとが直面する問題であるとか、いわゆる「慰安婦」問題、なにをやってもボードゲームの駆け引きで、記号化されて、駒にしてしまうので、なにをやっているのか、まったく訳がわからない「遊び」のようになってしまう。… Read More ›

  • 競争から共生へ

    日本語の壁で囲まれた部屋のなかでは、総額五千円の冨が支配している。 きみが二千円とって、センパイのヒロシさんが三千円。 ところがところーが。 女の人も働くことが解禁になったのでヨシコさんが部屋のなかに入って来て千円もっていってしまうことになった。 途端に室内は阿鼻叫喚になります。 侃々諤々。 いったい女も人間だと認めたバカは、どこの誰だ。 女を室内にいれるなんて、女ばかり優遇されたら、男は亡びてしまうではないか。 議論百出。 だからフェミは嫌いだ。 え? フェミ知らないの? フェミニストのことだよ、女の味方。 女の味方と男女同権はちがうって? なに言ってんの。 バカじゃないの。 とにかく! この部屋の五千円は女のせいで四千円に減らされてしまったんだよ! 日本の人の世界観の基調は、世界の知識や冨は、なあんとなく一定で、それを取り分をどれだけ分捕るかによって自己の知識と冨は決まる、というものであるらしい、と日本にいるときになんども考えた。 咸臨丸の一行で、最も印象的な話は、一行の赤ゲットぶりよりも、使節の百科事典との邂逅です。 秘すれば鼻。 それは不織布マスク。 秘すれば花。 免許皆伝。 父子相伝。 知識は秘匿するから利益を生みうるのに、こんなになんでんかんでんばらしちゃったら、いったい、この宗家たちや家元たちは、どうやって食べていくのか。 バカなんじゃないの。 いくらなんでもマヌケすぎる。 アメリカ人たちの折角自分たちが発見した世界の秘密を、パンツもはかせずに(失礼)曝け出してしまうマヌケぶりを嗤いながら、ちゃっかり百科事典は買い込んで、日本に持って帰ります。 時は経って、インテルの研究者たちの発表会合。 最前列にずらっと並んで、無心に発表をノートに書き込んでいるのは、全員が日本の「研究者」たちでした。 新しい86系16ビットCPUのアーキテクチャをインテルおっちゃんが述べ終わると、文字通り、脱兎のごとくファクシミリに向かって走る。 殺到する。 いま聴いたばかりの発表を本社に送る。 事実か都市伝説か、当のCPUをインテルより早く製品化して市場に送り出したというから、日本人の優秀さをおもうべし。 気が付くでしょう。 そして、いまでは、もっと大規模な知識の公開と共有が世界中で起こっている。 インターネットという名前がついているのね。 世界が競争から共生へ世界観を変えつつあるのは、あきらかにCOVIDパンデミックのせいです。 ひとりだけ生き延びようとして、「てめえの面倒はてめえ自身がみやがれ」の「強い」個人や、他国のことなんて、どうでもいい、とにかく我が国だけが生き残ればいい、という国家を、嘲笑うようにウイルスは世界中に広がっていった。… Read More ›

  • わがままの効用について

    さっきから、およそ30分。目の前のメルセデスSクラスの後ろ姿を見ている。 フィゲレスから国境を越える狭い山越えの道です。 ダッシュボードの速度計は15km/hを示している。 ずううううっっと、のろのろ走っている。 結局、景色が左側に開けていたあいだじゅう、のろのろのろと走っていって、そのあと、おもむろにスピードを上げて、去って行きました。 クラクションなんて鳴らしませんよ。 スペインやフランスじゃ、ふつーだもん。 前にバルセロナで地下駐車場の出口をいっぱいに塞いでランドクルーザーを「駐車」していなくなってしまった女の人のことを書いたことがある。 どの記事か忘れてしまったが、お話しとしてキョーレツなので、憶えているひとも多いようです。 あの記事を読んだだけでは判らないが、あのちっこい、駐車場から出たかった大男を怒鳴りつけていた女の人は、取り立てて特別というわけではなくて、スペインの、そこにもいるここにもいる、あっ、あんな天井の隅っこにも! というくらいありふれた存在で、そのくらいのわがままでいちいち動じていては、正常な日常生活が送れないのだと言われている。 わがままグランプリの決勝進出に出てくる常連は、スペイン、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、連合王国などであって、ニュージーランド人も十分わがままです。 クルマで流れに乗って、すいいいいぃぃーと走っている。 「流れに乗って」といっても、日本の人肌のぬくもりが感じられそうな、ぺったりくっついた車間距離とは異なって、ニュージーランドではクルマ2台分くらいあいている。 わしはニュージーランドにいると自動的に南島仕様の車間距離になるので、さらに広くて、クルマ4台分くらいあいている。 すると、そこに、縦列駐車していたクルマが突然、ぐわっと飛び出してくる! インディケーター、日本語だとウインカーのほうが普通だっけ、忘れちゃったけど、方向指示器、かな? ともかく「右にでるよー」なサインなどなにもなくて、唐突に、ぐわっと出てくる。 バンッとブレーキを踏んでかろうじて衝突をまぬがれる、わし。 すると、飛び出してきたクルマの女の人がドア窓をするすると開けて、 「止まれよ、ばあーか!」と叫んでいる。 助手席(←なんで「助手」なんだろう?)に座っていたモニが、あまりのことにボーゼンとしています。 年中あるんですねえ、こういうことが。 ニュージーランド。 フレンドリーなキィウィの国。 日本語を読んでいると、「自由とわがままの区別もつかないバカ」と、よく書いてある。 出くわすたびに、「く、区別があったのか」と考えこむ、わし。 どうやって区別するんだろう? ものさしで測って、自由は10cmだけど、それ以上はわがまま、とかっちゅうことかしら。 自由総本舗のフランスの人は、わがままと自由を区別しているようには見えませんね。 自由は義務を伴うって? あんた、そんな非論理的なことを言っていて、ほんまに数学科ですか? 数学は論理じゃないって? ま、そりゃ、そうだけど。 自由が義務を伴うなら、論理的に敷衍して、義務をはたして初めて基本的人権が生じることになって、お話しがおかしいであろう。 だって基本的人権って、自然権ですぜ、だんな。 自然権は自然に備わっているから自然権なので、条件がついていたら、不自然権になってしまう。 そんな純正ミルクに対してスジャータみたいなものをいれたらコーヒー不味いやん。 わがままと自由は、おなじものですよ。 どーだ、驚いたか。 おなじものだから、大男は駐車場の出口に、どっかりと駐められたランドクルーザーの持ち主を探して、通りのレストランを一軒一軒、「ランドクルーザーの持ち主の人、いませんか?」とおろおろ歩き、メルセデスのおっちゃんとおばちゃんは15km/hで、のろのろ牛歩し、周りの人間は、限界まで我慢している。 ほんで、スペインに二、三ヶ月もいれば容易にわかることは、この「我慢の限界」のキャパシティが途方もなくおおきいのでもある。… Read More ›

  • 友情と恋と

      友達なんて、いないほうがいいんじゃない? と言うとギョッとしたような顔をしている。 こちらは単純に「最もほんとうらしいとおもわれる」ことを、そのままの形で述べる、というネオ写実主義に従って、観察したことを述べているだけだが、言語に拠らず、言われた側は過激思想と受け取っているように見えます。 ブログでもtwitterでも繰り返し繰り返しのべているので目にした人も大いに違いないが、なんど、どう考えても、上から見たり、左から見たり、斜め上方から見たり、下から見ると、場合によっては盗撮容疑でつかまるかもしれないが、ともかく、くるりんと、あらゆる角度から見て、友達も、もっといえば恋人も、いなければ、それに越したことはない。 では自分には友達はいないのか、というと、いっぱい、います。 話がおかしいではないか、ときみは言うであろう。 しかし、ここでも写実主義に従っているにしか過ぎないので、友達は「出来てしまう」もので友達をつくろうとしてはいけないのだと言い直せばいいのかも知れません。 わしにはいま、たまたま友達がたくさん生じてしまったのであって、もう数年もすれば、またモニだけが友達で、いったいあの友達で過飽和な状態はなんだったんだ、ということになっているのではないか。   最近、卓抜な言語能力をもった、しかも日本の人には珍しいunderstatementで、端的にいえば「言うことよりもやっていることのほうが常に上廻っている」友達/知己がインターネットを通じて立て続けに出来たが、そのうちのひとりが、年長友と呼ぶには、やや畏れ多い、巖谷國士、という人で、別の記事で、必ず、文学史上の十分には評価されていない巨人として紹介するとおもっていますが、この年長の新しい知己が、ずいぶん「出会い」に恵まれている。 なにしろ「100%シュルレアリスト」瀧口修造の年若い友人であったことだけでも、ぶっくらこいちまうのに、母方の叔父さんである吉村二三生を通じて「Sexual Politcs」のケイト・ミレットとまで面識がある。 このひとなどは、みずから積極的にすぐれた才能を持つ人を探し歩き、まるで才能の狩りをするように貪欲に友情を追求してきたように見えるが、注釈の仕事をみればすぐにわかる、誠実な無私の人柄で、どういえばいいか、出会いの場をつくるには積極的で貪欲だが、人間との付き合いにおいては受動的で、言いたいことの半分も言わないで過ごしてきた人のようで、そうした「抑制の利いた積極性」とでもいうべきものが、友達の多い半生に豊穣をもたらしたのだと思えます。 もちろん、巖谷國士さんのようなひともいる。 しかしですね。 巖谷さんが築き上げた友達のネットワークは、最も似ているものを探せば、欧州の上流階級のサロンです。 サロンの条件は知的なdecencyであって、第一、ビンボ講座を書き継いでいる一方で、サロンのつくりかたを述べていても、なんだか仕方がないような気がする。 きみやぼくは「ひとりでできるもん」の方角を目指すべきである。 英語世界で特におおいのはGirls Clubなどと呼称して、60代や70代の「Girls」が一緒に観劇に行ったり、ティーパーティを開いて交友をあたためる。 男のほうも似たようなことをやりますね。 媒介が紅茶とケーキの代わりにエールであったり、ボーティングであったり、ヨットであったりするだけの違いで似たよーなもんだ、と言える。 しかし、これは友達であるよりも自分の葬式に参列してくれる人間を確保しているのだ、とよく連合王国人が述べるとおりで、つまりは「体面」の一部にしかすぎない。 keeping up appearancesというが、連合王国人の頭の大半を占めているのがこれで、日本の人にも似たところがあると観察される。 弾みで、出来心が重なって、おもわずしらず友達が出来てしまったら、どうすればよいのか、というのは重大な問題だが、正解は「なにもしない」であるようです。 え? それでは折角できた友達が離れていってしまいますよね? と、きみは言うが、離れていってしまう友達は、黙って背中を見送ればいい、と、わしは述べている。 愛惜をこめて、友達でいてくれてありがとう、と心のなかで述べて。 なぜかって? 人間の一生は、正直にすごそうと思えば、そういうものだからですよ。 いつのまにか友達が出来て、いつのまにか友達が去ってゆく。 いつのまにか恋に落ちて、いつのまにか恋は消える。 きみだけが、ひとりで、時間の稜線を、砂に足跡を残すひとのようにして、いつかはやってくる死に向かって歩いている。 あるときは、いつのまにか現れた人と肩を並べて歩いて、時に笑い声をあげて、時に肩を抱き合って泣く。 ところが、その人も、いつのまにかいなくなって、辺りを見渡しても、影もない。 しかも「よりよい死」は常に孤独なものだと決まっている。… Read More ›

  • ラナウェイズ

    (この記事は2010年11月28日に「ガメ・オベールの日本語練習帳 ver. 5」に掲載された記事の再掲載です) このブログを書き始める前後5年間11回の日本遠征期間中に日本は大きく変わった。 半年くらい日本をあけてやってくると、その度にびっくりするほど静かになっている、という繰り返しだったのは同じだが、「変わった」のは日本で知り合いになったひとびとの方である。 もっとも大きな変化は、「日本から出て行くひと」が多くなったことで、これは初めの頃の頑迷なほどの「日本にいることへのこだわり」から考えると同じひとたちとは思えないくらい違う。 5年前は、ふつうの、たとえばニュージーランド人なら、ここまで政府や国家が怠慢ならばさっさとオーストラリアやカナダ、合衆国、というような他の英語国に引っ越してしまうのに何故日本人はそうしないのだろうか? と訊くと、「英語の壁が高いのさ」とか「なんだかんだいっても日本は日本人にとってはいちばん居心地がいいんだよ、ガメには判らん」とゆっていたのが、きっと懸命に考えた結果なのでしょう。 みなが示し合わせたように日本をでてゆく。 国の金で外国に留学に行くと、国に戻ってきて国家のために働く、という約束をしなければならないが、そういう約束で出かけても、たとえば合衆国の大学が「違約金」に当たるものを本人に代わって支払うことによって日本に戻ってこない、というのはよくある。 大学院を卒業して日本の会社と合衆国の会社の両方からオファーがあると、一も二もなく合衆国のほうを選ぶ。 こういう友人達は「日本では自分がやろうと思っていることをやらせて貰えないから」というのが理由です。 言葉を変えると、「年寄りが権力を握っていて、その年寄りがバカだから」と翻訳される。 話していて、例として多かったのはT芝ならT芝に呼ばれてゆくと「きみたちのような特別に優秀な人間は会社のほうでも考慮して4、5年で責任ある部署で自分の宰領で事業を取り仕切られるようにしますから」とゆわれる。 一方で、タダファーストクラス航空券が送られてきて「うちの会社を見においでよ」よゆわれて出かけたシリコンバレーの会社では「はいったら直ぐ、○○の事業をXX予算でやってね」とゆわれるので、T芝の担当者は気が付かなくても、聴いているほうは比較の問題として「T芝に行ってもしょーがないよね」と思う。 あとはシリコンバレーに行くと九段下の行きつけのラーメン屋に行けなくなる、とか、合衆国に行ってしまうとガメから直々に教わったチンポコ潜水艦が温泉でやれなくなってしまうではないか、とかいろいろ考えて煩悶するが、結局は仕事上のやりたいことがやれるということを優先してシリコンバレーに行ってしまうもののよーである。 あるいは青山のカフェのねーちゃんが突然テーブルの客の世話をぶちすててモニとわしのほうに走り寄ってくる、何事ならむ、とおもっていると、満面に笑みを浮かべて、「ガメさん、モニさん、来年はねええええー、ニュージーランドであえるよおおお」という。 まず手始めにワーキングホリデービザでニュージーランドに行って2年に延長して英語をおぼえながら就職先を探すのだ。 このあいだまで、ええええーニュージーランドって、歩いている人がみいいいんな英語はなしてるんでしょう? そんな怖ろしいとこ、よういかんわ、とかゆっていたではないか、というと、「だって、ここの会社の社長も店ごとオーストラリアに移す、ってゆーんだもん」と言います。 「先行きが、ないんだよ、日本は。ガメみたいに気楽にしていると日本じゃワカモノは食えないのだ」 ..そーですか。 鮨屋のにーちゃんはシンガポールに移住し、髪結いのUちゃんはロスアンジェルスに引っ越してしまった。 なんだか、みな機会さえあれば外国へ移り住んでしまう。 むかし「日本には競争がない」と書いたら、「日本人が競争社会で必死で戦っているのに、何という事を言うのだ」と書いてきたおっちゃんがいたが、では具体的に日本社会のどこに競争があるかというと何も具体的には書いてこないのでした。 実際の戦争が銃や他の現代兵器によって戦われているのにカラテの型の完璧を競って「競争」と銘打っているのが日本の競争である、と書いたのに、「大学受験は効率の良い人間の選別方法である」と書いてくる。 椅子の上でずるっこけてしまう。 細かい事を省いて日本型の大学入試はセンター試験が導入されて二次試験と組み合わされる前には一応の意味があった。 入学試験が延々と延々と筆記して設問に答える体裁の頃には、受験者と採点者のあいだで一種の「知的能力を試す面接」が行われる、という機能があったからです。 わしは日本の大学の入試問題を解いてみたことがある http://bit.ly/hRb60c が、問題が大時代で笑ってしまうところがないとはゆえないが高校生の知的能力を試すには比較的に良い問題であったのをおぼえている。 問題は、ああいうタイプの問題がセンター試験のように選抜思想がまったく異なる試験と組み合わされていることで、センター試験のような試験は問題の程度を見ると「これが出来ないようでは大学にはいってから教育によって向上する見込みがないから諦めなさい」という試験であって、あれで高校生を選別するなら合衆国の大学のようにシゴキに近い新兵教育がなされるのでないと、どうにもならない。 社会に出てからは、まず性別が女であると、ドアが全部閉まっていて、あちこちうろうろしてみてドアをがちゃがちゃやってみても、開いているのは「結婚」と名前が書いてあるドアだけです。 その他のドアについては、「日本の社会のドアっちゅうのはチン○ンが鍵になっているから、あれがないとどこにも行けない」というドアを開けるところを思い浮かべるとすごく痛そうな比喩を使う日本人友達がいたが、ま、見ているとその通りで、産まれてこの方鍵をもたされていないほうも良く事情を知っているから、医学部を出て勤務医をやっていても寿退職をしたりする。 甘木医科大学では一学年120人の卒業生のうち30人が専業主婦、というジョーダンみたいな学年があるそーです。 離婚になったら眼科か皮膚科だし、というので、わしは日本では眼科と皮膚科にかかるのは熟慮を要するであろう、と考えました。 「競争がない」というのに現実に語弊を感じるのであれば、「競争の基準がヘンである」と言い直しても良い。 会社への忠誠が社内での滞在時間で決まったり、「人柄」で出世されるのでは、「競争」という言葉が泣くであろう。 そうやってなんだかヘンテコな競争を繰り返しているうちに日本の社会からは「生産性」というものが失われてしまった。 わしが知る限りでいまの日本に最も類似する歴史上の社会は崩壊寸前のソビエト連邦です。ニューヨークのクラブで、わしは元KGBでいまは国連広報で働いているおばちゃんから、モスクワ大学を卒業、というソ連ではトーダイ卒の千倍くらい馬力があるステータスをもちながら結局は合衆国に亡命するに至る物語をわくわくしながら聴いたが、その背景をなすソビエト連邦の国民の不満に答えるための社会保障にこだわりすぎて社会の生産性がみるみるうちに損なわれ、最後になると価値が100の材料から80くらいの価値の物品が生産される、という笑えないマンガのような社会を体現するに至った共産主義というものの痛ましさの強い印象をいまでもよくおぼえている。 ソビエト人も最後の瞬間までまったく危機意識をもたなかった。… Read More ›

  • 日本男児の考察

      (この記事は2010年1月にver.5に掲載された記事の再掲載です)   シシュアン(四川)料理を食べに行った。 ブランチですのい。 ブランチ、とゆっても、もう午後2時だが(^^) ノースショアからマウントエデンに行くときに道の右側にシシュアンの看板を出している小さな店があることにわっしはずっと気付いておった。 わっしがクルマで通りかかったとき、ちょうどシェフのおっちゃんが店の外で煙草を気持ちよさそーにふかしているところでした。 奥からおばちゃんが出てきて、「さぼってんじゃねーよ。あん?  店、客でいっぱいだろ。 なに考えて生きてんだ、このボケ」とゆっているのが聞こえそうな仕草でシェフを店の厨房に追い立てておる。   わっしはむかしこの日本語ブログで会った友達が「四川料理はうまい」、とゆっていたのをおぼえていたので、いっぺん、ここに来てみるべ、と考えました。 安い中国料理の店、というのは店の雰囲気が失礼であるほどうまい、という法則があるよーだ。   店の前の交差点を、ぶおいん、と曲がってクルマを駐める。P120(二時間駐車)だのい、この通りは。 モニとふたりで、今日は夕立がきそーだ、とゆいながらでっっかい積雲が流れている青空を見上げました。 店にはいると、 午後二時、なのに、どばあああ、とチューゴクのひとがあふれておる。 テーブルがいっぱいで座れん。 モニとわっしはカウンタの脇で立ってメニューを眺めておった。 英語のメニューがあんねんな。 中国語のメニューと値段、おなじやん。 リョーシン的ではないか、と考えながらメニューに眺めいるわっし。壁のメニューのほうを見ると「怪味面」とかっち書いてあります。 面、は麺だろーが、「怪味」っちなんやねん、と考えるわっし。 Dan Dan Noodle(担々麺)を頼んだら、むちゃくちゃおいしいのでぶっくらこきました。モニも、「うまいな、これ」とゆって不思議そーな顔をしておった。 モニさん、中華料理、嫌いだからのん。 しかし、わっしはLを頼んでモニはSを頼んだのにサイズ同じやん。 注文わかってへんのちゃうか、あのねーちゃん、というわっしに、黙って、すっと丼をわしの丼のほうに滑らせるモニ。 サイドバイサイドにすれば一目瞭然、ははは、大きさ違うやん。 わしってダメなひとね。   帰りに、あん?のおばちゃんに「すげー、うめーな、ここは」というと、「あっ? あん?」とゆいながら耳をこっちに突き出すおばちゃん。 わっしはデッカイ声で「ベリー・グード!」とゆいます。 おばちゃん、ニッカリ笑うと、 「ここの食べ物、ぜーんぶ、チューゴクの食べ物!ナイス!」という(^^) 愛国心、とゆーものだな。 いいな。 がんばれチューゴクおばちゃん。… Read More ›

  • 三菱 A6M2/3/5 零式艦上戦闘機

      「風立ちぬ」は素晴らしい映画だった、と書くと英語人や欧州語人は、なべて、ぶっとんでしまうに違いない。 なにしろ日本の外でもめっちゃ人気があるGhibliのなかでは珍しいくらい評判が悪かった映画で、評判以前に、Ghibliファンで有名な、名前を忘れてしまったが高名なフランス映画批評家のおっちゃんなどは、「なにを描いた映画なのか、さっぱりわからない」という映画評を書いていたくらいで、 悪く言えばフランスかぶれの作家だった堀辰雄だの、まして零戦だのと言われても、なんのこっちゃ、なだけだった。 結局、ニュージーランドでも上映日程は発表されていたものの、すべてキャンセルされて、やむをえず、散々待ってから、翌年だったか、日本からDVDを取り寄せようとしたわしは、ブルーレイしか媒体がないことを発見して、ガビンで、ブルーレイという媒体を信用していなかったせいでプレーヤーもないので、ブルーレイとプレーヤの両方を購入して、この映画は呪われているのではないかと考えるに至った。 ところが。 ところーが。 この悪評ふんぷんの映画が、とても気に入ったのですね。 気に入った、どころか、5回くらい観ているのではないか。 理由ですか? この映画は宮崎駿から、ひとにぎりもいないのではないかとおもわれる特殊な観客への、秘密の暗号に満ちていたからです。 この映画の主人公はゼロ戦、 戦史に有名な三菱 A6M2 零式艦上戦闘機です。 ええええええー。 なにいってんの。 ガメ、酒のみすぎて脳が縮んでんじゃないの。 第一、ゼロ戦、最後にちらっと出てくるだけじゃん。 あの最後にテスト飛行で大成功を収める戦闘機は零戦じゃなくて九六式艦上戦闘機ですよ。 足が固定脚なだけでもわかるじゃん。 と兵器オタクのひとびとはコーフンするであろうし、 あんた、堀越二郎と菜穂子の恋物語の部分は無視する気なんですか、第一、題名は恋物語部分の堀辰雄の小説のほうじゃない、と、ロマン派はフンガイするであろう。 ええ。 ええ。 ええ。 そうなんですけどね。 でも、宮崎駿がつくりたかったのは、自分の、人生を通じての愛する人であった、零戦へのラブレターなのですよ。 なぜ判るかって? 判るんです。 わしドイツ人友のウルフはメッサーシュミット Bf109Gの熱狂的な心酔者であって、いちどパブでお愛想のつもりで「フォッケウルフ Fw 190 Fとかだって、いい飛行機ではないか。性能はあっちのほうがよかったでしょう?」と述べたら、途端に目がすわって、目の前の知ったかぶり野郎を絞め殺したそうな顔をしていたが、そういうわし自身は、名機をあげる座興の雑談では口にしないが、秘められた本心はSpitfire Mk V のエンスーなファンを通り越して信者で、もう20年もしたらWanakaのWarbirdsのおっちゃんたちから、一機買い取りたいとおもっている。 ウルフとわしが、パブで、飛行機の話になると、俄然、おだやかな微笑みを浮かべて、とにかくメッサーシュミットだのスーパーマリンなどという単語は、かなり遠くを迂回することになっているのは、ちゃんと理由があるのです。 殺し合いになりかねませんから。 宮崎駿さんの場合は、零戦がそれにあたるのね。… Read More ›

  • Sienaの禿げ頭

    イタリアがもっか如何にビンボであるかは幹線道路を走ってみればすぐにわかる。 イタリアの道路は高速道路が私有であったり、国有やコムーネがもってるのや入り乱れていて判りにくいが、公共道路は徹底的にボロボロで、制限時速110キロの道路に、ぼっこおおーんと穴が開いていたりするので小さい車輪のクルマだと危ないほどです。 しかもそういう穴ぼこをパッチアップするのにトラックでやってきたおっさんがひとりでアスファルトを埋めていたりする。安全要員ゼロ。 トラックを万が一のときの盾にして、おっちゃんがどっこらしょとアスファルトを盛っている。 朝、起きたら天気が良かったのでSienaに行くことにした。 水曜日はマーケットが立つ日だとミシュランに書いてあったのを思いだしたからです。 いま調べてみたら日本語では「装飾写本」というそうだが、英語ではIlluminationという。 https://en.wikipedia.org/wiki/Illuminated_manuscript 確かに欧州語でも金箔や絵を使わない装飾的文字だけのものでも骨董美術店に行くとたとえば「Manoscritto mininato」と言って売っているが、本来は金箔や絵をちりばめたものだけについて使われる言葉で、「装飾写本」では値段にして1ページ€100くらいから売っている文字が装飾的な手書き本が入ってしまう。 だからここでも日本語の「装飾写本」という言葉でなくて、ただ「Illumination」のほうが良さそうです。 SienaのカテドラルにはIlluminationで有名なライブリがあるので、そこに行きたい、ということがある。 それにマーケットがあればどこにでもホイホイとでかけていくのも、このブログを昔から読んでいる人にはおなじみのわしの癖で、多分、中世くらいからの先祖と同じ「マーケット」と聞くと浮かれてしまうケーハクさがいまだに血中に残っているのだと思われる。 いま「明日はシエナに行くべ」と述べたtweetを見ると村上憲郎が返答に「30年前に女房とふたりで闇雲に町中を走ったら偶然Piazza del Campo http://it.wikipedia.org/wiki/Piazza_del_Campo に出た」と恐ろしいことを書いている https://twitter.com/noriomurakami/status/339533964765167616 が、なぜ恐ろしいかというと、ほんとうのことを小さい声で言うと道路はなにしろカンポ広場やドゥオモに出るように出来ているので闇雲に走ってもかなりの確率でどちらかに出るが、たどりつくまでには人間の雑踏で、5,6人はひき殺さなければならなかったはずで、村上憲郎はカーマゲドン http://en.wikipedia.org/wiki/Carmageddon を30年前に実地に行って人生の秘密にしていたものだと思われる(^^;) わしはいまでもスーパー血気盛んな村上憲郎と異なって温和で成熟したおとななので、そんな乱暴なことはしません。 イタリアの町のまんなかで、マーケットが立つ日に駐車する余地があるわけもないので、町の外縁、およそ1キロくらい離れた空き地の無料駐車場をみつけて、そこにクルマを置いていくことにした。 クルマを降りてみるとマーケットへの道がさっぱり判らないので、近くにクルマを駐めて書類を片手に歩き出しつつあるおっちゃんに「マーケットをやってる場所にはどうやって行くのですか?」 と訊いてみた。 おっちゃんは、イタリアの人にはよくある身長が165センチくらいで、風采の立派な紳士っぽい人である。 背広の仕立てがたいへんよろしい。 靴が途方もなくかっこいい。 「マッキーナ(自動車)で行くの?それとも歩き?」 モニが、多少慌てたのか、クルマだけど歩いて行きます、と応えている。 おっちゃんは、うーむ、という顔になってから、しばらく(およそ3秒くらい)長考してから、 「マッキーナで行くの? それとも歩き?」 とさっきとまったく同じ質問をもう一回しておる(^^ 他に質問のありかたを考えてみたが、やっぱり思いつかなかったのでしょう。 「歩きです」と応えると、おお、そうか、と述べてから、 しばらくして、「この道路を向こうがわへ歩いて行くと、ラウンドアバウトがあって、そこを橋の側に渡って、ピッツエリアの前を道路を横断して、そこから50メートルくらい行くと長い階段がある。その階段をあがって、ずううううっと歩いて行くともうひとつラウンドアバウトがあって、そこのクルマだとすると3番目の出口なる道路をわたると、ロムルスとレムスがshe-wolfからお乳を飲んでる銅像が道の両側にあるところに出るからね…あっ…ロムルスとレムス、判る?」 「判ります。ダイジョブ」 「そこをすぎてゆるい坂道をてくてくと歩いてあがって行くと、左に曲がる道があって…(中略)… バスのターミナルが左に見えるところに出るから、その右側の公園をずっと歩いてゆくとマーケットがあると思う。判った?」… Read More ›