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  • Bonnie and Clyde

    Hoodieを着て、フードを目深にかぶって、耳には白いケーブルのイアフォンを突っ込んでいる。 雨のなかで、傘もささずに、おもいつめたように道路の水たまりを見つめている。 別れたボーイフレンドのことを考えているのかも知れないし、この世界を破壊したいと願っているのかもしれない。 若いんだなあ、とおもう。 抱きしめてあげたい気がするが、同時に、そういう気持になるということは、まあ、つまりジジイだよね、と30代のおっさんになってしまっている自分に嫌気がさす。 見知らぬおっさんに抱きしめられたら、災難で、日本の電車のなかなら「この人、痴漢です!」だよね、と取り止めもないバカなことを考えながら眺めていたら、突然、ポケットからスマホを取りだしてイヤホンごと道路にたたきつけて、まだクルマが往来している道路を走ってわたっていってしまった。 まさか内心の声が聞こえたわけではないとおもうが、若い人間と自分との観念の高みの差をおもいしらされて愕然としてしまう。 十代の自分が、三十代の、いまの自分をみたら唾を吐きかけたくなるだろう。 人間であることの「痛み」は自分を守ろうとする自己保全の本能に起因する。 仕方がないんだよ。 眼の前にゲームが呈示されれば、与えられたルールで、どうすれば勝てるかの手順くらいは人間は20年も生きていればすぐに判るようになる。 人間の社会のサバイバルゲームは、あんまり数が多くない定石で出来ている。 「これはやっても仕方がない」「こういうときにこうしてもうまくいった例はない」と本にでも雑誌にでも至るところに書いてあって、それがひととおり頭に入ってしまえば、あとはチェスを指すのと同じことなので、いろいろな経験を要するもののなかでも人間の一生を恙なく生き延びるのには、そんなに年齢を重ねることを必要としない。 だから、人間は自分が生きていくということを自動化してしまうのであって、眼の前の人間を信用すべきか否かというようなことに至るまで、なれてくると、別にいちいち考えているわけではなくなる。 具体的には、第一、だいたいのことは顔つきだけでわかるようになってしまう。 まさか相手に言ったりはしないが、頼み事をされても内心では「あなたの、その酷い顔ではダメですね」と考えている。 美人でもハンサムでも、ひどい顔の人はひどいので、中国の公安警察は独自のグーグルグラスをつくって公安のブラックリストにある人間の顔が明色のフレームと嫌疑に囲まれて表示されるそうだが、特にそんなものはなくても、なれれば、 「この人はダメだな」とすぐ判るようになる。 おとなになるということは、つまりはそういうことなので、くだらないというか、 気が滅入るというか。 日本でも「俺たちに明日はない」という、なんとなくバカバカしい気がする邦題で伝記を脚色した映画が流行したことがあるらしいBonnie and Clydeには、いくつか(多少でも知的関心がある)アメリカ人が普通に知っている背景があって、例えばEminemが、あれほど、このアウトローのカップルにいれこむのは、もちろん理由がある。 20歳になったClyde Barrowが初めて19歳のBonnie Parkerに会うのは1930年のことで、極貧家庭に育ったふたりは、ひとめで恋に落ちて、朝から晩まで夢中でお互いの魂のなかにもぐりこみあうような数週間を過ごす。 大恐慌のさなかで、ときどき雇い主の都合だけで出来たゴミのような労働環境の仕事にありつくが、そんな仕事が長続きするわけもなくて、その頃、アメリカの田舎にはたいへんな数で存在した他の貧しい若者たちと同様に万引きから自動車泥棒までなんでもやった。 自動車泥棒は、特に、若い人間たちには人気がある犯罪で、このことにはこの頃フォードが世界で初めて大量生産のV8エンジンを装備したクルマを売り出したことが深く関係する。 例の、英語国の貧困家庭にはよくある、黒いタールで煮染めたような壁の小さなアパートに住めればいいほうで、テントを買うためのオカネをつくるために数ヶ月も激しい労働をしなければならなかった当時のアメリカでは、若い人びとの夢は、ある日、突然自分の心に「勇気」が宿って、当時のすべてのパトロールカーより速度が出たVフォードを盗みとって、とばして、州境を越えることだった。 ひらたく言えば、まるで神様が純粋な魂をまちがって箱から取りだしてしまったようなふたりは、1930年のアメリカの田舎にはどこにでもいる、「ワルガキ」たちの一組だったわけで、あとにコミックで描かれてベストセラーになるように、葉巻をくわえて機関銃をぶっ放す大胆な若い冒険者だったわけではなかった。 1930年、会ったばかりでBonnie との恋に夢中になっていたClydeが自動車泥棒の罪状でつかまって、警察と裁判官のはっきりした「ダメな若者」への悪意によって悪名高いEastham Prisonに送られることで、ふたりの運命は、それまでとは、まったく違う性質のものに変わってしまう。 この刑務所でClydeは、(男同士であるのに)誰かを強姦することで子供をつくりたいという奇妙な妄想に駆られたひとりの囚人に毎晩のように繰り返しレイプされることによって、最後のひとかけらのように手に握りしめていた世界への希望を完全に失ってしまう。 ある日、自分に襲いかかる男の頭を鉛管でぶち割って叩き殺したClydeは「新しい人」になります。 暴力は、小柄で、どちらかといえば内気だった少年を解放する。 恋人を助けるために刑務所に武器を隠し持ってやってきたBonnie Parkerと刑務所を脱走したりもするが、発見され連れ戻されて、結局、彼を刑務所から解き放ったのは、嘘と他のインメイトに頼んで切り落としてもらった足指のおかげだった。 刑務所から出たあとに起きた一連の出来事は、いろんな映画や本になっていて、そのまま殆ど脚色のないことなので、興味があれば、見てみるといいかもしれない。 死んだときBonnie… Read More ›

  • 到着地点

    オランダにはスケベニンゲンという地名、というか地区名があるのは日本語世界では有名で、なぜ有名かというと、いうまでもなく、この誤表記みたいな名前が女の人達を「モノ」としてしかみないおっちゃんたちを連想させて、いやあれはほんとうはスヘフェニンゲンと発音するのが正しいのだ、いやスケベニンゲンでいいはずだ、とこんなところでまで怒りの応酬をネット上で繰り広げるところが日本語世界ぽくておもしろいが、カタカナ表記は原音を表記するのに根本的に向いていないので、スヘフェでもスケベでも同じことです。 つい余計なことを口走ると、日本語でカタカナ表記するとヘンテコリンなことを意味しそうになる地名などは世界にいくらでもあって、現に、わしが大好きなニュージーランドの町でオトコ・パーという町がある。 わし家近所にはコマル通りもある、カモもあればケリケリで蹴りが入る町もちゃんとあって、スケベニンゲンをおもしろがってなぜかイタリア料理店の名前にしてしまったりする人があるのは、日本が、まだいまよりももっと世界というものに対して馴染みがなかったときの名残でしょう。 外から見た日本のイメージは、自分たちだけで正しいと信じ込んで、とんでもなく面白い習俗や考え方を信奉している社会で、なにしろ、頭のてっぺんを剃って、そこに髪束を蒲鉾にしたようなものをのっけて、腰には刀を挿して、右手と右足を同時に出して歩くという往年のモンティパイソンファンが聞いたら大喜びしそうな国を何百年も続けていた。 サンフランシスコで大勢の江戸侍が行進したときには、全員が頭の上にピストルを載っけているので、パニックになりかけたひとたちもいたそうです。 日本語で書かれた歴史をみると鉄で出来たでっかい大砲を積んだ船が来て、ぶっくらこいて「開国」して、世界を受容して「開化」したことになっているが、胸に手をあてて落ち着いて考えてみれば、そんな安直なことで、突然、世界を受容したりできるわけはないので、つまり「西洋化したような気になった」だけのことであるのはわかりきっている。 佐久間象山という人が、あの評判の悪い「和魂洋才」という言葉で述べたかったのは表の「日本魂をもったまま西洋の技術をうけいれる」という、そんな自分の都合でテキトーな理屈つくっただけで、現実にやってみて、できるわけないじゃん、という意味ではなくて、もしかしたら、「もともと異なる伝統で何千年も別々の道を歩いてきたのに、西洋化なんて無理だから、理解はあきらめて、とりあえず兵器や医療みたいなことだけマネッコしておくしかいきようがないだろう、という絶望の言葉が背景にあったかもしれません。 日本を訪問しなくなって十年経ってみると、距離があって、日本の「形」のようなものが見えてくるようになって、日本はヘンテコリンな国だったなあ、友愛と苦さが混ざり合った可笑しさがこみあげてくるような、子供のときの風変わりな友達を思い出すような、なつかしい気持ちでおもいだす。 関心が母語に回帰しつつあって、外国語でも主にスペイン語に関心の中心が移動したせいもあるかもしれないが、そうであれば日本語に拘泥しなくなったことは返ってよくて、やや下品な例にして述べれば、別れたパートナーを思い出しているようでなくもない。 日本の社会の多くの問題は、西洋社会とまったく異なる考え方をしているのに、気付かないで、自分たちを「西洋の一員」と妄想しているところから来ている。 明治時代の日本人なら、「日本は西洋じゃないんだから」と言われれば、眼を怒らせて、「あなたはわたしたちを野蛮だというんですか?」と述べただろうが、いまは世界はすさまじいほど多様で、社会の数ほど多様性があって、それでいいのだ、と周知されているので、そういう言い方をすれば、これも「周りの環境はすっかり変わっているのに、むかしの考え方の名残に縛られて奇妙な価値にしがみついている」人間にはつきものの、思考上の欠陥のひとつかもしれません。 日本が明治時代に「西洋化」するにあたって取った方法は、なんだか最近の研究費拠出の方針に似ていて、「選択して集中する」という方法だった。 実はこれは日本の人にとっては「癖」のようになっている考え方で、戦後のアメリカの日本への過剰投資をうまく復興に役立てるにあたっても、「傾斜生産方式」と名付けた極めて国家社会主義経済的な「選択と集中」を行った。 うまくいったと言えばいったが、よく眼を凝らしてみると、ホンダはもちろんトヨタですら反「傾斜生産方式」とでも言うべきひとびとの成功のほうが、日産のような政府の愛息子の成功よりもおおきくて、なんとなく、世界を陶然とさせた美術や映像芸術が昭和文化に強い反発を感じた「反昭和人」の手によってつくられたことを思い起こさせます。 ITの時代が近付いてくると、傾斜生産方式の伝統に従って、通産省の「大型電算機集中」の大号令がかかって、そんな博奕じみた方針では、もしパーソナルコンピュータの時代が来てしまったら日本はどうしようもなくなると述べた技官たちをバカ扱いしたのは、どうにも科学に対しては無知な人が揃っているので仕方がないとしても、ミニコンすらバカにして、具体的な社名をあげてしまえば、富士通やNEC、東芝、というような国策情報産業会社をつくりあげて、失敗して、パーソナルコンピュータをベースにしてIT化した世界から無惨に取り残されたのは記憶に新しい。   嫌なことをいえば、日本の近代文明は、学問や芸術を包含する文明というものに対して「選択と集中」というような傲慢….誰が傲慢かといえば役人と政治家、ということになるでしょうが….な態度をとれば、おのずから、重大な選択の誤りを最初期に生じて、蒔かなかった種は育ちようがない、一例として呈示して、前に日本のみんながおもしろがっていたintegrityにあたる日本語が存在しない、というような例で明らかなように、明治の富国強兵、とにかく強い軍隊をつくることが主眼で、そこから逆算して、国民の保健を考えなければ、教育制度を構築しなければ、そもそも産業、特に重工業がなければ、と倒立した国作りをおこなった。 そこで近代日本政府は大失敗をおかしてしまいます。 国を強くするのに倫理などは余計なものだと考えた。 芸術はまだしも社会の飾りとしては役に立って、見栄えの良い社会をつくるのに便利だが、倫理は困る。 だって、そうでしょう? 上官が「撃てっ!」あるいは海軍なら「てぇぇぇー!」と命令をくだして、兵士が「わたしには人は殺せません」と言い出したらどうなるのか。 それ以前に召集令状を手にした若者が「わたしは自分が殺されるのは、あるいは観念できますが、他人を殺すのだけは嫌です。どうしても兵隊になれというのなら、銃をもたなくてよいと契約してくれなければ困ります」と言いだしたら、国家は崩壊するのではないか。 宗教から発して、倫理というものがあまねく染みとおっていて、「社会が兵士と一緒に苦しむ」という仕組みをもたなかった近代日本社会では「倫理意識」をもった国民などは、腐ったリンゴで、とてもほかの志操堅固な日本男児とおなじ樽にいれてはおけないものでした。 絶対神の代わりに天皇をおき、倫理の代わりに武士道をおいた人は、よっぽどケーハクな人だったとおもうが、いまの日本の人が振り返って呆れ果てるに違いないことには、この言葉遊び同然の理屈で、近代日本は見切り発車してしまいます。 その結果、日本は、まず例えば江戸時代をみれば確かに存在していたempathyを欠いた社会になる、という初めの深刻な症状をすでに明治時代にみせるようになる。 第二次世界大戦になると、遊び半分の集団強姦と刀の切れ味や「肝試し」のための日常的な市民虐殺で世界中から軽蔑される軍隊が生まれる。 いまの日本の人は、自分たちも人間なのだから当然だと考えているが、日本の人が民族として皆殺しにならなかったのは、単純にそれだけの効率をもった殺人方法がなかった、というだけのテクニカルな話で、日本人の倫理の欠落を理由に、当時の世界は、「日本人は皆殺しにされるべきだ」と考える人が圧倒的な多数だった。 害獣駆除の感覚で、日本人はほんとうに皆殺しにされるところだった。 B29による日本爆撃の最高司令官カーチス・ルメイは日本から勲一等旭日章の勲章をもらったあとでも、当時の「空からの日本民族皆殺し計画」について、「わたしは正しかった」と応えている。   それだけの「罰」を受けても、日本の人は、不撓不屈で、西洋的な倫理を絶対に、依怙地になって受け付けてみようと考えなかったのは、当時の雑誌を蒐集したきたわしとしては、よく知っているつもりです。 善はすなわち偽善であって、理想は嗤うべきものだというのが日本文化で、日本の人は、もともとは西洋文明の構造への誤解から生まれた、この考えをあらためようとしなかった。 その結果、最も痛めつけられたのが日本語で、日本人が使う母語は、現実とはどんどん乖離していって、現に眼前で起きていることとは関係なく政治的な関係や人間間の関係において優位に立つ側が「こうだ」と述べることが真実であり、現実であるということになってしまった。 それはあっというまに為政者やマスメディアだけではなくて、その両者の影響をうけやすい社会に広まって、日本語世界全体が「おもいのままに現実をつくる」未曾有の事態になって、いまに至っている。   わしが最後に日本にいた2010年には、まだ徴候にすぎなかったものが、いまは、この10年で一気に拡大して言語は現実や真実との紐帯を失って、言語の体系ごと「絵空事」になってしまった。 日本語を再建するよりも英語を第一公用語として導入するほうが、いっそ早いようにおもうが、インドの人やシンガポール人が、どんどん進めているこの方法も、日本の人には抵抗があるようで、では日本語に革命を起こして再生するのかというと、そういうことも企図してはいなくて、「なんだか、このままでいいや」に落ち着いているように見えます。 どうなっていくのか、どこで「何もしないためなら何でもする」国民文化の果て、たどりついた流砂の沼の苦しさに耐えかねて這い出す努力をしようと決心するのか、わしが立っている、この場所からは到底判定できないが、 Look… Read More ›

  • ふたつのパスポート

        I (name) swear that I will be faithful and bear true allegiance to Her Majesty Queen Elizabeth the Second, Queen of New Zealand, Her heirs and successors according to the law, and that I will faithfully observe the… Read More ›

  • サイドバイサイド

    このあいだ日本にいたときは結局ほとんど行かなかったが、わしはむかしはよく鎌倉に行った。家もまだ鎌倉にもっています。ほおっぽらかしのままだが、ときどき義理叔父が見にいって、「まだ焼けてないよーだ」とかっち、ゆってきます。 もうずっと前、3年前、だろうか、わしは二階堂のせまこしい道を歩いておった。 すると後ろから、子供の女の声が走ってきます。 「こらあー、ヨシオカ、おまえきったねえだろー。ノートかえせよな」 わしの脇をすりぬけてゆく「ヨシオカ」らしき、すばしこいオトコチビガキ。 その後から素晴らしいスプリントで「ヨシオカ」に追いつくチータのような….. ありっ? コーカシアンの子、だのい。一瞬、くるっと、振り返って「ごめんなさい」とゆったときの顔が、よく日本のひとはガイジンは誰でも彼でも「碧眼」「金髪」にしてしまうが、ほんとうに明るい抜けるような青い眼に眼がさめるような金髪の子供である。 英語の「ごめんなさい」がバッキバキのアメリカ発音なので、アメリカ人の子でしょう。 このアメリカガキチータは、見事に「ヨシオカ」を取り押さえると、ノートを取り返した。 ところがだのい、ノートを取り返すと、すぐ肩を並べてなにごとか話をしながら楽しそうにふたりで並んで歩いて行きました。 ガキチータのほうがだいぶん背が高いがの。 ちびっこのヨシオカと背の高いガキチータは、親友同士であるらしく、後ろから見ているだけでどれほど仲が良いか察しがつきます。 「多面体」さんや「kobeni」さんたちの苦闘を読みながら、わしはその「ヨシオカ」と「チータ」のことを思い出していた。 新聞を読みながら、人間は頭が悪いなあー、とモニがつぶやいている。 夏の太陽が照りつけているテラスで新聞を読んでいるのです。 サンブロック、ちゃんと塗った? 20、とかでは無理です。皮膚癌になります。 モニはニュージーランドの日射しの強さがなかなか実感できないよーだ。 広尾のアパートのタタミ3枚、くらいしかないちっこいテラスとちがって、ニュージーランドの家の広大な木のテラスはおおきいのでモニがなんだか小さくなったように見える。 コーヒーとクロワッサンを運んできたついでに「どれどれ」とわしが新聞をのぞきこむと、オーストラリア人の「カリー・バッシング」が深刻化している、と書いてある。 ついては中国人がついにイギリス人を抜いて移民の1位になったが、ファミリーリユニオンビザをなくさないと、あっというまに「仕事をしないで生活保護を受け取って暮らす中国人」が増えて、われわれの福祉を圧迫し、ひいては人種差別が起こるのではないか。 今回の「カリー・バッシング」は、多分世界中で人種差別が最も少ないメルボルンがあるヴィクトリア州で起きているので、わしらの誰彼に衝撃を与えました。 フランスでも長い棒をもって、「移民狩り」をして歩くバカガキどもがいるが、どうやらヴィクトリアで起きている「カリー・バッシング」も似たスタイルのようだ。 「われわれの職業を奪うな」という。 口実は、いつも同じである。 午後はポンソンビーのカフェに行った。 ポンソンビーというのはむかしはゲージツカが集まっていた街で、いまはモデル志望のねーちゃんとかがうろうろしている街だのい。 オントレーとメイン、それにワインが一杯ついて1800円。 ははは、安いのお。 わしはオントレーはペストを塗ったトーストの上にイカさんが載っておるのを食べた。 メインは、マルサラソースのビフテキ(リブアイ)である。 うめーだ。 隣のテーブルではにーちゃんとねーちゃんが頬を寄せ合って笑っておる。 不動産ニュースを手にしているところを見ると、家を買おうとしているところなのでしょう。 もちろんむかしからある風景だが、「むかし」と違うのはにーちゃんがアフリカ人でねーちゃんがコーカシアンであることです。 やっとここまできた。 わしらはやっとここにたどりついた。 マンハッタン。 あのときヴィレッジの交差点で、わしは知的な感じのアフリカンアメリカンと、やわらかなたたずまいのコーカシアンのカップルを眺めていた。 そ。前に記事に書いたことがある。… Read More ›

  • 荒っぽさの効用について

      初期の艾未未 (Ai weiwei)の有名なパフォーマンスに漢王朝時代の壷を床に落として割ってみせる、というのがあった。 あるいは、Ai weiweiは、これもたいへん有名だが古美術価値ばりばりの新石器時代の壷に「コカコーラ」の商標を朱で描いてしまう。 http://dailyserving.com/2010/07/ai-weiwei-dropping-the-urn/ Alison KlaymanがつくったAi weiweiについての素晴らしいドキュメンタリ 「Never Sorry」のなかで、Ai weiwei自身がインタビューに答えて「壺は両方とも本物だよ」と述べている。 Ai weiweiは殆どの作家がなんらかの集団に属している中国の芸術家のなかでは極めて異例な「一匹狼」で、いまに至るまでどこにも属していない。 いつもひとりで、自分の二本の足で歩いて、尾行してくる中国の公安警察の開けさせたクルマの窓にクビを突っ込んで「なぜ、おれを尾行する? ふざけるな。イヌ」と悪態をつく。 天安門の前にたって中指をつきたてた(中国政府にとっては)とんでもない写真を世界中に公開する。 http://nyogalleristny.files.wordpress.com/2012/06/aiweiwei_finger.jpg 中華人民共和国60周年の記念で鼻高々の政府の面子をたたきつぶすように、ビデオカメラの前に立って「Fuck you, motherland」と述べる。 夜中に嫌がらせにやってきた警官に銃の台尻でなぐられて重傷を負って入院開頭手術で生と死の境をさまよい、戻ってきてやったことが、この「Fuck you , motherland」だった。 初めてAi weiweiを見た人が不思議に思うのはAi weiweiには「自由への闘士」や「勇敢な政治運動家」というにおいが少しもないところであると思う。 大地の上に自分の2本の足で立っている自然の人が、政府という絡みつく根のように自分の行動や思考を妨げる組織を煩わしがって、怒っている。 ときどき、自分でも制御できない怒りが突然あらわれた龍のように空を割って暴れだす。 Ai weiweiは自分を逮捕しようとする警官に「やれるものならやってみろ、このクソ野郎」という。 ツイッタでは「通りで独裁に向かって投石するくらい愉快なアウトドアスポーツはない」と書く。 ある欧州人は「Ai weiweiのなかのフーリガン」という表現を使った。 Ai weiweiというひとのなかの「湧きだして奔出する怒り」を表現し得て妙であると思う。 中国の知識人たちはAi weiweiの感情にまかせたような政府へのすさまじい個人の怒りの表現をみて、「これまでの自分達のやりかたではダメなのだと悟った」とインタビューで述べている。中国人の芸術家や知識人は伝統的にもっと穏やかな口調で、しかし巧緻な皮肉で政府を揶揄する伝統を持っていたが、そんなやりかたではまったくダメだということをAi weiweiが教えてくれた、という。… Read More ›

  • もの狂ほし

    外から見た日本は、どんな国に見えるのか。 ラーメンの国! と、即座に応えた人がいて、この若い人は、英語世界に限らず、十代のときから、たいへん有名な人だが、内緒で、「お忍び」で、ときどき日本へラーメンを食べに行くのだと述べていた。 「ラーメン二郎」や「一蘭」、「天下一品」という名前がポンポンと飛び出して、なかなかに熱狂的なファンです。 他にも「熱湯に飛び込む若い人たちがいる国」「漫画の国」というような第一印象を持つひとびとがいて、はなはだしきは、 「やめてえええー!の国だけど、そんな恥ずかしいこと、訊かないでくださいよ」とマジメに申告する香港人のようなのまで存在する。 「世界の人間が憧れる日本」などと、たいして日本のことを知りもしないネトウヨ族が日の丸の小旗を頭に立てて、あごを突き出して、得意になって、ふんふんしなくても、ずっと昔、というのは戦後直ぐから日本は少なくとも英語人やフランス語人には、たいへん人気がある国であって、たとえばハリウッドの大俳優であるシャーリー・マクレーンはジェット機もない時代に渋谷に内緒で別荘をもっていたし、エバ・ガードナーは、たしか、東京に愛人がいたはずです。 こういうお忍びで頻々と日本を訪れた著名人たち、取り分けて芸能人たちの秘密は、どうやら、日本がアメリカの占領下にあったことと関連があるらしくて、これはただの推測だが、多くのひとびとは、羽田ではなく、調布に来ていたものであるらしい。 軍にコネクションがあって、それをフルに活かしていたのでしょう。 もっとも、それからそれへ、日本がいかにいかれた国で、とんでもない変わった社会で、野放図なくらい面白い国であるか、口から口へ伝わって、 ずっと後年になっても、飛行機は苦手であると公言していたはずのデイビッド・ボウイなども、シドニーに 別荘をもっていて毎年のように訪問していたからでしょうが、ストップオーバーで東京に滞在して、やがて歌舞伎や、外国人がいまでも不思議がる、なぜか尻尾が短い猫に惹かれていく。 日本の習俗の珍奇さ、ユニークさが、日本を行動範囲に含めることが出来る富裕な人間たちにとって大きな引力をもっていたのは、いまに始まったことではなくて、「知る人ぞ知る」、アジアの楽園だった。 いま日本語世界でスポットライトを浴びている「外国人にとっての日本」は、この好尚の、いわば大衆化が進んで、特に富裕というわけではないフランス人たちが、どっと金沢に押し寄せたり、緑色のミシュランガイドブックを片手に、松本郊外の「大王ワサビ園」を大挙訪問したり、フジロックフェスティバルに数人のグループでやってきたりするのは、すべて、この「日本への好奇心の大衆化」の文脈の上にある、といってよさそうです。 ところが、それとは、まったく異なる文脈上にある「高名な日本」も存在する。 数学と理論物理学、視覚芸術を初めとする芸術の名門としての日本がそれで、こちらは大衆的な人気があるとはいえないが、多少とも「教養」がある人間ならば、誰でも知っていて、フィールズ賞でいえば小平邦彦や広中平祐がいて、ノーベル賞受賞の顔ぶれで述べれば、湯川秀樹がいて、朝永振一郎がいて、小柴昌俊がいる。 きみの話は偏っている、と目を怒らせて、生理学医学賞や化学賞だって日本人はとっているんだぞ!と怒鳴り込んでくる人がいそうだが、印象は印象で、日本人といえば、数学、物理学、芸術、であるという反応は変わらない。 余計なことを書くと、世界中にファンが多い、日本文学はどうかというと、「翻訳を読むと面白いが、実際は、どうなんだろうね。なにしろ日本語が読めないから見当がつかない」くらいが正直なところでしょう。 最もファンが多い谷崎潤一郎を別格として円地文子なども日本でよりも英語世界でのほうが人気がありそうだが、英語人などは「自分が読んでいるのは半ば以上翻訳者の作品なのだ」という気持ちが強いとおもわれる。   為時と申す儒者の子に、惟規と申す者ありき。親の越中の守に成りて下りける時に、蔵人にて、え下らで、かうぶり賜はりて後にぞ、まかりける。道より病を受けて、行き着きければ、限りなるさまになりにけり。親、待ちつけて、よろづにあつかひけれど、やまざりければ、今は後の世の事を思へとて、枕上に、僧をすゑて、後の世の事言ひ聞かせけるに、「地獄などはひたぶるになりぬ。まづ死ぬければ、中有といひて、いまだ定まらぬほどは、はるかなる広野に鳥けだものだにも音もなきに、ただ一人ある心細さ、この世の人の恋しさなどの堪へ難さ、推し量らせたまへ」など言ひければ、目を細めに見上げて、息の下に「その中有の旅の空の下には、嵐にしたがふ紅葉、風にしたがふ尾花などのもとに、松虫などの声は聞こえぬにや」と、ためらひつつ、息の下に言ひれば、僧、憎さのあまりに、あららかに、「なにの料に尋ぬるぞ」と問ひければ、「さらば、それらを見てこそは、なぐさめめ」と、うちやすみて言ひければ、僧、「このこともの狂ほし」とて、逃げてまかりけり。 という美しい日本語があります。 これがいかに美しい文章であるかは、まったく同じ内容を扱った今昔物語の弛緩した文章と較べれば一目瞭然であることは、前にも書いた。 このエピソードの内容は恐るべきもので、十世紀末から十一世紀初頭という時代に、神を信ぜず、ただ美を求める風狂のなかで死んだ若者の姿を描き出していて、たしかに「儒者の子」だと注意を促してはいるものの、この若者と、この挿話を誌した作者が、共に芸術のデモンに襟首ごと鷲摑みにつかまれた存在であることが判ります。 わしが熱狂的に愛好するベーオウルフは8〜9世紀に成立した物語だが、ローランの歌 La Chanson de Rolandは11世紀で、この神を信じないまま死んだ惟規なる若者は、それよりも前の人であることが、どうしても信じられない。 日本は芸術の国です。 え? さっき数学と理論物理学の国だって、言ってたじゃない。 もう意見が変わったの と、きみは言うであろう。 ところがですね。 どうも日本の人にとっては、数学も理論物理学も、西洋人的な感覚でいえば、芸術の一分野だと感受しているのではないかという疑いがある。 疑い、は、言葉としてひどいが。 日本語世界を渉猟する人間がすぐに気が付く日本文明の顕著な特徴は、日本の人は、どうやら現実をありのままに見て扱うことが苦手であるらしいことで、これは殆ど諸事全般に及んでいる。 最近でいえばCOVID禍で、世界のなかで、ただひとりぼんやり、PCR検査? そんなもん、やりすぎちゃダメですよ、きみ素人でしょう? これだから素人は困る、と驚くべきマヌケなことを述べているうちに、どこにウイルスさんたちの団体が蔓延っているのか、まったく判らなくて、テキトーのおもいつきで、ほとんどブンガク的な対処に終始せざるをえなくなった医学者たちをみても、なんだか知識が空転していて、現実とのかみ合わせや、手がかりがゼロに近い。 政治的な主張にしても、日本語世界に翻訳された途端にジェンダーを変えた、というよりも本来のジェンダーに忠実に生きることにした人びとが直面する問題であるとか、いわゆる「慰安婦」問題、なにをやってもボードゲームの駆け引きで、記号化されて、駒にしてしまうので、なにをやっているのか、まったく訳がわからない「遊び」のようになってしまう。… Read More ›

  • 続ビンボ講座 その15 旅にしあれば

    十年と少し前まで、クリスマスになると、おおげさにいうと世界中から家のひとびとがニュージーランドに移動して、夏の、天国のようなクライストチャーチに集まってきて、クリスマスランチを一同に会して食べるのが、わし実家の、ささやかな伝統だった。 わしも早ければ11月の終わり、最も遅かった年は24日の夜は空の上で、クリスマスイブのためにAirNZが特別に用意したエッグノグを飲みながら25日朝にクライストチャーチに着いたりしていたこともあった。 着くと、たいてい、両親のクライストチャーチのフェンダルトンという住宅地にある、「町の家」の、ガレージからサーブを引っ張り出して、アルコールが切れた依存症の人のようにして、クライストチャーチの隣の、カイアポイという町にある、ステーキパイがちょーおいしいベーカリーに駆けつけたものだった。 駆けつけ、いっパイ、息をついて落ち着いたら、ステーキ&チーズ。 ニュージーランドにつけば食べたくてたまらなかった、ステーキパイやクリームバンを慌てたように食べるが、クリスマスまで間があれば、すぐにイギリス人にとっての国民食、インド料理がやはり食べたくなります。 ええええっ? イギリス人の国民食って、ゴム草履みたいなステーキと茹で崩れた野菜じゃないの?? とおもった、そこのきみ。 そう、そこの日の丸のハチマキを締めて鼻の穴をふくらまして、七生報国な、そこのきみです。 失礼ですよ。 イギリスのステーキは、ゴム草履よりも、遙かに高級で、表におこげがついたミシュランタイヤという表現がより正しいし、野菜も、水で、くたっと煮込んであるだけです。 「歯応え」のような非文明圏の迷妄とブリトン人は無縁なのであると言われている。 歯が傷むでしょう? 高いんだよ、ロンドンのプライベートなデンティスト。 なんの話だっけ? おお、そうだ、国民食。 チキン・ティカ・マサラやバター・チキンは、なああああんんとなくインド料理のような顔をしているが、ほんとうはイギリス料理です。 森羅万象がことごとく誌されているといわれている魔法の本「ガメ・オベールの日本語練習帳」という本をひもとくと、バター・チキンは、パキスタンからインドに難民として逃れてきたKundan Lal Gujralが、イギリス人を中心とした外国人向けに開いたニューデリーのレストランMoti Mahalの決め手メニューとしてレシピを発明して加えたものだと書いてあります。 ついでにいうと、なあんとなく、どころか、太古の昔からインド料理だよん、という顔で世界中のインド料理屋のメニューに鎮座しているタンドリ・チキンも、このKundan Lal Gujralの発明で、考えてみると、ほとんど国民総ベジタリアンな食生活を送っているインドの人が、チキンのカレーや窯焼きなどを伝統にしているわけがない。 チキン・ティカ・マサラに至っては、もっとずっと新しい1960年代の発明で、名前を忘れちって、いま風邪をひいているので調べる気力が起こらないが、ロンドンのナンチャラチャララカという名前のレストランのシェフがレシピをつくった。 このチキン・ティカ・マサラこそが連合王国の国民食で、というのは、わしが見解を述べているわけではなくて、2001年に、外務大臣のロビン・クックが、公式に、「a true British national dish, not only because it is the most popular but because… Read More ›

  • 続ビンボ講座 その14 むだを省く

    スタート地点にもどって、なぜこの「ビンボ講座」が書かれているかというと、安部政権が「役に立つ学問以外はするな」と言い始めたことだった。 そこからカミオカンデは役に立たない学問なのかという話になって、 文学はどうなのか弘田美枝子からリナ・サワヤマに至る音楽はどうなのか、と述べるに至っている。 結論は、こういうことです。 役に立つ、というのは人間の一生の実質に資する、ということであって、 人間の一生の実質は、もうとうの昔に死んでしまった偉大な友人たちが書き残した本を読み耽ったり、自分でもなにごとか文字にしるして述べてみたり、よい音楽で魂を昂揚させて、時には身体を動かして踊ったりすることであって、 人間社会の経済やGDPやまして自分が市民権を持つ国の「国力」などは、どうでもいいことにすぎない。 そうして夾雑物に過ぎない力を媒介するオカネもどうでもいいことに過ぎなくて、労働効率をあげるとか、個々の国民の生産性を上昇させるとかは、社会の側の都合だが、そんなくだらないことどもから自分を救い出すためにはどうすればいいか、という問題をおもいきって具体的なマニュアルに出来ないか、というのが、そもそもの記事の発端でした。 科学事業でいえば石炭発電のエネルギー効率化・クリーン化のテクノロジーよりもスペースXが、スペースXよりもカミオカンデが、より「役に立つ」学問であって、そういう価値判断が狂いだすと、社会の箍がゆるみはじめて、やがて壊れて、最後にはその社会で思考や伝達に使われる言語そのものが決壊を起こして氾濫がはじまって紊乱が起きることになっている。 なんでも社会問題にしようとする人は、なにもしない人です。 社会問題にしてしまえば、「誰かがやる」「おまえがやる」問題に転嫁して、自分は自由自在に悪態をついていればいいだけだからで、古来、パチモン知識人が自己満足して、しかもバイト代を稼ぐ、一石二鳥の自己欺瞞として有名な技である。 まともに生きたいと願っている人間は、そこまで身を落とすわけにはいかないので、どうすればいいかというと、視点を社会や国家の側に渡さず、自分個人の側に持って、そこから一歩も出ていかないで世界を認識しようとする。 くだらない人間、価値判断がちゃんと行えない人間というのは、「生活保護を受ける人間が増えると社会が弱体化する」というような、もっともらしいだけで愚かなことを平然という。 それがなぜ様々な意味において愚かであるかは、このブログのなかで、十数年にわたって延々と、繰り返し述べてある。 前回の「年収一千万円」は、日本社会においてオカネを考えずに、というのはつまり夾雑を去って、余計なムダなことを考えずに「役に立つ」こと、すなわち人間において本質的である価値にそって生きるための目安で、それ以上の意味はありません。 一千万円で十分かどうか、あるいは逆に目標が高すぎるのではないか、というようなのは自動車のセールスマンが販売戦略ミーティングで侃々諤々していればいいことで、個人がマジメに考えることではないでしょう。 ついここで余計なことをいうと、先週、ニュージーランドの新聞に「オークランドで若い夫婦が快適に暮らすためには20万ドル約1500万円の年収が必要だ」と出ていた。 ニュージーランドは、もともと収入の面でいえば長い間「日本の半分弱」だった国で、収入は日本の人よりもずっと低くても物価も安く、自然が圧倒的で、生活のなかで最も楽しいことはヨッティングやカヤキングで、まったくオカネがかからないので、数字の裏側では、はっきり言ってしまって、すまんすまん、日本のひとびとよりも遙かに豊穣な生活を送っている、というスタイルの国でした。 そういう歴史的な経過から考えて、本来は、東京の人は少なくとも年収3000万円が快適な「オカネを気にしない」生活の目安であるべきだったはずで、実際、この金額は、だいたい年収1300万円以下は低所得家庭とみなされるサンフランシスコメトロやベイエリアの所得・家計の感覚とあわせて考えて平仄があっている。 つまり、おもいきって真ん中を端折って言うと、日本は経済的には完膚ないまでに「壊れた」社会で、その理由は、国力や経済力の「国としての体面」のようなものを追及しすぎて、遅れてボロボロになった実質は、手つかずのまま、知らん顔で放っておいてきた、という、ちょっと俄には信じられないほどケーハクな歴代政権の施策にあります。 「日本の主要産業は『株価』だから」と世界中の投資家に冗談のタネにされる、中身はカラッポで日銀がどんどんETFを買い占めて、つりあがって、どうにもならなくなった株価が判りやすい典型で、その売ろうにも売りようがなくなって、外国資本に、そのバカバカしい仕掛けに目をつけられて、どんどん日本の冨を持っていかれてしまって、日本の政府が常に「おひとよしで、ちょっとオカネバカな、扱いやすい国民」として扱ってきた国民は「アベノミクス」と、どこの広告代理店のコピーライターがつくったのだろうか、ケーハクが高層階をなしたくらいケーハクなカタカナ語で舞いあがって、ついに、20年や30年では立ち直れないほど、背骨を病んだ国になってしまった。 この社会が、ボッキリ折れてしまった、折れかたと折れてしまった理由は、おおきく文化的なもので、ムダを排除できない、日本文明の歴史的な体質から来ている。 日本が数字上、大繁栄を遂げているころから、観察して、ものを考える習慣がある日本の人がニュージーランドにやってきて、真っ先におもうのは、「なぜ日本の三重県と同じ規模の経済力しかないニュージーランドが、無料の高速道路をもち、人口1000人に満たない集落に至るまで速度制限が100km/hのハイウエイネットワークを持っているのか、ということでした。 実際、わし知り合い日本人は、空前のぼんやり中年、義理叔父を含めて、ひとり残らず、この疑問を口にしていた。 深刻な疑念を述べている目の前の道路工事現場では、生産性が低いので世界に名高いニュージーランド人の、道路工事人がふたりで、仕事時間ちゅうであるのに、指示棒で、いまやスターウォーズのライトセーバーごっこに夢中になっている。 このテキトーさで、しかも昔から名物がドビンボの国で、高速道路もハイウエイも無料で、遊びに行く国民は屋根の上にカヤックを並べて載っけて、仕事ちゅうのトラックは羊さんを満載して、すいすいと走っていく。 いま日本語ネットでパッと目に入る東京外環道の三郷南IC〜高谷JCTの区間で、工費は「1mあたり1億円」と書いてあります。 前にもなんども書いたが、日曜日の軽井沢FMを聴いていたら、避暑地で気が緩んだのか、政治家のおっちゃんが「日本のクリーンエネルギーは風力発電が、みんないちばん受け入れやすいんですよね。あれはね、タービン一基一億円ポケットに入るんで、計画を一瞥して、自分のポケットにいくら入ってくるか計算しやすい」と述べていて、つぼで、爆笑したはずみで、ハンドルがくるって道路脇の樹木に激突しそうになったことがある。 日本は事情を聴けば聴くほどそうで、某IT企業は、新しく開設するサイトにプログラマが足りなくて、ひとり200万円で日本名物派遣会社に依頼して40人雇いいれた。 このプログラマさんたちのひとりに「給料、月に、いくらもらってんの?」と企画部の人が喫煙室で訊いたら25万円だったそうです。 むしり、はがし、ピンをはねて、ピンx2、ピンピンぬいて、なんと八分の七が「なにもしない人」のポケットに入っていく。 いっぽうで、仕事でつかれはてて、あるいは病を得て、あるいは投企に失敗して、自分で自分の人生を切り拓こうとした人が生活保護を申請にでかけると、月に20万円だか30万円だかしらないが、「社会」という巨大な図体からすれば些細としかいいようがない出費を吝んで、「ばあーか、自己責任だろうが、甘ったれるんじゃねーよ」というあしらいを受ける。 これも日本名物ナマケモノ反体制人が、ほんとうに小遣い稼ぎでなくて社会に憤っているのなら、とっくの昔に、当時、人気がある知識人だった自分の筆を捨てて機関銃と爆弾に持ち替えたウルリケ・マインホフのように武装して革命をめざしているところです。 そのくらいひどい。 なぜそれがfog of warの向こうで見えないかといえば、まさに、その小遣い稼ぎで反体制を演じている反体制人たちの努力の賜物で、正義は社会から乖離して初めて正義らしく見える、という、なんだかアベノミクスと事情が似たリアリティとの分離で、個々の日本の人は、絶望の淵に沈んでいるのではないか。 社会全体を瘴気が包んで、根太が腐り、大黒柱が虫食いだらけになり、屋根が傾ぎ、床板が踏み抜かれるようになると、個人が一生のあいだに、たいていは生まれてくる子供たちのために、と信じて、社会をどうにかしなければ、と念じて、出来ることはほとんどない。 日本の社会は未来において、どうせ立ち直るに決まっているが、社会、特に国家というような図体の社会の没落再興のスパンは人間よりも間尺が長くて、いま30代の人が日本改革を志して、真剣に戦って、うまくいって最短が日本が立ち直るのは30年後で、なんでもかんでもチョーうまくいって、「やれやれやっと日本の社会がまともになったぜ」とつぶやけるのは60代になってからのことです。 そこで飲む、一杯のお茶のうまさに人生を賭ける、という考えもあるだろうが。… Read More ›

  • 続ビンボ講座 その13 目的地

    旅行中、「飛行機に乗っているときは窓に顔をつけて外を眺めるのは構いませんがドアを開けてパラシュートをつけずに飛び降りると、たいてい死にますとか、沼を歩いて渡っていて片足をワニさんに食べられてしまったときの応急措置の仕方とか、移動中の諸注意ばかりしていて、どこに連れていこうとしているかについては口を閉ざしている旅行ガイドは、ちょっと言うことを信じてついていってみようかと考えて一緒に歩き出した人にとっては不安であるとおもわれる。 だから、ゴールの話をする。 ビンボを脱して、きみはどうしたいのか。 大富豪になってテレビタレントのひとびととムフフになる? それともランボルギーニを買って、「走る厄災」の名声を恣にするクルマの、豪快な壊れっぷりを堪能する? わし友のフェラーリ488スパイダーは、あっぱれなクルマで、 気まぐれなファッションモデルのおにーさんみたいというか、なんの前兆もなしに交叉点で突然、音もなく静かになる。 静かになる。 わかりますか? 止まるんです。 エンジンが。 持ち主友によると、そういうときに慌ててスターターを掛けようとしたりしてはダメで、おもむろに1分ほど待つ。 後ろには渋滞ができますけどね。 人間というのは、情けないもので、真っ赤なフェラーリにプワプワと警笛を鳴らす人はいないようです。 で、なにごともなかったかのように、エンジンをかけると、にっこりと微笑んで、またぶおんぶおんと走り始める。 クルマというものは年柄年中壊れるもので、壊れないクルマにしか乗りたくない人はクルマに興味をもたないほうがいいのです。 わし先代レンジローバーなどは機嫌が悪くなるとドアが開かなくなる、という人間のような拗ね方をした。 しかも土砂降りのときほどドアが開かないというクルマとは思えない賢さまで持っていた。 珍しく御機嫌よく走っているアルファロメオのハンドルをにぎりながら、「良い時代になったなあ、東京から箱根までドライブするのに薬罐がいらないんだものなあ」でないと、クルマ好きは努まらない。 閑話休題。 手始めは、食べ物について価格をあまり考えないですむようになると、幸せになるのではなかろーか。 むかしは、なかろーか、と述べると、必ず、外廊下、と続けていたが、もうやりません。 おとなですから。 これを人間の進歩といい成熟という。 蕎麦屋に入るでしょう? カツ丼という文字をじっと見つめる。 (並)は500円だが、げげげっ (上)は800円なのか。 800円出したら、帰りは歩きではないか、(並)しか頼めひん、というのと、 (並)と(上)の300円の違いはなんだろう? あ。(上)はイベリコ豚なのか、日本の豚さんでいいや、 すみませーん、(並)カツ丼、ひとつください! というのでは、並な結論はおなじでも、まるで異なる行為ですね。 そういうところで「ああ、ついにおれはビンボを脱したのだ!」という幸福をしみじみ感じる。 感じないって? 性格が悪いんじゃない? あるいは、スーパーでキャドベリの箱はおなじ大きさなのに、いつのまにか中身は半分になっているスコーチド・アーモンド(←日本語だとアーモンドチョコボール、かな?)を手に取るでしょう? 8ドルもすんだぜ、あれ。 しかも200メートル先のカウントダウンでは、特売で7ドル50セントです。 でも懐があたたかくて、世界に対してやさしい気持ちになっているきみは、 差額の50セントが少しでもパートタイムで働く仲間のポケットに入ることを祈りながら、そっとショッピング・トローリーのなかにいれる (^_-)… Read More ›

  • 競争から共生へ

    日本語の壁で囲まれた部屋のなかでは、総額五千円の冨が支配している。 きみが二千円とって、センパイのヒロシさんが三千円。 ところがところーが。 女の人も働くことが解禁になったのでヨシコさんが部屋のなかに入って来て千円もっていってしまうことになった。 途端に室内は阿鼻叫喚になります。 侃々諤々。 いったい女も人間だと認めたバカは、どこの誰だ。 女を室内にいれるなんて、女ばかり優遇されたら、男は亡びてしまうではないか。 議論百出。 だからフェミは嫌いだ。 え? フェミ知らないの? フェミニストのことだよ、女の味方。 女の味方と男女同権はちがうって? なに言ってんの。 バカじゃないの。 とにかく! この部屋の五千円は女のせいで四千円に減らされてしまったんだよ! 日本の人の世界観の基調は、世界の知識や冨は、なあんとなく一定で、それを取り分をどれだけ分捕るかによって自己の知識と冨は決まる、というものであるらしい、と日本にいるときになんども考えた。 咸臨丸の一行で、最も印象的な話は、一行の赤ゲットぶりよりも、使節の百科事典との邂逅です。 秘すれば鼻。 それは不織布マスク。 秘すれば花。 免許皆伝。 父子相伝。 知識は秘匿するから利益を生みうるのに、こんなになんでんかんでんばらしちゃったら、いったい、この宗家たちや家元たちは、どうやって食べていくのか。 バカなんじゃないの。 いくらなんでもマヌケすぎる。 アメリカ人たちの折角自分たちが発見した世界の秘密を、パンツもはかせずに(失礼)曝け出してしまうマヌケぶりを嗤いながら、ちゃっかり百科事典は買い込んで、日本に持って帰ります。 時は経って、インテルの研究者たちの発表会合。 最前列にずらっと並んで、無心に発表をノートに書き込んでいるのは、全員が日本の「研究者」たちでした。 新しい86系16ビットCPUのアーキテクチャをインテルおっちゃんが述べ終わると、文字通り、脱兎のごとくファクシミリに向かって走る。 殺到する。 いま聴いたばかりの発表を本社に送る。 事実か都市伝説か、当のCPUをインテルより早く製品化して市場に送り出したというから、日本人の優秀さをおもうべし。 気が付くでしょう。 そして、いまでは、もっと大規模な知識の公開と共有が世界中で起こっている。 インターネットという名前がついているのね。 世界が競争から共生へ世界観を変えつつあるのは、あきらかにCOVIDパンデミックのせいです。 ひとりだけ生き延びようとして、「てめえの面倒はてめえ自身がみやがれ」の「強い」個人や、他国のことなんて、どうでもいい、とにかく我が国だけが生き残ればいい、という国家を、嘲笑うようにウイルスは世界中に広がっていった。… Read More ›