日本には政治は存在しない。
と第1行目を書いて、なぜ日本の政治が、いまや、ほとんどアジアでもワースト5に入りそうな腐敗政治に陥ったか、第三者機関や他国からの評価や、歴史的な理由について書こうとおもったが、考えてみると、いまさらそんなことを書いたって「破局待ち」の国で、いっそう気持ちが暗くなるだけなので、やめることにします。
ひとつだけ日本の政治について書いておくと、戦前の日本には政治が存在していた。
それが民主政治ではなかっただけで、昭和でいえば、絶対の大権を握った昭和天皇がスーパーヒューマンとして臣民の上に君臨して、強固な階級社会の枠組みのなかで、平民政治家も迎え入れて、上流階級と下層階級、文民と軍隊、様々な対立を調整する仕組みとしての政治が、存在して、そのなかで、政治上の「定型」と呼ぶべきものが生まれていきました。
フランス人やイギリス人から観れば「忌むべき政体」で、到底、肯定できない態のものだったが、それは、そういう言い方をすればイギリス人側の勝手な理屈で、ちょっといまの中国の体制を非難するアメリカと、もとから西欧の民主主義なんて白いおぼっちゃんたちの贅沢だ、くらいにしか考えていない中国の政治家や選良たちの構図と似ているかもしれません。
国家の本質は暴力だ、と述べたら、日本は暴力団の国ではありません、と書いてくる人がたくさん来て閉口したが、最終的には国家の手に絶対暴力が握られているから、国民が面従しているので、警察に逮捕する力がなければ、強盗も殺人も、強姦も放火も、やり放題にやってのける、かなりおおきな人数の集団が出来てしまうのが人間の社会というもので、それが、どんな国家でも国家と名の付くものは警察力をもち、あるいは、少しおおきな国になると、抵抗市民を制圧することを第一義とする軍隊を持っている理由でしょう。
へえ、そんな物騒な国があるのか、と、びっくりする人がいそうだが、日本の自衛隊は、設立当初は「事変·暴動等に備える治安警察隊」(マッカーサー·吉田書簡)として、主に日本共産党を念頭において、Philippine Constabularyをモデルに創設されたことは日本でも、よく知られているとおもいます。
ダグラス·マッカーサー麾下の第8軍全軍が朝鮮半島に移動したことによって出来る「暴力の空白」に乗じて国際共産主義に支援された日本共産党が日本を支配あるいは麻痺に追い込むことを警戒した結果でした。
政治の非人間性は、その現実に対する実効性の淵源が暴力であることによって保証されている。
司法が、なまなかなことでは死刑を撤廃しないのは、国家として個人を殺してしまえる特権を失いたくはないからです。
それでは「絶対暴力」ではなくなってしまう。
日本の人は自分たちを「奴隷」と自虐する趣味の悪い癖があるが、本質的には、だから、
どんな国の国民も、国家の奴隷であるということは出来て、ただ、民主制では、誰が主人になるかを決める権利が奴隷の手にあることによって個人の自由が保証されている。
その国の政治の性質は現実の細部に現れるもので、「真の民主主義はなにか」と述べる高説に耳を傾けるのもいいが、ほんとうは、youtubeかなにかの動画サイトで、イギリスでもニュージーランドでもいいから、いまのところは、民主制が機能していると評価されている国の議会の様子をみれば、比較的簡単に得心できます。
日本以外の国では書類を読み上げる政治家なんていない、と怒る人がよくいるが、他国でもディテールに至るまで精確に述べなければいけない問題への答弁などでは、書類を読み上げながら答弁する、なんてことは普通に行われていることに気が付くでしょう。
ほんとうの違いは、ヘンテコリンな言い方をすると「読み上げ方」のほうで、日本の政治家の書類の読み上げのほうは、人工音声のチカちゃんに読んでもらったほうがいいんじゃないの?な読み方で、予習で読んでくるのを忘れた小学生みたいというか、行ごと飛ばしてしまったのに気付かなかったり、デンデン言ってしまったり、およそ、徹夜で答弁書を書きあげた官僚が聞いたら泣いてしまいそうな酷さで、政治家が自分で頭を使う個人として存在しようと努力さえしない議会なんて、ChatGPTかなにかにやらせておいたほうが、まだマシなのかもしれません。
日本の議会が異見を戦わせる場の雰囲気から遠く隔たっているのは、もしかしたら、日常の会話の習慣から来ているのかもしれなくて、この記事の最後に、特にすぐれたディベートというのではなくて、ごく普通の国会での議論を載せておこうとおもうが、異なる意見を述べながら、みなが、なんだか楽しそうに見えることに気が付くとおもいます。
英語人、特にイギリス人は、多少でも教育があれば、自分とまったく異なる意見を持った人間と言葉をつかって戦うことが「三度の飯よりも好き」で、なにしろ楽しくて仕方がない。
議論でタブーなのは失礼な態度で挑発したり、言葉遣いが失敬なことで、この場合は、実際、ときどき議会でも怒りの応酬が生まれて、「Mr. Speaker」に退場を命じられて終わります。
ひとつずつ書いていくとキリがなくて退屈なので、やりたくないが、
簡単にいえば議論をすすめていくには「定型」が必要で、その国の議会には、その国の議論場を支配するuniqueな「定型」がある。
例えば古代ローマの元老院をイメージとしてつくられたアメリカ合衆国の上院は、ちょっとトンガを着て起立したほうが似合うようなところがある。
イギリスに較べて、特に委員会の形式を取るときは、糾弾的でもあります。
「定型」を保っていた戦前の日本議会に較べて、より議論を重視する戦後の日本議会のほうがフリージャズみたいというか、連敗に怒って暴れだした阪神ファンみたいというか、もともと定型をもたず、だんだん李登輝以前の台湾国会みたいな様相を呈しだしたことを、とても興味深いとおもう。
政治は言語の敵でもある。
言語を圧殺する天敵は暴力だからです。
いくら口が達者でも、殴られてしまっては手も足もでないが、ここで言う「暴力」は、そのレベルのものではなくて、言語自体を窒息させる力をもっている。
戦前戦中の日本政府と社会の警察暴力とテロの蔓延が生んだ暗い世相を知るのに最適の日本語の本は、戦後の「荒地」同人たちの青春を描いた堀田善衛の「若き日の詩人たちの肖像」だとおもうが、拷問によって心を破壊された痩せ細った若い女の人や、生きているのに亡霊のようにしか存在できなくなった若い詩人たちの群像は、小林多喜二の虐殺について「事件」として知るよりも、ずっと判りやすくいまの日本語人に、暴力の支配下にある言語世界の惨めさを伝えてくれます。
母語による発語そのものを禁じられた朝鮮のひとびとの悲惨や、セーフを「よし」、アウトを「ひけ」と国家によって言わせられた野球人たちの、笑うに笑えない滑稽さは、戦後に書かれた数多の本に描かれている。
政治は、言語でもある。
政治は言語によって人を動かすもので、といつか書いたら
「危険だ」
「それは独裁社会だ」
と反応する人がたくさんいて、ちょうど内務省という言葉を聴いて、ガメ·オベールはやっぱり憲兵隊ファンだと書いて、大笑いされていた「大学講師」がいたが、それとおなじことで、ただそのときに、あの言語表現がまったく欠落した日本の「政治」には、日本の人の、こういう誤解が利いているのではないかと、ふと、おもいました。
ジョン·F·ケネディやウインストン·チャーチル、最近では、バラク·オバマや、自分が住んでいる国の人なので、褒めるのはカッコワルイがジャシンダ·アーダーンなどは、政治の言語の達人で、チャーチルは、やや異なるが、演説を聴けば、文学の言語と政治の言語が、どれほど異なるかも、別に他人に説明されなくても、「聴けばわかる」簡単さで納得される。
文学の言葉は人の心の坑道を掘り進んでいくが、政治の言葉は、人の心を坑道から解放する。
太陽に向かって推し進むエネルギーを与える。
さあてと、ここまで書くと、日本にはなぜ政治が存在しないか、理由を書かなくても判ったとおもいます。
言語が存在していない。
言葉がない社会だから政治が存在しない。
戦前の日本議会に定型が存在して、戦後の国会には定型が存在しないのも、そこに理由がありそうです。
いままで、ずっと観てきて、だんだん判ってきたのは、日本の社会の凋落は、教育よりもなによりも言語の崩壊を原因としているのではないか、ということでした。
「文は人なり」という使い古されて省りみられなくなった表現は、盛んに使われていたときでも、実際には、より深い意味を持っていたようにおもえる。
近代日本語は、漢字だけに絞ろうとした政府高官や当時の知識人たちからの圧力を撥ねのけて平安時代の宮女たちが発明したひらがなと混淆した「漢字仮名交じり」という特異なスタイルを獲得した瞬間から、普遍性のある言語、しかも稀有な美しさを持った表記と表現を豊富に含む言語として日本人を極めて普遍的な世界認識を持つ民族の高みに連れてきました。
いま、日本語人が、自分たちの言語が泥まみれの、滑稽でしかない表現に閉じ込められて、
もうすぐ50歳になろうかという、高等教育を受けた人間が「知らんけど」「www」「キボンヌ」なんて述べて2chやはてなの、ガキンチョ理屈で出来た集団いじめ体質のコミュニティへの郷愁から逃れられないでいる。
なんだか、観ていて、この人たち、こんな語彙と一緒に人生を終えてしまうということが、どういうことなのか判ってるのかしら、と訝しくおもいます。
それは、すなわち、病んだ感情と壊れた思惟を、空き缶のようにガラガラと引き摺りながら、自分の人生のドアを閉めて退場することに他ならない。
それでいいんだ、と屁理屈を捏ねて、自分自身を欺くことに成功しそうな人たちではあるのだけど。
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