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  • 詩経とロケット

    また雨が降っている。 普段は英語世界のニュースは殆ど扱わない日本語ニュースでも記事になっているが、もともとが火山性の脆い岩と土壌のオークランドは、あちこちで、空前の数の崖崩れ/地滑りが起こっていて、いままでは一度も地盤に問題が起こったことがない、所謂「高級住宅地」でも、土地が崩れて、なかには建物が半壊になった家まである。 やれやれ、とおもうが、災害などは起きるときは起きるもので、仕方がないというか、世界中に散らばって住んでいる友人達で考えても、活動期に入った地球と温暖化で、朝起きてみたらヨットが庭に鎮座していたり、クルマが水没したり、なにしろフロリダなどは、温暖化で海水の温度が上昇するにつれて、ハリケーンのコントロールがえらくよくなって、毎年、ストライクの連続で、打てるだけの対策を打って、あとは神様をおだてて、災いが起こらないようにしておくほかは、ありません。 船にも乗れず、キャンプサイトにも行けず、ニュージーランドという国は、要するに、豊かどころではない自然が、そのまま、でえええんと広がっていて、あとは不便がないように文明が、ちゃんと設えてある、という性格の国で、考えてみれば、けったいな話だが、絶滅したはずのモアが目撃されたという報告が続く人跡未踏の森林に至る森公園の入り口から、クルマで5分ま町側に行くとcream bunやステーキパイがおいしいベーカリーがあって、 やる気になれば、お馴染みワークマンズクラブで、ビールも飲めるが、 天気が、ここまで荒天になって、ここまで長くつづくと、お手上げで、 地上のパラダイスの夏なのに、家にこもって、XBOXのHALOや、PS5の、もう四半世紀も続いているキャラクタ、SONIC The Hedgehogシリーズの最新作、Sonic Frontiersで遊んでいる。 エイサエイサと家中を歩いて、モニさんを訪問すると、モニさんも、ゲームがあんまり好きでないモニさんには珍しくOculusのヘッドセットを被って、なんだか、モダンダンスのように手を、足を踏み出して、やや下を向いて、何事か掴むようなジェスチャーをしています。 PCゲームベースのゲームソフトが多いVIVEやHPのVRヘッドセットよりも、初めからVRスタンドアローンを前提にしたOculus Q2のほうがVRソフトは、よく出来ていて、いきなり直ぐそばに人が現れて、ぎゃああああ、と叫んだり、すごい臨場感で、なるほど、こっちが主流になっていくだろうな、とおもう。 ゲームではないApp世界を目指すAppleのVRギアが秋になれば出て、このくらいからVR/AR世界は本格化してゆくのでしょう。 世の中は、シンテクノロジーにエンジンがかかり始めていて、やってみればすぐに判るが、OpenAIのChatGTPなどは茶飲み話の相手くらいは軽く勤まりそうで、ほら、大学のカフェで、学生達や、研究者たちが軽い運動のようにしてサンドイッチを頬張りながら会話をして遊ぶでしょう? あのくらいの相手は、もう出来るようになっている。 こういうところは、やっぱりバカだな、とおもう部分もあるが、つまりは人間が相手なのとおなじことで、方向として、ほぼ「AIという新しい知性」がすぐにでもカテゴリとして現れてくるようです。 いまの世界には、知的な爽快さがあって、機知があって、物語性が高い小説はたくさんあって、また、高い評価を受けているが、残念ながらなのか、そう残念でもないのか、よく判らないが、いままでの伝統的な意味の文学は、死の床につきそうで、多分、見ていると、生き残るのは、笑ってはいけないが、「魂」がある文学だけであるとおもう。 当然、小説/物語のようなAIが得意分野にしやすい形式と異なって、「遠くのものを結び付ける」ことによって美を生む詩のほうが、ずっとあとまでAIに較べて人間が質的に次元が異なる作品を生みだし続けていくだろうことは簡単に察しがつく。 詩のなかでも短歌や俳句のような外型の定型の鋳型を持つものはAIが案外、いまの原始的な段階でも人間よりすぐれた作品を生みだすだろうが、 自由詩というのか、定型が外形でなくて語彙と語彙の結び付きによる、いわば「意味の定型」の側にある詩は、AIは最後まで苦手でありそうです。 同様に、人間が、不断に積み重ねる経験の多様さと複雑さにおおきく依存した哲学を中核に持つタイプの、例えばフォークナーやドストエフスキーのような小説は、小説といえど、AIが決定的に勝るのは、そう簡単ではないはずです。 多分、ソフト的にではなくハード的に量が質を変質させるほど計算速度が飛躍する量子コンピュータの出現の後に、枚挙速度という量が質の意味そのものを変化させるときが来て、そこから、人間の文明そのものが変質していくに違いない。 こう書くと、まるでSFの内容を書き出しているように思えるが、実際には、なあに、ぼく自身が健康ならば、生きているあいだに達成されてしまって、 いまと、そのときでは文明といい、文学といい、芸術という、そういう概念のひとつひとつが、いまとは、まるで異なったものになるのは、そういう言い方をすれば「火を見るより明らか」ではないかと考える。 むかし、日本でだったとおもうが、政治家の人だかなんだかが「二次方程式の解の公式なんて人間が生きていくのに必要ないのだから学校で教えなくてもいいのではないか」と述べていて、記事を見てしまったこちらは、ほぼ自動的に、古代の北インドでは上流であって、下衆でない人間かどうかは、最低限二次方程式の解の公式を理解して運用できるかどうかで判断されて、花嫁修業の最低限として、若い女の人たちは解の公式を使って二次方程式を解く練習に余念がなかった歴史を思い出して、ニヤニヤしてしまったが、自動車の運転講習じゃあるまいし、いま見ている世の中の需要から、役に立つかどうかを判定して学ぶかどうかを決めるという発想そのものが、文明に参加できない人の考え方で、こんな人を政治家として持つ社会や、夫として家のなかで付き合ったり、ましてベッドを共にしたりするのは、言葉が著しく悪いが、獣姦じみていて、気分が悪くならないものだろうか、と真剣に訝ってしまう。 巖谷國士さんという練達のシュルレアリストがいて、話してみると、「日本の」という枕詞がいらないシュルレアリストだった瀧口修造と懇意、というよりは本人は遠慮して、そういう言葉を使わないが、驚くべし、友人だった人がいて、日本語ツイッタの内や外で、内ならばDMやタイムラインで、話をしては、たくさんのことを吸収する。 この人は、日本の人には珍しく、understatementが自然に身についている人で、それだけでも自分が育った社会の匂いがして、安心で、リラックスして話が出来るのに、「諦めない」と繰り返し述べていて、わかりやすい知的誠実さを備えてもいて、そのうちには日本語世界全体が再評価しなおして、いまでも勿論名前が小さいわけではないが、誰かが真価をわかりやすいように書いて、日本語を考え直す縁(よすが)にしなければならなくなるだろう人です。 巖谷さんは、陳腐化した日本語の語彙を、もういちど使えるように仕立て直そうという、はっきりした意図を持って日本語を使っているようで、例えば、「それは教養の違いだ」と、はっきり述べて、びっくりしてしまったことがある。 教養という言葉は、衒いが多い、冷笑があちこちで待ち構えている日本語世界は、うまく隠された罠のように死語として存在していたからです。 教養がないと判りませんね、とは、なかなか言えない、隠秘な仕組みは、発達した言語世界ならば、どこでも存在するが、日本語も例外ではない。 そこで、巖谷さんにおんぶに抱っこで、教養という言葉を使わせてもらうと、現代社会を見透して、なにがどこで起きているか通瞰しながら毎日を暮らすためには、例えば20世紀とは比較にならないほど巨大な教養が必要で、象をなでる群盲ならば、トリビア雑学と見分けがつかないだろうが、 容赦のない言い方をすると、理系文系と分けてしまうような全体が栄養不足で貧弱な教育を受けてしまうと、そもそも、世界を理解するチャンスがない。 いまの世代のAIすら理解しないで、というか、水準への感覚がなくて、 文学を話していても、仕方がないところがあるようです。 AIの専門家に聞けば、まともにAI技術と向きあって暮らしている研究者ならば、「まだまだ、ちゃちなもんですよ。80年代の人工無能と本質は変わらない」と言うに決まっているが、騙されてはいけないので、この研究者の頭には「本質が変わらない」という日頃の悩みの種を述べているだけで、実際にいまのAIが「考えて解決する」ことが出来る事象は、80年代のラプターを共としたり、もっと遡ればエリゼが賢く見えたりしたころと較べれば、桁違いで、較べるのも無意味なほどの違いがあります。 AIが質的な転換を遂げて人間とおなじ/似た思考の形態で、人間よりすぐれたものになっていくのか、それとも人間の想像では及ばない枚挙速度にものを言わせて「創造的な思考」の意味そのものを変えてしまうか、そのどちらを行くか、ぼく自身は後者だろうとおもっていますが、いまはまだ、確かにこっちとは言い切れない曲がり角に立っている。 ただもう判っていることがあって、すでにコンラート・ローレンツが疑問を呈したような知性は、普通に、初級教科書のレベルでも否定されている。 「タコは鬱病になるほど高い知性を持っているが、鶏は知性が低いので鬱病にはならない」と述べたときの「知性」や、あるいは器質的に、… Read More ›

  • 日本についてのノート 2  戦場へ向かう日章旗

      1945年に、それまで日本という国のアイデンティティだった軍隊が失われた結果、日本には、ふたつの良いことがあった。 ひとつは、前半、朝鮮半島全体の共産主義化をめざして怒濤のように雪崩れ込んだ北朝鮮軍の、T34機甲師団を先頭とする電撃作戦に対抗するための兵員を送らないですんだことで、実際、アメリカは当然のように日本人の若者を大量に送り込むつもりだったが、当時の吉田首相を中心とする日本の老獪な政治家たちは、「だって、あんたが戦争を放棄しろというから、戦争やらないことにしたんでしょう。そんなこと言ったって、いまさら、『状況が変わったから、やっぱり戦争やります』って、わけにはいきやせんぜ」と言を左右、暖簾に腕押し、ああいえばこういうで、このあいだまで悪鬼のような形相で、自殺攻撃でアメリカ人を殺しまくっていたことなど、すっかり忘れて、涼しい顔で、「戦争なんて、とんでもない」で誤魔化してしまった。 いま見ると、ひと目に立たない海上保安庁の掃海艇を出動させたほかは、在日韓国人647人と日本人150人が志願兵として名乗り出て、 そのうち641人が戦場に赴いて、135人が戦死しただけで終わっている。 日本人とドイツ人に対する戦争、第二次世界大戦がGood Warと呼ばれるのに対して、Forgotten Warと呼ばれる朝鮮戦争は、忘れられては情けないほどの激しい戦争で、初期には機甲師団もAT部隊も持たない韓国軍が、当たり前だが、突進してくる北朝鮮のT34機甲師団に抗しきれずに、あっというまに崩壊して、釜山の狭小な地域に押し込められ、ようやっとここを要塞化して、米軍を主戦力として立て籠もる。 太平洋戦争で自信をつけていたダグラス・マッカーサーが、ここで、自分を軍神とみなしだして危ないおっちゃん化していた精神状態そのまま、小牧長久手でも、どこでも、うまくいったことは滅多にない「中入れ」と呼ばれる、長駆、敵の背後をつく作戦を立案して、仁川に突如上陸して、この博奕が大当たりで、そこまで勝ち誇っていた北朝鮮軍は眼もあてられない状態で潰走します。 攻守逆転。 イケイケ状態になった米韓連合軍は、ドビンボ中国軍が参戦するわけはないとタカをくくって鴨緑江を渡ることまで考える。 マッカーサーに至っては、この時点ですでに、中国に5,6発原爆を落として、コミュニスト共を、やっちまうべ、地獄に送るべし、と考えていたようでした。 ところが、ところーが。 そうしているあいだにも鴨緑江沿いに、隠密裡に彭徳懐将軍率いる100万を超える大軍の前衛26万人の大軍団が、気取られることなく終結しているのを米韓を中心とした国連軍は知らなかった。 余計なことを書くと、「気取られることなく」と、あっさり書いたが、26万人もの大軍団を夜の山間の道を徒歩で移動させ、ひっきりなしに行われている米軍の空からの偵察に発見されずに布陣させるなんてミラクルで、 なまなかな練度の軍隊では出来ないことです。 当時の日中戦争から統一戦争を戦い抜いた人民軍の練度と、彭徳懐の指揮官としての際立った能力がなければ、到底できなかった作戦でした。 アメリカ軍は、中国軍を二流軍隊となめきっていたが、ほんとうは、この事実だけで、中国軍がいかに練度が高い精鋭だったかが判ります。 ついでに述べると、マッカーサーとウィロビーが、かなりあとまで、人民解放軍が「最大に見積もって3万人」と信じ込んでいたことの理由でもある。 そのあとに起きたことは、いまだに「米陸軍史上最悪の戦闘」で知られる 長津湖の戦いで、零下40℃という極寒のなかで、押し寄せる人民解放軍精鋭を相手に、あっというまに防衛戦は突破されて、前にも後ろにも、それどころか、すぐ傍らにも敵兵がいるという戦場で、米軍兵は、必死に戦闘を続ける。 夜明けになれば、圧倒的な優勢な空軍の掩護が得られるので、とにかく闇に紛れて後退せずに戦えば「なんとかなる」という作戦でした。 いまドキュメンタリーを見ると、米兵はみな「中国人のほうが我々の銃弾の数よりも多かった」と、うんざりしたような顔で述べている。 すさまじい空爆にも関わらず、一向に撤退しないどころか、時間が経つにつれて増えてくる人民解放軍に恐れをなして、米軍は撤退、というと聞こえはいいが、潰走を始めます。 山伝いの一本道に沿って展開した人民解放軍の狙撃兵に、ひとり、またひとりと射殺されながら、もう物陰に姿を隠す気力もなく、蹌踉とした姿で、ただひたすら南に向かって逃げて、これが、いまだにアメリカ陸軍の人民解放軍と陸戦をするのだけは嫌だ、というトラウマになっている。 長々とチョシンの戦闘について書いたのは、もちろん、これが本来は米軍ではなく日本人が戦うはずだった戦闘であったからで、平和憲法を盾に、頑として出兵に首を縦にふらない、小憎たらしい日本の政治家たちのせいで日本が派兵しないことを「なぜだ」と憤ったアメリカ軍兵の証言は、いくらもあります。 当たり前といえば当たり前で、滑稽なことに、例えばチョシン貯水池のまわりは山岳地帯であるうえに、中国側もアメリカ側も、北朝鮮軍も韓国軍も、地図を持っていませんでした。 どうしたかというと、そう、大日本帝国参謀本部の軍用地図を机に広げて、味方も敵も、おなじ地図を見つめて、にらめっこして作戦を立て続けた。 なかには、地図には載っているが現実には存在しない峠に両軍が着目して、現実の地形は戦闘行動にとって重要でもないのに、両方が部隊を送り込んで、辻褄があってしまう、という笑えない悲劇もあったようです。 ここで味を占めた。 というか日本人が「戦争をしないことのありがたさ」を実感したのは、この朝鮮戦争が始めでした。 朝鮮特需、という、言っては悪いけれども、世にも下品な言葉がある。 お隣の国である韓国で派手に戦争が起きたので、補給品やらなにやら、つくることになって、儲かってしょうがなかったんだよね、ガハハ、という意味です。 自分たちの若者が半島に送られて生命を落とすはずだった事態が一転、太平洋の反対側から送り込まれた若者と、韓国の若者が血みどろの戦いを繰り広げているあいだに、自分たちは、いちどは農業と軽工業以外は絶対やらせない、と決まった連合国の協定が簡単に覆って、薬罐くらいならつくってもいいぞ、と言われて、昨日まで零戦をつくっていた工場で薬罐をつくっていた三菱重工は、燃料補助タンクをつくるようになり、やがて機体の部品をつくるようになっていきます。 ここで、またまたまた余計なことを書くと、実は、このころの日本の工員たちの工作技術は異様なくらい低くて、燃料の増槽タンクくらいの工作で、すでに、パッキングの部分の精度が低いせいで、スカイレーダーが綺麗な白い煙を引きながら離陸していくありさまで、連合軍の補給セクションは困りはててしまう。 解決策としてとられたのが、後年のジャガーXJ-Sとクラウンマジェスタの品質の差をおもうと冗談のようだが、連合王国から、工員を東京に呼んで「指導」させることでした。 イギリス人たちが、日本人たちに教えた最大のことは「急いでやってはいけない」 「一時間かけるべき作業を40分でやろうとしてはいけない」ということで、なにか作業をするときに、前のめりにならないで、いったん、言わば「タメ」をつくって、それから落ち着いて作業しろ、ということだった。 驚くべし、このコツを呑み込むと、日本のひとたちは、持ち前の丁寧さと器用さを発揮して、先生であるイギリス人たちよりも遙かに上手に工作するようになったそうです。 いま日本の人は、戦争をできる国家になるべきかいなか、でふたつに分かれているように見えますが、傍からみていると、問題の立て方そのものが間違っているので、実は、軍事常識として、日本は「戦争が出来ない国」なんです。… Read More ›

  • 日本についてのノート 1

    日本は文化の水準は高いが、社会は遅れている。 政治に至っては、ないほうがマシンガンの62式機関銃で、階層間の冨の再分配の代わりにハイエナ間の利権の再分配が機能で、鎌倉時代の政所のほうが、まだしも機能していたんじゃないの?と言いたくなるくらい、ひどい。 日本との付き合いは長くなった。 ほんとうは現実の半分も判ってないのに違いないが、初めは風変わりな文化が生い茂る、パラダイスで、ゴジラがいて、アトムボーイがいて、パタリロがいる、英語人の知恵ではおもいもつかない、幼児がそのまま知能を発達させて、森羅万象を捉え直せば、こういう世界をおもいつくのではないかとおもうような、やってきて暫くは、毎日きゃあきゃあで、そのあとも、大幸福で、いま思い出しても理想郷のような社会だった。 90年代、特に後半は縁がなくて、過去の国だったのが、ロンドンとクライストチャーチの往還にストップオーバーで立ち寄ったのと、小津とミレニアムゴジラの映画とが入り口になって、また自分の世界に日本が戻ってきた。 そのころ、ちょうど21世紀に変わるころ、自分の周囲の世界にも変化があって、それまで「日本って、おもしろい国だよ」と述べても、誰も関心を示さなくて、「ゴジラが…」と言いかけても、遮られてフィービーの話にされてしまったりしていたのが、ポツポツと興味を示す人も出てきていました。 日曜日の朝のセーラームーンくらいから始まって、それまでは、ちょうど、日本でいえば「宇崎ちゃん」に対する「正規社会」とでも呼びたくなる「正しい」側からの攻撃そっくりに、あんなものを子供達の眼にも入る公共の場にさらすな、という扱いだった日本のアニメ全体に対する非難が弱まって、特に学校でのけ者にされている「いじめられっ子」を皮切りに広まりだして、なんでんかんでん美しくて正しいものが好きな英語社会に、どうしても馴染めない若い人たちのオアシスのような文化になっていったのとおなじ頃です。 日本の文化は、少しずつ、おとなたちにとっては趣味の悪さに眉を顰めるようなものだったが、嫌な言葉をあえて使うことにすると「落ちこぼれ」の若い人々にとっては、生きていくための縁(よすが)にもなっていった。 日本の人が直接制作したアニメでなくても、当時ディズニーがつくってヒットしたTVアニメシリーズGargoylesには、いまふり返ると日本のアニメのおおきな影響が見られて、そういう形でも日本のマンガ/アニメ文化への拒絶反応は小さくなっていった。 もっとも自分自身は、マンガに対してもアニメに対しても、鈍感というか、音痴で、いまに至るまで、良さがちゃんと判っていない自覚がある。 どのくらい酷いか端的に判る例をだすと、いまだにコマがどっちの方向に続いているか判らないことがある。 いちど、これではならじと考えて、創刊号から少年サンデーを入手、蒐集して、怒濤のように現代に至るまで通読していったが、いま考えても痛恨で、愚かなことに、戦後ずっと貸本マンガ→少年誌の形で「日本の戦争は正しかった。白人種の迫害に対する正義の戦いだった」と一貫して、いわば伝承されてきたのではないかという考えを検証するために始めた蒐集だったので、少年マンガばかりを蒐集して、少女マンガは萩尾望都さえ読んでいなくて、やっと今頃になって、シオシオと蒐集を始めている。 この点ではまわりの英語社会のほうが遙かに先を行って、メルボルン美術館だった図書館だったかの大規模な日本マンガ展を観たときも、「わし、遅れてるじゃんね」と考えたが、2008年だかに、そのころはまだ存在したマンハッタンのユニオンスクエア前のBORDERSで、二階にあがっていったら、広いフロアがまるごと日本のマンガ売り場になっていて、当然のことながら、知らない作者や作品がずらりと並んでいて、日本のマンガ人気のすごさをおもいしらされたりしてました。 日本の社会の、暗黒なドロドロした面は、主にネットで日本語で何事かいいはじめてから知ったことで、当たり前だが、他言語世界と共通した嫉妬、知ったかぶり、現実世界での敗北の代償としての、いわば「成功者としてのなりすまし」もあるが、こういうのは日本語人だけかもね、とおもうところもあったりして、なにしろ日本語文化は本質的に好きな文化で、この英語世界の価値観一色に染まりそうな世界のなかで、攘夷思想から始まったゼノフォビアを心の支えに、というかなんというか、とにかく必死で「日本であること」にしがみついて、それなりに、独自の色を保って、 ヘロヘロになりながらも、西洋文化に染まるまいとヘンテコリンな頑張りを見せているところや、あれほど残虐さをもって鳴る国民性なのに、ふとしたときに見せる、奇妙なほどの文化としてのやさしさや、 その侮れない複雑さは、日本の人自身も理解していなくて、 眺めていてあきないが、しかしそれにしても、なんにでも直ぐ飽きる性格なのに日本語だけは飽きなくて、なんだかんだ、案外と相性もいいのかも知れません。 日本語文化の特異的にダメな面は、割と簡単に、性急に西洋型近代社会をめざした出発点からくる歪みの表れかもしれない、とおもうことがある。 例をあげると、良い悪いということではなくて、日本のtwitterを特徴づけているのは、大学教員や弁護士のプレゼンスのおおきさで、やや少ないところで医学やなんかの研究者の見た目の存在もおおきい。 考えてみると、要するに「おかあさんが、ぼくに、なって欲しかった職業」の人が、なんだか村の賢人のように、あるいは地方のロータリークラブの名士のように無暗に尊敬されていて、 やっぱりこれは、受験社会の、現実の反映なんだろうな、とおもってます。 前にも述べたが、客員教授や非常勤講師のような存在は、本来、アカデミアの縁の下の力持ちで、アカデミアの側から「十分報酬が払えなくてごみん」と感謝される立場のひとたちだが、もともとは例えば民間で特殊技能をもって長く活躍したりしていた人たちの叡知に学生が触れられるためにある存在だそうで、そこに、アカデミア人がやりたがらない、初年生や二年生の、語学や「一般教養」講義をパートで教える部分が加わっている。 もともと「あんまり十分なお支払いは出来ませんけど、お願いします」で、遙か昔から、収入にはならないけど、大学の名前を使って構いません、悪く言えば、実入りのほうは大学の名前をカネに変えてうまくやってね、で、 面白い例では、昭和のむかし、詩人が、「職業は詩人です」ではアパートの賃貸契約をさせてもらえないので、非常勤講師を引き受けて、やっと契約してもらった、というようなことで、むかしから自由業の社会への参加資格のようなところがあったのだそうです。 ところが、アカデミアの事情に疎いひとたちの錯覚につけこんで「客員教授」や「非常勤講師」の肩書を、いわば経歴詐称に近い形で悪用する一群のひとたちがネット上にあらわれて、「非常勤講師と言っても教授と、たいして変わらない」なんて述べていて、眼をこすって、もういちど読み直したくなるけれども、研究なんて、ほったらかしで、冷笑嘲笑、誹謗中傷、罵詈雑言をエラソーにつくしていて、この一群のひとたちが、なんだか非現実的だが、現実におおきく日本語のネット言論を阻害している。 なぜ、そんなバカバカしいことが野放しにされて、現実に大きな害をもたらすのに至ったかは、かつて2ちゃんねると初めとする「ちゃん文化」を、「たかがネット上のことではないですか」 「現実の日本社会には影響はありませんよ」と述べているうちに、あれよあれよというまに日本語自体が崩壊して、マスメディアも、ちゃん文化人を利用しているつもりで利用されて、要するにネットの影響力を過小に評価しすぎて、どうにもならない泥沼にはまるまで、放置した経緯を思い出せば、すぐに得心できるのではないかとおもいます。 日本はインターネットの普及によって退化した珍しい社会だが、 それには付和雷同型とでもいえばいいのか、言語の特性として、なにごとか発語する前に、ほとんど無意識のように周りを見渡して、周囲の顔色を読み取って、時々刻々、瞬間に変化する「空気」を読み取りながら、そのなかで、なるべく多数の人に支持されそうな言葉を並べていく、というところが日本語にはあって、インターネットという、無資格に参加できる言論空間で、それが、もろに悪いほうに働いた、という理由があります。 常識を働かせて考えればわかるが、教授職にある人間が「非常勤講師が学問権威として審問官化してはダメだろう」と言う訳にはいかないので、怖いもの知らずで、もっかは日本語ネットは彼らに喰い荒らされて、どうにもならないところまで落ちぶれている。 「えっ?ガメ?ツイッタなんかやってるのか。やめなさいよ、あんなもの」 「まさかツイッタで本音を書く人はいない」というのが、未だに、普通の、通常の通念で、NHKの大河ドラマへの賛美まで、人目を気にすることなく嬉々として書いてしまう我が友オダキン @odakin のような人は、たいへんな変人で、ああいうものは、まともな人間が自分を見せて発言する場所ではない、というのは、この勘違い非常勤講師や客員教授が日本をダメにするためにはたした最大の功績で、日本語ではネットは、いまだに有効なメディアと看做されていないどころか、なああんとなく、社会では卯建があがらない、あぶれた、与太者の吹きだまりのように考えられていて、もともとマスメディアを初めとして、言論が機能していない社会で、ますます普通のひとびとの気分を滅入らせる結果になっている。 この「言論の場がつくれない」ことが、なんども繰り返すようだが、元来聡明な日本人が、バックワードどころか、どんどん後退する社会に苦しんでいる最大の原因でしょう。 ひとりひとりは賢明で、知的な達成をめざす気持ちがあって、高い水準の知性を保っていても、衆知を形成することが、どうしてもできない。 ひとりひとりの個人は感心するくらい馬鹿なのに、集団になると、てんでに異なる意見を述べあって、集団として積算すると、案外まともな判断をくだす英語人とは好対照です。 アメリカ人を例外として、英語人は、一般に意見が異なるのは当たり前と自然に感得していて、日本の人なら「失礼な」と跳び上がりそうな異見を、ごくあっさりと相手に対して述べる。 日本の人が「英語人は礼儀正しい」なんちゃって騙されるのは、あなたが客人だからで、そういう事情は日本語社会でも同じではないかとおもうが、内輪と外輪?では、まったく観るものが異なる。 「悪いほう」の社会の話で、すでに長くなったので、論外な政治の話は今度ということにして、趣が異なることを少しは話したい。 あくまで、日本語の内側からぬけでて、外からの、「よそもの」の視点になるが、日本の人の最大の魅力は、存在の寂しさを感応する能力にあるのではないかと、よく考える。… Read More ›

  • 雨なんだぜ

    日本の人は災害慣れしているので、「珍しくもない」とおもうだけだろうけど、震度1くらいの地震が1年に一回あるかないかで、受付の欧州移民のおにいさまが「じ、地面が揺れた!」と恐怖に青ざめる、むふふ、か、かわいい、災害フリーのオークランドでは、大雨で洪水、なんて前代未聞です。 以前にもスポットが狭いゲリラ豪雨で家の正面玄関から裏口へ、激流が流れていった、ちゅうようなニュースがあったような気がするが、あったとすれば、多分、歴史的に雨が多い西側で、オークランドは、物理的な面積が世界一おおきい大都市だとか、なんだとか、ヘンテコリンな記録を持つ都市なので、遠くて、実感がなくて、憶えていないだけなのかも知れません。 今回は、「オークランドの歴史が始まって初めて」、わし家があるリミュエラでも、たしかに大雨が降る度に、でっかい水たまりが出来てはいたショーロード沿いの家が背後の斜面の地滑りに巻き込まれて、半壊して、ひとり死亡者まで出てしまって、おまけに、パーネルという、日本の全盛時には日本人観光客が多いので有名だった目抜き通りでも、ファサードが並ぶのと反対側の店裏が並ぶ崖が崩れて、建物が土俵際の徳俵で踏ん張っているような、頑張りをみせる光景になっている。 ここなどは、オークランドのなかでも無茶苦茶リースが高いので有名な商店街で、イグアスというオークランドではアイコンだったレストランが、いくらだったか、もう忘れたが、数字に弱い英語人には、よく数え方が判らないくらいゼロがついたリース料に負けて、閉店を余儀なくされたので有名で、 いま建物ごと潰して、建て替える途中なので、ニュースの写真を見て、タワークレーンの位置で「ああ、あのへんか」と崖崩れが起きた場所の見当をつけるのに役立っている。 ええと、DMやなんかで、あんじょう、(←使い方が変かな)、ご心配をいただいておりますが、わし家はもともと水はけが良い場所で、その上に、なんにでも好奇心でやってみる無駄遣いが好きな当家当主のせいで、不必要なくらい排水設備が整っていて、おしゃべりなので、どうせなにかで書いているに決まっているが、1箇所だけ古代の排水設備のレプリカをつくった隅っこが落ち葉がつまって、水たまりが出来やすくて、業者を呼んで改善してもらったりしていたが、その程度で、異変といえば、どこが洪水になったか伊能忠敬の扮装で検分にでかけようとして、は嘘だが、オフロード車で行こうとして、モニさんに、いいかげんにしなさい、と窘められたくらいのことでした。 ことでした、って、明日から、また豪雨だっちゅうんだけど。 まあ、2023年は世界じゅう呪われた年になる運命なので、このくらいのことは、あったほうが厄払いになっていいのかも知れない。 「なくなった人がいるのに、不謹慎な」と、隙あり一本で、「良識人の怒りの顔」をつくろうとしている、そこのきみ、 うるせーんだよ、第一、きみ、クライストチャーチで地震があったときに、 地元では日本のマスメディアに対する怒りの声が出ている、と書いたら、 「地震なんて、要するにエンターテイメントなんだから、マスメディアが不幸を探してうろうろするのはあたりまえだろ」と書いてきた人と、おなじ人なんじゃないの? 唾がたまっている口端に見覚えがあるんだけど。 大雨による洪水は、嫌な災害で、いまの地球温暖化が引き起こしている豪雨は、むかしの「たまあああに起こる」豪雨災害と異なって、毎年のように起きる傾向で、しかも年々酷くなる。 オークランドの豪雨にしても、どのくらいヘンテコリンな事象かというと、ニュージーランドという国の取り柄は、「夏は毎日、雲ひとつない青空のパラダイス」であることで、スコットランドやイングランドとおなじで、雨は、本来、冬のものです。 何度もぼやいていて、うんざりされているに違いないが、今年は異様な年で、豪雨と強風、雨がなければ突風、風がなければ豪雨で、 ボート/ヨットで沖に出て楽しい数日を過ごせそうな天気が、まったくない。 釣りが好きで船を出す人は、多少、波がたっても、うねりがおおきくても、ボート出すし、ヨットレース狂は、かつては、わしもそうだったが、風が出ると、欣喜雀躍、波を飛び声ながら、ぶゆううーんと帆を張ってすっ飛ばしに出かけるが、普通のボーティングの楽しみ、海のまんなかの、だあれもいないところで、愛しい人と、あんないけないことや、こんなひとにはいえないことをしたり、甲板で、裸で、ころころして、ごくらくごくらくと呟いたりして、入り江に入れば、ディンギーで浜辺に上陸してBBQの夕飯を食べたりする、 もう世界なんて、どうなってもいいや、な時間が過ごせなくて、陸(おか)の上で、やきもきして、地団駄を踏んで、な、夏が行ってしまう、と涙にむせんでいる。 いいことと言ったら、菜園の水やり当番のときに、ラッキー、水をやらなくてすむー、と、のんびりできるくらいのことで、せいぜい、うーん、雨、嫌い、とつぶやきながら、ラウンジの、わしの長い身長よりも、もっと長い、デンマーク人って、巨人なのか?とおもうカウチに寝転がって、 Technical GuideシリーズのRussian Tanks of World War IIを眺めている。 人間よりも神様のほうが偉いので、手だしが出来ない。 日本の、初めて見たときは、な、なんで軒先に首をくくった人の人形が揺れているんだと狼狽した、てるてる坊主を吊してみようかしら、 ナバホ族の雨乞いの祈りを踊ればどうなのか、 護摩壇は、どうでしょう。 やむをえず、内向的な一日を過ごすことになります。 どうも遙か昔の明治時代には日本で人気があったらしいトマス・カーライルは、文明の定義として「本もなにもない部屋で、横になって、天井を眺めて、いろいろ思索しているあいだに一日があっというまに経ってしまう能力」という不眠症なんじゃないの?というような格言を残しているが、わし家にはPS5があるので、別に人類の来し方や、幸福とはなにか、死をどう考えればいいのか、なんちゃって考えなくても、あっというまに一日は経ってしまいます。 もっかはSUPER MEGA BASEBALL 3のペナントレースちゅうで、知っている人は知っているが、選手の3分の1が女の人である近未来疑似大リーグなので、もちろん女の人の選手もレギュラーとしてロースター入りしていて、 「セカンドベースマン! アーナベーラー・ストークス!!」のアナウンスととともに、ご贔屓内野手のアナベラがバッターボックスに入ると、血潮が燃えて、アドレナリンが噴水のように体内に噴き上げる。 併殺打が多い欠点があるんですけどね、この人。 しかし、守備のセンスがいい。… Read More ›

  • 夢想家は常に現実主義でなければならない

    霞ヶ関で働いていたおばちゃんに、荷物持ちに呼び出されたことがある。 知り合いのなかで肉体労働に向いている体格をしているのは、ガメちゃんだけだから、四の五の言わずに手伝いなさい、というご下命で、 マジメに働けば、お手伝いが終わったあとに交詢社の赤坂璃宮で夕飯を奢ってくれるというので、いつもの、おいしいものホイホイ、四も五もなく、ふたつ返事で出かけていきました。 おばちゃんは、大学を出ると、「おれがやらねば誰がやる」という国家奉仕の気概に駆られて、霞ヶ関の役人になった。 聴けば、当時(1980年代)は本給はたった10万円/月で、予算の編成が近付くと、朝の4時まで、目の下にでっかい隈をつくって、無茶苦茶に働いた。 純愛派のおばちゃんが、結婚を誓いあったボーイフレンドは余りの仕事バカぶりに呆れ果てて去ってしまい、必死に孤独に耐えて、一日の睡眠時間4時間でモーローとなりながら、おばちゃんの音楽的悪趣味を発揮してオフコースという、後でどんな音楽だろうと聴いてみたら、音もヘロい(ファンの人、ごめん)が、歌詞に至っては、なに言ってんだ、おっさん、反省しろ、ガールフレンドに「わたしが悪うございました、甘ったれの男尊女卑オトコで、人非人でした」とチ〇チンをちょん切って謝りなさいと言いたくなるような、とんでもないミソジニスト歌詞で、つい憤りのあまり話がそれたが、 甘いメロディーにひたって涙を流しながら、月月火水木金金、艦隊勤務も真っ青な典型的霞ヶ関ライフを送っていたが、いっくら頑張ってみても、少しも日本は良くなっていかず、縁の下の力持ちの評価もされず、政治家の利権原理主義の理不尽に振りまわされてついに弾尽き刀折れて、課長代理だかなんだかで、退職することになった。 海鮮入りつゆそばや璃宮特製焼き物のせ御飯を頬張りながら、「あんたって、ほんとに象みたいによく食べるわね」と苦情を述べながら、それでも楽しそうに眺めて話を続ける、おばちゃんの、若いときの、聴くだに、アホな頑張りだが、どうも日本にいたときに証言を聴いた限りでは、 このアホなひとびとの無暗が頑張りで日本は保っていたもののようで、中曽根に裏切られ、竹下に踏んづけられたりしているうちに、どうにも嫌気がさして、次次にやめていった、国を両の肩に載っけた「乃公出でずんば」おじさんやおばさんの流失とともに、国力がどんどん低下していった、という面もなくはないようでした。 おばちゃんは、日本における女性差別の実態の先生であって、力仕事に呼ばれるたびに、あんた、よく聴きなさいよ、に始まる日本社会における男女差別の、ものすごい実態についてレクチャーしてくれたものだった。 閑話休題 (それはともかく) われこそは日本国の救世主たらん、と志して、あえなく挫折して、苦い気持ちとともに、それぞれの再出発に向かった年長友たちは、たくさん、と言っていいくらい存在したが、好奇心に駆られて、興味津々、あのひとたちが話してくれたことを、ふり返ってみると、日本がいかに国家社会主義的な国だったか、よく判ります。 多分、よくも悪くも、明治以来の、政府の権威をもって、無知な国民を無理矢理引き摺って、開化させて、無理矢理文明へ連れていこうとしたやり方は戦後も踏襲されて、例えば、霞ヶ関では「民間」というが、ただプライベートセクターだという意味を越えて、どうやら、戦前戦中の軍人が軍人以外の民間人を「地方人」と呼んだ趣が、残っている。 国民になんか理解されなくてもいい、なぜなら国民は、なにも判っていないのだから。 それどころか、国民なんかの無知で感情的な吠え声に耳を傾けていては、判断を誤る。 これは特に日本だけのことではなくて、エリート官僚制の国では、たいていがそうで、フランスなどは露骨で、普段の生活でも、市井のひとたちと話をすると「バカがうつる」という理由で、簡単な返事さえしないひとたちも、実際に存在する。 観察していると「おれはおまえとは違うんだ。タメぐち利いてんじゃねえよ」という気持ちもなくはないが、どちらかいうと、「大衆なんぞと言葉を交わすと、相手の思考レベルに、こちらが引き摺り落とされてしまう」と真剣に心配しているもののようでした。 フランスの人は計画が趣味で、…じゃないや、計画が、ええと、得意で、例えば、いつごろから人口減少·高齢化対策をやってんだろうと、つらつら遡ってゆくと、なんと、もう60年代には、「おれとおまえは違うんだ」のひとびとは、議論を始めている。 移民を呼び込むしかないのではないか。 いま、きちんと方針を立てないと、その場しのぎに労働力を手当するだけのことになる。 建設現場や農場のファームハンドみたいな単純労働に移民労働力を補充にあてると、その結果、医療費、教育費、住居建設費とコストがあがるだろう。 すると、移民が冨を盗んでいるということになって、極右が台頭するよね。 下手をすると国ごとゼノフォビアに陥って、なにもいいことがない孤立主義になってしまいかねない。 侃侃諤諤 諤諤侃侃 紆余曲折、試行錯誤 だいたい40年を過ぎるころになって移民を受けいれて繁栄する社会が現実のものになっていきます。 ふり返ると、移民を受けいれなければ、「受け入れない」といっても、足りないものは仕方がないので、ありとあらゆる隙間から単純労働者が国内に入ってくる。 ひどい言い方をすると浸透圧みたいなものです。 売春業が良い例だが、社会として、「そんな女性の肉体を時間貸しでレンタルするような薄汚い商売は、やってはいけません」と澄ましていると、 アンダーグラウンドの、違法なビジネスをものともしないで展開させるひとびとが、大喜びで乗りだしてくる。 すべてが社会一般から見えにくくなって、売春業でいえば、なにしろ自分の生活の術が違法なので、警察に頼ることも出来ず、pimpが付き、果ては組織暴力の末端にされて、はては強姦されても文句が言えない立場に追い込まれていく。 もっと社会ごと倫理を欠いた社会ならば、法をかいくぐった不法難民をシステム化して、例えば留学の名のもとに、表面だけ合法化して、ほんとは人身売買なんじゃないの?といいたくなる、社会にとっては非常に拙い、というか、移民の子の修学、移民自身の老齢化によって、社会のコストがベラボーに増大して、結局は自分が税金で払わされることになる、「見えない現実」としての「移民」が定着することになる。 日本も例外とは言えない、と考えることには理由があって、むかし、日本に1年のうちの数ヶ月住んでみたりしていたころ、東京の夏は暑いので折々は軽井沢にいたが、近所に当時は大好きだったCoCo壱番屋がないので、クルマで佐久平まで出かけていたが、あの店はブラジルのひとたちのデートスポットで、それやこれやで、ブラジルのひとたちと仲良くなって、思いがけない場所で営業しているブラジリアンカフェなどにも出かけたりして、なにしろブラジルの甘いものは、滅法おいしいので、たった100円しか取らないコーヒーと一緒に、注文して、ブラジルの若い人たちとキャアキャア言ってすごすのが楽しみのひとつになっていった。 そのときに聴いた、ここには、あんまり書かないほうが良さそうなグラフィックコンテンツなお話で、日本も結構ものすごいね、とおもった記憶がある。 実のところ、少なくとも彼らから聞かされた話は、日本社会にとっては実は巨大な問題です。 実効的な移民政策をつくって開始する、遙か以前の段階、具体的には2010年の段階で、社会が解決しようとしても出来ないほど、手遅れの、手がつけられない問題になってしまっていた。 これも、財政危機や、食料調達問題、ジェンダー差別問題…. と並ぶ、 「ないことになっている」慢性病群のひとつなのでした。 本を平積みで積み重ねて、林立する書籍の塔が、自分の背丈よりも高くなって、「まだ倒れてないから」と微笑む人のように、日本の人は「穏やかな日常」を楽しんでいるが、それが、ほんとうに、この先も続いていくだろうか。… Read More ›

  • 地球という密室のなかで

    オタクな人というのは、まともな人には思いもつかない意外なオカネの無駄遣いを思いつくもので、この家のおっとっと、いわゆる夫は、地球温暖化なのだからと言い出して、行動あるのみ、というオカネの無駄遣いを決意したときのいつもの決め科白を述べるなり、家の敷地全体に排水システムを構築するという暴挙に出た。 それも、所詮は工事計画そのものがオタクでしかないもので、コストが低い割に効果が高いフレンチドレニッジで統一すればよいものを、古代ローマの排水システムを初めとして、「やってみたかった」排水システムをひととおり並べてしまって、果ては、ポンプを使った強制排水システムまでバックアップとしてつくっている。 すごい、オーバースペックです。 今日はオークランド市は非常事態宣言下にあります。 用がない人は外出してはいけない。 用なしの人は、災害復旧の人の邪魔をしないように。 昨夜、いつもより激しい雨音を聴きながら、えーと、明日はプレーンエクレア(←pâte à choux、シュー生地だけのエクレアが売ってまんねん)を買って、KAPITIのアイスクリームを買って、えーとえーと、クリームも買って、と、あんたいくつなの?な購買計画を立てていたわしは、朝起きてみると、 そんなことがついぞ起きた事がないRemuera地区でまで地滑り崖崩れが起きていて、オークランド中で大勢の人が家を捨てて避難したことを知って、ぶっくらこいておりました。 非常排水システムが作動するところまでいかなかったので、がっかりしていたのよ。 人非人ですね。 路頭に迷うひとたちのことを思わないのか。 いやいや、思ってます。 ボランティアの人手が足りなくなったら呼んでね、と伝えてある。 もっとも、役に立たないデクノボーだという噂でもあるのか、結局、未曾有の、オークランド始まって以来の大水害だというのに、お呼びはかからなかったんだけどね。 地球温暖化なんて、もともと、子供の頃は、ほんとなのかしら、 なんか証拠みたいなものはあるの?と思っていたのが、見る見るうちに、否定しようたって、そうはいかねえぜ、の眼前の事実になって、 何年前だか、ああいうのは日本語では水道というのかしら、島と島のあいだで、やたらサバが釣れるようになって、おかしいなあ、この辺は鯛が釣れるポイントなんだけど、と訝っているうちに、ヒラマサまで釣れるようになって、なんだか北の暖かい海にしかいない魚が、大挙して南にくだって、大移住の趣を呈してきた。 去年は、ホオジロザメが、アジなのかきみは、という数で集団をなして、 釣り針にかかって、げげげ、になったりしていた。 そうこうしているうちに、むかしはノースランド、北島の突端の、そのまた数百キロ北までしか到達しなかったサイクロンが、オークランドに縁辺がとどくほど南下するようになっている。 おかげで今年はボートもヨットも出せる日がなくて、たまに強風が収まると、なんだか、そそくさとボートを出して、天気図の変化を見て、ドヒャッと、つぶやいて、大急ぎでマリーナに戻る、ちゅうような日が続いてます。 やってられねえ、とおもうが、 よく考えてみると、事態は深刻で、地球温暖化は単なる仮定どころか、現実なだけではなくて、どうも当初科学者たちが予測したよりも遙かに速い速度で進行しはじめたらしいことが、海にばっかりいる人間としては、よく判ります。 なんで判るのかって? ブルーペンギンさんが波間に漂っているのを見つけるたびに、ヨットを寄せていって、ペンギンさんペンギンさん、最近の海をどう思うかね、とペンギン語で話せば、誰にでもすぐに得心がいくことです。 イルカはおしゃべりなので、5分ですむ要点を1時間も話さないとつかめないが、そこへいくとブルーペンギンは、訥弁で、簡にして要を得ている。 いちどなどは、子供のときに、海に落ちれば15分でコールドショックで死ぬ、と教わるハウラキガルフが、妙に生暖かい感じなので、家に戻って、温度計をもって海に戻って測ってみると、24℃もあった。 こんなにあったらコールドショックではなくてユデダコショックになってしまうのではないか。 またオジンギャグを述べてしまいました。 最後の訪問から、もう13年経っているので、日本のことは殆ど忘れているうえに、様子が判らなくなっているので、最近は日本の話は、なるべく日本語でもしないことにしているが、それでもときどき、ダイジョブなんだろか?と思う事がなくはなくて、地球温暖化が単なる環境問題の枠にとどまる問題でなくなっていて、えぐい言い方をすると、生きるか死ぬかの問題に変貌していて、こればっかりは、政府がやらねば誰がやる、政府でないと対応できない問題なので、どこの国でも誇張ではなく必死の対応だが、日本語世界を訪ねてみると、なあんとなく、のんびりしたお話が蔓延している。 日本の人には、面白い話し方の癖があって、現状がやばいと述べるのは暴言だということになっているのか、このままでは財政危機に陥ってしまう、と、なんだか遠い将来には空が落ちてくるのではないかい、というような言い方がされる。 財政ファイナンスじゃないもん、と強弁する日銀総裁を国の財政頭脳に戴いて、国債をバンバン買いまくって、株も「銭がないなら俺んとこに来い。 おれもないけど心配するな」で、いくら借金しても、なぜ日本だけは大丈夫かというヘリクツをこねて、行き着いた果ては、糖尿病と高コレステロールとγ-GTPも、慢性病を示す数値が全員で手をつないで危険値を凌駕している 「財政危機」そのものの真っ只中で、「このままでは将来は財政危機に陥る」と呑気に述べている。 だって、いままでハイパーインフレも株式市場の暴落も国債の暴落も、なんにも起きてないですから、というご説明だが、 あのですね。 財政危機って、対策を延ばしに延ばして、そのあげく発症したら、そこですべてが終わるので、「ここまで起きてない」のは当たり前なんです。 まだ死んでないから癌ではない、と目の前の黒々とした癌細胞の広がりの映像を見ながら強がりを述べている人に、とてもよく似ている。… Read More ›

  • 考えが甘いものが常に勝利する

    函谷関の楼門上で、ひとりの初老の男が、もう何週間も書き物に没頭している。 関所の役人に、通りかかった、この旅人の名声を知っている人がいて、 「もしや、部屋を提供すれば、教えを文字に残してくれるのではないか」という思いつきで、訊ねてみると、タイミングがよかったのでしょう、 後に「老子」と呼ばれることになる、この旅人は、恬淡と引き受けて、 上下2篇、5000語に及ぶ哲学書を呵成のうちに、書き上げてしまう。 生涯、隠れて生きよ、を実践して、名が顕れることをカッコワルイと看做して、ガメ·オベールのような一生を送ったこの人は、謎がおおい人で、 姓は「李」、名は「耳」、字は「聃」というのだと史記には書いてあるが、 それも、ほんとうなのかどうか。 老子脩道德,其學以自隱無名為務。居周久之,見周之衰,乃遂去。至關,關令尹喜曰:「子將隱矣,彊為我著書。」於是老子乃著書上下篇,言道德之意五千餘言而去,莫知其所終。 とあるのが、どうやらほんとうらしいと最近は考えられているようだが、 つい最近までは「実在しないんじゃないの?」 「文体から見て、少なくともふたりの老子がいたはずだ」 さまざまな説が述べられていて、膨大な時間の向こうにある、蜃気楼の楼閣のような趣の人です。 禍莫大於輕敵 輕敵幾喪吾寳 故抗兵相如哀者勝矣 春秋という苛酷な時代を生きた人にしては、奇妙なところがある人で、この第69章にある一節などは、2500年以上も、兵家を悩ませてきた。 日本語では、いまでは姿を消したようですが、この部分には、 有名な誤訳/別訳があって、相対しているのは軍隊ではなくて、ふたりの兵である、という。 ふたりの武技が同程度の兵が相対して、お互いに剣を振り上げ、いままさに打ちかかろうとしている、 ひとりは相手のことなど構わない、相手の家族のことなど考えもしない、 深い考えなどもたない兵で、もうひとりは、相手にも家族があり、親があり、死ねば大勢悲しむ人がいると判っている。 さて、どちらが勝つか。 老子は、哀者勝矣、より考えが深いほうが勝つのだ、という。 子供の頃、初めに英語で読んだのが誤訳のほうで、そのせいで、向かい合う、兵ふたりの姿とともに、なんども考えてみることになったが、 一般に行われているとおり、兵ではなく軍隊ととっても、意味するところは、同じでしょう。 より理解するほうが勝つ、というのは、ほんとうなのか。 Empathyを持つほうが、戦いにおいて勝利するなんて、ヘンなんじゃないの。 勝つのは非情な軍隊のほうでしょう。 牽強付会 我田引水 ちょっと意味が違うか。 子供心に老子らしい強引な観念論だと考えたが、なにしろ、ふたつの軍隊ではなくて、ふたりの兵と、映像的イメージをつくりやすい誤解で始めたこともあって、魅力的で、どうもほんとうとはおもえないけど、考えとしてカッコイイから判断保留、ということになっていた。 未決箱に放り込んで、長い間、うっすら黄ばんだ考えになって筐底に放りっぱなしになっていたのでした。 もっと正直にいうと、忘れていたんだけどね。 もうすぐ40歳になるという、恐るべき年齢になって、ふり返って、むかし「どっちだろう?」と疑問におもったことや、これはほんとうだろうか?と疑いをもった「常識」が、若いときの蒙昧で茫漠とした映像よりもクリアな映像で見られるようになって、ああ、そうなのか、そうだったのね、とおもうことがたくさんあります。 例えば日本語世界には、かつては支配的といっていいくらいネット理屈を支配していたもののひとつに、お子様版マキャベリズムとでも呼びたくなる考えがあります。 他人にやさしく、善意で、親切に生きるなんてのは、お花畑思想というべきもので、ガキとオメデタイ現実を知らないおとなのタワゴトである。 いいか、この世は強い者が勝つのだ。 正義、そんなもの、勝ったほうの理屈の別名ですよ。… Read More ›

  • 戦う女のひとたち

    英語文明がキリスト教の文明だというのは半分しか当たっていない。 最近では、ひどい言い方をするとキリスト教の人気は落ち目なので、 もしかすると、半分より、もっとすくなくて、西洋キリスト教西洋キリスト教と日本の人が繰り返す度に、起きる違和感の根源になっているかもしれません。 11世紀初頭に、エゼルレッド2世が「民族浄化」のために引き起こした聖ブリスの日の虐殺への復讐を誓って、近隣のヴァイキングを糾合したクヌートは、死んだ父親に代わって即位したばかりのイングランド王エドモンドを打ち破って、イングランドにそのまま居座り、イングランド、デンマーク、ノルウェーにスウェーデンの一部も加えた北海王国を打ち立てて、北海文明に国としての形を与えるが、もちろん、ベーオウルフ(8C~9C)が描く北海世界は、そのずっと以前から、ひとつの特色を共有する世界として存在していました。 日本語から、いまの、例えばニュージーランドの、男女が肩を並べて、性別による差が少ない文化が見えにくいのは、多分、北海文明が英語人の背骨であることを見ないからではないかと、日本にいるときには、よく考えたものだった。 クヌートの時代でも、すでにヴァイキングの半分以上はキリスト教化していたように、たしかにキリスト教は後の英語人の考え方や社会にもおおきな影響を与えるが、キリスト教は、もともと東方の異文化で、当時の北海人にとっては、キリスト教はexoticな考えで、それだからこそ、ひとびとを魅了していったのだと考えても、あんまり間違いではなさそうです。 宗教として、当時のスカンジナビア人が信じていた神話世界観から洗練されきっていない、例の、ヴァルハラを憧憬する信仰よりも、遙かに完成された姿を持っていたので、やがて北海文明圏を席捲していきます。 いまはGamla Uppsalaと呼ぶ、現代のUppsala郊外にあった、もともとのUppsalaを聖地として、北欧人たちは、独特の文明を築いていきました。 どう独特であったかといえば、例えば、女戦士がいる文明で、最近の発掘出土品の再調査によれば、従来考えられていたよりも、軍隊のなかの女の人たちの地位は、遙かに高くて、ビルカで出土した参謀役の将軍であった上級戦士の遺骨が、いままで考えられていたような男ではなく、どうやら女の人であったらしいことがDNA分析によって判明したりしている新しい科学的発見を待つまでもなく、 Ragnar Lothbrokの復讐戦争に、他の女戦士たちとともに加わって、 無数の敵を叩き殺して、称賛を浴びたLagerthaを初め、 神秘的な逸話に満ちた「最後のヴァルハラの子供」Freydis Eiríksdóttir、そして、いくつものヴァイキングの戦場で武名を輝かせた伝説的な女戦士集団Shieldmaiden、北海文明の女のひとたちは、櫂を漕ぎ、剣を手に取り、斧で敵の肉体を粉砕して、戦闘においてさえ、男たちと変わらない地位を保っていた。 北海文明圏の国々では、ジェンダー差別の解消が、どちらかといえば、近代の新しい動きではなくて、「本来の自分たちの姿へもどる」運動であるようなところがあるのは、このせいでしょう。 キリスト教は、殊更に性による人間の在り方を強調する、 新教諸派では、特にこの傾向が強くて、清教徒は、厳格なぶんだけ、女の人たちにとっては抑圧的な態度で臨む。 ヘリクツかもしれない理屈を述べれば、英語圏のなかではアメリカ合衆国が目立って女性差別がおおきいのは、そういう理由だと、おもって、おもえないことはないようです。 日本では、どうなんだろう、と考えると、NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも随分人気があったらしい巴御前の名前が、まず浮かびますね。 むかしから人気があった人らしくて、「色白く髪長く容顔まことに優れたり。強弓精兵一人当千の兵者なり」なんて書いてあって、美しい容貌で闘いの技にすぐれた戦士であった、と書いてある。 実際にも、宇治川の戦いのあと、潰走する敗残の義仲軍が、ほんの数人の集団になっても、なんど戦っても討ち取られることがなかった、というので、 書いている人は気が付いてなかったように見えるが、敗軍にあっても、なお強い戦士だったということは、戦闘の現実について、少しでも知っていれば 「よっぽど強かったんだなあ」と、なんだか口が開いたような、間の抜けた感想を持ちます。 もうひとり、鎌倉時代に、平家側に、板額御前という人がいて、この人は190cm近い雄偉な肉体の持ち主だったというので北欧人女戦士型というか、印象でいえば「たまたま性別が女の人だった、生まれついての戦士」という趣がある。 あるいは、 日本語で書かれている「ガメ・オベールの日本語練習帳 ver5」というヘンテコリンな名前のブログには有名な撃墜王Lydia Litvyak(リディア・リトヴァク)の短い伝記のような記事があります。 このモスクワ生まれの女の人は、戦闘機操縦士としての天性に恵まれていて、短かった戦闘機パイロット生活のなかで、愛機Yak-1を操って、66回出撃して、12機のドイツ空軍機を撃墜した。 やはり戦闘機パイロットだった恋人が死んで自暴自棄で、最後の戦闘では8機のBf109に包囲されて被弾する、自殺を願っているような無茶な戦闘を繰り返さなければ、多分、40機ほども撃墜して、本人も戦争を生き延びていたと思わせるだけの戦闘技倆があったもののようでした。 もちろんロシアでは、国民の尊敬を集める名前で、 1990年には、戦後長く経ってから発見された遺体と墜落機をもって、ゴルバチョフ大統領の手で、国葬が行われている。 あるいは、バルバロッサ作戦を通じて、ドイツ軍兵士の恐怖の的だった、2000名を超える女の狙撃兵たち https://mashable.com/feature/soviet-women-snipers のなかでも、ひとりで309人のドイツ兵を狙撃/射殺したので有名なリュドミラ・パヴリチェンコがいる。 「女の人は体格が劣る」という考えから、兵士として男の人たちに較べて適性がない、と言われてきたが、それは事実と異なる、と述べるために、えらくたくさん書いてしまったが、刀剣を手に戦闘していた時代ですら、女のひとたちは、体格が小さい人であっても、技と工夫で、普通に男の人と渡り合った例がいくらでもあります。 え? いったいなにを書いてるんだって?それが判れば苦労はない。 なんちて。… Read More ›

  • 空中ブランコに腰掛けて

    奈良が好きだった。 ずっと奈良の町が好きなのだ、と思っていたが、よく考えてみると、頭のなかで「町」と印象されていたのは、実は公園にしか過ぎなくて、泊まる場所が初めて訪問した子供のときから、ずっと奈良ホテルで、いま地図を見ると荒池(これもずっと、いまのいままで猿沢池だと思い込んでいた)を通って、興福寺や東大寺へ行くだけの毎日で、勘違いして、公園を「町」だと考えていたもののようでした。 奈良ホテルは、ちょうどそのころは経営がうまくいっていないころだったのか、ちょっと箱根富士屋ホテルに似ていて、あんまり維持管理が行き届いていないホテルで、レストランの料理も気に入らなくて、いつもに似合わず残して、とーちゃんとかーちゃんに心配されたのをおぼえている。 初めは、わがままを言ってシングルにひとりでいたいと考えて、そうしてもらったが、両親の部屋を訪ねてみると、なんの変哲もない、記憶の印象でいうと「お箪笥部屋」のような小さな部屋にしかすぎないシングルルームとは異なって、遙かに天井が高い、和風の外観の割には西洋風の部屋で、断然ダブル/ツインの部屋のほうが気に入ったので、妹とふたりでシェアすることにして、子供ふたり、なんだか浮き浮きして過ごした。 暖房が、珍しい、スティームパイプで、真冬で、ティンティン、ティンティンと鈴を鳴らすような音を立てて、白い蒸気を立てて、まるで日本のヴィクトリア朝にいるような、不思議な気持ちになるホテルだった。 当時は、なんだか寂れていた、巨大な木造建築のホテルが好きで好きで、 なんどか両親にお願いして連れていってもらった。 SteamにVR JAPANというVRソフトウエアがあって、買ってみると、 VR絵画とでもいうような不思議なソフトで、地下鉄の駅や、中庭のある和風建築、居酒屋の赤提灯が下がった路地、えええ、たったこれだけなのか、と正直に言えば、がっかりしたが、がっかりは運慶快慶の金剛力士立像が建つ南大門の階の下に立つまでのことで、意気を呑むような見事さで、 子供のとき、当時は深夜でも入ることが出来た奈良公園に、散歩に出かけて、暗闇のなかで、ふと見上げると、巨大な仁王様で、こちらを見下ろして睨み付けている視線と目があって、妹とふたりで、小さい悲鳴をあげて、 両親に笑われたのを、まざまざとおもいだした。 なるほどVRの未来は、こういう臨場感にあるんだな、と考えたりしたが、それはまたVR/ARの記事として、別に書くのだろうとおもいます。 前にも書いたおぼえがあるが、子供心にも好感をもったのは、国宝であるはずの優美な五重塔に、フェンスも柵もなにもなくて、 深夜だというのに建物のなかにまで入れそうだったことで、 妹が怖がるのでなかには入らなかったが、 縁側のように張りだした回廊に腰掛けて、 月を見上げていると、 あんな光景は、後にも先にも見たことがない、 鹿たちが、 あるものは立って、 あるものは座して、 あるものは、ふり返るようにして、 釣られたように満月を見上げていて、 真っ青な月光を浴びて、 ほんとうに、これが現実だろうか、と考えるくらい美しかった。 いま思い出していても、箱崎の高速道路上、ちょうどターミナルに曲がって降りていくところから眺めた、光の洪水としか言いようがない、光をそのまま宝石にして、誰かがおもいきりひっくり返してみせたような、 見たこともないまばゆさの東京の夜景と、奈良の記憶が ごく初めの頃に日本の印象になったことが、いまでも持ち続けている日本という国全体への良い印象になっていて、幸運だったとおもう。 その初めての関西への旅行で、当然のように京都にも大阪にも神戸にも行ったが、京都も、子供には判りにくい町だったのか、京都人が怒りそうだが、 なにもおぼえていなくて、強いて言えば、京都タワーが、あまりにヘンテコリンなデザインで、妹とふたりで、いまここには書けないような感想を言い合ったことくらいしかおぼえていないようです。 日本の人にはアジア人としての自覚が足りない、と、最近はアジア諸国の人だけでなく、日本の人自身の口からも、よく聞かれるが、たしかにそうなのだけれども、子供ではあっても、ぼくも、「日本は、なんだかアジアとは異なる国だ」と感じていたような気がする。 香港のほうが、よほど西洋ではないか、と言われそうだが、子供のころに初めて訪問した香港は、ペニンシュラかどこかに泊まったのだとおもうが、 窓から街を眺めていたら、向かいのビルの窓があいて、日本語では確かランニングという不思議な名前ではなかったかしら、袖なしの下着を着たおっちゃんが姿を現して、下半身が見えたはずはないが、記憶のなかでは、なぜか傑作日本語ベストテンに入りそうな「ステテコ」をはいていて、それはともかく、生ゴミのおおきな袋の中身を階下に向かって無造作に捨てている。 えええ?とおもって生ゴミの落下先をみると、そこには一階商店街の張り出し屋根があって、小山のように盛り上がった生ゴミが延々と屋根に沿って続いている。 街の外形は西洋だけど、印象は、異なって、ごく自然に日本のほうが、 自分たちの文明に近いところを歩いているのだと普通に感じていたようでした。 子供の目による観察でも、日本の人には好感を感じることが多かった。 難しいことではなくて、例えば銀座のお鮨屋さんに連れていってもらうと、もちろん、興味津々、カウンターのなかの「職人さん」たちのやっていることを目を輝かせるようにしてジッと見る事になるが、直ぐに気が付いたのは、ほんの少しでもまな板を使うたびに蛇口から水を流して、 さっと洗うことで、… Read More ›

  • シークレットブーツ社会

    進歩しない人は、自分に嘘をついている人が多い。 第一原因にあげてもいいくらいで、他人の視線を感じて、ちょっといまの自分は恥ずかしいかな、とおもえば、現実よりも、少しアップグレードされた自分をつくりあげる。 現代日本には、良い所や面白い所がたくさんあるのは、日本の人の、強すぎるので世界に知れ渡ったプライドを宥めるためでなくて、現実で、よく話題にのぼったせいで、いまはついに日本を訪問したことがない人間にも旧知になった「タクシーの客席のドアが自動で開く」ちゅうような細部に始まって、もしかしたら、これは自分の存在をかき消すための、火遁土遁の術に似た、「空気遁の術」なのだろうか、とおもうくらい見事に気配を消す挙措の巧さに至るまで、日本はユニークに日本として世界に存在して、 変哲もない、どこにでもあるショッピングモールの一隅に気高くおわします虎屋の大暖簾というか、そこだけ異なっていて、しかも場違いではない、事実だが、むかしからこうだったのかなあ、と残念におもう、お下品なところもあって、なにしろ背伸びして自分をおおきく見せようとする人が、たいへんな数で存在する。 いちど、初対面の、見かけたことがあるだけの、軽井沢の隣のおばちゃんに、どっかで怪しいガイジンの噂を聞きつけたのか、どうなのか、家の近くの森で、 「あなた、どこの大学を出てらっしゃるの? ケンブリッジ?オックスフォード? まあロンドン大学って、ことはないわね。 タイプじゃないもの」とまくし立てられて、タジタジとなったことがあった。 タジタジ、面白い日本語表現ですね。 ウキウキ、タジタジ。 タジマハールは、早く見に行かないと、壁が大気汚染で崩れかけているらしい。 母国では絶対に起こりえない、とても日本ぽい出来事して記憶されていて、いまでも、よく思い返す。   前にも書いたが、ネットの世界には、ビジネスマン、投資家、大学教員、医学研究者、 「嘘にはならない」、でもあんまりほんとうでもない肩書の人がたくさんいます。 客員教授や非常勤講師というのは、仕事の地味な性質上、実直篤実な人がおおいが、「大学教員」かどうかというと、うーん、な職階で、 社会の通念に沿えば、バイト講師になってしまうので、普通は大学教員と自称するのにはためらいがあるとおもうが、日本語世界では、それどころではなくて、なんだか、なあんとなく「教授みたいなもんです」というような顔をして蔓延っている。 言葉で、はっきりと言わずに、「なあんとなく」匂わせて、無辜にしてかつ無知な人を騙すのが「技」で、それでご飯を食べている。 カッコイイとおもうからなのか「哲学者」が多いように見える。 ま、人間なら誰でも哲学者だと述べる人もいて、嘘にはならないからいいよね。 アイビイリーグで研究者生活をしていたはずなのに、ただの留学で、 第一在米だったのは昔の話で、とっくに日本に帰っていて、これも 「嘘にはならない」ので日本に住んでいることは黙っていて、 なあんとなく、まだアメリカにいるような雰囲気を漂わせている。 子供のときから、思い詰めて、成りたかった自分に届かなかった気持を思えば、嗤うのは気の毒であるようです。   なんだか楽屋裏の事情が判ってくると、あのひともこのひとも、といいたくなるくらい、背伸びして、爪先立ちの自画像を他人に印象させるべく不断の努力を払っている人が多いので、最近では、この背伸びおっちゃんたちは、まとめて「シークレットブーツ族」と呼ぶ事にしています。 非難しようとおもって書いているのかというと、そんなことはない。 最後まで読めば、あきらかかも知れません。 現実のシークレットブーツなら、「わあ、高い高い」で、抱き上げられた赤ちゃんのように、あるいは金正日のように、他を睥睨して喜んでいればいいが、これが実像に対する自己の虚像となると、観察していると、都合が悪いことに、 他人の視線のなかにだけ存在する、いわば虚飾の自分だけが年々成長していくので、現実の自分は成長しなくなる、という重大な弊害があるようです。 自分で「あれもやった。これもやった。」と述べているうちに、言葉のなかだけで自分が成長してachievementが積み重なって、達成されてしまうので、現実に努力するなんてことはめんどくさくなるのでしょう、言葉のハリボテ自分だけが育っていって、自分は、オズの魔法使いよろしく、取り残されてしまう。 で、ね。 いまの日本社会は、社会として、こういう「口先人間の悲劇」を生きているように見えることがあるんです。 もう、日本の人が怒り狂う顔が見えるようで、そこのきみ、怒っちゃいやん、とおもうが、最近、この傾向が常軌を逸してきているので、どうも日本語で書いてみないと、心のなかが、むにゃあ、として落ち着かない。 背伸びは、社会のあちこちで起こっている。 いづも級、だっけ? あんな空母のおもちゃみたいなものつくっちゃダメですよ。 誰も表立っては言ってくれないが、いったいどういう防衛思想なんだ、と大笑いされて、ああいう考えなら、国民が「戦争するくらいなら、敵が侵攻してきたら、すぐに手を挙げて降参するのが人道というものさ」という高邁な意見を持っていることもあって、ウクライナよりも日本のほうがいいじゃん、といったんは結論が出たというくらいで、日本の安全保障には、冗談染みているが、重大な脅威になってしまっている。… Read More ›