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戦争への道

言葉の遊戯ではあるけど、降伏という代わりに終戦という字を使ってね、 と外務省政務局長という肩書の安東義良が笑いを交えながら述べている。 あれは僕が考えた 終戦 終戦で押し通した 降伏と言えば 軍部をえらく刺激してしまうし 日本国民でも相当 反響があるから と言ってから、思い切ったように 「事実 ごまかそうと思ったんだもん ごまかすというと語弊があるけど 言葉の伝える印象をね 和らげようというところからね まあ そういうふうに考えた」 スパイや武官情報を縦横に駆使して、かなり確度の高い情報を手にしていた陸海軍と異なって、海外向けラジオなどの、公開情報の分析一本で、世界情勢を分析して、見事に失敗して、ヤルタ会談開催を見て、万策尽きた外務省官僚の、「絶対必勝」を唱えて鉢巻き姿も勇ましく、竹槍訓練に勤しんで、 「負けるみたいよ」とでも言おうものなら、上陸してくる米兵よりも先に、 女子学生たちに何十本という竹槍で串刺しにされそうだったなかでの、なんとか戦争を終わらせねば、という努力の一貫でした。 「敗戦」という言葉を使うのはタブーなので「終戦」。 なんだか他国人が聞いたら、現実から顔をそむけていれば、現実のほうが、世にも稀な繊細で傷付きやすい魂を持っている日本国民の前から立ち去ってくれるとでもいうような、吹き出してしまうような幼稚さだが、 日本文明というものは、そういうもので、もういまの世代の人は、散々、見てきたように、言い換えの王国で、敗戦は終戦、敗走は転進、放射能汚染は風評で、横領は使途不明ですんでしまう。 正直者はバカを見る、というクリシェの通りで、だんまりや、知りません、 記憶にありません、いやあ、忘れちゃったなあ、と言っていれば、それで済んでしまう社会で、わざわざ正直なことを述べて、これも日本名物、集団による袋だたきに遭う道を選ぶバカはいないでしょう。 ついでに日本人は自らの判断で、苦渋の決断で、忍び難きを忍び、耐え難きを耐えて、崇高で悲壮な判断で、涙をのんで戦争に幕を引いたのだ、と悲劇の一場を盛り上げるために、「終戦記念日」は天皇が録音した玉音をラジオで放送した8月15日であることにした。 普通ならば、お膝元の東京湾まで進出していた戦艦ミズーリの艦上で、日本側の全権団が無条件降伏文書に調印した9月2日が「降伏の日」とでも名付けられて歴史に残るところだが、プライドが高い日本の人には、いまに至るまで、北米とANZAC、欧州各国が、ブラックドラゴンじみたナチと全力を挙げて苦闘しているあいだに、軍事的空白となった太平洋に、男手がなくなった家庭の事情を見澄まして裏庭から入りこんだ強盗よろしく、手当たり次第に資源を手に入れ、家の主婦や娘たちを強姦して、そんな悪事を働けば、consequencesを伴うのは当たり前で、ものも言えないほど、ぶちのめされて、あまつさえ、見たことのない核兵器まで二発も落とされて、 都市という都市は瓦礫の山に変わって、まるで軍靴で顔を地面に押しつけられるようにして、ついには自分たちの家の妻や娘達を差し出すことになった、ボロ負けもいいところの戦いの果ての降伏を、認める気持にはなれなかったのでしょう。 その証拠に、いまでも日本の人に聞けば、「終戦の日」は8月15日で、欧州ではカール・デーニッツが降伏文書に調印した5月8日がVEデーだが、 なぜか日本については8月15日が、VJデーで、ちゃんと対をなして照応していなくて、奇妙だが、これはヒットラー以上に、昭和天皇が戦争を引き起こした当人で、その本人が、「負けちまっただよ」と述べてギブアップすれば、そこで戦争は終わったのだ、という、主にアメリカ人たちの気分によっている。 そういう言い方をすれば、戦争をしていたのは日本という国ではなくて、ヒロヒトが戦争をしていた、という認識の表れでしょう。 ちなみに、日本と似た立場に立ったドイツでは、ナチドイツが降伏した日を、どう扱っているかというと、ソ連の勢力下に入ることになった東ドイツではナチ・ドイツに勝った、戦勝記念日で、西ドイツは、知っている限りでは、a day of shameで、苦い味のするGedenktagで、「記憶されるべき日」ということになっているようです。 なあんとなく、ドイツの人のVEデーへの反応を見ていると、自国の歴史の苦さを噛みしめているような、チクソーな気持が、ありありと伝わってくる。 最近になって、ソ連の満洲侵攻が寝耳に水の騙し討ちだった、なんてのは、まったくの虚構で、陸軍も海軍も、ほぼ精確に侵攻開始日まで知っていて、 外務省と政府には教えなかっただけなのが判っています。 昭和天皇が建てた、「連合国相手に1勝してから講和にもちこむ」という大戦略に忠実に従いたかった陸海軍は、貴重な「1勝」を挙げるゆいいつの機会である本土決戦に、どうしても持ち込みたかった。 現人神の期待を裏切り続けて、負けに負けて、到頭、「日本本土の最後の出城」沖縄の陥落が迫った6月、ありとあらゆる戦力を本土に蓄積して、「ガツンと一発」をお見舞いするためには、その前にソ連が侵攻してきてしまっては、二正面が出来てしまって、どんなに皇国不敗の信念に燃える国民であっても、本土決戦もなにもないのは判り切っているので、 ソ連の侵攻が必ず、しかも、もうすぐに起きるのだと言い出せなかった。 不思議な気がしますか? 不思議な気がするのは、きみの頭が健常な証拠で、 ソ連の侵攻が「1勝講和」のロジックを破綻させるから、言わないでいる、という態度は、極めて日本的なもので、およそ他国の人間には理解しえない態度です。… Read More ›

あらすじ言語

クラシック·ボートのひとつが、水が出なくなった。 エンジンは問題なくかかるし、海水トイレのモーターも動くので、あにゃあ、これはハウスバッテリーがオダブツなのではないかと、床下のバッテリーをテスターでチェックしてみると、案の定、2.5Vです。 定格12Vで実際の出力2.5V。 シャワールームの脇の配電盤を扉を開けてみてみると、ほんとは、じっと緑のLEDが光っていなければならないが、ピカピカピカッ、ピカピカピカッ、と3回瞬いていて、二個ひとつの組になっているバッテリーブロックのひとつが低電圧になったので、回路から切り離したことを告げている。 The City of Sails、という。 オークランドの別名です。 これでもかこれでもかこれでもか、というくらいヨットがあって、ヨットper capitaが世界一なので、市内のあちこちにヨット/ボート用品を売っている。 なかでも、おおきなチェーンのBurnscoがマリーナの近くにおおきな新店を出したので、そこにバッテリーを買いに行きました。 ニュージーランドの国民気質は、もともと、よそから見れば挙国一致型アスペルガーで、なにごとも丁寧、微に入り細を穿つ説明で、棚に並ぶバッテリーをひとつひとつ指さして、特性を解説する。 ハウスバッテリーなら、ディープサイクルのほうがいいだろう、ということになって、メーカーの特徴に移り、談合がおわって、オカネを払うまでに、小一時間が経っている。 当然、バッテリーの話のあいだに、世間話が、たくさん発生しているからです。 マリーナから、そう遠くないところが、ねぐらの、シャチの一家、コロナ禍で瀕死の状態に陥ったクイーンストリート、新しく出来たフレンチベーカリーの、滅法うまいバゲット COVIDロックダウンをやらないことになって、やっとニュージーランドの生活にディテールが戻って来て、 毎日、コロナ罹患による死者が20人、30人と出ているが、ものともせず、ほとんど無理矢理にニュージーランド本来のライフスタイルに戻してしまった理由がわかります。 本来のライフスタイルって、なに? と、きみは言うであろう。 これから、それを説明しようとおもっているんだけどね。 難しいかもしれないの。 孤独のグルメ、というテレビドラマがあるのに気が付いて、見てみると、 なつかしい、何の変哲もない、というと日本語社会のことなので弁護士から内容証明が届きそうな気がするが、通りが映って、定食屋さんや、町の、あのなつかしい中華料理屋さんの店内が出てくるので、すっかり気に入ってしまった。 いまはNZ英語版のNetflixにも、ちゃんとラインアップされていて、シリーズ9まで、すべてのエピソードが見られるが、そのころは、オカネを払ってもドラマを見せてもらえません。 ビリビリならあるかしら、とおもって検索すると、さすがは中国を代表する貪欲な動画サイト、ちゃんと「孤独的美食家」が並んでいる。 ところが。 ところーが。 どのエピソードも、「ご飯を食べるシーン」だけに編集されていて、ゴローさんが、仕事で顧客を訪問したり、件の、立ち尽くす「ハラガ、ヘッタ」は、ばっさり削られている。 ゴローさんは、どのエピソードでも、ひたすら食べて、食べて、食べて、 見ているうちに、なあんとなくフォアグラ用のガチョウの記録映画を観ているような気分になってくる。 編集してバッサリ、はいいほうで、なにしろ若い人たちは忙しいので、アジア系人を中心に、倍速早送りで観る人が増えて、あるいは、要所要所、八艘飛びに、観て、残りのつなぎというか「地」の部分は、五倍速十倍速で、すっ飛ばしてしまう。 たいへん評判が悪いが、グダグダと話の要領が悪くて、至る所にセクハラパワハラが鏤められている日本おっさんなどは、鞄からリモコンを取りだして「ピッ」と十倍速にしてしまう衝動に駆られることも多かったので、案外、そういう切実な願望から生まれた習慣のなのかもしれません。 日本にいたとき、書店にでかけて、なんかおもろい本ないかなあ、と棚を眺めていたら「日本の名作 あらすじ文学全集」というのがあって、 あまりの発想の面白さに、棚の前で硬直してしまったことがある。 いま見ると、このマーケティングは、さらに進化して、 あらすじで聴く文学全集、ということになっていて、アニメの声優が あらすじを朗読して、学内の食堂で「あ!芥川の『羅生門』いいですよね。知ってます」と述べられることになっている。 怒る人がいそうですね。 これだから若いやつは、けしからん。… Read More ›

言葉を旅する

もう、あんまり日本語に用事がなくなっているのに、なんとなく離れられないでいる。 理由は、おぼろげながら判っている。 慣れてくると、ちょっと他の言語では不可能な美を表現しうる美しい言語で、前にも述べたような気がするが、例えば花吹雪のように動きも視覚的な美の広がりも同時に含む表現や、木洩れ日のように自然が折々に見せる光の芸術を言語表現としてピンで止めるような、説明されてみれば、なぜ自分の母語には、そういう表現がないのだろう、と不思議におもう表現がある。 感情表現が過剰なほどにあって、英語が十段階くらいだとすると、二十段階や三十段階も感情表現を制御できて、むかしは、よく五段階、八段階と区切られる英語表現に較べて、CVT(無段変速機)みたいだな、と冗談を述べたりしていた。 このあいだ英語の記事で「お隣さんの様子が、ちょっと変だ」とでもいうような調子の、日本の静かな乱調ぶりを述べた文章を読んでいたら、 「ゆとり教育」が、やっぱりダメだったのではないか、という、70年代までの元「受験戦士」たちが聞いたら、欣喜雀躍しそうな内容だったが、こちらは「ゆとり」の内容も知らないので、内容は旧態依然のまま学習時間だけを減らした「改革」が、結局は日本の衰退につながった、という意見が、正しいかどうかは判らない。 もっと言ってしまえば、興味もないので、英語だってフランス語だって、バカはバカで、オタンチンはオタンチンで、箸にも棒にもかからない、自分を賢く見せるだけの虚栄術だけが才能で、中身はからっぽで、知性の代わりに悪意だけが詰まっているような人間は、たくさんいる。 ただ日本語では、他言語社会よりも、数が多いかなあー、というのと、 愚かな人間に自覚がないうえに、教条として、そのときどきで、戦争犯罪だの、ジェンダー問題だのと、述べていれば、まるでチョウチンアンコウの鼻先の光に釣られて、ぞろぞろ「正しいこと」が大好きな愚か者の群が集まって、一大勢力をなして、どんどん日本語の議論を、現実から乖離した、空回りの「理屈合戦」の不毛な海に、レミングのように行進していきそうなところが、異なるといえば異なるのかもしれない。 もう何度も、日本語人の友だちと話して理由は判っていて、まず最も根底にある問題は「時間」という人間が自己をつくるための最大の資源を社会が容赦なく吸い取ることにあって、なにしろ学校のあとに、また塾という学校があったりして、「ひまでひまでたまらない」という人間の生育には必要な絶対条件が奪われてしまっている。 個々の子供から個性の源である余剰な時間を取り上げて、学校でなにをやっているかというと、考えてからものをいいなさい、静かにしなさい、クラスのお友達に恥ずかしいとおもわないのですかで、最近、見事に物語のポイントを外した映画をディズニーがつくって、世界中のMadeleine L’EngleファンをがっかりさせたA Wrinkle in Timeのカマゾッツそのままで、知らず知らずのうちに全体主義的な思考や、振る舞い方を叩き込まれていく。 「ほーら、そんなにおおきな声で泣くと、ここの、おじちゃんたちに怒られるわよ」の悪夢の世界を生き延びて、どんな「個人」の成立が期待できるというのだろう。 個人が成立しなければ生活もなくて、生きている人間といったって、社会が腹話術で話しているようなもので、起きてから寝るまで、理屈をぶつぶつと毎日、頭のなかや友だちや、職場の同僚に述べ立てるのだけが毎日で、 言葉は、きっぱりと現実から乖離していて、そう言っては悪いが、 このあいだ日本式トランスジェンダー議論を読んでいたら、なんだか女のひとたちを相手に自分の理屈のチ〇チンをひねりまわしているような珍風景で、日本語は日本語だなあ、と感心してしまった。 現実は、いつでも二の次です。 前にも述べた、ふたりのすぐれた人の事例を繰り返す。 Twitterをきっかけに知り合ったひとに巖谷國士という人がいて、長い間、日本語の建設に貢献してきたひとだが、このひとの即興の料理を見ていると、無駄のない料理で、流れるようなひとつながりの発想と動きで、伝説の遊撃手Ozzie Smithみたいというか、ひところ日本で流行ったらしい痕跡が古書店の100円コーナーにある、自大で事々しい、「男の料理」みたいな野暮天とは、対極にあります。 個人であるためには、まず生活の名人でなければならないことが、見ていてよく判る人で、実際、日本語ネット世界でも、愚か者には取り合わず、涼しい顔で、自分が好ましいと感じることへの執着を隠さず、若い人が読めば、そうか、日本語社会に生まれたら、こんなふうに生きればいいんだな、という、ひとつの手本を示している。 ふつうなら、日本語世界のような社会では、最も簡単に悪意と無神経によって簡単につぶされるはずの、繊細で、美に感応する高い感覚を持っていて、しかも女の人に生まれついてしまうという、日本社会では最悪の巡り合わせで、それなのに自分の感覚を守って、一流や二流という言葉は、「ほんものとにせもの」なる言葉と同じくらいダサくて、使う人間の言語感覚と頭の悪さを感じさせるが、この場合は他にいいようもないので、一流の美術研究者が歩くtrailを、一歩一歩確実に歩いている金沢百枝さんのような尊敬する以外に反応の持ちようもない人もいて、よく眼を開けてみれば、そうか、日本語人に生まれつけば、こんなふうに暮らしていけばいいのだな、と範例を示してくれているひとたちはいる。 愚かな人間が多数派なのは、人間の社会なので、世界中、どこに行ってもかわるはずはなくて、むかし、古代ギリシャ人たちが夢視た「賢者の国」なんて、あるわけないが、日本語社会では、愚かな人間が、干渉的で、攻撃的で、エラソーを極めていて、 コントロールフリークの愚か者が集団をなして普通に生活をしている人間にいちゃもんをつけて、あまつさえ冷笑までしてみせるのが日本語社会の住みにくい点で、簡単にいえば、江戸時代の農村の在り方から変わっていなくて、社会として、ものすごく遅れてるだけなんじゃないの、と捨て鉢に考えることもあります。 こういう違いは、面白いといえば面白くて、英語twitterであれば、ブロックされると、ありゃ、ブロックされてしまった、で、ついと離れるが、日本語ツイッタでは、ブロックは刃傷沙汰で、ブロックするなんて、失礼だ、ふざけるな、で、大暴れが始まって、殿、殿中でござるぞ、の声にも耳も貸さで、 びっくりするような言葉を使って憎悪をぶつけにくる人が、よくよく言い分を聞いてみると、自分が話したかったのに自分が判らない理由でブロックされたというだけの理由であったりする。 ブロックされた、悔しい、という感情がおおきいところから、もう不思議だが、 そこから憎悪がむくむくと頭をもたげて、あることないこと、口を極めて罵りはじめて、悪鬼のごとしで、見ているほうは、ああ、だからブロックしたんだな、われながら、とひとりごちることになる。 ふとしたときに、一瞬、恐ろしい横顔が見えてたのでしょう。 日本語社会を住みやすくするために、いますぐ、まず出来ることは、 「ほっておく」ことです。 何度も書いたので、またか、とおもうかも知れないが、 相手が嫌いでも、判らなくても、自分と異なってたまらないと感じても、取りあえずは、ほっておくのが文明の第一歩なのは、判りやすいとおもう。 自分で実見した例では「意見が異なる人間を集団中傷で潰すのは大学研究者に課せられた役割で、聖戦だ。すべての大学研究者が私に続くべきだ」と述べている人がいて、日本の大学人の程度の高さをおもわせるが、聞き合わせてみると、案の定、なんちゃって大学研究者だったが、それはそれとして、気に入らない相手でも、ほうっておいて、どうしても嫌なら、友だちに内々で愚痴っていればいいだけのことで、イギリスの社会などは、友だちというのは愚痴を聴かせるためにあるのではないかとおもうくらい、お互いに愚痴ってばかりいる。 あんなにストレスがおおきな社会で、そのうえに冬ともなれば人間が住める天候でもないのにも関わらず、イギリスの自殺率が、きょとんとするほど低いのは、 「内々で愚痴る」という国民的な才能によっているのではないかとマジメに考える。 もっとも、文化は社会の性格を反映しながら他の文明と袂を分かって、異なっていくもので、… Read More ›

冬のマリーナ

1ヶ月つづいた、大時化の悪天候が終わって、冬至の今日はやっと天候が落ち着いた。 マリーナに出かけて、出航の準備に取りかかります。 夏はヨットのほうが多いが、冬は、ニュージーランドでは「ディスプレイスメント」と呼ぶ、航行のマナーがいい、揺れない低速のボートで海にでる。 もっている船のなかで、最も遅いのは、艇長が42フィート、12.8mのボートで、ディーゼルで、静々と水面を移動する。 だいたい9ノットくらいで、どんなに頑張っても15ノット、その代わり、小さな船なのに、揺れなくて、たいへん安定しています。 ごく最近、設備を改修して、高速インターネットを含む、近代的な装いにした。 以前の改修でレーダーやソナー、GPSやオートパイロットはすでについています。 したがって、たいへん楽ちんに航行できるようになっている。 6人乗りで設計してあったが、いまはふたり用に改装されていて、ダブルベッドの他のバンクやなんかは取り外して、その代わりに広いラウンジとして使えるようにしてあります。 南の風が吹き付ける、冷たいニュージーランドの冬の海に、三四泊の予定で出るには、たいへんに良い船で、愛着があって、あちこちのマリーナに分散して停泊させているボートのなかでも、待遇がよくて、ショアパワーからなにからなにまで完備された、セキュリティも良いマリーナの、おおきめのバースに鎮座している。 マリーナにつくと、天候がいい日なのに、広い敷地に、誰も歩いていません。 いくつものセキュリティゲートを同じICカードキーでくぐり抜けて、フィンガーを歩いていくと、顔見知りがひとり、コックピットのなかで、なにやら作業をしている。 こちらに気が付いて「おーい、元気かね?」という。 「すごい嵐だった。ぼくの船、まだ浮いてるんだろうか」 ああ、ダイジョブだよ、さっき後甲板のモップを借りに、きみの船のところに行ったんだ。 カモメの糞も、なかったよ、というのは、カモメの集団に愛されてしまうと、船の甲板に堆高く糞をおかれてしまうからで、 これを防ぐにはLEDラインや、カモメが嫌う音を出して振動する特殊なケーブルや、ぼくはこれが最も好きだが、万国旗のような、色とりどりの小旗が付いたラインをめぐらせておく。 それでも、愛されてしまうときは、愛されてしまうもので、たいへんな有様になって、おおきなほうのボートやヨットならば、人を雇って掃除してもらうが、45フィート以下のボートなどは、オカネ以前に、もっとずっとパーソナルな、例えば飼い犬のような気持を持っているもので、自分でモップを握って、糞をこそぎ落とします。なかなか綺麗になってくれないんだけど、これが。 マリーナは不思議な場所で、いくつかのグループはあっても、そのグループのなかでは、まるで親族のようにお互いに振る舞う。 おなじディスプレイスメント族でも、最近の流行りで、一隻のボートを何人かでシェアしている人たちは、肌合いが違って、異なるグループで社会の梯子を駆け上る気概というか、エネルギーがあって、自分ひとりで愛玩動物のようにボートを所有しているグループとは、あんまり交流が生まれません。 仲が良い人のタイプは自然と決まってきて、このマリーナでは、ぼくのいちばんの仲良しは83歳になるディーンという人で、奥さんに先立たれた、この人は、眼を瞠るような生活の達人で、人生を楽しく暮らすための知恵のかたまりで、マリーナに着いて、自分のゲートの駐車場に、この人の日本製ヴァンが駐まっていると、もう、それだけで、「あっ、来ている」と嬉しくなる。 浮き桟橋をおりていくと、案の定、小柄な人の姿があって、ひどい天気でしたね、を皮切りに、このひとはもう60年以上、ハウラキの海に出ている人なので、マオリベイで南風が強くなったら、どこに待避すればいいのか、とか、金目鯛を釣るポイント、アオリイカの移動経路、サンドバーというが、不意にあらわれる砂州は、どの辺にあるのか、というようなことを教えてもらう。ときどき、外国人には気を付けないといけないよ、と、じーちゃんが孫を諭すようなことも口にする。 それ、差別ですよ 差別でも、危ないものは、危ないさ。 あるいは、船で、北にのぼっていって、ぼくが好きなボート人のコミュニティがある入り江へ出かけていって、友だちたちを見つけて、話し込む。 ジョンという、すごい腋臭の人で、おなじ船内にいると卒倒しそうになるくらい、すさまじい体臭の、おっちゃんがいて、誰もいいだせないので、本人は気が付かなくて、相変わらず、すんごい腋臭を臭わせながら、新しく換装したヤンマーのエンジンを見せてくれる。 小さな小さな、舵輪が最後尾にあるスタイルの、1945年製の28フィートもないボートで、このころのボートにはよくある、もっとおおきな船を、そのまま縮尺を小さくしてつくったようなボートです。 ぼくは、この人が大好きで大好きで、この人が属する小さなマリーナを訪ねて、この人の顔があると、心から、来てよかったなあ、いい考えだった、とおもう。 ディンギイもボートもミシェルという名前で、ミシェルさんが、何年も前に癌で亡くなった奥さんの名前だと、もちろん、みなが知っている。 誰かがボートに荷物を積み込む作業をしていたりすると、なあんとなく桟橋を行ったり来たりして、所在なさげにしているのは、ほんとうは手伝いたくてたまらないが、知らない人なので言い出せないのであることを、友だちはみんなが知っている。 人を助けること、ちからを貸すこと、相手が喜んで笑顔を見せること以外は考えることはなくて、人間も善意を隠さなくなってくると、風格が出て、人間というよりは天使に似たものに変わってゆくもののようでした。 ぼくの船の船名を描いてもらえないかと頼んだときの、このひとの、花が開くような笑顔を、他には見たことがない。 ほんとうに描いていいの?なんだか名付け親になるみたいで緊張する。 お支払いはしますよ、と述べたら、なんだか傷付いたような、厳粛な顔で、それは困る、と言うので、なんだか、こちらは自分を恥じることになってしまった。 そのころは、まだ、オークランドに越して間もないころで、ハウラキの海の上に出ても、右も左も判らないころだったので、この辺で鯛を釣るには、どこに行けばいいだろう、と訊いてみたら、驚くべし、 ああ、じゃあ、ぼくが連れていってあげるから、ついておいでよ、という。 スウィングモアリングと言って、桟橋でなく、沖合に泊めた船にディンギィを漕いで行くと、なるほど「威風堂々」という感じで波を分けて進む、ずいぶん胸を張った、ちっこい船で先導して、岬をまわった、はるか先の海へ連れていってくれる。 その夜は、サイドバイサイドで、二隻のボートを並べて泊めて、釣れた鯛でフィッシュ&チップスをつくって、甲板でビールを飲みながら、「滝のように星が降り注ぐ」と表現したくなる満天の星空を眺めながら、ふたりの高校生のように、くだらない話ばかりして、大笑いして、涙が出てくるまでマヌケな冗談を述べあって過ごした。 オークランドのボート人は、みんな北島の北端に近いベイ・オブ・アイランズに移っていくので、ジョンさんも北に移るの?と訊くと、 いやあ、おれは、ここにいるよ、と言う。… Read More ›

愛の生活マニュアル♥ すべての妻への毎年2000万円の支払いが出来ない夫のために

モニさんは、家事はしないひとです。 できないのではなくて、やらない。 いまの家には、小さなキッチンとおおきな「厨房」と呼んだほうがよさそうなキッチンと、ふたつあって、おやつや、軽食を手早くつくるのは小さなキッチンが便利だが、小キッチンはだんちゃん専用の趣を呈していて、 無茶苦茶な臭いのアジア料理をつくったりするので、 インダクションのストーブトップの上の換気扇を強力なものに変えられたりしている。 モニさんは、おおきいほうの厨房に立って、1年に何度か、主にお菓子をつくることがあるが、ごく稀に、料理も、自分が食べたいものをつくることがあって、それが理由で自分でつくるのだとおもうが、オークランドやメルボルンの高級レストランでは足下にも及ばないような、手が込んだ、豪勢な料理をつくって、家人全員に振る舞う。 すごい腕前の料理名人で、ふっふっふ、いざ路頭に迷いそうになったら、モニさんをシェフにして、レストランを開けばいいよね、とおもうが、考えてみると、怠惰のはてに、そこまで零落すると作男に降格されていそうなので、賄い料理しか食べさせてもらえないかも知れません。 料理だけではなくて、これも1年に数度、小キッチンのベンチやシンク、 フライパンや鍋を綺麗にしてくれることがあって、いかなる魔法か、バテレンの秘術ならんか、もうピッカピカになって、なにがいいたいのかといえば、家事全般、こんなに上手な人は見たことがない。 でも、家事をやったりはしません。 念の為にいうと、やらないだけで家事を楽しめる能力は十分にあります。 ふたりで、よく話すが、日本にいたときの最高の楽しさは、お手伝いの人は通いで来るだけだったので、ふたりで一緒にキッチンに立って料理して、 Le brin d’herbe、鼻歌をくちずさみながら、シチューがぐつぐついいだすまで背に腕をまわして、ワルツを踊ったりして、なんでもかんでも、自分たちの手でやらなければならないことだった。 軽井沢の裏庭のカラマツの林のなかに、テーブルと椅子を出してカバとサンドイッチのおやつを広げるだけでも、 きゃあきゃあと楽しくて、日本滞在の薔薇色の思い出には、毎日キャンプしているみたいというか、ふたりで協同作業で生活したことがおおきく働いている。 モニさんの夫のほうは、というのは、つまり、眠っているあいだに離婚されていなければ、わしのことであるはずだが、このひとはまた家事が好きで、隙さえあれば、自分でおいしいとおもっているだけで、たいていは誰にも食べてもらえない、面妖な料理をつくっているし、掃除も好きで、夜寝る前に、頭のなかで、ディッシュウォッシャーの、効果的な皿やボウルの並べ方を構想したりする。 アジア料理は、おいしくて、低カロリーで良いが、ディッシュウォッシャーと形の相性が悪いのが難で、ときどき汚れがちゃんと取れていなかったりすると、失意落胆はなはだしくて、一日、気が沈むので、家の人に虚を衝かれて、手早く片付けられては、やむをえないが、自分でやるチャンスがあるときには、芸術的に排列された、まな板や平皿や丼までもが、ひとつ残らずビッカビカになるように並べます。 むかし、アメリカの調査会社が、専業主婦の家事労働に対する正当な報酬を見積もったら、家のおおきさや家族の構成によるが、中央値は2000万円前後だった。 翻訳すると、奥さんに家事を任せて、「内向きのことは、おまえがやれ。外は俺にまかせろ」なんちゃってるオットットな夫は、エラソーな言葉に見合うためには年収は3000万円はないとカッコワルイわけで、甲斐性なしで、妻の百人力で人生を渉っていることになります。 どうも、日本では、そういうことが、ちゃんと判っていないオットが多いような気がした。 会社に忠誠を誓っちゃったりして、自分の好きな仕事に打ち込むには、家庭がある場合、毎年毎年2000万円を、自分の道楽である仕事に打ち込むために支払っているわけで、仮に払わないとすると、毎年配偶者に対して負債をつくっているわけで、5年も経てば妻への借財1億円で、普通は離婚ですね。 自分の周りを見渡すと、家事という厄介な怪物への最も普通の解決法は「人を雇うこと」で、夫婦の収入に応じて、火曜日のゴミ出しの日の前日にだけパートの家事手伝いの人を雇うくらいから始まって、住み込み、というか最近のスタイルに即していえば、家の敷地のなかの別棟に住んでもらって、取り決めをして、家事全般をお願いする。 ニュージーランドだと、移民グループによって、ガソリンスタンドはインド系の人が多いとか、ITは中国系の人ばっかりで、韓国のひとは、なんでか酒屋が多いんだよね、とか、いろいろ面白いことがあるが、家事を請け負うのはインドの人が多くて、また、上手なようです。 コモ湖畔の町では、いまでも制服を着たメイドさんだが、ニュージーランドでは、ほぼ皆無で、みんなサリやジーンズで、普段の格好で仕事をしている。 面白かったのはシンガポールの友だちで、結婚するときに、ふたりで、「ふたりとも家事は、いっさいしない」と決めて、まだ収入が少ないときから、朝は自分たちのアパートの二階にあるホーカーズで食べて、ランチは職場の同僚と、夜は、夫婦のデートをかねて日本にもあるはずのリブ/ステーキのトニイ・ローマや、新宿のとんかつ屋が小田急デパートに出している店や、たまには大奮発して、FullertonのJadeに出かけて、ついでに部屋に泊まって、新婚気分を取り戻したりしていたようです。 このふたりの目論見は、見事に成功して、夫婦ともに、するすると出世して、あっというまに年収8000万円だかになっていたが、会うたびに、カローラがフォルクスワーゲン・ゴルフに変わり、シンガポールにしかなさそうな謎の燃料システムが付いたメルセデスのSクラスになって、「家事なんかに、かまけなくてよかった」と夫婦そろって何度か述べていたので、ふたりで、何度か真剣に話しあって、よく検討して、乾坤一擲、家事のない暮らしをする、と決めたのでしょう。 いまは、シンガポールには、よくある、家政婦さん用のシャワーとトイレが付いた独立の小部屋があるアパートに越して、インドネシアの女の人に住んでもらって家事を全面委託しているようでした。 こんな些事を書いている理由は、書いている人が些末主義者であるせいでもあるが、日本では、「家事を生活から取り除く」という考えがなかったような気がするからです。 「家政婦は見ていた」、だったかな? むかしむかしは有名だったというテレビドラマがあったり、このあいだは「コメットさん」が話題になっていて、コメットさんて、誰だ?と訝って調べてみたら、やはりお手伝いさんだったりして、思い違いかも知れないが、それにしても、日本社会では、かなり富裕なはずの年長友の家を訪問しても、お手伝いさんに当たる人はいなかったような気がする。 あるいは、それはそれで、日本式の平等主義の一種で、よいことであるのかも知れないが、ひとつだけ言えるのは、家事を自分たちの生活から排除したほうが、日本がたいそう遅れていて、いくらなんでも、あれでは人権侵害ではないか、と日本の外の世界中のひとたちにさえ心配されるようになった、女の人が人間以下の存在とみなされている社会で、女の人が人間として暮らせる将来を切り拓くには、平坦な道になるはずで、夫が朝の8時に家を出て、夜はまた8時まで戻らなくて、家事は妻が取り仕切るなんて異常なライフスタイルが、21世紀も4分の1近く過ぎた、いまの世界で続けていけるわけがない。 おれは、そんなカネねーよ。おれの年収はな、800万円しかねーだんだよ、悪かったな、とか もっと屁理屈をこねて、第一、家政婦雇うなんて、あんたたちの偏見まるだしだよ、と述べる日本名物居直りダメ旦ちゃんがいそうな気がするが、 例えばね、日本が得意のはずのテクノロジーで解決できるはずのことひとつとっても、自動食洗機ひとつ、ない家が多いでしょう? いや、ぼくの家は女房のために買いました、という人の家に行くと、なんだか妙にうすべったくて、ちっこい、食洗機のいちばん大事な機能と言ってもいいくらいの「汚れた皿を全部収納しておく」という役割がはたせない。 ディッシュウォッシャーという名前につられたのかも知れないが、あれは洗うのは二の次で本義は汚れた食器の収納スペースなんです。ちゃんとシンクの下に、洗濯機くらいのおおきさのものが収まっているのでなければダメじゃんね、とおもう。 日本の人の生活空間が、なあああんにも家事の負担を軽減してくれるものがなくて、20世紀的な不便さに満ちているのは、見ていて、借家に住んでいる人が多いせいなのかも、とおもうこともある。 実際、「中古住宅」なる、ふざけた言葉がある日本では、ディプリシエーションがおおきすぎて、純粋に金銭的にみれば、東京のような人口が集中する大都市では賃貸のほうが有利なはずです。… Read More ›

もうひとりの友だち

  ガメ、知らない人についていってはダメだぞ、とモニさんに、よく言われた。 ニューヨークで、一緒に住んではいなくて、モニさんはパークアヴェニューの、自分の家のなかに吹き抜けのあるエントランスホールがある、壮麗で、チョーかっこいいアパートに住んでいて、わしはチェルシーとヴィレッジの境界線上みたいなところにある、オンボロアパートに住んでいたころのことです。 ガメは、惚れっぽいから、危なくて仕方がない、という。 ワインを飲ませて、ちょっと口説くと、すっかりその気になって、ほいほいと同じベッドに行ってしまうというではないか。 誰から、聞いたの? そんなことは、どうでもいい、と、モニさんは、なんだか怒ったような顔をしています。 毎日、楽しいときを過ごして、別れ際になると、 「知らない人についてっちゃダメよ?判ってる?」と、冗談で、 あるいは眼がぜんぜん真剣で笑ってない顔で、言われていた。 心配そうです。 モニさんは、やさしいし、チョー優れた人だけど、あんまり信用してくれてないみたいで、つらい、と友だちに述べると、 ガメは、実績があるからなあ、とニヤニヤしています。 そんな人間じゃありませんよ、と抗議すると、 ガメは、ちょっと誘ったら、わたしとも寝たじゃない。 そんなひと、信用できるわけないとおもわないの? え、わしが、きみと? そんなバカな ええええー! 憶えてないのか? この尻軽男! と罵られて、シャンパンをぶっかけられそうになったこともある。 アパートに戻ってから、そんなこと、あったっけ? と思い出してみると、なるほど、いちど、友だちのアパートに出かけたら、 いつものワインではなくて、妙に強いコクテルばかり飲まされて、最後は超高級グラッパで、正体不明になったことがあって、あのときか、と思い当たる。 ニューヨークは大きな町だが、それぞれが属しているコミュニティは、意外なくらい小さいので、ヒソヒソ話は共有されて、男の肉体が欲しい週末は、誰それが便利だ、ということになっていたようです。 「ほれっぽい」という点については自覚があります。 われながら、自分よりも優秀だと感じる女の人にあうと、 なんだかポオーっとなってしまって、 相手の言葉が媚薬のようで、 なんでもしてあげたくなる。 わっしの身体でいいなら、いくらでも使ってください、まで、 かなり一直線でなくもない。 ワンナイトスタンドの、ひと晩どころか、数時間しか「ポオー」が続かないこともあるが、 ポオさんになっているあいだは、なにしろ世界が眼中から消滅していて、 全身全霊が相手に集中してしまっている。 それでだね。 自分より優れた女の人、遙かに高い知性を持った女の人というのは、 この世界には、うじゃうじゃいるので、旅順口を閉塞させようとしたらロシア側の機雷原に突っ込んでしまった大日本帝国連合艦隊というか、 将校がテキトーに描いた地図を頼りに砂漠を渡ろうとしたら、6マイルの縦深がある地雷原のまんなかに入りこんでしまったハイランダー連隊というか、特にニューヨーク、パリ、ロンドンのような町は、ガメ理性がふっとんでしまうには最適の土地で、タシカニカニタシで もちろんパートナーや妻や夫が、他人と関係を持っても、返って刺激になっていいやのひとたちも現代ではたくさん存在して、 現に去年も、どうやらオープンマリッジを信奉して実践していたらしい、… Read More ›

鎖国と陰謀

自分の理解力が世界の多様化複雑化についていけなくなった場合、ひとが取りやすい行動は、ウソだと決め付けるか、この世界は目に見えない、隠された陰謀によって動かされているのだと盲信するか、どちらかであるようです。 前者は「そんなの嘘に決まってる」で、日常、特に年齢が上で、もっと遠慮せずに言ってしまえば頭が老化してしまってる人が述べるのを、誰でもが聴き慣れているでしょう? 後者は、いわゆる「陰謀論」で、日本には、政府が自分たちの主張を恐れて抹殺しようとしているという陰謀論に依存した結果、サリンガスを使った大規模なテロを起こしたオウム真理教という世界に名だたる例があります。 過去にはABCD包囲網で白人たちは有色人の日本人の絶滅を狙っているのだ、という陰謀論を国がまるごと信奉してしまって、絶対に勝つわけがない戦争を起こして、最期には到頭、二発の核爆弾まで投下されてしまったことがある。 ドナルド・トランプが、「フェイク」を連発して、ヒラリー・クリントンたちは幼児売買の地下ビジネスに手を染めている、と述べて、 トランプサポーターたちが「Qアノン」を熱狂的に支持して議事堂に乱入したりするのも、要するに、「嘘だ」と「陰謀だ」の組み合わせで、実際、いまの世界には世界を動かしている複雑で単純化して理解するのが難しくなったシステムについていけなくなって、すがりつくように陰謀論に加担する人はいくらでもいる。 たいへんな勢いで増えているのであるのも、よく知られているとおもいます。 主にトランプのせいで、有力人の発言の真偽を検証する機能は、少なくとも英語社会では、発達したが、世界の複雑化が流通する情報量に比例して加速度的に進みにつれて、陰謀論信者の数は、ほぼ近い将来民主社会を破壊することが確実なほど増えてしまっている。 むかし、20世紀末に初めてデリバティブ理論があらわれたときの日本の投資勢の反応は、「あんなものインチキだ」「眉唾」「怪しい」「嘘理論に決まっている」で、嘲笑的なものでした。 ニューヨークの、アメリカ資本主義の象徴であるロックフェラーセンターを三菱が買い取り、アメリカ文化の象徴と言っていいハリウッド映画製作ビッグブラザースの一角、コロンビアピクチャーズをSONYが買収したりして、飛ぶ鳥を落とす勢いだった日本は、歯牙にもかけずに、当時の週刊誌記事を読んだ印象では、せせら笑っていたような印象すらあります。 ところが数学に裏打ちされた資金調達理論が洗練されていって証券会社入りした若い数学者たちの手によって実行されはじめると、日本側にとっては、謎としかいいようがないことが起こって、アメリカ全土をそっくり買い取れると公言していた日本市場からの資金を、いくら注ぎ込んでも、アメリカのほうが遙かに多額の資金を準備してくる。 日本のバブル経済が、新しい金融理論の複雑さについていけずに崩壊する始まりでした。 もう世界の側が異なる原理で動いているのに、旧原理でしか世界を認識できなかった日本の投資勢力、金融機関は、世界一と誇っていた騎兵群でドイツ国防軍の機甲師団の戦車に立ち向かったポーランド陸軍のようなもので、まったく歯が立たなくなっていた。 その結果、日本の政府がとった政策は一種の「金融鎖国」で、日本は自分の時代に遅れた金融体制を逆手にとって、世界から自国の金融経済を切り離して、守ろうとしてきました。 「鎖国」という言葉は、おもしろい言葉で、国を閉鎖する意味で江戸時代の対外交渉の役人が発明した言葉ですが、日本語らしいイメージ主義で、 現実には、有名な長崎の出島、対外公館にあたるものまであった対馬、そのうえに松前藩の北方貿易、薩摩藩の琉球を通じた密貿易が加わって、なんのことはない、当時のアジアの水準からすると、通常と言いたくなる規模で、少しも海禁政策になっていない。 どちらかといえば、いったん日本を離れた日本人が二度と再入国できなかったことのほうが、日本社会と日本人に与えた影響はおおきかったようでした。 この、いったん日本のシステムから抜け出して外国に移ると、自動的に「非主流で将来はない」と刻印される文化は、商社や政府の、それこそ出島じみた例外的な国家公認の海外出向や留学以外には、あまねく適用されて、90年代になってもなお、ここでニューヨークに飛ばされては役員になれない、と嘆くサラリーマンの発言が、そこここに残っている。 「嘘だ」と「陰謀だ」と並んで、日本では世界の進化についていけなくなったときの、定番の強固な反応である「日本は別だ」は、案外、むかしからのものであるようです。 世界中、どこにでもある「嘘だ」「陰謀だ」と異なって、実際の、ありようをみると、かなり日本だけに特異的な「日本は別だ」の成り立ちやすさの原因が、日本社会が生来苦手な他言語の習得にあることは容易に想像がつきます。 翻訳文化は長崎の出島のようなもので、通詞がいて、引力、重力、新しい原理や理論の理解に必要な語彙を造語して、あるいは表現をアクロバティックに日本語に移し替えて、「必要なもの」に限定して積極的に取り入れようとした。 しかし、そういうやりかたは、世界がスタティックであったり、定まった方向に動いているあいだはいいが、原理そのものが変わってしまったり、社会や経済システムの制御に高等数学を必要とするような肌理の細かい、複雑な操作が必要になったりすると、まったく無力で、お手上げになってしまう。 ITが本質的に情報の処理の仕方を変えてしまうと、どこをどう取り入れればいいかすらわからなくなって、その辺の木を切り取って、短冊形に原っぱを均して、木で飛行機の形をつくったものを並べるようなことをする。 現在の日本語社会を覆う息苦しさの、コントロールフリークがおおきな顔でのしあがりだしたことは、根本の原因ではなくて、狂ったように「正しいおれの言うことを聞け」「グダグダ言わずに、おれの言う通りにやれ」と口々に述べだしたことは原因ではなくて結果で、つまりは、何度も書いたように、「外の世界」を取捨選択して、編集と要約を加えて、自分たちの社会に移植する、というやりかたでは、世界を認識できなくなったことのほうに原因があるようです。 日本語世界では、すでに「嘘だ」はネット社会を見る限り、感染力の強い伝染病に似てエピデミックになっていて、「陰謀だ」もABCD包囲網時代とおなじ国民的な妄想が少しづつ育ち始めている。 「日本は別だ」は、言うまでもないでしょう。 では、どうすればいいか。 鎖国政策の終わりは、取捨選択の放棄でした。 出島の代わりに、横浜をつくり、神戸をつくったのを皮切りに、物理的文明的な距離のせいで小規模に留まったが、混在と共存を許すことにした。 やっぱり、今回の「鎖国」の解消も、そういうふうにするしかないでしょうね。 外国人への差別意識をなくす、という言い方もあるだろうし、潜在意識化してさえいて、自分たちでは自覚がないように見えるが、ほとんど唯一の国民的な思想地盤である、あらゆることにこびりついた「攘夷」意識を捨てる、とも言えるし、人種や国籍や言語によらず、自分とおなじ人間として相手への想像力がもてるように自分を訓練する、と表現するのでも良さそうです。 ヒントは、日本にいたとき、東京では見事なくらいガイジン扱いだったのに、鎌倉という半分田舎で半分都会だった小さな町に行くと、ごく普通に、人間として見てくれているのがよく判って、たった50kmしか離れていないのに、こんなに違うのか、いつもびっくりしていた。 だんだん判ってくると、イギリス人やドイツ人が、鎌倉には昔から住みついていて、90代を迎えているひともたくさんいました。 だから、そういう言葉を使ってしまえば、コミュニティのなかに自分たちと異なるひとたちがいることへの「慣れ」でもあるのでしょう。 取捨選択の無駄な手間はやめて、ありのままに、受け入れてしまえばいいのだとおもってます。

積ん旅

  「モーティヴ」は三重県の関宿にあるトラットリアで、一色登希彦、という人が経営している。 経営している人がシェフもウエイターも兼ねていて、これで、客とテーブルを挟んで一緒にワインを飲み出すと、イタリアの、トスカナあたりにある田舎の芸術家村の料理屋とおなじです。 真っ赤なドカが置いてあって、いま「食べログ」という「カネをくれれば評価あげてやるぜ」で、すっかり有名になったサイトを見ると、マンガやなんかも置いてあるようです。 登希彦さん、と呼んでいる。 TwitterにA面とB面の、ふたつのアカウントをもっていて、際立ってセンスがいい、同じ絵柄のアバターが、背景色の白と黒の違いで、並んでいた。 そのころは、こちらはフォロワー数が800だかなんだかの、いまでもたいして変わらないともいえるが、しょもないアカウントで、トロルばかりが、わんさと押しかけてきて、あとで、複数の日本語年長友のひとびとに「あんなのを相手にしたら、きみの人格が疑われるだろ?」と、えらく怒っていたが、もともと人間の愚かさと悪意を見るのが耐えられないくらい嫌いなので、若くもあって、いちいち相手をしては、 たかられているこちらのフォロワーがどんどん減る、という毎日を過ごしていたが、A面とB面の「一色登希彦」は、涼しい顔で変わらずフォローしつづけてくれていて、嫌にならないのかな、不思議な人だね、と印象に残っていた。 そのうちに鈴木一郎さんならともかく、おなじ一色登希彦という名前の人が「日本沈没」という小松左京原作の世界認識の「甘さ」を見事に削ぎ落としたマンガを描いていて、線が激しすぎてタジタジとなったが、読み進むにつれて、大変なマンガで、当時は岡崎京子くらいしか理解できないマンガ音痴だったが、そうか、すごいものをつくる人なんだな、とおぼろげながらに判ってきた。 どうしてtwitter上で言葉を交わすようになったのか、おぼえていません。 だんだん仲良くなると、ひとと仲良くなっていいのか、という誠実な人間にありがちな、「なかよし不信」の、判りやすい病気で、抜き身の日本刀が鞘を求めてさすらっているような、おっかないところはあっても、なんだか枕詞のようにことわりをいれることになっているが、そういう擬制が嫌いな人はムズムズする表現でも次第に兄であるとしかおもえなくなってきた。 やはりマンガ家の南Q太さんとおなじで、ひととして尊敬できる人で、多分、ジーンズのポケットに伏姫が神犬八房との魂の交わりで懐妊して産んだ八つの玉のうち、ひときわ強烈に輝く「義」の玉をもっていそうな人です。 登希彦さんの更に前から、村上憲郎さん @noriomurakami は、フォローしつづけてくれていただけでなくて、積極的に話しかけて、諦めるなと励ましてもくれて、後では、DMで、そのときどきで、常に的確なアドバイスもくれるので、ごく自然に父親と感じられて、 憲郎とーちゃんになっていたので、日本語世界なのに、いつのまにか、そう気味悪がってはいけません、兄と父が出来ていたことになります。 憲郎さんは、最近は、家父長として、床の間に日章旗を飾って、妖刀村正を鞘尻を床について、ひっつかんで、目がすわっているとーちゃんの風格がでて、もともと武闘派だが、なにしろものごとの現実を精確に見ている人なので、日本という国にとって国防が最弱点で、危機的な状況にあるのを憂えているのでしょう、 ウクライナの戦況と自衛隊の広報を大量にツイートしていて、 流れてくれば見てしまうので、疲れて、ちょっと一週間くらい、こちらからのフォローは外して、ひと息ついたりしている。 ブログのファンだと述べてくれて、いつも、ちゃんと読んでくれて、絶え間なく暖かい言葉をかけてくれるひとたちのなかでも、著名な人達は、なにしろ日本の社会なので、いろいろな差し障りがあるのでしょう、DMでだけ話しかけてくれる人も多い。 そのなかのひとりに亡くなった西郷輝彦さんがいて、話してみると、能ある俳優は知性を隠す、たいへんな知性の持ち主で、話しているうちに 「ようがす。そこまで仰られるんだったら、あっしが、自分のサインが入った日本語練習帳をお届けしやしょう」ということになった。 当時はコロナ・パンデミックの真っ最中だったこともあって、どうせ、こんなの終熄までは何年もかかるに決まっとるわ、まっとるわ、トラットリア、とおもっていたのが、航路として難しい航路だが、ほんじゃ、ヨットで行くか、と考えました。 書籍版の日本語練習帳の30ページには「とても単純だが言葉によっては説明できない理由について」という、子供時代からのヒーロー、Bernard Moitessierについての短い記事があるが、この偉大な航海者のマネをして世界周航のヨット航海に出て、その途中で日本に寄るのならいいな、とおもったのでした。 そのときの計画が、まず西郷輝彦さんに会って、そこから登希彦さんの店に予告無しに突如あらわれて、憲郎とーちゃんが日本刀を握りしめて鎮座している京都に寄ってはどうか、ということだった。 行くのかな? ほんとは、行かないんじゃない? と自分でも不確定なものおもいに浸るが、いまなら計画を修正して、なつかしい軽井沢の十全外人碑を再訪して、森の人、巖谷さんの別荘も近いのだから、覗いていってもいいのではないか、ついでだから女装して、東京女子大学で教えているオダキンの講義にも出席してみようかしら、目があったらウインクしてやる、と、いろいろに考える。 子育てにパンデミックが続いて、もう何年も旅行しないでいるうちに、億劫になってしまっている。 もともと、見知らぬ町にでかけて通りとの面識の数を増やすよりも、この町はいいな、この村は素敵である、と考えた町や村に、二、三ヶ月滞在して、しかも同じところに繰り返し出かけるのが好きなので、行ってみたいのに訪問していないところが積み重なっている。 不訪問には、いろいろなパターンがあるが、韓国などはソウルと釜山に行ってみたいが、日本にいるあいだじゅう「近いから、いつでも行ける」とおもっていて、結局、行かないで終わってしまっている。 A nation of broth、という見始めると一気にシリーズを全部みてしまう、面白い韓国の人へのスープ愛についてのドキュメンタリがあって、観ていて、地団駄を踏んで、チクソー、行けばよかったなー、と悔しいが、後の祭り、台北には、なんども行ったのに結局、行かないまま終わってしまいそうです。 同じ「近いから、いつでも行ける」で行かないで、放ってある土地は、アイルランドやノルウェー、スウェーデンや、オランダまでが含まれていて、自分でも、どうしてそういう無精をするのか、とおもう。 こっちの欧州近隣国は、もうすぐ行くことになるでしょうけど。 タイミングが悪くて、なんだか旅の神様が「いまは止めとけば?」と述べているような気がして行かなかった土地には、BPの事故で行けなくなってしまったニューオリンズや、止まる予定だったホテルが予約のちょうど直前にテロリストに襲撃されて、172人が殺される大惨事で、そのまま旅行そのものが立ち消えになってしまったムンバイもあれば、計画を立てるたびに、なぜか内戦が起こるマリや、泊まる予定だった友だちの家が、塀を乗り越えて侵入してきた武装強盗団との銃撃戦になって、ダーバーンのカレー屋に行くのもあきらめなくてはならなくなったヨハネスブルク、 そのほかにもリオデジャネイロ、ブエノスアイレス、… Read More ›

礼記

あんまり認めたくはないが、このごろ、やりたかったことを一通りやってしまって、少しく、飽きているのではなかろうか。 まさか「筑駒から東大の文科一類に入って財務省の公務員になります」と述べる小学生のような綿密なスケジュールの計画は立てないが、そのころは、まだ、年齢の相応の心理段階によって、発揮される才能のピークが異なる、とされていたので、取りあえず、詩と数学をやって、その後は、富裕なひとたちではあったが、両親に金銭的に世話になるのは嫌だったので、一生分稼いでしまおうと考えていた。 ビジネスを始めたり、まして勤め人では、そもそもオカネを稼ぐのに年齢が積み重なって行ってしまうので、忙しい生活は向かないことでもあるし、 人が聞いたら吹き出してしまいそうな、まず元手を発明で稼いで、あとは、それを投資でおおきくしようという、なに夢みてるんですか、な「計画」を立てて、ナマケモノの一念は、恐るべし、そのとおり実行して、人が大学を出る年齢には、大学院のコースを終えて、いま考えてみると、そのころ始まっていた英語圏のバブル経済の波に乗っただけだが、本人は、数学上の知識を縦横に駆使して殖産したつもりで、毎年、資産は倍倍になっていって、ただそれを管理するためだけに会社をつくることになった。 会社をつくったといっても、不動産管理会社と会計事務所を自前で設立したようなもので、特に会計は初めは国をまたぐので、著名な会計事務所の世界チェーンに頼んでいたが、あんまりたいしたことも出来ないのに、高額の支払いを要求するので、やむをえなかった。 毎日の生活に飽きるのは、本人がボンクラだからです。 新しいアイデアが湧いてこないから、昨日と今日と、同じ事をする。 先月と今月の区別がつかないくらい類似した生活を繰り返す。 甚だしきに至っては去年と今年と、あんまり変わってないんじゃないの?という暮らしに陥る。 この勢いで、来世もおなじ人生になったらどうするんだ、とおもうと、俄に焦慮を感じてくる。 バカバカしいことに、なにもしなくなると、オカネは、ますます増殖するようになって、なんだか自分たちオカネ同士で愛しあって、勝手に増えて、ときどきワインを飲み過ぎて、オンラインのポートフォリオを覗くと、なんだ去年とあんまり変わらないね、とおもうと、酔って焦点が定かでない目で、よくよく見ると、ゼロがひとつ増えている。 これは性分なので、オカネを使わない人間で、飛行機を買っちゃったもんね、と言っても、友人達のようにパイロット付きの大洋をひとまたぎするジェット機を名目はリースにしろ、パーチェイスにしろ、買ってしまったわけではなくて、実際にも大笑いされてしまったが、小型のセスナ社製のレシプロ単発機を買って、自分で操縦する、というfrugalさで、安物買いの銭失いとは、よく言ったもので、しかしこの小型機では、オーストラリアにすら辿り着かない、と判って、飛行機自体、フライトクラブにリースしてしまっている。 普段の生活も、外にでるときでも、必要がないので、財布も持っていなくて、限度額が16万円ほどのクレジットカードを一枚持っているだけです。 なんで面白くもないオカネの話を長々としているかというと、つまり、オカネが存在しない世界に住んでいるのだ、ということを説明したかったからです。 前にも何度も書いたが、オカネというものは嫌味な性格の代物で、オカネで解決することは、この世界の99%を占める、あんまり重要でない、どうでもいいことばかりで、残りの1%が人生においては、かけがえのない価値を持つであることは誰でも知っている。 ところが、このどうでもいいこと処理係のオカネさんがいなくなると、えらいこっちゃで、なにしろ、どうでもいいことを処理するために、肝腎の1%が視界から去ってしまう。 時間を注ぎ込んで、エネルギーを注ぎ込んで、感情まで消費して、やっと手にしたオカネで、かつかつの生活を送ることになります。 なぜ現代の人間の大半が、懸命に働いて、やっと食べられるラットレースにはまるのかというと、現代の生活が、99%の人間がそうなるようにデザインされているからだ、という仕組みの説明も、前にしたことがある。 もしかしたら、編集の人がえらく感心していたので、書籍のほうの日本語練習帳に入っているかもしれません。 ラッキーで、ラットレースの苦労は経験しないですんだが、それはそれで、オカネが、はっきりいってしまえば有り余る生活にも副作用があって、 なにしろ怠惰になる。 朝から、シャンパンを飲んで、カウチに寝転がって本を読んで、そんなことばかりしていると贅肉が付きそうなので、デブりたくないという、ただそれだけの理由で砂浜を疾走する。 で、後は、「新しい挑戦」をめざして、眦もきりりと、新たな困難に立ち向かうかというと、そんなことは、文法的に謬っていても、全然なくて、 ただデヘデヘと目尻をさげて、これでも人間だろうかとおもうくらい、磁器で出来た芸術品のような、日本では、何語なんですか? ルッキズムで、いけないことになったそうだが、息を呑むように美しい奥さんを眺めている。 日本の神様は厳しいので、「貴様! でれでれしやがって、そこになおれ!」と竹刀でバシバシ叩かれてしまうが、英語の神様は、テキトーで、北米にはピューリタンカルトのおっかない神様もいるが、幸い、こちらはもともと大西洋の反対側で、もともと労働と冨が、きっぱりと分離したデタラメな伝統の社会の出身なので、神様も一緒に朝から酔っ払って、芝生の上で一緒にワルツを踊ってもらえます。 どうするかなあ、とおもう。 親族のいうことに耳を傾けて、欧州に帰る、という選択肢がある。 これは全員が満足する選択肢で、プーチンがやってきたらやってきたで、一家無理心中体質を発揮して核にさえ手を出さなければ、あんまりたいしたことにはなりそうもない。 良い点は、欧州には美と文明が存在して、そういうと、文明は世界中に存在する、欧州だけが文明ではない!と叫ぶ人が登場することになっているが、あのね、日本の人にとっては日本文明があるように欧州人にとっては欧州の文明がある、というだけのことを言っているのです。 生まれついた文明の美点を述べるのは、いくらなんでもカッコワルイので言わないだけで、それでも、たまには自慢しちゃうと、欧州の文明の良さは「繊細なやさしさ」で、英語のアクセントひとつとっても、土地の名前のタイトルが付いた家に生まれて、高校を出て、骨董美術店や、古書店、銀器店やなんかで店員をしている女のひとたちの英語などは、これが本当に不動産屋語とヒソヒソされる言語だろうか、とおもうくらい軽やかで、美しくて、ただ言葉を交わしているだけで、気持が明るくなって、弾んでくる。 あるいは時間外の美術館で、内緒で館員とシャンパンを飲みながら、ひとつひとつ、過去の偉大な手、偉大な魂がつくりあげた作品を見る。 美に囲まれて暮らすという頽廃的な贅沢が出来るのは、ただヨーロッパだけで、ニューヨークでもシカゴでも、こればっかりはパチモンの域を出ません。 悪いところは、文明があるのだから当たり前だが、澱がたまっていて、 例えば、よく観察すれば判るが、あんた革命をやったんじゃなかったの?なフランスでさえ、明らかに自分の階級のほうが上だと判っている場合には、階級が下の人間に話しかけられても、性格がたいへんに良い人であっても、返事もしない人がいる。 それどころか、相手の顔も見ない。 文明が遙か異なる外国人であっても、気が付くことであるらしくて、須賀敦子さんのエッセイには、最も親しいイタリア人の同僚が、見るからにお似合いの若いハンサムちゃんと、いつもじゃれあっているので、冗談に「お似合いだから結婚すればいいじゃないの」と述べたら、相手が思いのほか真剣な顔で 「どうして、わたしが、あの人と! 階級が違う」と言うので、ぶっくらこいてしまうところが出てくる。 ニュージーランドのような若い国は、そういう長い歴史を通じて沈殿した澱がリセットされているので、バブル時代のプリンスホテルの接客マニュアルには、客が国産車で来た場合、運転手付きで来た場合、メルセデスで来た場合と乗り付ける車によって接客マナーの使い分けが書いてあったそうだが、ちょうど、その段階で、相手が偉いんだかどうなんだか判らないので、 乗っているクルマや身に付けている服によって、態度を変えることになっている。 従って、冬でもフリップフロップにショートパンツで、くっそ寒いのに赤いゴジラのTシャツを着てヘラヘラしている人間などは、イヌさんの4段階くらい下のランク付けで、このあいだもひとりでパーネルのピザ屋に行ったら、テーブルが半分も空いているのに、満席ですと言われて断られたが、ひげもじゃで髪の毛が頭の周囲に太陽コロナのように爆発している現況では、やむをえないのだと言われている。… Read More ›

国、国家

長年なぞだった「豚ロース」の正体を一念発起してインターネットで調べてみたら、考えてみると有って当たり前だが、ちゃんと部位を書いたサイトのページがあって、ポークショルダーだった。 なんだ、そうなのか、と肉屋さんに電話して、というかテキストメッセージを送って、ポークショルダーのブロックを配達してもらったら、 なるほど、角度を変えたりして、いろいろに眺めると、日本で見慣れた「豚ロース」の形が見えてきます。 ふふふ。木のなかに仁王の腕を見てとって、切り出した運慶みたい、とおもいながら、とんかつと「ポークソテー」用に「豚ロース」を切り出す、わし。 こういうときに至福を感じることを「幸福の才能」というのね。 なんちて。 ひとによって好みがいろいろあるのは当然だが、ニュージーランドのポークは、この20年で、おおきく味が変わった。 わしガキのころは、主にベーコン用に飼育されたグラスフェッドの豚で、 とんかつにでもしようものなら、たいへんな臭さで、食べられなかったでしょう。 中国系移民が、どどどどどっと入ってきて、ポークは中国風の味になった。 そうこうしているうちに、中国系スーパー、なかでもタイピン(太平)のチェーンが拡張されて、ヘタをすると、伝統的なNZ式のスーパーよりもおおきな店舗が、オークランドのあちこちに出来はじめた。 店内には、壁に沿って、定番の、豚肉コーナーがおおきな精肉店が入っていて、鮮魚店があって、中国式BBQの店があって、各社とりどりの麵と豆腐が並んでいて、わし家から近いスーパーのひとつには出来たての豆腐を売っている店もある。 フロアには中国本土のものを中心に、韓国や日本、マレーシアやインドネシアの食材が、どおおおんと並んでいて、もちろん、青梗菜に空心菜、ライチーにドラゴンフルーツ、野菜や果物もドバッと、てんこ盛りに置かれている。 おなじようにインド食材のスーパーのチェーンもあって、食いしん坊のわしは、「なんて、いい世の中だろう」とおもっている。 多文化は、もちろん人種や食べ物に限ったことではなくて、ゲイの人、ジェンダーを変えた人、ドラグクイーン、さまざまな人が、おおっぴらに、渾然と暮らしていて、それが当たり前になると、特に話題にもならなくなって、例えば中東からの新しい移民の人は、どういう文化や宗教的な理由によるのか、ゲイのカップルにクルマから揶揄の言葉を投げつけたりするが、そういう人間のほうが、奇異に映って、ごく保守的なおっちゃんが、パブでビールを飲みながら友だちと話し込んでいた顔をあげて、「なんだ、あれは?」と訝っていたりする。 日本の人は、アメリカ人にちょっと似たところがあって、なんでも原理原則、議論と言論で話を決めたがるが、UKやNZ式は、やや異なっていて、トランスジェンダーのひとたちのプールでの更衣室の扱いはどうするのか、公衆トイレはどうするのか、なあんとなく、その場その場のケースの積み重ねで決まって、落ち着くところに落ち着いていきます。 Be kind. というアーダーン首相が繰り返し演説で述べた言葉は、トランプの娘が、自分で考えた言葉のように、そっくり借用して、失笑を買ったりしていたが、国民ひとりひとりの心によく浸透して、そうか、ニュージーランドって、こういう国になっていくんだ、と、国民意識の芽生えにすらなっていった。 わしガキの頃は、歴史について話していると、遡るにつれて、だんだんイギリスの話になっていって、口にだして指摘するのは、悪い気がして、気が引けるので、ただ心のなかで「それ、わしの国の歴史やん」とおもったりして、可笑しかったが、だいたいエリザベス女王に謁見マナーを十分に知った上で、あえてパンタロンで宮殿にでかけて、リズばーちゃんを激怒させたりしていたヘレン·クラーク首相くらいから始まって、特にジャシンダ・アーダーン首相が登場してからは、はっきりと、「自分たちは『ニュージーランド人』なのだ」と意識しはじめたようでした。 新しい国の良さは、なによらず「自分たちが、いま、力をあわせて作っている国なのだ」という強い意識が常にあるところで、おなじ政府への批判でも、日本などで見ていると、「なにもそんなに感情こめて憎まなくても」と、どうしても考えてしまう。 ニュージーランドなどは、与党とも野党とも、話をする機会がいくらでもあって、なにしろスーパーのレジで、ふと振り返ると首相が支払いの列に並んでいたり、ボートの出航準備で、ディンギイがでかすぎてヘルムの上に上げるのに難儀していると、フィンガーから「おい、手伝おうか?」という声がかかって、おお、ありがたや、と声のほうを見ると、首相のだんちゃんがニコニコして立っている国で、ちょっと、ここはこうしたほうがいいのではないか、ということを、直截政府に伝える場は、いくらでもあります。 古い国で育った人間としては、楽しくて、新鮮で、いくら実家から、やいのやいの、いったいなに考えてるんだ、と言われても、戻りたくないなあ、とおもう。 悪いほうは、冨の蓄積がないので、美術館や博物館は貧弱なんてものではなくて、もしかして、実家のほうが展示できるものが多いのではないか、と、よくおもう。 まして、モニの実家に、おいておや。 コロナ禍になって、パンデミックを押して欧州に行くのが困難になってくると、び、美術が切れた、び、び、美をくれえ、と禁断症状が出る、というのは誇張だけど、それなりに、チョー寂しいおもいをした。 むかし会ったシリコンバレーの会社のプログラマグループのリーダーはPhDをもつアメリカ人だったが、ニュージーランドが、「ジーランド」のせいだったのでしょう、オランダの隣にあるとおもいこんでいて、会話がずいぶん楽しかったが、ほんとにオランダの隣にあれば、どんなにかいいことだろう、と夢想したりした。 いまはプーチンみたいな昭和おやじがいて、ちょっと後戻りしているが、 そんなに遠くない未来には、国権国家は単なる歴史上の存在になって、例えていえばグーグルと中国が対等な「パワーグループ」のバランスで出来た世界になってゆくでしょう。 そうして、その世界は、いまの国家間とは異なるやりかたで、多分いまよりも遙かに動的なパワーのバランスをつくって「常に動的であることに依存した安定」を見いだしていくに違いない。 ガメは楽天家だなあ、と、よく笑われるが、 そお。 わしは楽観的な人間なんです。 日本語では、よく引用するように 「悲観とはただの習慣だ」 という岩田宏の詩句を信奉している。 もう少し詳しく言えば 「悲観とはただのナマケモノの習慣だ」と言い直してもいいかも知れません。 日本も、21世紀の国家である以上、おおきく「国家」の性格を変えていくほかはない。 さて、どんな国家になっていくか、いまから楽しみにしています。