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  • 友だちへの手紙 2

    このごろ、よく、アミどんはどうしているかなあ、と考える。 巖谷さんやなんかからも、「あの人は、どうしているのか?」と聞かれるけど、ぼくもアミどんがどこにいて、なにをしているのか知らないんだから、答えられないよね。 アミどんは、とてもとてもダメな人だった。 ほら、(村上)憲郎さんと進退を相談したとき、憲郎とーちゃんが、 「嵐のときは、身を伏せて、じっと我慢することも大事です」と述べていたでしょう? 自分は、攀じ登った機動隊の装甲車の屋根で石を投げて頑張って、機動隊に投げ返された石の直撃をくらって、遙か眼下の川に落っこちたりしてたくせに、なにを言ってるんだろうね、と、ふたりで大笑いしたけど、現実の知恵というのは、そういうもので、憲郎さんは、「自分は、こう述べなければいけない立場なのだ」と自分に言い聞かせて、「もっともらしいアドバイスをするおっちゃんの役」を引き受けることにして、自分なら従うはずもないアドバイスをくれたことを、きみもぼくも、知っていたけど、現実社会を生き延びようとおもえば、正しいアドバイスであったことも、ほんとうだとおもいます。 ぼくが編集者としてアミどんをベタボメしたことは、日本の社会のありかたを考えると、きっとアミどんにとっては、たいへんな負担になったでしょう。 ほめちゃいけないんだよね、日本の会社って。 アミどんは強気で、それまで勤めていた砥石出版の安月給では働きたくない、とヘッドハンターに紹介された面接で述べたと聴いて、やれやれ、あいつはやっぱりおれのソウルメイトだぞ、と考えました。 ぼくはね、普通は、他人のことは、どうでもいいの。 まあ、自分でしっかりやってください、とおもうだけです。 でも砥石出版でアミどんが遭遇した紛うことなき「集団イジメ」には、すっかり逆上してしまった。 特に同僚たちがコロナでの出勤を拒んだアミどんに、アミどんがインターナショナルスクール出身であることに、引っかけて、「グローバル戦士」と揶揄したと聴くに及んで、逆上を通り越して、心からの憎悪を感じました。 なんだか、日本社会の、いまの深い深い病を、そのまま会社として体現したような、お話しだった。 冷笑と軽く見せかけた心底からの悪意に満ちた揶揄。 しかも集団で。 アミどんは、どれほど、つらかっただろう。 あんまり詳らかに話すつもりはないが、アミどんが正しくも感じた「学歴と男性であることの優位」に安んじて寄りかかって、アミどんを思うさまいたぶりたかったのでしょう。 会社の幹部たちが、密室にアミどんを閉じ込めて、罵倒に及んだと聞いて、なんだか、事態が判ったような気がしました。 だから誰よりも誰よりも法律沙汰が嫌いなアミどんが、どうしても「タダではやめさせない」と恫喝に及んだ会社を相手に弁護士を雇うことにしたのにも驚きはしなかった。 ルールとは別のところで、「こんなに残酷な会社が世の中にはあるのか」と考えて、涙が出ただけだった。 あれからね。 アミどんが予測したとおり、 会社から、なんにも言ってこないよ。 きっと、そうだと、きみもぼくも思ったわけだけど、 ほんとうにその通りだと、なんだか呆れちゃうよね。 いまに至るまで、ひと言も、なんの連絡もない。 菊地信義さんのドキュメンタリがあったでしょう? あの映画のなかには、アミどんが大好きだった「良い本バカ」の世界の人間が、たくさん出てきます。 紙はどうするのか。 インクは、これがいいのではないか。 資本主義の社会では「取るに足りない」といってもいい規模の会社のひとたちが、おおまじめに、ああでもないこうでもない、なんだか手探りで、 まだ見たことのない「良い本」をつくろうとするのだよね。 そのなかで、アミどんの会社の編集責任者の、有能実直サラリーマン風の人だけが、まるで、そつのない営業サラリーマン然として、目立っていた。 見ていて、ああ、アミどんが苦しんだ原因は、これか、とおもいました。 アミどんは「良い本バカ」でいたかったのに、良い本づくりのメッカと信じて入った会社は、1ヶ月に2冊発行というマヌケなノルマがある、ブロイラーに卵を産ませるように編集者たちに本をつくらせる会社だった。 酷い言い方をしてはいけないが、このあいだ、初めて、アミどんが辞めた会社の出版した本の一覧を眺めていたら、「一流(とされている)著者の三流本」を出す会社だよね。 ブランド主義です。 マーケティングで本を出す会社で、もともと日本語で本を出版する気なんてなかったぼくは、どんな出版社か知らなかったが、なんだかバナナリパブリックやなんかの末期みたいというか、「昔の名前で稼いでます」ちゅう印象が拭えませんでした。 「知的と自惚れる読者なんて、こんなもんだ」という声が聞こえてきそうな、辻井喬が社長だった、バブル時代のパルコやなんかと同じような、「お客様はバカだ」とタカをくくった眼差しの会社に見えました。… Read More ›

  • 友だちへの手紙

    スマートフォンの画面を見つめている。 長い髪から覘いている二本の白いケーブルが世界から話しかけられることを拒絶している。 午前3時の雨に濡れた歩道を歩いている。     何度も、この世界を破壊しようと考えたのに、世界は悪巧みと邪な知恵に満ちて、壊されるのは、わたしのほうで、圧倒され、侵入され、もみくちゃに消費されて、裏通りのダンプスターに放り込まれる。 どうすればいいのだろう? もっと強い言葉を獲得すればいいの? わたしが心から求めている表現は、いったい、この世界のどこにあるのか? どんなに息を詰めて潜っていっても、水底に手がつかない、息が苦しくなって、水面を明るく照らしている見せかけだけの陽光に帰らなければいけなくなる。 どうすればいいのか? いっそ銃砲店のショーウインドウをたたき割って銃を手に入れて、あの高い塔から逃げ惑うひとびとを撃ち殺せればいいのではないか。     空にはガーゴイルたちが飛び交っている 空には精霊たちが立ち尽くして地上を見つめている     あなたには、それが見えないのか? 自分が生まれてきた人生で成功しているというだけで すっかり機嫌がいい 豚たち 22ndからウクライナ人たちのコミュニティまで歩いていった 他に行くところもなかったから   涙が止まらない 悲しいことなど、なにもないのに 息ができないほど嗚咽がこみあげてきて 唇をかみしめて 拳を握りしめて でも、そんなことは問題じゃないんだ わたしが泣いていることよりも まして、わたしが苦しい気持ちでいることよりも わたしという体積が この大気をおおきさのぶんだけ押しのけていて、 少しだけ空気を濃密にしている そっちのほうが ずっと大事なことなんだ、 「もの」は精神よりも重要だ、と、そのひとは述べていた。 奇妙なくらい身体がおおきくて ぼくは歩く塔なんだとでも言うように、途方もなく背が高くて… Read More ›

  • ものごとの順番について

    わしはテキトーが好きである。 達成は完全達成を理想とするが、ほら、iPhoneの充電だって92%まではスイスイいくけれども、最後の8%は、なんだ坂こんだ坂で、峠の釜めしが欲しくなるスイッチバックでしょう? だから、たいていは92%やれれば、よしとする。 88%のときも、ある。 なあんとなく良心が咎めるので告白すると62%でいいや、ということもあります。 家事を手伝ってくれているひとたちは、プロなので、あっというまにキッチンベンチはピッカピカ、鍋はごしごし、ワイングラスきゅっきゅっで、あっというまにHaloが射すキッチンにしてしまうが、あの楽しかった日本時代、通いのお手伝いさんがいるだけだった、なんでんかんでん新婚のふたりで自分たちでやらなければならかった日々は、わしはキッチンの片付けひとつでも、性格が出て、ちょっとづつ、のべつまくなしにやっていた。 家事につかれると、というほど家事をやるわけはないが、ワイングラスの赤みがなかなかとれない苦しさに耐えかねて、ホテルに移動して、すべてが自動的に綺麗になる生活を楽しむことになっていた。 靴下は右と左が同じ色同じ柄であることは、まずない。 ひとに言われると、「新しいファッションです。知らないの?」と言う。 胸をはって述べるのがコツです。 Tシャツは、だいたい3回に1回は裏返しです。 前後が逆であることもあります。 パーカーを、驚くべし、逆さまに着ていたこともある。 このくらいテキトーになると、家を出たときの心配も、その辺の凡俗のひとびととは異なるのであって、モニさんと結婚する前は、ひょっとしてズボンをはいていないのではないかと軽いパニックになって下半身を見ることも多かった。 パーキングブレーキを引いたまま出かけてしまう人というのは、そのくらいの心配はしないと、颯爽とクルマのドアを開けて下りると、なんだかが、だらりんと垂れていて、通報しました人があらわれて、お巡りさんが駆けつけてきかねない。 バルセロナのように、全裸でランブラに立っていたら、親切な人がよってきてチン〇ンも七色に塗り分けて絵の具でサイケデリックな洋服をかいてくれた、というわけにはいかないのです。 強調しておくと、わしのことではないが。 のりしろ、という。 余白でもいいかな? きっちりしてしまうと、ぎゅうぎゅうで、融通が利かなくなるので、 「まあ、このくらいはいいや」という「あそび」がなければ、例えばレシプロの飛行機でも離陸も出来ないのは人間が積み重ねてきた知恵としてわかっている。 ホーカー社だったっけ? 尾翼の昇降舵のワイヤーに遊びがありすぎて、飛行機がコントロールできなくてテストパイロットを激怒させた航空機会社もあるが、あれはたしか10cmほどもゆるかったという、とんでもない例で、通常は、飛行機もゆるいほうがよくて、タイガーモスやソードフィッシュのような、パイロットが、なあんにもしなくてもスロットルさえ、そそっと開けてやれば、ひとりで勝手にフワッと浮いて、上昇していってしまう飛行機というのは、やっぱり、きっちり組まれてはいなくて、張り線ひとつとっても、キンキンに締め付けてはいないもののようです。 きっちり物事をやりぬくことよりも、なにを重要と目して初めにやるかのほうが、遙かに重大であるのは、だいたい20年も人間をやっていると判ってきて、具体的には、優先度順、というか切迫度順に、上から3番目くらいまで順位をつける。 日によって異なるのはあたりまえで、 1 地雷の除去 2 鉄条網の断開 3 匍匐前進後伏射 という人もいるだろうし 1 あっちゃんにキス 2 訓示文の作成 3 刑務所で服役中の上司への差し入れ という人だっているはずです。 あっちゃんにキスするほうが、仕事に優先しているのだから、悪い人であるわけはない。 ところがですね。 この30だか40だかの「やるべきこと」があって、みっつしかやらないで今日はよしとする、というのは、意外と気持ちの上で難しいんです。 問題が解決に至る時というのは、本人が調子がいいときなので、おもわず、5つも6つも仕事を片付けてしまう。 況んや、仕事が早く終わると「きみ、有能だねえ、そんなに簡単に仕事が片付くのなら、申し訳ないけど、これもひとつお願いできないだろうか」と言い出す上司がいる職場に、おいておや。 平仄、これで、あってんのかな。 自信がないが調べるのがめんどくさいので、良い事にします。… Read More ›

  • GRAS あるいは工業製品としてのトウモロコシについて

    (この記事は2013年5月2日に「ガメ・オベール日本語練習帳ver5」に掲載された記事の再掲載です)   メキシコ滞在の楽しみのひとつは「おいしいトウモロコシ」であると思われる。 紫色のは特にうまい。黒いのもうまいと思う。 食糧危機はこない、という議論は日本語世界でよくみかける。 英語人でも同じことを言うひとがいるのかも知れないが、ぼくは見たことはない。 放射性物質の害などたいしたことはない、程度の問題だ、という議論も日本語では声がおおきいが、英語では「札付き」のひとが述べるのを目にすることがある程度なので、 自分が住んでいる世界には悪いことは決して起こらない、起こったという人は頭が悪い怖がりか悪意のひとである、というのは日本語を使って考える人たちの言語族的な強い傾向なのかもしれません。 食糧危機がなぜ起こらないかというと、食料が限定要因になって人口が抑制されるからで、従っていつも食料は足りているはずである、という。 なんとなくもっともらしいところが、放射能議論でもそうだったが、こういう説を成すひとの可笑しいところで、「なぜ人間は絶対に死んだりはしないか」について滔滔と説明する5歳児を思わせるが、この手のひとはこういうと色を成して怒るに決まっていても、相手の肩書きが物理学者であろうが医学者であろうが、「話すだけムダ」と感じる。 「なぜムダなのか」をこのブログの記事で書くのでもなんでもいいから、書いたものを通じて話すほうが理性的でもあれば生産的でもあるようです。 現実にはいまの世界は食糧危機の時代にもうはいっている。 「Food is Ammunition- Don’t waste it.」 http://www.ww1propaganda.com/ww1-poster/food-ammunition-dont-waste-it は、日本で言えば「欲しがりません勝つまでは」だろうか、第一次世界大戦の有名なプロパガンダだが、事情をよく知っていればもういちどこの標語を復活させたいほど、 食料は乏しくなってしまっている。 えええー? どこの国の話だよ。うちの近くのスーパーマーケットに行くと、食べ物は山のように積んであるぜ、オーバーなこと言うなよ、と口を尖らせてきみは言うであろう。 でも、食べ物はないのよ。 これから説明できるところまで説明してみようと思う。 GMO (Genetically modified oraganism)は、だいたい1990年代から商品化されてきた。 遺伝子組み替え工学が、安い賃金での長時間労働を厭わない労働文化と高い品質に支えられた日本の自動車・家電の大攻勢を受け止めきれなくなったアメリカ産業界の次期のエースとして、CPUなどの高集積チップと並んでテレビ番組でもてはやされだしたのは、フィルムを観ているとブッシュシニアが大統領として仰々しくモンサント工場を見学していたりするので、1980年代半ばだと思われる。 モンサント社がPosilacという商品名で、rBGH、(乳牛から大量のミルクを搾り出すための)ボーバインホルモン http://en.wikipedia.org/wiki/Bovine_somatotropin を商品化したのが1994年。カナダで有名な、Margaret Haydonたち3人の科学者の公聴会が行われたのが1998年で、このあたりから「食品の工業製品化」が進み出したのが観てとれる。 突然変異体を生産効率をあげるために食品に応用する科学の歴史は古くて、1920年代に遡る。 米のCalrose76はガンマ線の照射で作られたし、小麦の品種AboveやLewisはそれぞれアジ化ナトリウムと熱中性子で生成された。 熱中性子(thermal neutrons)と言えば、グレープフルーツのRio RedやStar Rubyもそうである。 容易に想像がつくことだが1953年にJames… Read More ›

  • プラスティックミート文明

    (2015年5月26日に「ガメ・オベール日本語練習帳ver5」に掲載された記事の再掲載です) すべてはマクドナルドから始まった、と言ってもよい。 失敗しては職を転々とする絵に描いたような52歳の人生の失敗者レイ・クロックは、乾坤一擲、5種類のミルクシェイクを同時につくることが出来るという触れ込みのマルチミキサーをレストランに売り込むためにアメリカ中を旅して歩く。 どうも、この商売も、うまくいかないよーだなー、もうわしの人生おしまいでは、と思いながら、へろへろよれよれで立ち寄ったカリフォルニア州のサバーナーディーノの町で、このくたびれた中年男は不思議なものを発見します。 めだって清潔なレストランのカウンターに腰掛けてふと厨房を見ると、妙にたくさんの、妙に若い調理人たちがいて、よく観察すると、パテを鉄板に置くだけの人、ピクルスとレタスを並べる人がいて、それを組み立てる人がいる。フレンチフライを揚げるだけの高校生がいて、揚がったポテトを規格化された袋にいれてトレイに並べている。 規模もおおきく客の数も多いのに、メニューは大胆なくらいの品目の少なさです。 T型フォードと同じやりかたで殆ど正確に同じハンバーガーを大量生産するこの傑出したシステムを考え出したのはモーリスとリチャードのマクドナルド兄弟で、このハンバーガー組み立て工場とレストランのセットは、やがてレイ・クロックの手で世界中に広がってゆく。 http://kottke.org/13/03/early-mcdonalds-menus 大成功するビジネスに必要な要素は「遠くにあるふたつの要素を結びつける」ことだが、マクドナルド・ハンバーガーは、本来相反する「食べ物」と「工業的生産効率」が、このふたつの要素にあたっていた。 先週、モニさんたちがショッピングに出かけてしまったので、ひとり淋しくNetflixで「Columbo」(邦題:刑事コロンボ)を見ていたら、わしガキの頃にはまだ完全に絶滅してはいなかった昔式のドライブインが出てきて、大層なつかしかった。 クルマをパーキングに駐めると、ウエイトレスのひとがやってきて注文をとる。 トレイはクルマのドアに引っかけられるように工夫されていて、クルマの座席に座ったままハンバーガーが食べられるようになっている。 ウエイトレスのひとびとがローラースケートでクルマからクルマへ滑ってゆくレストランもあったりして、楽しいシステムで、好きだったがマクドナルドの効率にはまったく勝てないようでした。 リカトンに最後に開いたドライブインレストランは一年もたなかった。 一企業と見くびると間違えるので、マクドナルドはアメリカでいうと、ビーフ、チキン、ポークの全米1,2を争うトップバイヤーで、この巨大なハンバーガー工場に部品を供給するために1950年にはトップ5社で市場の25%のシェアを持つに過ぎなかった巨大食肉加工会社は2008年にはトップ4社で80%のシェアを独占するに至っている。 数字を挙げたほうが規模を実感しやすければノースカロライナのターヒールにあるスミスフィールドの豚肉加工工場では一日32000頭の豚が屠殺されてベーコンやハムに化ける。 一方でマクドナルドのようなレストランチェーンは添加物の研究所を持っていて、コガネムシのような甲虫類を使って味付けをする方法や自然な肉色が出る色素、その色素を使うことによって生じる特有の化学物質臭を消臭するための添加物、さまざまな物質を研究している。 政府の食品安全機関が、ゆっくりではあっても次々に「危険添加物リスト」を更新してくるからで、リストに載っていない人工添加物を常に公的機関が発見してしまう前に開発しなければならないからです。 マクドナルドは本来農業産物である食品世界を工業に「進化」させてしまった。 ニュージーランド人などは正真正銘の「英語世界のイナカモノ」なので、東京やニューヨークのような地価も物価も高いはずの都会に旅行して、5ドルで昼ご飯を食べられるのをみると、ぶっくらこいてしまう。 Chili’sのような安さが売り物のファミリーレストランでなくても、たとえば、多分ハリウッドが近いせいで、注意してみていると頻繁にテレビドラマや映画で、職場の同僚の誕生日のお祝いパーティや、クリスマスの「飲み会」に出てくるイタリア料理店「Buca di Beppo」 http://www.bucadibeppo.com/restaurants/ca/anaheim/menu/dinner/ のようなレストランでも、(四人前以上の分量と書いてあるが)東京なら優に8人前はあるスパゲッティ・ミートボール(L)が$24ドルです。 4,5人のグループででかけて、ひとつだけ頼んでもパックに詰めて持ち帰ることになるパスタと、やっぱり安いがひどく不味いわけではないワインでおなかをいっぱいにしてから、ふと考えると、どうして、こんな安い値段で料理がだせるのだろう、と、不安というほどではないが、なんだか釈然としない気持ちが胸をよぎっていく。 クニじゃあ、こんなことは、ありえねーんだけど、都会は不思議なところだのお、とちらと思う。 もうひとつイナカモノの例を挙げる。 日本語の本を買うのに、世界一だと思っている日本の古書店で買うことにしていたが、あるとき、「ブックオフ」チェーンには、ときどき、とんでもない稀覯本が単純に定価の半額で売ってあることに気がついて、おもしろがって、クルマであちこちのブックオフにでかけてみたことがある。 病がこうじて、新潟の村上まで出かけた。 途中で寄ったKFCで野球帽をかぶって、ユニクロの上に「ワークマン」の作業着をひっかけた、いかにも不作法なおっさんが、若い女の店員に、おおきな声で文句を言っている、いやいや、文句を言っているのかとおもったら、声の出し方が下品なだけで、冗談を言っているもののよーでした。 「こんな鶏がよ、ねーちゃん、世の中にいるわけがねーだろ」 「こんな、あんたの足みたいに細っこい骨でよ、ねーちゃんと違って、こんなに胸がでっかい鶏なんて、いるわけがねえ」 でへへへ、と笑って店を出て行ったが、この強烈に下品なおっちゃんの述べたことをおぼえていて、あとで農家の人に聞いてみると、このおっさんは下品だが真実を述べていたので、アメリカの鶏舎で隠し撮りした動画をみると、「改良」に改良を重ねて消費者が大好きな胸肉をおおきくとれるようにした鶏たちは、ほとんど歩くことが出来ない。 のみならず毎朝、ぼたぼたと病気の鶏が床に死体になって数羽、転がっている。 この50年間の製品改良で、生育期間は半分で体重は二倍という優秀な「鶏というハイテク製品」が出来上がっているのでした。 イナカモノの直感どおり、食べ物が食べ物として栽培されているかぎりチェーンレストランのメニューの価格で食べ物が供されることがありえないのは、英語やフランス語の世界では「無数」とおおげさに言いたくなるくらいのドキュメンタリ映画・番組によって、広く知られていて、食べ物として成育されて市場に出てくる食品を食べようとおもえば、普通の、なあああーんとなく食べ物であるように装っている、トマト風味でトマトのようにみえるトマトの形をしたなにか、やベーコンに偽装してあるけど、ほんとうは燻製さえされていなくて、化学工場で薬品によって大量生産された、なんちゃってベーコンの三倍〜五倍のオカネを出さなければならないのは国内消費量の何倍も農産物やデイリープロダクトをつくっているニュージーランドでさえ事情は同じで、前にも書いたが、オークランドでいちばんおおきな「ファーマーズマーケット」で、野菜の出所をいちいち尋ねたら、半分以上が遙か遠くの中国からの輸入野菜で、笑ってしまったことがあった。 実際、2015年には3000万人を越えてしまうのではないかと言われている糖尿病患者を持つアメリカ合衆国 http://www.diabetes.org/diabetes-basics/statistics/ でいま起きていることは、ふつーのスーパーマーケットチェーンの店頭では、コカコーラの1.5リットルボトルが¢50なのにブロッコリはたった一個で$2の現実で、食品安全ドキュメンタリの古典、有名な「Food,… Read More ›

  • もうすぐ、三十八歳

    最近、ラッキー順風満帆が度を越しすぎて、脳が退化してきてるような気がする。 言語においても、最も適切な表現に、あっ、手が届く、というところで、するっと逃げられてしまう。 息が短い海女さんみたいなものです。 このごろのオーストラリアやニュージーランドのワインには、ソウルらしきものまで、やや備わってきて、おいしいので、アルコールの取り過ぎで大脳が萎縮しているせいもあるし、このごろエクササイズを怠っているので免疫が低下して、風邪をひきやすくなっているせいもあるかも知れないが、この「なにによらず92%くらいまでしかいかない」症状は、なにがなし、いらいらさせられる。 もっとも海に出て、陸影が見えないところまで行くと、突然、伸ばした手が100%にピタピタつくようになるので、なんだか陸の文明の瘴気のようなものがあって、それが体感されるようになったのかも知れません。 なんちて。 実際には、モニさんに肩を支えられて、ヘロヘロヨロヨロ、杖をついて歩いているようなものなのだけど、自分の頭のなかでは、ある日、ふいと「若い日々」に言葉にしないまま、そっと、別れを告げて、荒野の一本道を、小さなバッグも持たずに、ひとりでまだ見えない地平線の向こうの土地にでかけるようなイメージで自分を考えていた。 希望ももたず絶望もせず、ただ自分がなにを見ているのかだけ正確に理解しようと努めてきた。 普段、立ち寄った日本語ツイッタで、日本語の友だちと、ふざけて「写実主義」と呼んでいるが、なにも表現しない、なにも感想を持たない、ただ描写するだけの言葉を拾い集めようとしてきた。 わしが「全方位で専門知性的であろうとしている」と述べた人がいて、おもしろかったが、こちらは、日本語では四方山話をしに立ち寄っているだけであって、相手をする日本語人のほうも、少なくとも最近は、心得ていてくれるようです。 ただ駄弁りに来ている。 関心の対象が、(このあいだTLで話題になった)デカ目デカ胸ミニスカにあるか、 政府批判にあるか、認識と現実の関係にあるかは、人それぞれで、だいたい似た者同士は、似たようなトピックに興味があるので、カフェでも、バーでも、あるいはボートのコックピットでも、ツイッタでも、関心の対象は多岐だが共通して、会話というものは、もともとそういうものであるにしかすぎない。 コロナだし、ちょうどいい、というか、普段、友人達としているような話を日本語でもしようとしている、というところはあるかも知れません。 それも努めてそうしたいとおもっている、というのでもなくて、もう30代も後半なので、「自分でないことは出来なくなっている」というほうが近いでしょう。 わしなどは、むかしから、知的好奇心もたいしてなくて、なにごとかを究明する執念もなく、驚くべし、オカネを稼ぐための9to5な仕事をするのも昔から嫌いでやらないので、なんだか時々おもに数学を利用したアイデアを使って、自動金鉱採掘システムのようなものをつくりあげて、スイッチを入れて、ウイーンウイーンと動かしてオカネを得て、時間は有り余るどころか起きているあいだじゅうヒマなので、退屈してはみっともない、時間のフィリングみたいなものをレシピを見つけて料理しては、これは美味い、これはまあまあ、これは数河杉晋作だのと述べて、ひとり、悦にいっているだけの、どうみてもヒマツブシに生まれてきた人間にすぎないようです。 人間がこの世界に生まれてくる理由は、肉体の感覚器官で、この世界を感じるためなのだ、と考えることが好尚にかなっている。 魂や神や天使は、あるいは悪魔も、世界を理解することは出来ても感覚することは出来ない。 味覚、跳躍に伴う筋肉の躍動の感覚、身体全体で衝撃して、慄えるような性的感覚、中空に不可視の姿で浮遊して、半分、眠っているように、ものういガーゴイルの姿勢で世界を見つめている魂の数々が、ときおり流れ星のように地上に落ちていって、生誕の産声をあげている。 人間の言葉、ひいては知性は、どうやら肉体の感覚優先に出来ていて、 うんうん唸って、構造を考えて、パズルピースを当て嵌めるように精密に計画した言葉はダメで、水の表面に書いた文字のように、次から次に消えて、 手が魂を引き摺るように書き連ねた言葉だけが、世代から世代へ受け継がれてゆく。 バカな頭で考えて、やっとそれが判ったのが20年くらい前だったのではないか。 人間が「生涯学習する」というときの「学習」の内容は、言語の丘陵を歩いていて、あっ、この角度からだと世界はこういうふうに見えるのか、 この頂きからだと、こんなに遠くまで見渡せるのか、 世界を見る角度や、こういうときには、このくらいの距離をとって見るのがいい、というコツを学ぶ、という部分がおおきい。 あるいは興味があれば、sextantを使って自分が立っているところの歴史的な位置や文明群のなかの位置を知る方法も学ぶことができる。 「世界はいまもむかしも楽しい素晴らしい場所で、それが判らないのは何もしたがらない怠惰な人間だけですよ」と祖母は述べていたが、ほんとうのことで、自分でも信じられないくらいナマケモノだが、世界を楽しむことまではサボらなかったので、態度はいつもやさしいが、あれでなかなか考えには厳格なところがある、ばーちゃんにも、ちょっとくらいは勘弁してもらえそうな気がする。 無論、人間が持ちうる最大の才能は「幸運」で、人間が「成功」したり、幸福になっていったりするのは、自分の能力は5%もなくて、すべて運によっている。 例えば伴侶が自分に向かない相手だったりすると、人間の一生は、短くて一回性なので、取り返しがつかないダメージを受けてしまう。 その次が健康で、パワフルで強靭な体力を持つ人間の一生は、自分で言うのは酷いが、人間の一生という、特に若いときには苛酷な悪天候の連続なような、吹き荒び嵐のなかを、まるで天使が集まって推してくれているようなスムースな加速で、渡り切らせてくれます。 30代後半になると、この健康のエンジンの出力が低下してくるのが予感されるようになる。 どうしようかなあ、と、誕生日を、すぐ道の先に見て、木の切り株に腰掛けて煙草を一服する人のようにして考える。 これから、どんなことがやれるだろう。 残りは百年もないのだから、天地創造は無理です。 くだらない人間の相手をして、少しでも時間をとられるのは、もうそろそろ、是非、避けねばならない。 ほかに、なんにもやることがなければ、いまでもだいぶんエネルギーを使っている、日本の人が「偽善」だといって、とても嫌がる、チャリティに進むのが、もっとも気持ちの帳尻があいそうな気がする。 パッと考えても、いまのマイクロ金融には重大な欠陥があって、理論上の数学的なモデルひとつとっても頼りないどころか、のっけから矛盾した代物なので、改善して友人達や自分のオカネを投入すれば、例えばアフリカ大陸のどこかで飢えてうずくまっている子供たちを、もう少しは多く救える。 Greta Thubergのように、荒野を歩きながら、民衆に世界に迫る危機を叫ぶような役割は到底むりだが、いちばん自分が向かなさそうな地球温暖化問題に関しても、人間の友人間ネットワークを通じて、やれることは少しはありそうです。… Read More ›

  • 食べつくす明日

    日本語ブログを始めたばかりのころに、浅川マキについて、 浅川マキはすごい。浅川マキは、本物のブルースソウルを持っている、と書いたら、 「若いふりをしているけど、ほんとは、おやじなんですね。思わぬところで尻尾をだしましたね」という趣旨のコメントが、たくさん来て、びっくりしたことがある。 ひとりのひとなどは、在米日本人のようだったが、これを根拠に、およそ十年くらいも、おやじのくせに、ジジイのくせに、ツイッタにまで舞台を移して書いてきて閉口したものだった。 下卑た口調から、嫌がらせなのはわかりきっているので、それはそれで、どうでもよかったが、一方で、なぜ、このひとたちは、「古い曲を評価しているから年寄りだ、と考えるのだろう?」と不思議で仕方がなかった。 自分の頭のなかでは、「同時代のものしか評価しない」ということが当然のことではなかったからでしょう。 音楽についてが特に多くて、有り体にいえば、いまでも続いている。 ザ・クラシックス、という。 子供のときに何週間か過ごしたハーバード大学があるマサチューセッツのケンブリッジという町で大学生の女の人たちが教えてくれた、あの大学の隠語です。 モータウン・ミュージックのことで、大学自体が自分たちの文化を誇りにおもい、伝統を大切にするので、いまでも通じるのではないか。 週末になると、近所のピザ屋に出かけて、しこたま食べてから、ボストンの下町に繰り出して踊り狂う大学生の、当時の自分から見れば、おにーさんやおねーさんたちは、 愉快な上に親切な人たちで、アメリカの歴史や社会を伏線にしているせいで、こちらが冗談をわからなくて、ひとりだけ笑わないでいたりすると、必ず誰かが、伏線のありかを教えてくれる。 その聡明を絵に描いたようなおにーさんやおねーさんが、ペーパーチェイス文化に追われながら、ときどき息抜きに踊りに行くときにかかるナンバーが、ザ・クラシックスを中心に、ビーチボーイズ、チャック・ベリー、モンキーズまでかかって、新しい曲もかかるだけれども、自分たちより古い世代が生みだしたもののなかから、良いと信じるものを選び出して、楽しんで、徹底的に守っていこうとしているのが、態度から感じられた。 だんだん、事情が判ってきて、日本語で最もがっかりするのが、これで、 なにしろ古いものは価値がないと思い込んでいる。 テンプターズの「エメラルドの伝説」を成田からクライストチャーチに向かって飛ぶときには、手続きのように、無料バスに乗って、ゲウチャイへ行って、部屋に戻ると「湖に ぼくは魅せられた」を聴いて、ああ、また日本に来られたなあ、と思うのが楽しい習慣だった、と書くと、またお馴染みの「歳がわかりますね」が来るので、終いには、読む人の、嫌な言葉だが、知的水準が急に随分上がった最近まで、めんどくさくなって書かなくなっていた。 音楽だけではない。 乾坤一擲、乾も坤も一擲して、と書くと、 あ。やっぱりジジイだ、こんな古い日本語を書くのに若いわけがない 欣喜雀躍、と書くと、ジジイのがばれるのに、難しい言葉を書いて、頭がいいのをひけらかしている、と来る。 恐るべきゲスな性根で、ゲスな上に、そもそも自国の文化を大事にする気がないんじゃないの?と、こちらはおもう。 日本語のなかの、あちこちで、燦めくような美しさを放ちながら、生き残っている、豊かな表現や、おもしろい言葉を、自分の書くもののなかで使ってみるのが最大の楽しみで日本語を書いているのに、その表現を包み込むために、自分ではよく考えたつもりのスタイルを採用すると、 「やっぱりジジイだ」と集まってきて囃子にかかる。 で、どんな日本語が新しいのかというと、 〇〇さんの言葉に癒やされました。 XXさんのツイートは、いつも気付きが得られて、感謝の言葉もありません。 その一方で、文章を少しく公式に見せたいと、「官邸にて歓迎会を…」で、「にて」で、煮ても焼いても食えないブキミな表現を弄んでいる。 日本語人の社会でなにかをつくるということは正当な評価は絶対に期待できない、ということです。 Donald E. Scottがショーペンハウエルの言葉を引用している。 All truth passes through three stages: First, it is… Read More ›

  • 夏の跫音

    モニさんは、少しだけ鬱症気味で、ホットタブのなかでも、暫く、じぃっと雲を見つめていたかとおもうと、「ああ、もう自分で嫌になる。調子が悪い」とため息をついたりしている。 ガイフォークスのころは、いつもそうだよ、と言うと、びっくりしたような顔で、「そうなのか?」と述べている そうなんです。 わざわざ、そんなこといつもは言わないけどね。 自分自身、ガイフォークスの花火の音がうるさくて嫌いなので、そのころになると、耳を塞ぎたさそうな表情で、少し青ざめた顔になるモニさんの心配をするのが習慣になっている。 まさか現実になにかが起こるような心配をしているわけではないが、 なんとなく、傍にいたくて、スタジオで仕事をするモニさんの、脇にあるベンチに腰掛けて、猫さんたちと遊んで時間をつぶしたりする。 ときどきドアをノックして入っていって、ウエイターになりすまして、 「なにか、ご用命はございますか」と訊く。 「カフェオレをお願いします」 とでも言われれば筋斗雲に乗ってキッチンへ行って、いそいそとつくって、恭しく運びます。 モニさんは、いつものことで、 感に堪えたように、 「ああ、ガメがつくるカフェ・オレは、おいしいなあ。 結婚してよかった」という。 しめしめ、結婚前にカフェオレを特訓した甲斐があった、今度は遙か頭上からミルクとコーヒーをカップに流し込む、秘伝の技をみせちゃおうかしら。 ひとりだけの時は、荒天でも、案外、平気なもので、小さなオンボロヨットで高い波と強い風のなかに出かけて、ひゃっほーをしていたが、モニさんと結婚してからは、波が1メートルにでもなれば、高い波でも掻き分けて、どっしり進む、おおきな船しか出さないし、モニさんが多少でも鬱症気味だと看て取れば、水に近い、セミプレーニングの、船尾に腰掛けているだけで気が晴れるに決まっているボートで、海が凪いでいるときしか出かけないことにしている。 海は陸よりも季節の変化が判りやすい場所で、天候がまず異なるし、例えば釣りをすれば、魚があばれるエネルギーが異なる。 びっくりするような強いちからで、ちょっとおおきなキングフィッシュやスナッパーだと、油断すると、こちらが海に引き込まれそうな錯覚が起こります。 釣られた瞬間に気絶しているような冬の魚とは、まったく違っている。 結婚して、もう十二、三回目くらいの夏なのではないだろうか。 夏はバルセロナや南仏にいることが多くて、バルセロナにいればカバ(スペイン産のシャンペン)でつくった透きとおった黄金色のサングリアや、果物がどっさり入った赤ワインのサングリア、南仏の、例えばニースの郊外にいれば、冷たい、キンキンに冷えたロゼで、やはり冷たいメロンのスープで始まる夏のフルコースを食べた。 日本では夏は、もっと苛酷で、待避していた軽井沢からクルマを飛ばして買い物にやってくると、定宿だった帝国ホテルから冷房が入った地下道を通って有楽町に出るだけで、息も絶え絶えで、銀座の中心地に行くには、タクシーで行かなければ無理だった。 軽井沢でも、モニさんは、熱中症で倒れて、救急車で運ばれたことがあったし、わし自身も嘔気がこらえられなくなったことがあった。 まだ福島事故が起きる前に、到頭、日本を「東アジアでの根拠地」にするのを諦めて、広尾山と軽井沢と鎌倉に買ってあった家を引き払って、日本だけは早くから完全に撤収してしまった第一の理由だった。 気候の温暖化がすすむと、なんのことはない、最も夏が過ごしやすいのはニュージーランドで、このごろまた考え直そうかとおもっているが、クライストチャーチが最も夏は過ごしやすいが、オークランドでも、地上でも気温が30度になるのは稀で、湿気が多いと言っても、東京や軽井沢よりは、だいぶん穏やかな40%~50%内外で、オークランドを選んで住んでいる第一の理由の海の上では、夜は寒いのが通例で、涼しくて、夜風が気持ちがよくて、いちばんおおきな船には冷房が入っているが、他のヨットやボートは、ハッチを開いて、後部のドアを開け放っておけば、トランザムを閉めなくても、気持ちのよい風が吹き抜けていきます。 心配しているというより、なんだかニコニコして遊んでもらえなくてつまらないだけなのを、自分の気持ちのなかに発見して、我ながら、相変わらず、なんてわがままなんだろう、と感心してしまう。 モニさんの、美しいとしか形容が思い浮かばない横顔を眺めながら、夏の陽が指してきた後ろ甲板で、 「少しでも長く一緒にいたい。いつまで一緒にいられるかなあ」と思っていたら、まるでテレパシーが使える人のように 「心配しなくても、私はずっとガメと一緒にいるよ」という。 「二十年でも三十年でも、シワシワになって、ガメがうんざりしても、私はガメと一緒にいると知っているの」 そうなんですか? そのとき、突然、モニさんの「あなたは、わたしが、どれほどあなたを愛しているか判っていないのよ」心のなかの声が聞こえたような気がして、びっくりして、モニさんの顔を見つめ直すと、モニさんがやさしい笑顔で頷いている。 生まれてからいままで、伝達に関しては不細工な出来の人間の言葉が お互いに通じるものだとおもったことはなかったが、考え直してみたほうがいいのかもしれません。 一緒に暮らしだしたばかりの頃、ノーマッドで、ニューヨークからロンドン、ロンドンからバルセロナ、サンチャゴ・デ・コンポステーラ、カンヌ、ニース、パリ、ローマ、コモ、そこから更に東に向かって、イスタンブルのヨーロピアンサイドにアジアンサイド、世界中、ふたりでキャラバンを組むようにして、駱駝の背に揺られる隊商のように、照りつける太陽や、激しい雨のなかを、肩を並べて、ずっといままで歩いてきた。 ほんとうに、こんな幸福がいつまでも続くのか、と怯えるような気持ちで考えてきた。 モニとぼくの、ふたりだけの、ミーティングには特殊な、強い傾向があって、始まるころには、話しあいたい議題も、結論も判っていて、とっくの昔に、ふたつの心で別々に決めたことを、ダブルチェックするだけです。 モニ、ぼくらはどこに行くだろう。 自分で言うのは愚かだが、それでも、無理に言ってしまえば、きみとぼくは、なんにも不足がない生活で、ただひとが憧れる生活で、周りの人が羨んで、気持ちに曇りがある人は、「幸福がいつまでも続くといいですね」とまで言う。… Read More ›

  • ハウラキ・ガルフ

    ニュージーランドは、昔から、飛行機や船に乗る人が多いので有名です。 いまは少し厳しくなったようだが、飛行機の免許なんて、日本のクルマの免許取得程度で、しかも、これはいまでも変わらないのではないかとおもうが、免許取得のコストも世界でいちばん低い。 気楽なものなので、わしガキの頃、82歳のばーちゃんが免許を取ったりして、ローカル紙のニュースになっていた。 多分、世界記録として残っているのではないかとおもいます。 普通の国なら、到底飛行を許されないオンボロ飛行機を飛ばせるのもニュージーランドで飛行機の操縦桿を握る人が多い理由のひとつでしょう。 整備不良のセスナが、よく南島の山のあいだに墜落する。 飛行場も、カンタベリーのような農場地帯に行くと、オープンロードを走っていて、プライベイト飛行場の滑走路にグラマンのT4が鎮座している、なんちゅうのは、普通の景色です。 飛行クラブに行くと、スピットファイアVIや、アメリカ機のなかでは最も人気があるムスタングP-51、わしがだいだいだいすきなタイガーモスが並んでいる。 もっとも飛行機の操縦は観念の上では3次元空間の自由が得られて、「空を鳥のように駆けめぐる」楽しさにあふれているが、現実は、かなり退屈な乗り物で、考えて見ればわかるが、例えば、草臥れたので、ちょっとそこの積雲に乗って、一休みで午寝、というわけにいきません。 たいていは点から点へ飛んでいくだけで、ぜんぜん面白くない。 北米に住んでいれば、町から町へホップして、距離もちょうどいいので、飛行機には移動手段としてのメリットがあるが、ニュージーランドは小さな島国で、隣のオーストラリアは2400km先なので、そうおいそれとは飛んでいけなくて、どうも、あんまり軽飛行機にとっては条件がよくないようです。 ジョン・トラボルタはボーイング707とボンバルディアのチャレンジャー601の、大型旅客機を二機も持っていて、自宅が空港みたいな飛行場になっているという飛行機狂で有名なひとだが、あるいは、将来は、もしかして、いろいろなことに飽きて、他にやることをおもいつかなくなってしまえば、自宅に飛行場をつくって、操縦特性も乗り心地も、えらく良くて、銃弾が当たると簡単に火がつくせいで「一式ライター」と呼ばれるほど戦争にだけは向いていなかったが、航続距離も遠大だった、一式陸攻のレプリカをつくってオーストラリアから飛び石伝いに日本まで飛んで行ってもいいのではないかとおもうが、それまでは、いまのまま自分の飛行機はフライトクラブに貸して、飛行機の大家さんでいいや、とおもっている。 船は、日本では、ちょーちっこいボートにも免許がいるとかで、ぶっくらこいてしまったが、ニュージーランドには、もちろん、そんなめんどくさい制度はなくて、わしはコーストガードが発行するスキッパーライセンスを持っているが、別になくても、60フィート船も操れれば、VHFの無線を使うことも出来ます。 船を持つというのは金銭的には愚かの極みで、建造40年くらい経った船でも、海に出られるコンディションのものならば、最低限の33フィート船でも、「中古価格」で1200万円くらいはする。 そのうえに価格のだいたい1割程度が毎年毎年維持コストとして消えてゆくので、オカネの使い方としては狂気の沙汰で、ちょっとオカネモチならば買う40フィート船は日本円で一億円は軽く超えてしまう船ばかりで、気が付いた人もいるとおもうが、金銭上は、乗り物であるというより、維持費がかかる別荘だと考えるほうが感覚的にあっている。 いま、ゲームになっているので有名な服部名人のボートをグーグルで検索してみると、多分、33フィート船で、あまり見慣れない船影なので、日本製かどこかの船だとおもうが、たしかこのひとは、ニュージーランドのネルソンかピクトンか、そのあたりに自分のボートを置いてあったのだとおもいます。 どうやってもオカネがかかるかといえば、そんなことはなくて、わしが初めて自分で買った25フィートのヨットは、すんごいオンボロだったが、50万円するかしないかくらいで、船底に穴が開いていたりして、自分で直して使っていたが、後でブラックジャックで勝ったオカネで8馬力の船外機をつけたが、風まかせで、維持費は、全部自分で直したり塗装したりだったので、限りなくゼロに近かった。 ヨットは特に、「バケツで汲み出す水の量が浸水してくる水の量よりも多い限り沈まない」というくらいで、相当オンボロでもブルーウォーターを航行できるので、若くてビンボなきみには、最も向いている。 と、ここまで書いて、そうか、日本の人に「ボート」と言ってもイメージが湧きにくいんだったな、と気が付いたので、代表的なディスプレイスメントのケイディクローガンの船内画像を、二枚       ©Kadey-Krogen Yachts   ね? 小さい家みたいなものでしょう? 土地代がただの住宅とみなして、船に住んでしまう人も多い理由が呑み込めるとおもいます。 一方では、トレーラーボートと呼ぶ、トレーラーに乗せて、自宅の庭や通りに置いておける6~8メートルくらいの高速船も、ニュージーランドでは人気があって、いちばん数が多いのは、このクラスだとおもわれる オークランドは、海に付属しているような町で、よくハウラキガルフのアネックスだなどという。 ニュージーランド人が、たいへん誇りにおもっているのは「海が生きている」ことで、もう先進国では、ここくらいのものかもしれません わし海友で考えても、オーストラリアのグレートバリアリーフから越してきたひと、サンディエゴやマイアミから越してきたひと、みんな、自分たちの海が死んでしまって、「生きている」海を求めてやってきたひとたちで、 海のコミュニティの人間たちにとっては、最後の楽園で、ニュージーランド政府が釣り人に課している、様々な厳しいルールにも、よいことであるとおもう、という反応が一般的であるようです。 特にCOVID禍以来、モニとわしの遊び場は、もうレストランやバーも行く気になれないので、海に移行した。 だいたい直径が120kmくらいのハウラキガルフの内側は、少なくとも、ちょっと点在する島に近付けば20Mbp程度だがインターネットも使えるし、船内には映画を観るためのプロジェクタスクリーンもあれば、小さいほうの40フィート船でも、ヨットもディスプレイスメントでも、冷蔵庫も冷凍庫も家庭用の大型がソーラーパネルで発電してインバーターで240Vに変換された電力で使えるので、なんだか家にいるようなものです。 なにをやっているかというと、ハウラキガルフには、北島の浜辺はもちろん、おおきな町があるワイヒキ島を始めとして、人口が一桁の小島、無人島に至るまでたくさんの島と浜辺があって、沖合に錨をおろして、ディンギイで上陸してピクニックをする。 磯にたって、船からは釣りにくい、アオリイカを釣る。 空を横切る、でっかいミルキーウエイを甲板に寝転がって眺めている。 珍しがって、寄って来る、鴨さんやカモメ、ブルーペンギンやイルカと遊ぶ。 夏は、もちろん、プラットホームから海に飛び込んで、泳ぎます。 アジアの暖かい海になれた移民のひとたちは、水が冷たいと言って嫌がるが、白い人たちは根がアホなので、心臓が止まりそうな冷たい水に飛び込んで、きゃあきゃあ言って喜んでいる。… Read More ›

  • 「時間を取り戻す」_経済篇

    (この記事は2011年1月3日に「ガメ・オベール日本語練習帳 ver.5」に掲載された記事の再掲載です) 英語ではconfidenceという。 confidence、という言葉を見て「自信」という日本語が頭に明滅してしまったひとは、もうそこで大誤解が始まってしまっている。 一回深呼吸をして、そーか、 confidence、という言葉があるのだな、と思ってくれるのでなければ困ります。 「経済」というものは一面、政治のように信条によって一致することのない、さまざまな思惑をもつ人間の心理の複合体だが、この confidenceはいわば経済という欲望と恐怖心がないまぜになった巨大な乗り物の燃料で、これによって経済は動く。 confidenceが高まってくれば投資家は投資し、ビジネスマンは「いよいよ貿易風がふいてきたぞ」とつぶやいて、帆をあげて出帆して事業拡張の冒険に乗り出す。消費者は猛烈な勢いで物欲のトローリー(カート)にものを積み上げてレジに並ぶ。 一方で市場が冷え切って困憊しているときに、なんらかの理由によって合理的なconfidenceを獲得しているひとは比較的簡単に市場における勝者になってゆく。 ひらたく言えば「金持ち」になります。 日本の経済が凋落したのは、そして、その低落の谷間から抜け出せないでいるのは心理的には無論このconfidenceが失われてしまったからで、あたりまえだと思うが、経済を再建したいと思えばどうすればそれが再び獲得できるか考えないと仕方がない。 日本にいるあいだ、「どうしてこの国のひとびとにはconfidenceがないのだろう」と考える、わしの眼についたのは、日本という国に参加している人間全体の「途方もない忙しさ」と「空間のなさ」でした。 へっ? そんなことが経済と関係あるの? というひともいるのかも知れぬ。 おおありなんです。 急に訳のわからない不公正ないちゃもんをつけにくるのでおおありくいは嫌いだが、おおありはおおありなんだから仕方がない。 お話をつくるのが上手だとゆわれているしな。 時間というものは一時間あったら50分しか使ってはいけないものだ、とわしは子供の時おそわった。 どんなに根を詰めても10分は休まないとな。 朝の8時から起きて一日を過ごせば、午後8時にはほぼ完全な休息に入らなければ人間は人間でなくなってしまう。 10歳以下の子供なら午後8時はもうベッドに入っている時間である。 眠るためでもあるが、日常とは切り離された時間のなかで、いろいろなことを考えるためです。 日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。 「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。 逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。 この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。 ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。 ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。 持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。 自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。 SFって読んだことないけどおもしろいのかな。 文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。 そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。 confidenceというものは、いったんなくなってしまったところからは、世界との距離が少しあって、自分を取り巻く世界のさまざまな要因を「世界が動いているのとは異なった時間のなかで」観察し考えてみないと恢復できない性質のものなので、3時間ぼんやりと海が見られないひとには再獲得できない性質のものである。 世界と同じ時間で自分が動いてしまうことを、多分、日本語では「流される」というような言葉で表現するのだと思うが、言い得て妙であって、自己の意識としての時間の流れと世間の時間とが一致してしまえば、「個」というようなものはなくなって、流れのなかで溺れてしまうだけである。 しかし、そんなことを言っても、おれはビンボーヒマナシで時間がないんだよ、というひともいるに違いなくて、実はそれは正しい、というか、経済上は重要なことを示唆している。 「賃金が安い国は賃金が安い国との競争になる」 というのは別に経済の知識がなくても直感的に明らかだと思うが、デジタル製品がその良い例で現代の経済では「ものをつくる」社会は際限のない低価格競争に必ず巻き込まれる。すると必然的にその市場で労働するひとの賃金は安く抑えられ、安い賃金で労働するひとの社会では時間が失われ、confidenceも失われてゆく。 おもいきって高い賃金を支払うことに決めた社会では、通常、知財産業か知識集約型の社会にならざるをえなくなってゆきます。 むかし、工業に職人的要素が残っている頃は、そうでもなかった。… Read More ›