香港

 

香港の第一印象は、あんまり良いものではなかった。

1990年代の初め頃だとおもう。

子供わしは、両親と妹と一緒に、ビクトリア・ピークに住むとーちゃんの友人を訪問するために香港に行ったが、当然、とーちゃん友の家に滞在するはずだったのが、子供には説明されてもわからなかった、なんらかの理由で、急遽、初めの一日だけホテルに宿泊することになった。

とーちゃん友が手配したスイートの部屋に案内されると、すぐに妹が窓に駈けよって、外を眺めていたが、

おにーちゃん、おにーちゃんと呼ばわる声に応えて窓に行ってみると、な、な、な、なんと、通りを隔てた、眼の前のビルのファサードにゴミの山があります。

ぶっくらこいて眺めていると、上階の窓が開いて、禿げた、日本語ではランニングと言うのだろうか、袖なしの下着シャツを着たおっちゃんが、いきなりバケツみたいな容器に入った生ゴミを外にぶちまけている。

げげげっ、と妹と顔を見合わせるわし。

あるいは、同じホテルの階下のレストランで、テーブルに一面に食べ物が並んでいたこと以外は、なにを食べたかちっともおぼえていないランチを食べている途中で、トイレに小用に立つと、子供わしとあんまり背が変わらない白い制服を着たじーちゃんが、なんとも居心地が悪いことに真後ろに立ってタオルを捧げ持っている。

用足りて、手を洗うと一緒に、ぴったり付いて来た、この制服じーちゃんが、タオルを有無を言わさず手渡して、手のひらを差しだして、身振りで、「カネをくれカネ」をする。

ポケットに入っていた小銭を渡すと、「たった、これだけか、このガキ」という内心の声が聞こえてきそうな顔をする。

あるいは、妹とわしの世話をしてくれる女の人と、散歩に出て、なんだか道に迷ったようになってしまって、疲れて入ったカフェで、テーブルの下をみると、一面に煙草の吸い殻やゴミが転がっている。

妹はアイスティ、わしはアイスコーヒーが飲みたかったので、注文すると、再び、な、な、なんと、アイスティーとアイスコーヒーが混ざった、奇っ怪な飲み物が出てきてしまった。

情けないことに、初めて訪問した香港の印象は、それだけで、あとは何にもおぼえていなくて、「なんだか不潔で汚くて、訳の判らない町」という印象が、ガキわしの頭には出来てしまった。

認識を改めたのは、ずっと後で、クライストチャーチで香港系の年長友が出来て、オークランドでたくさんの香港系人と話をするようになってからです。

ひところ、ブランチに飲茶ばかり食べていた。

朝の、早ければ9時、遅ければ11時頃に、他には白い人が見あたらない飲茶レストランの席に案内されて、まわりを見渡すと、お茶に凝るのでしょう、ポットに自前のお茶をつめたひとたちもいて、珍しい風物で、周りの客を観察しては面白がっていた。

台湾や本土から移住してきた人もいたはずで、こちらには見た目では皆目見当がつかないが、近所の香港系人の話では、「あのレストランは香港人ばかりですよ」ということでした。

老夫婦がいて、3個ひとくみで供される焼売や翡翠餃子や、焼き餃子を、ふたりで、一個ずつ皿にとっては、残りの一個を持ち帰り用の容器に入れている。

自前で持って来た急須にお湯をいれてもらっては、これも自前の中国茶の杯にいれて、飲んでいる。

到底、文章では表現できないが、その様子が、ゆっくりした動作が、典雅で、大層文明的で、見ているだけで、本来の中国文明の圧倒的な高度さが、伝わってくるように思えました。

そのくらいから、香港に興味を持ち始めたので、どうやら頭のなかでは、香港は「本来の中国」という色彩を帯びて考えているらしい。

滑稽なことに、何度か訪問したときには、ただただ両親の用事が早く終わって、家に帰りたかっただけであったのに、まったく縁がなくなってから、初めて香港人たちを通して、香港という場所に興味をもった。

順って、何度か行ったことがあるといっても、香港への関心は、日本への関心と異なって、粗筋じみて、観念的なものです。

 

 

阿古智子さん @tomoko_ako という人がいる。

香港の状態に危機を感じて、最近、文章を数多く発表している人です。

日本語社会では、歴史的には「知識人」という言葉は、70年代の左翼人に続いて、80年代後半から90年代を通じて群がり出た「冷笑人間」たちによって葬り去られた死語だが、この阿古さんという人を見ていると、どうしても、

かつての日本語における「知識人」という言葉の輝きを思い起こしてしまう。

ごくごく正統な研究者知識人で、学問に拠って、学問に発して、学問が自分を衝き動かす力に押し出されるようにして、行動に自己を駆りたてられてゆく。

日本では、たいへん珍しいことで、わしなどが偉そうに、あれこれと述べては申し訳ないくらいの人であるように見受けられます。

残念なことに国連や、アフリカあたりのNPOは、とんでもない人間がゴロゴロ転がっていて、ナイーブな日本の人の想像力など遙かに及ばない腐り切った「人権活動家」が夜行して、文字通りの伏魔殿だが、阿古智子さんのようなまっすぐ廉直な知識人を持てるまでに社会が成熟したことを日本の人はもっと誇りに思っていいかもしれません。

経歴を見ると「東京大学教授」とあるので、あら、ひょっとしたら、おなじ東京大学で教授をしている、わし年長友フサコさん @Biwakaba1310

 は面識があるのではないだろうか、とわし名物単純頭でおもいついて、訊いてみると、お友達で、トーダイにも頭がいい人がいるんだなあ、じゃなかった、東大にはやはりまともな頭の人がいるんだなあ、と考えました。

閑話休題。(それはともかく)

日本の人の立場から見ると、こういう図式です。

香港をしめあげて中国の体制メカニズムのなかの一都市とすることに成功すれば、国力をつけるに従って、なにしろ自分は毛沢東を超えたのだと妄想する習近平のことなので、次は台湾の「本土化」をめざすでしょう。

普通に考えれば政治リスクを嫌う中国中央の伝統に従って調略によって、武力に拠らない、ということになるけれども、習近平は数年のうちに台湾併合をすることが自分が現人神になるためには是非とも必要だという認識なので、言葉による脅しに留まらずに、いちかばちか、武力併合という挙に出る可能性も十分にある。

少なくとも人民解放軍は、やる気まんまんで、「いまやればアメリカに勝てる」と宣伝に努める一方で、具体的には、大型空母の建造のような国威発揚とも受け取れる象徴的な軍艦ではなくて、強襲揚陸艦の大量建造という、ふつうは戦争直前にしかやらないことを、どしどし進めている。

アメリカの、吝嗇から発する、煮え切らない態度を見れば、たいていの人の眼には「台湾併合」は時間の問題だと映っている。

ここで調略によって達成されれば、事態が、新しい地政地図として落ち着く可能性があるが、武力によった場合には、アメリカとの衝突のあとで、2年もしないうちに「手打ち」になると予想されている。

日本人にとっては、問題はそのあとで、では「手打ち」のあとで人民解放軍がおとなしくなるかというと、軍隊というものの性質上、そんなわけはなくて、必ず日本に襲いかかってくるでしょう。

そんなバカな、という人がたくさんいるのは知っています。

でもね。

中国本土からのエリートたちと話すと、太平洋進出をめざす中国にとって、相対的にロシアの国力が低下して、その結果、準同盟国化している、北虜不在のいまは悲願の太平洋支配の好機で、ひとりよがりに毛沢東を超えたとみなしている今の段階から、後世の誰がみても「習近平こそが国父」と仰ぎ見る地位へどうしてもステップアップしたい習近平としては、日本こそが、どうにも邪魔な、倒さなければならない「壁」なのは、地図を見れば、すぐに納得がいくことです。

現在の中国側からみれば、日本が中国の属国化/一地方化するのは「歴史的必然」で、話してみると、どうやら疑いをもっていないが、傍から見ていておもうのは、日本征圧が2050年というような「ずっと先」の時程になった場合には、その途中で、中国の民主化勢力によって習近平の全体主義圧政自体が崩壊する可能性がある。

長期的には、日本は、そこに賭けるしかないわけで、いまのように国家もそこに住むひとびとも、ごっちゃの、粗雑幼稚な思考をやめて、わざと紛らわしい言い方をすれば、いわば「中国人を助けて中国を倒す」戦略が必要になっている。

香港をいまの虜囚の苦境から救いだすのは、いわば、日本にとっても、生き残りをかけた良い「練習」なんです。

日本のような東アジアにおいておおきな影響力を持つ大国が、中国語圏の民主勢力を助けるという姿勢をはっきり示せば、中国も考えざるをえなくなる、しかも要は習近平の野望に遅滞を生じさせればいいだけのことで、中国は、もともと社会はガッチンガッチンの共産全体主義だが、個々人は、根っからの個人主義で、日本の人にとって全体主義的な振る舞いが、意識すらされない当然なことであるのと丁度、対をなすようにして、個人主義的な振る舞い以外はできっこないひとびとなので、最終的にはいまの硬性な全体主義社会は瓦解すると、皆が直感的に知っているような面白い所がある。

逆に、日本の政府の態度がどうでも、ひとりひとりの日本の人が手を拱いて、香港の死を傍観した場合には、おなじ死の床に、日本が横たわるのも時間の問題だとおもいます。

「通報しました」文化で、とんでもないのを通りこして、あまりの愚かさに愚神も哄笑するような権威への告げ口体質の社会では、中国の深い人間支配の知謀に太刀打ちしようもない。

切ない現実の見込みとしては、「日本は中国の一部になるだろう。そうなってゆくのに、たいした波乱もないだろう」と、中国に経済を依存してきた小国なのに敢然と中国に立ち向かうことに国論が決したオーストラリア人たちが述べているが、現実はそうなるかも知れなくても、この期に及んですら、香港人を助ける努力もしないのでは、日本のひとは歴史のなかで、自由社会の敵として全体主義時代の中国に加担したのだ、と言われることになりかねない。

それでは、ちょっと、独自の輝きを放つ文明を担った言語族として、寂しいような気がします。



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12 replies

  1. 東アジアの自由主義を守る立場として戦えるのは、日本は最後のチャンスかも知れないですね。
    中国への経済依存という言葉で身動き取れない風味ですが、一方オーストラリアは敢然と立ち向かってますよね。モリソン首相の態度は嫌いではないです。日本もそろそろ見直したほうがよいと思われ。
    かつて香港映画(もっともカンフー映画全般ですが)に影響を受けた身としては、日本のメディアや
    政治家が民主化勢力を積極的に助けるアクションをしてほしいところです。台湾の同胞もきっと待っていると思います。

  2. > 残念なことに国連や、アフリカあたりのNPOは、とんでもない人間がゴロゴロ転がっていて、ナイーブな日本の人の想像力など遙かに及ばない腐り切った「人権活動家」が夜行して、文字通りの伏魔殿だが

    自分も直接関わりはなかったけど、この話は、自分がアフリカ関連の認定NPO法人のコアスタッフとして活動していた時期に聞きました。
    だから、僕は基本的に、人権活動家という人たちの活動を信じていません。

    だから、フサコさんがツイートしたことだけど、

    > かわいそうな人を助けてあげてそれで自分の生計を立てている人たちって、アフリカなどの多くのNGOの人たちに見られる現象で、まあ、好きにすればいいけれど、「かわいそうな人」を舐めています
    >
    > 例えば、中村哲さんは医者でプロフェッショナルな立場で、現地で活動した。プロとしての職で生活できる
    >
    > そこが決定的に違うんです。
    >
    > いわゆる「ボランティア」をわたしが好きではないのはそこにある。
    >
    > 母も多くのボランティアをしていたけれど、生計は和裁で立てていた。そこを混ぜなかった。

    これってひっじょーに大事なことで、自分がプロとして立てている生計をそれ以外に持って活動する、という原則を曲げると、どうしても活動にゆがみが出てきて、善意の活動にならなくなるんです。

    それを日本のひとたちに限らず、世界のどの国の人たちも認識すべきだと思っています。

  3. The important thing is What will I do?

  4. 「この期に及んですら、香港人を助ける努力もしないのでは、日本のひとは歴史のなかで、自由社会の敵として全体主義時代の中国に加担したのだ、と言われることになりかねない」

    これ、本当にそう思います。
    声を発しない事は、
    賛同と変わらないよね。

  5. 翡翠餃子、なんだ?と思って見たら美味しそうな緑やの。訪問できる場所の食べ物は楽しみが減ってしまうから見ないことにしてたけど、まだ暫く無理かなぁ、と思って調べてしまった。

    香港は4年前に母の旅行練習の付き添いで行ったきりで、道を尋ねた若い人は、旅行者との接し方を「経験はないけど知っている」ような感じがした。本人も知らず本人を助けたり制約するものも文明なのかなー。

    自分よりずっと力(支配力)が強いものを動かそうとする時、「その人(組織)が何に縛られているか」を考える。物理的には可能でも出来ないもの、破滅すると分かっていてなお、止められないもの。

    香港は、文明度の高い香港のままでいたために、街が燃える事のないまま、香港自身の行く先を決定する議会の人間がすり替わった、のかしら。誰しも自分自身でいる事は止められないけれど、日本人もそーか。

    日本国、動かねーのかなー。中国の事はもっと分からんが、自分自身である日本人と日本のシステムも、分かんない。(非難でなくて)何を考えているんだろう?自分が自分ではなくなる事に抵抗がないみたいだ。

    浅いほうの理解に飛びつくけど、哀しむもの勝つというか。国の力が違いすぎて向かい合う兵士どころか、ペルシャ軍の行進を待つスパルタ兵士..ううん、スパルタに失礼か。オーストラリアはそうなのかもだけど。

    巨大な中国のオカネと、中国共産党が人民元を媒介に同じものであるのを、ビットコインが分断したりしない?と考えたけど、規制されたね。グラボの価格落ちてくるぞわーい、してる場合じゃないんだろうけど。

    2050年の「ずっと先」に遅延させればいい「だけ」というが、何が有効なのか分からんわい。
    FireChatとかVPNGateみたいなものなのかな。有効、の深度が浅い気もする。

    Jamesさんは、仕事でもあるんじゃろうし、本人も認知しない、彼(か)の考えている事や制約の条件が分かるようだけど、わしらには無理やで。自分自身の事すら難しい。

    ..や、とりあえず知ろうとせんばな。素人なりに。

  6. このごろは「哀しむもの敗れる」だからなあ

  7. ガメさん、おはよう。1週間くらい、コメントを書いては消してた。アメリカが香港人救済をちょびっと述べたね。素直な気持ちとしては、香港の若い人は日本文化好きで馴染みもあるし、彼らを受け入れたらお互いいいことあるのにね、と思う。私はダーリンをこちらに呼ぶ手段を色々探ってみたけど、ビザ無理そう&日本にいるのは危ない!てか入国できるかもわからない、ので、目下安全そうなところにいるしかないとなりました。今ではその選択でよかったとお互い思ってる。香港の若い人が逃げることもできず生きる意志を失っているという話をきくと胸が痛みます。現地は戦争のようで逃げる道すら塞がれつつあるようで。逃げる必要がある人への特例措置を作れないか、と議員さんに働きかけてる友人もいますが、うーむ。。。

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